【完結】倍率300倍を超えられなかった少年の話   作:気力♪

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時間通りに投稿するって難しい。
大遅刻ながらも2日に一度のペースは守れました。今日はあと2時間もないですけどね!


運命の外側

右胸を切り裂かれて血を流し倒れるインサート。

 

凶行に走ったクリスタルアイさんは、氷のようにインサートを見つめていた。

 

「メグル、彼女の治療を。光線は僕が防ぐ。」

「周囲の警官は私に任せて。」

「...彼女は、僕が抑える。」

「よろしくお願いします!バブルビームさん、サンドウィッチさん、スクリューさん!」

 

そう言ってインサートに対して掌仙術による治療を始めようとする。だが俺に挿入された声がその行為の邪魔をする。

だれも他に治療行為をできない今なら、確実にインサートの息の根を止められる。躊躇うな、この悪鬼を殺す事を!

その考えを振り払ってくれたのは、後輩の俺を信じる目だった。

 

「インサート、俺はお前に罪を償わせるために、お前を救ける。ヒーローは命を奪う者じゃないから。」

 

その声に何かを感じたのか、インサートは黙って俺の言うことに従ってくれた。

まずは写輪眼による麻酔だ。動かれると傷の再生に支障が出かねない。幸いにも切り裂かれたのは右胸だ、心臓には達していない。

 

出血多量に陥る前に肺と血管を再生しきってみせる。

今は、それだけを考えよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

クリスタルアイの目から光線が放たれる。それをバブルビームは高速回転する泡で弾いた。

クリスタルアイの個性の実態は目から高速で水晶を飛ばすというもの、実体があるのなら泡の流れで受け流すことは可能だ。

 

その隙にスクリューがクリスタルアイに詰め寄った。

 

「何故だクリスタルアイ!何故インサートを撃った!」

「ボス、どいてください。ご子息を止めなくてはインサートが生き残ってしまう。」

「それの何が問題だと言うんだ!」

「インサートは幼い。捕まえてもせいぜい更生施設行きです。そこを出たら必ず再犯を犯します。なら、次の犠牲者を出さないためにはここで奴を殺すしかないのです。」

 

氷のように冷たいクリスタルアイの声。だが、スクリューはすぐに気がついた。それは建前でしかないのだと。

 

「問題は、付けないんだね。」

「ええ、私はヒーローとしては終わりですから。」

「その覚悟があっての行動だと言うのか。」

「ええ。ですので、ボスにもどいて頂きます。」

 

クリスタルアイは目から光線を出そうとする。だが、その予兆として目が煌めくのだ。それを知っているスクリューはクリスタルアイの顎を打ち上げることで光線を回避しようとした。

 

「どかないし殺させない!」

「殺してみせます。跳弾光(リフレクションレイ)。」

「ッ⁉︎バブルビーム!」

 

バック宙しながら放たれた水晶の光線が天井に当たり、反射して治療に集中しているメグルの背を襲う。

 

だが、反射的に動いたバブルビームがその跳弾を回転する泡で弾き飛ばした。

 

「感触から言って跳弾は威力が低い!急所に当たらないとどうこうはなりません!多分痛いですけど!」

「初見でこれを防ぎますか。現No.1のサイドキックは伊達ではないですね。」

「...僕のサイドキックになってから、ずっと実力を隠していたという訳か。」

「ええ、全てはこの日、インサートを殺すために。」

 

そう言ってクリスタルアイは構えを取った。

 

「理由を話してはくれないのかい?クリスタルアイ。」

「ええ、そんな悠長な事をしてはエンデヴァー達がやってくる。今しかないんです、私には。」

 

そう言ってクリスタルアイは視線を周りに向ける。その動きの意味に勘付いたスクリューが叫ぶ。

 

「全員、頭を下げろぉお!」

「遅いです、水晶乱反射(リフレクションパレード)

 

狭いとは言えない捜査本部、その全てを乱反射する水晶の光線が埋め尽くした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「本当に凄いですね、ボスもエンデヴァーヒーロー事務所の方々も。サンドウィッチさんの砂で全員の体勢を崩しつつ盾を張り、螺旋の力で私の光線の大半を吹き飛ばした。ですが...

