【完結】倍率300倍を超えられなかった少年の話   作:気力♪

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文字数膨らむ問題。道中にカットしようか悩むシーンは多々あれど「書き直すより投稿早くしないとあかんで?」とゴーストが囁いたので投稿します。

Huluでキャプテンアメリカ全部見てたりして投稿遅くなりました、すいません。(正直)


陰我

なんとか手術室前の椅子にたどり着いて座り込む。道中誰にも見られなかったのは良かったのか悪かったのか微妙な所だ。

 

しばらく休みつつ、身体エネルギーと精神エネルギーをゆっくりと練り上げチャクラを作り、それを身体中にゆっくり循環させて丹田に戻す。瞑想のようなものだ。経験則でしかないが、チャクラを使い切った後はコレをすると若干体が楽になるのだ。

 

20分程休んだ所でお腹がぐぅと鳴ったので、立ち上がり購買に行くことにする

 

「とりあえずカロリー欲しい。MAXコーヒーあるかなぁ。」

 

流石に病院のような場所でいかにも健康に悪いあのコーヒー入り練乳が売られているとは思えないが、言うだけならタダだ。

まぁ、案の定なかったので外まで探しに行った訳なのだが。

 

外のコンビニに出て菓子パン3つとコーヒー牛乳を買ってレシートをもらう。経費で落ちないかなーという願望からだ。レシートでも経費で落とせるというのはインターンで初めて知った割と衝撃の事実である。細かい出費だと領収書より事細かに書かれているからレシートの方が良いのだそうだ。

 

そんなどうでもいい事を考えつつ菓子パンを頬張る。やはり銀チョコロールは良い。可能なら家の冷蔵庫で冷やしてから食べたかったがそれはそれ、そのままでも十分に美味しい。

 

「さて、どーすっかね。現場戻るにも足がない。バブルビームさんたちはお仕事中。...お見舞いにでも行くか。」

 

とりあえず病院に戻ろうとすると、横断歩道の向こう側にある病院入り口の段差でお爺さんが転びそうになっているのが見えた。

今のチャクラ量だと移動術でも受け止めるのは間に合わない。怪我をしないといいのだが。

 

そんな事を考えていると、近くにいた男性がまるでそうするのが自然かのようにするりとお爺さんを抱きとめた。

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、助かったよ、お兄さん。 最近腰が悪くてねぇ。」

「気をつけて下さいね、誰かが助けてくれるとは限りませんから。」

 

走りかけた足を止めてその光景を目に焼き付ける。神野事件以降社会情勢は混迷して行くばかりだが、人の心の優しさは消えていない。そんな小さな親切を見る事ができて少しほっこりした。

 

だが、その男性は俺を見ると一瞬だけ殺気のようなものを飛ばしてきた。ほんの一瞬だけだったが、確かに感じられるドス黒い殺気を。

 

だが、すぐにその殺気を消して、会釈をしたあと男はそのまま去って行った。

 

咄嗟に携帯で写真を撮る。横顔だが写真に撮れた。これで警察の(ヴィラン)リストに登録のある人物なら見つかる筈だ。まぁ、あんな親切をする人物が(ヴィラン)だとは思えないので、自分の気のせいなのだろう。

 

「なんて、自分すら騙せない嘘なんて誰が得するんだっつーの。」

 

予感があった。あの男は俺の敵になると。

この時点では根拠のない直感でしかなかったが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

病院に戻り切島たちの様子を見に行く。すると治療を終えたらしい相澤先生と合流できた。看護師さんが相澤先生を止めようと追っかけてきているのを無視しているあたりが相澤先生だなーと思う。

 

「別れた後の突入部隊の事詳しく知らないんですけど、イレイザーさん達は大丈夫だったんですか?」

「ああ、俺は10針縫った程度だ。他の連中はこれから見に行く。」

「ご同行します。地味にできる事がなくなって暇してたんですよ。歩き回れる程度には体力は回復しましたし。」

「て事は、ナイトアイにはもう会ったのか?」

「ええ、頼みごとをされました。詳しいことは明日聞く事になってますけどね。」

「...それは、お前なりの励ましか?」

「なんかサー・ナイトアイが燃え尽きて死にそうな空気出してたのでちょっと意地悪しちゃいました。」

 

