【完結】倍率300倍を超えられなかった少年の話   作:気力♪

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Q 万華鏡写輪眼の開眼フラグは誰ですか?


狂気と新技と嘘

「今この病院に入院してる患者さん達を殺されたくなかったら、死んで?」

 

告げられた言葉は、酷くシンプルだった。俺の死で、この病院の人たちや母さん達が助かるのなら悪い選択ではないのだろう。

 

この言葉が真実ならの話だが。

 

崩れた体勢を整えないまま、移動術でタックルを仕掛ける。体の動きは重くても、まだ動ける。ならばやるべき事はこいつを倒し、このパンデミックを止める事だ。

 

だが、そのタックルはあっさりと避けられた。チャクラの爆発だけで突っ込んだノーモーションタックルだというのにだ。個性だけの奴じゃあない。面倒な手合いだ。

 

屋上にて相対する俺と白衣の女。上を取られるという地の利は脱したがそれでもこちらには体に入れられた毒というディスアドバンテージがある。短期決戦を決めるしかない。だが相手もそれを分かっているのだろう、隙の生まれる攻撃的な行為を取る様子が一切ない。

 

そして何より厄介なのは決してこちらと目を合わせようとしないその目線だ。こちらの手をしっかりと調べているのだろう。

 

「危ないなー、答えはNoだって事?」

「当たり前だ、お前の言葉が信用ならない。」

「あ、それもそっか。初対面だもんね私たち。」

 

「私は火隠血霧(ひかくしちぎり)。よろしくねー、団扇巡くん。」

 

狂った目のこの女はそう言って、本来隠すべき素性をあっさりと吐いてきた。

 

「団扇くん、お話しようよ。お互いが信用できるように。」

「...時間稼ぎには付き合わない。」

「えー、じゃあ...はい!」

 

瞬間、写輪眼に身体エネルギーの波が一瞬見えた。

受けた体に異常はない。何をしたんだコイツは...

 

「今、この病院にいる私の子達を全て起動したよー。」

「...は?」

「病院だからねー、点滴注射してる人とか傷のある人とかいっぱいいるよねー。」

 

その言葉に衝撃が走る。コイツはいま病院にいる数十人の命をいとも簡単に殺したのだ。

 

「お前、何故そんな簡単に命を奪えるんだ!」

「んー、まだ奪ったなんて言って欲しくないなー。」

 

「私の子達は、私の命令で停止させる事も可能なの。だからまだ死んでないの。つまり、選ぶのは君だよ?」

「...」

「今この病院には君の家族もいるんでしょ?お母さんと、新しい家族!弟くんかなー、妹ちゃんかなー?」

「...妹だ。」

「そっか、可愛い子に育つと良いね!」

 

「寛大な私はもう一回チャンスをあげます。団扇巡くん、君の命でこの病院のみんなを救おう!君の大切な家族を救おう!だから、死んで?」

 

コイツは完全に狂ってる。だが解せない。愉快犯のようにも思われるコイツだが、その行動は全て俺を殺すために直結している。

故に問い正そう。なんとなく、奴が絡んでいる事は察しがついているが。

 

「一つ聞きたい。」

「ん?何?」

「何故、俺を殺そうとする?」

「君が居ると、この世界が救われないかも知れないんだって、大変だねー。」

「...やはり陰我かッ!」

「有名になっちゃったよねー、陰我くん。本人はただ個性が凄いだけの根暗クソ野郎なのにネットではちょっとした有名人だもん。」

 

もはや問答は無用だ。コイツはのさばらせておいてはいけない。ここで確実に捕らえて終わらせる。

 

「表情が変わったね。答えを決めたの?」

「ああ、決めた。お前を倒してこの病院を救う。」

「私を倒したら子供達の停止は出来ないよ?」

「できるさ、俺の...写輪眼なら!」

 

その言葉と共に影分身を発動する。3人に分かれて囲むように火隠に近づく。普段と比べると動きは鈍いが、奴の個性は傷から侵入する毒。身体強化系でないのなら3対1は不可能!