皆さん、ひどい状態ですね。」

 

螺旋の力から逃れた水晶の光線は確かにヒーローたちにダメージを与えていた。

螺旋の中心にいたことで跳ね返った光線をモロに食らってしまったスクリュー、メグルとインサートを庇ったバブルビーム、後輩と名乗る少女を庇ったサンドウィッチ。

 

だが、誰一人として倒れている者はいなかった。

 

「確かに、痛かったね。バブルビーム。」

「ええ、ですが思った以上に威力が低い。」

「殺さないように加減してたんじゃない?」

「いいえ、加減はしてませんでした。皆さんを最悪殺してでも押し通るつもりでしたから。」

「怖い事を言うね。でも、似合わないよクリスタルアイ。君は『問題です』なんて変な語尾のままヒーローをしていた時の方が、良い顔をしていた。だから、僕が止めるよ。君の上司として。」

 

構えを取るスクリューとクリスタルアイ。牽制の光線を躱して、中心を遠くに作った螺旋の力でクリスタルアイを引き寄せた。

 

「その程度、予想の範疇です。水晶閃光(クリスタルレイ)...⁉︎」

 

その閃光がスクリューさんの両脇腹を貫いたが、それで止まらずにスクリューは螺旋の一撃を放った。

 

「螺旋体技、激衝...信じていたよ、君が殺す事を前提に置かない優しい人だって事を。」

「普通、こうまでされた相手を信じるなんてできませんよ。本当に凄い...ああ、眩しいなぁ。まるで、天音みたい。」

 

その言葉と共に、クリスタルアイはスクリューに抱きかかえられた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「インサートの治療終わったと思ったら怪我人増えてる⁉︎大丈夫ですかうずまきさん⁉︎」

「先輩、あんな激闘があったのにその反応なんですか。」

「いや、掌仙術って集中力使うんだよ。...うん、まずはうずまきさんからだな。」

「サンドウィッチ、砂でインサートとクリスタルアイの拘束を頼む。メグル、治療お願いね。」

 

軽く触診。スクリューさんを貫いた二本の光線は共に臓器をそれていた。これが、スクリューさんの技量なのかクリスタルアイさんに残っていた優しさだったのかはわからない。だが、後者であれば嬉しいなと思いながら治療をする。

 

「どうやら、終わりのようですねお嬢様。」

 

インサートと話し合っていた男が立ち上がり携帯で何かの操作をする。嫌な予感しかしない!

 

治療を中断し写輪眼でその男に催眠をかける。

 

「何をした、吐け!」

「部下に連絡をしたのです。お嬢様が終わる今、有終の美を飾るには今しかないのだと!」

 

有終の美などという言葉から連想される事実はただ一つ。

 

「火元は何処だ。」

「入り口、裏口、屋上の3点同時放火です、逃げ場はありませんよ。」

「あ、なら大丈夫ですね。バブルビームさん、サンドウィッチさん、屋上の初期消火お願いします。」

「...ヘリの動線を確保するのかい?」

「あ、違います。入り口と裏口の放火は想定できていたんで、対策はしてあるんです。だから、屋上の火が燃え広がらない限り問題はないんですよ。」

「...何をしたのさ、メグル。」

「知り合ったお爺さんを通じて色んな人に声かけしてもらったんですよ。そうしたら答えてくれた。ヒーロー飽和社会も悪いもんじゃあないって事です。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ねぇ飛糸くん。師範の言った事って本当に起こるのかな?」

「あの師範が声を荒げて言ったのです。信頼に足る情報ソースがあるのでしょう。畳先輩。」

 

そんな会話をする二人の門下生たち。周囲には他にも大荷物を抱えている者が多くいた。

 

そんな彼らの目の前で、突然に警察署の入り口から火の手が上がってきた。

 

「来た!」

「行きましょう、先輩!」

 

二人のみならず周囲の荷物を持っていた者達が火の手に一斉に集まる。

何故か動じず仕事を続ける警察官達を尻目に持ってきた荷物を火に向けて投げつける。

ホームセンターで集めた、ありったけの消化弾を。

 

「畳先輩、こういう時は『汚物は消毒だー!』と言うのでしたか?」

「飛糸くん、それ燃やす方。」

 

そんな会話をしている二人を尻目に、他の大人たちは火をつけたと思われる男を捕らえていた。

 