そうして、相澤先生と共に負傷した皆の様子を見に行く。

 

切島は全身打撲に裂傷が酷いものの、命に別状はない。

天喰先輩は顔面にヒビが入ったものの後遺症はない。

ファットさんは骨折を何箇所かしたが、元気そうだ。

ロックロックさんはナイフで刺されたものの内臓を避けたらしく大事には至らなかった。

そして、出久は腕に妙な痣が浮き上がったもののエリちゃんの個性のお陰で無事だとの事だ。

 

「なにその痣、お前の個性の関係か?」

「さぁ、どうなんだろ。」

「...ボロボロにならなかった今回でも体に何か残るってお前は本当に歴戦のヒーローへの道をひた走ってるよな。」

「いや、傷だらけだけが歴戦の証って訳じゃないからね?団扇くん。」

 

相澤先生が病院の先生に聞いた話によると、エリちゃんはまだ熱も引かずに眠ったままで、今は隔離されているとの事だ。人を巻き戻すというとんでもない個性を調整(コントロール)できない今では、相澤先生以外に止める手段がないからだとの事。

出久のように全身を絶え間なく破壊し続ける事で接触するというクレイジープランを実行できる人間など少ないのだろう。

 

そうして、ナイトアイの病室に出久を伴って再び訪れる。病室前の椅子には、バブルガールさんとセンチピーダーさんの他にオールマイトが座っていた。

 

「オールマイト、来てたんですか。...今ナイトアイはどうなってますか?」

「...ああ、リカバリーガールとこの病院の先生方の合同手術中だよ。癒着してしまったコンクリートの破片を体内から取り除いて治癒を行うという難しい手術らしい。だが、心配は要らない。リカバリーガールが居る。きっと大丈夫だ。」

 

そう言い終わった後で、オールマイトは失言を自覚したのかハッとした。

 

破片の癒着という言葉に心の底から恐怖が湧いて来る。そんな症状が起きる原因など1つしか思い浮かばない。

 

俺の掌仙術だ。

 

寒気がしてきた。もしかしたら、サー・ナイトアイを殺すのは俺かもしれない。そう考えると、目の前が暗くなるのを感じた。

 

そんな恐怖を感じ取ったのか、バブルガールさんとセンチピーダーさんがぎゅっと手を握ってくれた。

 

「君のせいじゃないよ、メグル。もしメグルが治療してくれなかったらサーは間違いなく死んでいたって先生が言ってた。だから、私たちから言う言葉は決まってるの。」

「ええ、そうです。あなたに贈る言葉は変わりません。」

 

「「ありがとう、サーの命を繋いでくれて」」

 

サイドキックの2人の手の暖かさが、俺を恐怖の鎖から解き放ってくれた。

 

「...俺も、この場所でサー・ナイトアイの手術を待たせて貰っていいですか?」

「構いません。一緒に祈りましょう、手術の成功を。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから15分ほどすると、手術の話を聞きつけたのか、通形先輩が病室前にやってきた。看護師さんの制止を聞かないで。

相澤先生といいどの人も看護師さんに迷惑かけっぱなしだなぁと冷静な頭で思う。

 

「バブルガール、サーの容体は⁉︎」

「今手術中。でも、きっと大丈夫。リカバリーガールが雄英からきてくれているから。」

 

リカバリーガールの名前の持つ力は大きい。その名が出た瞬間に通形先輩の顔が少し緩んだのが見えた。雄英に通っている先輩なら幾度となく世話になったのだから当たり前だ。

 

それでもやはり心配なのか、通形先輩もこの手術室前で待つ事となった。

 

それから1時間程経ったころ、手術室の扉が開いた。

 

「サーの!ナイトアイの容体は!」

「落ち着け、ミリオ。」

 

リカバリーガールに詰め寄る通形先輩。それをセンチピーダーさんが優しく止める。

そんな様子を見たリカバリーガールは、ニッコリと笑ってこう言った。

 

「安心しな、手術は成功だよ。かなり体力を使ったから今日はもう起きないとは思うけどね。」

 