 

先行した影分身が桜花衝を放とうとする。その隙を埋める形でもう一人の分身が蹴りかかる。そして本体の俺はバックパックからミラーダートを取り出して回避先を狙い撃たんと構える。

 

だが、その動きは全て読まれていた。火隠は白衣の裏から大型のナイフを取り出し、蹴りを捌き、桜花衝を回避し、その隙を狙ったミラーダート三本を払い落とされた。

 

そして一瞬の交差のうちに、分身達のコートに守られていない部分にナイフを当てて浅い切り傷を付けた。

それだけで分身二人は動けなくなったと判断しチャクラに戻った。

 

経験フィードバックによると、傷が付けられた瞬間から身体の動きが明らかに鈍くなったようだ。本体の俺がまだ動けること、分娩室で発症したばかりの人たちがまだ動けた事などを考えると、恐らく毒の濃度の問題だろう。

 

要するに火隠の射程圏内での傷は致命傷となる。負傷覚悟で一撃を食らわせるのも出来なくなった訳だ。こちらは短期決戦しかないというのになんていう狡猾さだ。

 

だが、まだ動ける。奴がどうやって影分身を感知したかはわからないが全方向を感知する手段があると仮定する。影分身を使った不意打ちは効かないだろう。

 

ならば、正面から不意を打つまでだ。

印を結び相手の想定外の技を放つ!

 

「何、手遊びでも...ッ!」

「そこはまだ俺の射程圏だ!火遁、豪火球の術!」

 

まさか医療個性に応用できる身体エネルギー強化の個性から炎が出てくるとは思うまい。実際俺も前世の知識がなかったら思わなかったと思う。

案の定、火隠は一手遅れた。

 

炎に飲まれる火隠、即死しないように低温にしたがそれでも炎に飲まれたのだ、大ダメージは免れない。これで状況は互角と思い接近戦を仕掛けようとするも、何かヤバイという直感からコートを翻した。

直後、火の中から血まみれになった白衣を着た火隠が飛び出してきた。動きのキレから判断するに、火傷のダメージはなさそうだ。

 

「凄いね、団扇くん。火を吹くなんて思いもしなかったねー。奥の手が無かったらやられてたよー。」

「その血みどろが奥の手か。」

「私自身に使うとは思って無かったよー、子供達のいっぱい入った血液。凄いでしょー。」

 

()()()()()身体エネルギーを見るに、もう役割は終えているのだろう。火隠の被ってる血はただの血だ。だがそこに毒が急速に溜め込まれているのが見える。毒の性質は外に出た血にも集まっていくのか...。

 

なら外に血を出せばそこに毒を誘導できるか?無理だ。毒の濃度の濃いここではそんな事出来る訳がない。

 

相変わらずの八方塞がりだ。だが思考を止めた先にあるのは死だけだ。今はただ、考えろ。

 

「んー、さっきみたいに変なことされても困るしなー。...うん、待ってるだけじゃなく、攻めよっか。」

「さらっとそういう事言わないで欲しいもんなんだが。」

 

火隠は半身に構え、ナイフを前に出す構えを取ってきた。ナイフで傷さえ付ければいいのだから振りかぶる必要もないのだろう。故にその構えには溜めが見当たらなかった。隙が少ない。

 

「いくよー。」

 

火隠の動きはフェンシングを思わせた。前に出した右足をそのままに突っ込んでくる。フェンシング違うところがあるとするなら、それは左手でひっそりと抜いていた小ぶりのナイフの存在だろう。恐らくあれは投擲用。迂闊に離れればアレで手傷を負わされる。

故に俺の取る策は接近だ、リーチは向こうに分があるがそれとてナイフの刀身程度。この身体でも一手で詰めれる距離だ。

 

ここからは技量勝負だ。俺が火隠に切られるか、その前に俺が打開策を思い付けるかの。

 

首を狙う突き。半身になって躱す。そのまま首を切り払いにくる。コートで防護された左腕で受け止める。チャクラでナイフを吸着し、左腕を大きく外に回す事で関節を決める。

 

「痛っ!」

 

そのまま手を掴み、連続関節技へと繋げようとしたところで再び来る身体の重さ。火隠はその動きの1段階鈍るタイミングで右手のナイフを手放し、距離を取りつつ左手の投げナイフを放ってきた。

すんでの所で回避しようとするも体の反応が悪く、致命傷を避けるだけで精一杯だった。

 

その結果が、俺の頰にできたかすり傷である。

 

寒気と共に身体の重さが一気に加速する。咄嗟に治療するも既に充分に毒は体に入ってしまったのだろう。堪えきれず膝をつく。

 

「うん、やっと終わったかなー?」

 

そんな言葉とは裏腹に、火隠は近づいては来なかった。

 

投げナイフで確実に仕留めるのだろう。だが、身体が動かないなりにもまだ足掻きはある。思考はまだ止まっていないのだから。

 

何が必要か?俺の身体の解毒だ。

何が見える?周囲に見える毒のエネルギーだ。

なら、何故あの時()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして()()()()()という言い回し、アレをそのまま捉えるとしたならばこの毒は()()()()に捉える事が出来ないか?