「な、何だお前たちは⁉︎」

「通りすがりの道場門下生だ、覚えておけ。」

「貴様が火をつけた犯人だな?しばらく捕まっていろ。」

「クソッ、こんなはずじゃあなかったのに...申し訳ありません、お嬢様。」

 

本来絶望の始まりとなる筈の穂村署大火災は、こんなにもあっけなく終わりを告げた。

 

その光景を見て驚いていた男が一人いた。まるで、あり得ない光景を目にしたように。

 

「運命が、変わった...⁉︎」

 

その言葉と共に、男は立ち尽くしていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

バブルビームさんとサンドウィッチが屋上へと向かい、捜査本部にいた警察官達に『俺の声に従え』と命令を仕込み制圧を完了した段階で、エンデヴァーさんと相澤先生がやってきた。

 

「メグル、どういう状況だ。というか何でお前が警察署にいる。」

「ちょっと隠れ家が機動隊に襲撃されたんで逃げてきました、ここまで。」

「...それは逃げるとは言わん。」

 

相澤先生の呆れ顔が心に刺さる。が、報告を続けよう。

 

「インサートは確保、身代わりの少女は無事、穂村署を焼き払う策は対処済み、ついでにインサートを殺そうとしたクリスタルアイさんも確保。後は皆さんにかかった催眠を解けばインサート事件は終了です。」

「そうか...よくやったメグル。」

「そんな訳で、インサートが目覚め次第洗脳の解きかたを吐かせようと思います。今は治療の疲れから眠っているので。」

 

眠っていればただの美少女なあたりインサートという悪鬼はタチが悪い。ぱっと見で悪人とわかる顔だったのならもっと逮捕もやりやすいというのに。

 

「先輩、いまいち実感が湧かないんですが、勝ったんですか?私たち。」

「そうだな。インサートは捕まえた、しかも死人も出ていない。俺たちの完全勝利だ。」

 

その言葉と共に後輩は座り込んだ。

 

「なんだか、力が抜けちゃいました。」

「その気持ちスゲーわかるわ。」

「貴様は座り込んだりするなよ?仮にも俺のサイドキックなのだから。」

「はーい。」

「伸ばすな馬鹿者。」

 

スクリューさんの治療も終え、やる事がなくなった俺は何となく後輩の隣に行く。

 

「なぁ、どうだった?俺たちの旅路は。」

「...ただただ、大変でした。でも、ずっと先輩が一緒にいてくれたから耐えられました。でも、この記憶もなくなっちゃうんですよね。インサートの個性を解いたら。」

「そうだな。まぁ、俺が死にまくる光景なんか忘れられるなら忘れた方がいいさ。」

「それだけじゃないですよ、私が見たのは。頑張っている姿も、私を安心させようとする姿も、私を守ってくれる姿もちゃんと見てました。だから、この記憶も、この想いもなくなってしまうのは寂しいです。」

 

そう言った後輩の顔は、悲しみを堪えているように見えた。

だから、こんな夢のような約束を持ちかけたのだろう。

 

「なぁ後輩、今度また会えたら一緒にどっか回らないか?今までみたいな命懸けのじゃなくて、普通にさ。」

 

その言葉に一瞬ぽかんとした後、クスリと笑って笑って答えてくれた。

 

「それって、デートのお誘いですか?」

「そんな所だ。で、どうよ?」

「...受けます。いつかきっと、デートをしましょう。先輩と後輩なんて記号じゃなくて、ちゃんと名前を呼び合って!」

 

エンデヴァーと相澤先生の指揮によりインサートの挿入により歪んだ警察署は取り敢えず正された。

その後、インサートは近くの病院に、クリスタルアイさんは留置所に入れられた。

 

住所のわからない後輩は、うずまきさんの家に一晩泊まる事となった。

すぐに洗脳を解いて自分の家に戻らないという事は、俺と同じ事を考えていたのだろう。

 

その手にノートとペンを持って、俺たちの旅路を忘れないように記録する。もうすぐ記憶の無くなる俺たちの、最後の仕事だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

翌日、留置所にてスクリューはクリスタルアイと面会をしていた。

 

「クリスタルアイ、君の話を聞かせてほしい。」

「ボス、いいえ、元ボスですね。」

「ボスでいいよ。君の事を解雇するつもりはないから。」

「...まだ私を信じるんですか。頭おかしいですよ、ボス。」

「うん、僕の元を去って行くサイドキックからよく言われるよ、それ。」

 