その一声で、皆の緊張の糸は解けた。

 

バブルガールさんなどへたり込んで「よかった」と連呼している。俺も正直立ち上がれそうにない。出久が横で「やった、やったね団扇くん!」と手をブンブンと振り回してきた。地道に腕痛い。

 

「さ、こんな所いても良いコトなんてないんだ。さっさとどきな。」

 

そう言ってリカバリーガールは歩き出していった。

だが、俺の目の前に来た時、「ついてきな」と一言言ってきた。

 

病院の廊下を歩きながらリカバリーガールに声をかける。

 

「...リカバリーガール、すいませんでした。」

「...何について謝ってるんだい?」

「サー・ナイトアイへの治療についてです。俺の力だけじゃあ、サーを殺していたかもしれません。」

「助けられなかった、だよ。言葉を間違えちゃあいけないさ。あんたはあんたなりに全力を尽くしたんだ。」

 

歩きながらリカバリーガールの言葉を聞く。俺を励ます言葉ではなく、かといって俺を責める言葉でもなかった。だがその言葉には、不思議な重みがあった。

 

「あんたのやった事はあんたのできる最善だったかもしれない。でも今のままじゃ人1人の命も救えやしないのさ。今回はあたしが間に合った。でも、次はそうじゃないかもしれない...命を救う現場に、次なんてないからね。」

 

次なんてない。その言葉が深く突き刺さる。もし、リカバリーガールが間に合わなかったらナイトアイを助けられなかった。それは事実だ。

 

だから、振り返り、俺の目を見て言うリカバリーガールのその言葉に心底驚いた。

 

「だから、あんたに聞きたい。あんたは、今みたく中途半端にでなく、本当に人の命を救える男になる気はないかい?より多くの命を救うヒーローにさ。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「そんな事言われたんだ。メグル。」

「はい。」

 

事後処理もひと段落し、車でエンデヴァーヒーロー事務所へと帰還する車中にて、バブルビームさんとそんな会話をしていた。

 

「正直、迷ってます。俺のなりたいヒーローの姿と、リカバリーガールの示してくれた道が微妙にズレていて、そのまま進んでいいのかって考えちゃって...」

「なりたいヒーローの姿って?」

「『助けて』を叫べない誰かに手を差し伸べられる、そんなヒーローです。」

「...そりゃまた難しい夢を持ってるねー。」

「自覚はしてます。」

 

しばらく無言になる。なんとなく窓の外を見るも、特に気が晴れたりはしなかった。

 

「メグルはさ、」

「はい。」

「『助けて』を叫んだ人と叫ばなかった人、どっちかしか助けられない場合、どっちを助ける?」

「...それ、どっちも助けるってお決まりの答えは駄目ですよね。」

「うん。まぁ思考実験だから。」

「自分の意思で『助けて』を叫ばなかったのなら叫んだ人を助けます。でも、なんらかの事情で『助けて』を叫べなかったのなら、叫ばなかった人を助けます。それが、今の俺の答えですね。」

「独善的だね。」

「それも自覚はしてます。まぁ大なり小なりヒーローはそんなもんでしょう。」

「それ言っちゃうかー。でも同意なんだけどね。」

 

同意なのかい。と心の中で突っ込む。なら独善的とか言わないで欲しかったわ。

 

「んで、何が聞きたかったんですか?」

「んー、メグルのなりたいヒーロー像がリカバリーガールの言う命を救うヒーローとどう違うかって事。」

「...結果は?」

「最初に言ったどっちも助けるってのが一番やりたい答えなんだよね?」

「...はい。」

「なら、僕は話を受けてみてもいいと思う。どっちかしか選べなかった時の答えも迷いはなかったから、なりたいヒーローのヴィジョンはしっかりしてるんだよね、メグルは。なら、ちょっとくらい寄り道してスキルアップしてみても良いと思う。」

「寄り道してスキルアップ...なんか転職みたいですね。」

「ヒーローってお仕事じゃん。間違ってない間違ってない。」

「そういやそうでした。」

 

忘れがちだが、ヒーローとは公務員なのだ。安定とは程遠い職業ではあるのだが。

 