...試してみる価値はある。身体の重さとは別に、まだチャクラは十分に残っているのだから。

 

「火遁、火焔流し!」

「まだ何かあるんですかー。」

 

地面についた手から火を広範囲に広げる。火隠は警戒して火から離れるだろう。だがそれが狙いではない。

狙いは、俺の目で毒がどんな変化をするかを見る事だ。思えば豪火球の後の火隠の見え方は変だったのだ。この濃度の毒の中で血に身体エネルギーがない事が見えたのだから。

その事から逆算すると...ッ!

 

「地面に火を流した後で、何にもなりませんねー。これは最後の足掻きって奴ですかねー?」

「ああ、そうだよ。」

「...何かありますね。」

「ちっとは油断してくれよ。」

 

いや、油断してくれなくていい。むしろ油断するな、警戒して様子を見てくれッ!

 

「手は先程火を放った時と同じ組み方、先程の弱火で油断させた所で強火を放つつもりですかねー?」

 

手を組んで、形態変化のイメージを行う。ロクに動けない今、ナイフを回避する方法は無い。

 

「残りの投げナイフも少ないですし、十分な子供達は体内に入ってる。...待ってても死ぬ以上、無理は禁物ですねー。」

 

その言葉の瞬間にイメージは終わった。初めてかつ微細な術故に成功するかは疑問だが、どうせ出来なければ死ぬだけだ。やらないで死ぬよりはいいだろう。

 

「火遁...」

「来ますかー。」

「流血熱加の術。」

「...え?」

 

戸惑いの声が聞こえる。今の戸惑いで奴の感知の仕方がわかった、奴は毒の、いやこの寄生虫の位置を把握しているのだ。最初の奇襲で位置を把握されたのと、影分身による攻撃が通じなかったのはそのためだ。林間合宿に来た毒霧の少年、マスタードとかいう(ヴィラン)と同系統の感知と見て間違いはないだろう。

 

「何を、したんですか...ッ!」

「流血熱化の術、今作った忍術だよ。効果は身体に流れる血液の温度を上げるだけ。それだけでお前の寄生虫は無力化できる。...体の色んな所から感じる痛み的に、ちょっと火傷してるけどな。」

「...ッ!」

「寄生虫だと判断したのは、まぁ感だ。当たってるみたいだが。」

 

立ち上がり膝を払う。さも自分が完全に回復したかのように見せるために。

ついでに目が合わないかと試してみるが、向こうはこちらの狙いに気付いたのか目を完全に閉じてしまっている。面倒だ。

 

「ついでにお前の奥の手の正体もわかった。血液に寄生虫を過剰に込めた液体で相手の体を冷やして寄生虫の動きを促進させるんだろ?その応用で豪火球の炎を防いだ。機転が利くな、お前。」

 

ついでに話してるあいだにちゃっかりもう一つの新術のイメージを練る。まぁこっちは虚仮威しで構わない。一瞬相手の感知を誤魔化せればいいのだから。

 

「でも、どうしてわかったんですか?私の子達が温度に弱いって。」

「俺の火焔流しはまだ大した温度出ないんだよ。にも関わらず地面近くの寄生虫は消えていった。だから大した耐熱性はないんだと判断した。」

「...エネルギーを見る目かー...」

「その通り、写輪眼には見えてたんだよ。お前の子供達は。」

 

さぁ、会話による時間稼ぎは終わりだ。さっきまでのだるさが抜けた訳ではないから身体は重いままだが、それでも今ここで精神的アドバンテージを取れたのは大きい。

 

「どうする?屋上の出入り口は俺の背中、逃げる道はないぞ?」

「...んー、腹括るかなー。」

 

そう言って火隠は投擲用の小さなナイフを右手に持って、先程のナイフを前に出す構えをとった。

 

「ここで殺すよ、団扇巡。」

「殺されねぇよ、火隠血霧。」

 

火隠の体から身体エネルギーが濃密に出てくる。目に頼らない感知範囲を広げる為だ。

だがそれは俺の想定通りの動きだ。故に対策は出来ている!