流れる沈黙、じっと目を見つめるスクリューの瞳に負けて、クリスタルアイは、綺羅星瞳(きらぼしひとみ)はポツポツと話し始めた。

 

「親友がいたんです。」

「うん。」

「名前は歌野天音。私の高校時代からのクラスメイトで、共にヒーローを目指す仲でした。」

「うん。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それは、仮免許を取得してインターン活動に励んでいた頃の事だった。

 

「瞳ちゃん、私...助産師さんになる!」

「唐突に何を言ってるんですか、天音。確かにヒーローに副業は認められていますが...」

「昨日のインターンで妊婦さんを病院にまで運んだんだけど、私何もできなかったの。でも、手を握り続けて、産まれるまで立ち会って思ったの、命ってあったかいなって。私も命を産む手助けをしたいって!」

「天音...助産師になるには資格が必要です。大学もその方面に行く事になるのですが、いいんですか?ヒーローを目指さなくても。」

「...多分大丈夫!高校のうちにヒーロー資格を取り切って、それから大学で助産師資格とれば良いんだから!」

「相当厳しいと思いますが、その目を見る限り本気なんですね。」

「うん!」

 

その1年後、本当にヒーロー免許を取り切って専門学校に通い始めるあたり歌野天音という人物は侮れない。

親友だった綺羅星瞳は本当にそう思っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「良い友達だったんだね。」

「ええ、本当に。破天荒な天音に引っ張られて、時々私の暴走に天音を引っ張ったりもして。そんな日々でした。本当に、楽しい日々でしたよ。」

「だから、君は復讐に走ったんだね。」

「ええ、そうです。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから3年後、ヒーロークリスタルアイは都内でヒーローとしての経験を積むもなかなか芽が出ないでいた。そんな彼女に、一通のメールが届いた。

 

親友の、歌野天音の遺書だった。

 

最初読んでいる時は意味がわからなかった。存在しない筈の妹の事、存在しない筈の借金の事、そして、天音しか映っていない写真。その写真に添えられた妹を頼むと添えられたメッセージが、異彩を放っていた。

 

だが、その事を理論立てて考えられるようになったのは、歌野天音の葬式を終えて、雨の中とある占い師の元へと流れついてからだった。

 

「お嬢さん、お風邪を引いてはいけない。お入りなさい。」

 

普通なら断る筈のその誘いを、何故か瞳は断れなかった。その男性の不思議な雰囲気、悟っているともとれる感覚がそうさせたのかもしれない。

 

「雨が上がるまであと30分ほど、それまで黙っているというのも何ですし、1つ占いをして差し上げましょう。」

「...押し売りですか?」

「お代は取りませんよ、占う内容は...そうですね、あなたの親友を殺めた宿命の相手についてでどうでしょう。」

「天音が、殺された⁉︎ふざけた事を言わないで!天音は、自殺したの!意味のわからない遺書を残し...て...」

「その様子ですと、どうやら気が付いたようですね。とある系統の個性を使えば犯行は可能であると。」

「...洗脳ッ!」

 

瞳の中で全てが繋がった。犯人の個性は思い込ませる個性。天音は妹がいると思い込んで、借金があると思い込んで、写真に妹がいると思い込んでいた。

 

「ありがとうございます、占い師さん。やるべき事が見えた気がします。ですがどうして私と天音の関係を見抜けたんですか?」

「単純な事、この付近でヒーローピースソングの葬式があるのは知っていました。なら喪服でいるのはその関係者、そしてその若さとショックの深さを考えるとピースソングと関わりの深いヒーロー、クリスタルアイである事は導き出せます。ヒーローに詳しければ解ける簡単なロジックですよ。」

「...占い師の洞察力とは凄まじいモノですね。」

「ええ、私の個性『直感』と相まって大体の事は予測する事ができます。占い師なんてやっているのはそのお陰ですね。さて、本題に戻しましょう。」

「天音が殺されたという話しですね。」

「今から私の個性を使います。その情報をもとにお話しましょう、あなたの取るべき運命を。」

 

そうして個性を使った占い師は告げた。長野だと。

 