「バブルビームさん。」

「何?」

「寄り道のこと、しっかり考えてみます。」

「うん。ま、若いんだから好きに悩むが良いよ。」

 

ここで「適当ですね」と返す。すると「他人事だからね」と返される。そりゃそうだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そうこうした後にエンデヴァーヒーロー事務所に戻り、報告書を作成し始める。職場体験で体験した事だけにそう難しくはなかった。

だが、突然流れたそのニュースにより事務室は騒然となった。

 

「護送中の治崎が(ヴィラン)連合に襲われた⁉︎」

「オイオイ、護送中の犯人が襲われるのはこれで二度目、どっちもウチの事務所絡んだヤマじゃねぇか!」

 

サイドキックの人々が口々に騒ぎ出す。インサートの時もこんな感じだったのだろうか。

 

「...メグル、何か思い付く?」

「緑谷から連合のトガちゃんとトゥワイスさんが来てたってのは聞きました。多分その関係で裏切りがあったんだと思います。」

「...一応、現場に残ってるサンドウィッチさんにも伝えないと。要警戒だって。」

「ですね。まぁ襲撃場所は高速道路なんで事件現場は大丈夫でしょうけど。」

「そう言う油断が命取り、覚えておいてね。」

「はーい。」

 

インサートに続き治崎まで護送失敗となると警察の恐れていた警察への信頼の失墜が本当に起こりそうだ。果たしてエンデヴァーさんはこの逆風の中でNo.1として立ち続けられるのか。この事務所もこれからが大変そうだとどこか他人事に思った。

 

「バブルビームさん、報告書終わりました。チェックお願いします。」

「相変わらず早い...よし、問題ないね。休憩入っていいよ。」

「何か手伝える事があるならやりますよ、力仕事以外なら。」

「そう?なら資料のまとめ直しお願い。占い師についての奴だけど、調べなおさなきゃいけない事が多そうだから。」

「はーい。」

 

バブルビームさんから資料のアクセス権限を貰い、資料をまとめ始める。

 

今回の討ち入りでわかった修正箇所をいくつか直す。

 

名称:不明 年齢:不明

職業:占い師 個性:直感×→鏡のヴェール

 

クリスタルアイにインサートの居場所を教えた占い師。個性の直感が虚偽報告だったため情報の出所は不明。

 

東京都〇〇区3-2-8にて6月まで占い屋を営んでいた。先生と呼ばれていたことからリピーターも少なくなかったと思われる。

身内の不幸があったため、店を畳んだとの事だが詳細は不明。

 

9月に死穢八斎會本拠地へと招かれている。

 

エリちゃん救出作戦においては地下施設深部にて遭遇。鏡の騎士との連携してサンドウィッチ、バブルビーム、メグルの三名と交戦した末捕縛された。

 

鏡の騎士との関係は不明。(備考:個性の相性から考えて鏡の騎士との共闘は今回が初めてでない可能性が考えられる。余罪について要調査。)

 

名称:不明 年齢:不明

職業:不明 個性:鏡の騎士

 

死穢八斎會周辺をパトロールしていた際にバブルビーム、メグルと初交戦。

エリちゃん救出作戦においてサンドウィッチ、バブルビーム、メグルと交戦

 

交戦結果から個性には3段階あると推定。

鏡に取り付き見えない騎士の姿を形取る戦闘形態。

鏡に取り付く前のモヤのような移動形態(移動速度は時速15キロ程度)

なんらかの原因(時間制限?)により人型のモヤとなる帰還形態(移動速度4キロ程度、本体へと直線的に移動する。)

 

いずれも身体エネルギーのみの形態であり、通常では視認する事は不可能。取り付いた鏡にのみその姿を映す。

 

ただ、存在はしているので視覚以外の感覚で感知すれば戦闘は可能。

 

占い師との関係は不明。

 

言動から、陰我なる人物の指示で動いていたと思われる。

 

「ふぃー、謎だらけ。陰我とやらはなんで八斎會に絡んだんだ?個性破壊弾が目的?それとも他の違法ドラッグ?...違うな。そんな単純な目的なら鏡の騎士の初手がおかしい。あの遭遇がなかったら鏡のトラップで全滅してた可能性すらある。何が目的なんだ?本当に。」

 

そもそもがおかしいのだ。死穢八斎會にとって切り札となり得る鏡の騎士と鏡のヴェールのコンボをあんな場所に置くというのが意味わからない。

 

陰我組(仮)と八斎會が別口で動いていた可能性も考えられなくはないが、それにしては連携が取れていた。

 

「考えれば考えるほどわかんねぇ。俺の経験不足かねぇ。」

 

まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて事はない...よな?