「長野ですか...遠いですね。」

「ですがあなたはまだ身軽な新人、移籍する事は容易の筈です。行けないことはないでしょう。」

「長野のほかに情報はありませんか?」

「私の感によると、語尾に何かを付けるとたどり着ける確率が上がりますね。その程度でしょう。」

「どんな直感ですか、今までのロジックで人を導く占い師さんのイメージが一瞬で崩れましたよ。」

「占いなど当たるも八卦当たらぬも八卦、まぁ信じてみて下さいな。」

「はぁ、問題ですね。」

「良い語尾ですね。その語尾なら行けると感は告げています。」

「...当たる八卦にかけてこの語尾でいかせて貰う問題です。それではお代を...」

「お代は結構。闇に潜む賢しい(ヴィラン)を退治してくれるのならそれがお代になります。」

「ありがとうこざいます、占い師さん。ですがお代は置いておきます。退治で終わらせるべきかは迷っているので。」

 

そうして瞳は、財布の中に入っていた3万円をテーブルに置いて去っていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それからの事は語るまでもないですよね、長野に来たは良いものの右も左もわからなかった私にボスが手を差し伸べてくれ、サイドキックとして雇ってもらい、今に至ります。」

 

スクリューは拳を強く握りしめた。インサートの爪痕がずっとクリスタルアイの心を苦しめていた。その事に気付けなかった不甲斐なさからだ。

 

「復讐は許される事じゃあないとかの一般論は置いておくよ、それは多分復讐に走った人にしかわからない事だから。だからクリスタルアイ、最後に君に尋ねたい。楽しかったかい?僕の事務所に来てから。」

「...ええ、楽しかったです。あの日々のようで、夢みたいでした。」

「...なら、僕は待ってるよ、君が罪を償って出てくるのを。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察病院で、バブルビームさんとサンドウィッチさんに連れられて俺はインサートと相対する。

 

「さぁ、話をしようかインサート。お前に個性を解除させる前に聞きたい。何故、俺を呼んだんだ?」

「お兄ちゃんに聞きたかったの、なんで私を殺さなかったのか。なんで私を助けてくれたのか。今でも殺したいんでしょ?インサートを、私を。」

 

そんな事は当たり前だ。今からでもその細い首をへし折ってしまいたいと心は叫んでいる

 

だが、違うのだ。俺の中では。

 

「正直自分でもよくわからない。でも、殺したいと思っていても死んで欲しいとまでは思えていないんだ、俺は。」

「そんな理由で私の挿入を弾いちゃうんだ、変な人。」

「変な人は余計だよ畜生。」

 

「理由もなくて、殺意を抱いている相手にも与えられる感情。やっぱりわからないや、愛って。」

 

その言葉に込められた感情の意味を理解する前に、俺の意識は切り替わった。

 

「...ここは?」

「病院だよ。個性が解けたんだね、メグル。」

「インサートの個性ッ⁉︎まさか、俺が操られたんですか⁉︎」

「違うわ、メグルはインサート逮捕の立役者よ。インサートの個性に負けないでヒーローを貫き通した。」

「メグルの部屋に事件の事をまとめたノートがあるから読むといいよ。...皆の洗脳を解除した。それが君の答えなのかい?インサート。」

「ええ、負けを認めるわ。個性も使えなくされちゃったから何も出来ないし。大人しくシセツってとこに行くとするわ。」

 

こんな小さな少女がインサートだとは、世も末である。ていうか最後の記憶から逆算すると警察署で個性を喰らった事になるぞオイ。

 

「覚えてないですけど、良く生き残れましたね俺。」

「勝利の女神が付いていたんじゃないかな。」

「ええ、あの子のツキは大したものよ。」

「...あの子?」

「メグルが庇い続けていたインサートの身代わりにされそうだった女の子がいたんだよ。」

「将来美人になりそうな子だったし、唾つけといて正解だったんじゃない?」

「光源氏プロジェクト的な意味でない事を祈ります...」

 

「ハハハ」とアメリカンに笑う2人、まさかの正解⁉︎

 

「お姉ちゃん成長が絶望的だけど15歳だよ。」

 

「マジで⁉︎」と驚く2人。つまり俺はロリ体型の女の子に手を出していたという事なのか⁉︎大人な美人秘書で無く⁉︎

 

「いったい何が起こっていたんだ過去の俺...」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その後、公安の人たちがやってきて自分たちは病室から追い出された。