 

「いや、どれだけ自意識過剰だよ。ないない。」

 

そんな思いをしながら、再び資料のまとめに戻る。

わかっている事が少なすぎて謎だらけだが、それでも何かの役には立つだろう。

 

「チェックお願いします。」

「...うん、初めてにしては上出来かな。でもこれ、警察に渡す用の資料だから、メグルが取り調べで聞いてほしい事とか別個で纏めても良いよ。」

「あ、内部用じゃなかったんですか。」

「言ったら怖気付くかなーって。」

「いや、それならもっとしっかり資料作りますよ。内部なら怒られるだけで済みますけど外部に見せるならいつも以上にしっかりしないとですし。」

「つまり手抜きしていたと。」

「いや、手抜きって程じゃあないんですけどね。ほら、気持ち的に。」

「手抜きしてたんだね。」

「...はい。」

「やり直しね。」

「わかりました...」

 

今回の件でわかった、この事務所で働くなら油断大敵だ。

いや、手抜きした自分が悪いのはわかっているのだが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察に無事資料を送り届け、一息ついたところでサンドウィッチさんから連絡が来た。声色からして火急の要件のようだ。

 

「メグル、警察署まで来て!」

「どうしたんです?何か送った資料にミスでもあったんですか?」

「...鏡の騎士が昏倒した。おそらく個性を使用している!」

「ッ⁉︎奴は催眠状態にあった筈⁉︎そう簡単に解けるもんじゃないですよ俺の催眠は⁉︎」

「だからヤバいのよ!とにかく来て!」

「了解です!バブルビームさんも連れて行きますね!」

「お願い!」

 

「つーわけです!バブルビームさん、車お願いします!」

「よくわからないから道中で説明してね!どこまで⁉︎」

「警察署まで!」

 

急ぎバブルビームさんに車を出してもらう。警察署まではおよそ40分、到着する前に犠牲者が出てもおかしくはない。

 

「バブルビームさん、なるはやでお願いします!」

「言われなくてもわかってるよ。くそ、回転灯回したい!でも(ヴィラン)発生じゃないから出せない!規則が恨めしい!」

 

愚痴りながらも運転の手は緩めない。こういったドライビングテクニックもヒーローとして必要なスキルなのだろうか。なんて事をちょっと思う。

 

サンドウィッチさんからの続報はないので、今のところ被害者は出ていないだろう。留置所からの脱走が目的なら奴の個性は最悪の類だ。個性発動時に本体が昏倒するという特性から自力での脱走はほぼ不可能なのだから。だとすると占い師との合流が目的か?

 

実際、あの2人の個性が合わされば警察署制圧などの馬鹿げた事が不可能ではなくなる。それほどに恐ろしい組み合わせなのだから。

 

「これ、警察署ついたらコンボ入ってて皆殺しとかいうオチありますかね。」

「メグル、落ち着いて。占い師は今警察病院だよ。あの組み合わせは起こらない。」

「だとすると誰を狙って個性を発動してるんだ鏡の騎士は...」

「...ねぇ、もしもだけどさ。騎士の狙いがメグルだったとしたら、色々納得いかない?」

 

確かに想像はした事である。だが、他人の口から聞くとどうにも突拍子もない事実だ。

 

「最初の襲撃で、僕たちエンデヴァーヒーロー事務所はエリちゃん救出作戦に釣り上げられた。そこを奴らのキルゾーンと仮定するなら、最初の襲撃にあった矛盾点が解消される。」

「どうして、エネルギーが死穢八斎會本拠地に飛んでいったか...ですか。」

「そう。最初の襲撃において鏡の騎士は()()()()で八斎會の本拠地に飛んでいった。八斎會本拠地のエリちゃん救出作戦で不意打ちしたいだけなら、本体を隠す為に回り道してメグルを撒こうとするだろうしね。」

「...動機がわかりません。ヴィラン潰しって悪評は立ってますけど、誰かの恨みを買うような事はしていませんから。」

「例えば、メグルの写輪眼。その目なら暴かれてしまう大きな不正があったとするならどうよ。将来の不安を最小のペイで解消できるなら、仕掛けてくる人もいるかもしれないよ?」

「それにしたって殺し屋ですよ?それも凄腕の。そんな人を雇えるとしたら大物政治家や社長あたり。そんな社会的責任のある人が馬鹿げたリスクを抱え込みますかね。」

 

自分にはそうは思えない。社会的に力を持てば持つほど、正攻法が最強であるとわかるからだ。目の前の欲に釣られて不正を犯すより、清く正しくルール通りに生きる方が得だ。

なぜなら、社会のルールを作るのはそのルールを利用する側なのだから。

 

「やっぱり俺には理解できません。そんな大層な不正絡みの事件なら尚のこと。」

「僕も確証があって言った事じゃないからそんなに深く気にしないで。あくまで気味が悪い仮説だよ。そんな事を考えつくくらいに意味のわからない事件だから、警戒しておいてね、メグル。」

「...はい。」

 

騎士の狙いが俺だとしたら。それは一体何のために...?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

警察署に着く。受付の人にヒーローライセンスを提示したらすぐに留置所に通してくれた。

 

「サンドウィッチさん、着きました!」

「まだ犠牲者は出ていないわ。とりあえずこいつの周囲に砂をまいて感知しようとしてるけど姿を見せない。メグル、見える?」

「人型のモヤのままで、本体の近くにいます。」

 

『ようやく来たか、イレギュラー。』

「来たよ、鏡の騎士。」

 

人型のモヤのままで会話をする。鏡は周囲にない。警察によって取り払われているようだ。つまりここで俺の暗殺は不可能だ。一体何が目的なんだ?

 

「メグル、声が聞こえるの?」

「はい。サンドウィッチさん達は聞こえないんですか?」

「ええ...注意して、なにかの罠の可能性もあるわ。」

「分かってます。その時はフォローお願いしますね。」

 

『剣では貴様を切れなかった。故に言葉で貴様を切る。それがプロとしての責任だ。』

「責任とかどうでもいいからとりあえず身体に戻れ。エネルギーが薄くなってきてるぞお前。」

『フッ、この後に及んで敵に情けをかけるのか。...奇妙な男だ。』

 

少しの間黙る人型のモヤ。何かが琴線に触れたのだろうか。

 

『ミラー・ヤマザキだ。』

「知ってると思うけど団扇巡、メグルだよ。ミラーさん。」

 

『貴様に伝えておいてやる、貴様の運命を。貴様の帯びた宿命を。それが、最初の刺客としての俺の最期の役割だろうからな。』

 

そうしてミラーは話し始めた。

これからの自分を苦しめ続ける運命についての話を。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『まず言っておく。これは陰我の告げた天啓に基づく話だ。そこに間違いは絶対にない。』

「その時点で信じられないんだがなぁ。なんだよ陰我の天啓って。」

『陰我の個性は因果律予測。森羅万象全てを予知する力を持っている。』

 

またぶっ飛んだ個性が現れたものだ。因果律なんてものを見れる人にはこの世界はどう映るのだろうか。明日の未来は明るいものだと言ってくれるといいのだが。

 

「つまり、風が吹けば桶屋が儲かるってのを予測できる個性って事でいいのか?」

『フッ、そんな生易しいものではない。カタツムリを道に放す事で村1つを滅ぼせるほどの個性だ。』

「...は?」

 

意味がわからなかった。カタツムリがどうして村の崩壊に繋がるのだ。そんな事まで予測できてしまうその個性の強大さに、言葉が出なかった。

 