長くかかるのだそうだから、自分たちは病院を出てホテルへと歩いて帰る事となった。

 

「公安が動くか、エンデヴァーさんが手を回してくれたのかな。」

「そりゃそうよ。12歳の少女による警察署占拠なんて前代未聞よ?次に同じ事が起こらないように万全を期すでしょ警察も。」

「どこまで公表するかですね。神野以降ヒーローへの信頼が落ちているのに警察の信頼まで失う訳にもいかないでしょうから。」

「最悪、公表しないまであるかもね...」

 

沈黙が三人を包む。それだけ今回の事件は社会に影響を及ぼしかねない重大なモノとなる可能性を秘めていたと改めて気付かされた為だ。

 

「こんなムードだと気が滅入ってばかりですね、飲み物でも買いに行きますよ。」

「そだね、僕コーヒー。ブラックね。」

「じゃあ私紅茶。」

「はーい。行ってきまーす。」

 

「積極的にパシるって良い後輩よね。」

「素直で扱いやすいってのも追加で。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

心のどこかで、モヤモヤを感じていた。

何かが足りない、そんな気持ちを抱えて街を歩いている。

 

「このノートを本当に私が書いたなら、そういう事なんでしょうね...会ってみたいな、その人と。」

 

少女にはここ一週間近くの記憶がなかった。インサートという(ヴィラン)の仕業らしいが詳しい事はわからない。ただ、それ以上に長い間誰かの背中を見ていた気がするのは何故だろうか。

 

そんな考え事をしていながら歩いているからか、歩道橋の階段で足を滑らせてしまった。

何故か、懐かしいと感じる感覚。

 

そして、遠くから聞こえる足音を聞いた途端に、落下の恐怖が消えた。

 

「大丈夫か!」

 

抱きかかえられて空を飛ぶ懐かしい感覚、脳裏をよぎる言葉にならない感覚に身を任せて身をよじる。

 

そうして、私と彼は再び唇を合わせた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

奪われたキスに童貞ハートが揺れるもののしっかりと着地。

 

「...事故だよな?今の事故だからノーカンだよな⁉︎」

「わかりません、なんとなく体が動いてしまって...でも、ノーカウントにはして欲しくないですね。」

「最近の小学生は進んでる、のか?」

 

腹に一発放たれる拳。だが見えているのでガードは可能だ。

 

「ガードしないでください、先輩。」

「まずなんで殴ったかを言え、後輩。」

「私は中学3年です。小学生ではありません。」

「マジで⁉︎」

「...今の言葉は宣戦布告と受け取ってもよろしいですね、先輩。」

「ノーに決まってるだろ後輩。いや、小学生と見間違えてたのは済まないと思ってるけどさ。」

「じゃあパフェでも奢って下さいよ、先輩。」

「今先輩方に飲み物持ってく途中だから、それ終わったらな。」

 

何故か先輩後輩という呼び方がしっくりくる少女だが、ちゃんと自己紹介をしよう。

 

「団扇巡だ。後輩、お前の名前は?」

時遡祈里(ときさかいのり)と申します、団扇先輩。」

「よし、時遡後輩。自販機のある場所教えてくれね?地味に見つからないんだよ。」

「あそこの角にありますよ。100円の奴が。」

「やった、ちょっと得した気分。」

「ちゃっちいですね、先輩。」

「うるせぇ、奨学金暮らしの貧乏学生なんだよ。」

 

そうして彼女を連れてのんびり歩く。

命の危険など滅多にない、この穂村の街を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

男は、SNSで流れている僅かな情報から、先日の穂村署大火未遂事件の全貌をほとんど把握していた。

そして、自分の個性を使って改めて運命を見ていた。

 

「団扇巡、一体何者だ?あれほどの死の因果を抱えていながら、平然と生きている。あれほどの死の詰まった穂村署大火をいとも容易く止めてしまった。まるで運命という枠の外側にいるようだ。」

 

「そんなイレギュラーは、排除しなくては。全ては、正しき運命のために。」




後輩こと時遡祈里ちゃんの個性 タイムリープは本来運命を変える事はできません。なのに何度も運命を変えられたその理由が運命の外側にいる存在、団扇巡という世界そのものに対するイレギュラーがいたから。
という裏設定を公開してみる。

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