『その陰我によって、人類は1000年の繁栄が確定されていたのだ。イレギュラー、貴様が現れるまでは。』

「...どうして俺がイレギュラーなんだ?」

『陰我曰く、イレギュラーならそれを生まれた時から自覚しているそうだ。思い当たる節はあるのだろう?』

「...」

 

思い当たる節など生まれた時からある。転生だ。俺が転生者であり、原作という未来の知識を知っているから陰我の言うイレギュラーなのだろう。

俺の介入の結果、原作知識などもはや当てにならない上、そもそも役に立った試しなど思いつかないが。

 

「それで、そのイレギュラーがいるとどう困るんだ?」

『運命が変わってしまう。約束された1000年の繁栄が無に帰すかもしれないのだ。それを恐れない人類などいるものか。』

「なら、排除するんじゃなくて抱き込めよ。流石に俺も未来を滅ぼしたい訳じゃないから協力はするぞ。」

『いいや、貴様は英雄的だ。大のために切り捨てられる小を見捨てる事が出来ない。そんな者に運命が守れる筈がない。』

「...つまりその未来は、『助けて』を叫べない誰かを犠牲にして大多数の命を繋ぐモノって事か。」

『そうだ。大義のために、未来のために多少の犠牲は許容する。それが陰我の方針だ。』

「それなら、俺はやる事は変わらない。お前たちと敵対するし、命は可能な限り救い出す。俺は好きにやらせてもらう。」

『...この現在が、どれ程の犠牲の上で成り立っていると思っている。この未来に、どれ程の命がかかっていると思ってる。それしかないから行っているのだ。好きで誰かの命を天秤にかけるものか。好きで命を奪うものかよ。』

 

その言葉には覚悟を決めて戦い続けてきた漢の重みが感じられた。

この男は陰我とやらの組織の中で足掻き続けてきたのだろう。

 

だが、俺の心は変わらない。

 

「俺は、命を救う事が、1つでも多くの命を未来に繋げる事が間違っているとは思えない。だって、生きている事はそれだけで十二分の奇跡だから。」

 

『団扇、巡...』

 

俺の言葉に何か思うところがあったのか、ミラーは最期に1つだけ助言を残してくれた。

 

『覚えておくといい、イレギュラーは伝播する。貴様が深く関わり、運命を変えたものもまたイレギュラーとなる。陰我は、その命を狙うだろう。運命を守るために。心しておけ、お前に、お前と関わった者に安息は訪れない。自分以外を陰我に殺されたくなかったらせいぜい孤独に生きる事だな。』

「ミラー、お前...ッ⁉︎」

 

瞬間、ミラーの本体の開いた右目に人型が取り憑いた。

その瞳が向く先にいるのはサンドウィッチさんだ。砂を周囲に広くまいているサンドウィッチさんは今騎士の斬撃を防げない。咄嗟に庇いに走ろうとするもその行動は無意味だった。

 

ミラーの右目から出た騎士の剣が貫いたのは、ミラー自身の瞳だった。

 

「何やってんだお前!」

「お前と戦う事で関わった俺もまた、イレギュラーだ。...全ては、正しき運命のため、に。」

 

突如現れた胸を大きく開く傷により、ミラーの心臓は2つに割れた。

 

「訳のわからない事をぐだぐだ言って、その挙句に自殺とかふざけんな!命は、普通1つしかないんだぞ!」

 

印でチャクラを調律した後、傷口から手を突っ込み掌仙術で心臓を修復しながら心臓マッサージを行おうとする。だがしかし、出血が激しすぎて、治療速度が遅すぎて、全てが間に合わずにミラー・ヤマザキという男は絶命した。

 

俺の手の中で。

 

「そんなに大切なモノなのかよ!命を捨てるに足るモノだったのかよ!運命って奴は!イレギュラーって奴は!」

 

何故だか、涙が止まらなかった。

 

「生きてるだけで上等だろうがよ、馬鹿野郎。」

 

ミラーの血に塗れたその手で、俺は初めて救えなかった命を実感した。




救えなかった命の重さと、これから身の回りに降り注ぐ敵意を匂わせつつ死穢八斎會編終了!

次は宣言通りオリジナルとなります。雄英白書4の来そうな2ヶ月間の話ですねー。

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