 

「火遁、桜花炎掌!」

 

桜花衝で火遁の性質変化を吹き飛ばす新技だ。まぁ技の練りが甘いせいで相変わらずの低温だが、周囲の寄生虫を吹き飛ばすには十分だ。

 

これであいつは、周囲の確認のために目を開けなくてはならない。そしてそここそが俺の狙った瞬間ッ!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「...鏡ッ!」

「もう遅い!写輪眼、鏡面巡りの術!」

 

鏡を介して目と目を結ぶ。これぞ鏡面巡りの術なり。

 

正直今のコンディションだと格闘戦は間違いなく負けるので小技に頼らざるを得なかったのだ。なんにせよ決まって良かった。

 

「さぁ、個性を解除しろ。お前への尋問はそれからだ。」

 

その命令への返答は、狂気的な笑い声だった。

 

「何故笑ってる!」

「笑うしかないよー。だって団扇くん、敵の言う事を真面目に信じちゃうんだもん。可愛いねー。」

「...は?」

 

奴の言葉に嘘があった?何処だ、何を騙した?何のために?

 

「私の個性“吸熱潜虫”は潜ませてからの遠隔起動はできるよー、でもね?」

 

「一度起動させた子達を停止させる事なんて出来ないんだー。」

 

戦う前の交渉を全否定するかのようなその言葉に、一瞬くらりときた。じゃあ何だ?あの分娩室で発症した皆も、この病院で静かに朝を待つ人々も、皆死ぬと言うことか?

 

「ならなんでそんな二択を迫った!」

「動揺してくれるかなーって。交渉に応じてくれるならそれはそれで良いんだし。」

 

つまり俺がコイツに歯向かった時点でもう皆死ぬ事になったというのか...?

 

そんな事があってたまるか。今の俺なら寄生虫を無力化できる。急げばまだ間に合う筈だッ!

 

「お前は寝てろ、俺は行く!」

「はーい。おやすみー。」

 

そう言って火隠は眠りについた。感染順的にまずは分娩室にいた人達の治療からだ。それと並行して影分身で入院してる人達を順次治療していく。そう決めて屋上から降りようとした時に

 

気持ちとは裏腹に動きの鈍い身体が、階段の一歩目を踏み外した。

 

階段から転がり落ちる。身体中か痛いが幸い何処も折れてはいない。だが足を捻ってしまったため、治療が必要だ。

 

「クソ、この忙しい時にッ!」

 

捻った足のまま歩く事と、治療して重い身体でも走る事、どちらが速いかを考え、先に足を治療する事を選んだ。

 

「...良し、これで走れる。」

 

警備室には触手さんが行っている。もうじき応援のヒーローや救急車が来るだろう。俺はそれまでの間に最大限の治療をすれば良い。

 

と思った瞬間に気付く。これが陰我の多段階殺人計画なら、これで終わりの筈がないと。何か伏せてあるカードがある筈だ。それを注意しなくては。

 

「今はとりあえず、治療を...ッ!」

 

見えたのは、ナースセンターで倒れている看護師さんの姿。

重い体を引きずり、駆け寄り治療を試みるがもう既に事切れていた。

 

「...待て、この看護師さんが死んでるって事は...ッ!」

 

影分身を出して周囲の病室を巡らせつつ、本体である自分はエレベーターで下に向かう。...すぐに情報のフィードバックは来た。俺の考えた最悪の結果を伴って。

 

「俺は...間に合わなかった...?」

 

この病院には何人入院していたのだろうか。何人のお医者さんが夜勤に勤めていたのだろうか。

 

今日という日が当たり前にやってくると信じている人は、一体何人いたのだろうか。

 

その命の数が俺の心にのしかかる。

 

「せめて...皆だけでも...」

 

うずまきさん、ヒカル、後輩のお母さん、母さん。そして新しく生まれた俺の妹。せめて皆だけでも生きていて欲しい。

 

そんな思いから一階に降りて、彼女以外動く人のいないロビーを見て悟ってしまった。

 

それでも確認せずにはいられない。もしかしたら俺の勘違いで、まだ大丈夫かもしれないんだから。

 

「...後輩、皆は?」

「せん、ぱい...」

 

後輩は、抱きしめていた妹を俺に渡してきた。青い顔だった。冷たい手足だった。

あの尊くて、幸せだった命の暖かさが、その身体からは消えていた。

 

「皆、間に合いませんでした。」

 

答えられない。

 

「皆、突然動けなくなって。それからすぐに冷たくなって。」

 

答えられない。

 

「うずまきさんは、ヒカルくんを抱きしめて、すぐうずまきさんも動かなくなりました。」

 

答えられない。

 

「助産師さん達は皆で善子さんを治そうとして、何も出来ずに動かなくなりました。」

 

答えられない。

 

「母さんは、最後に私に言葉を残そうとして、それができずに動かなくなりましたッ!」

 

答えられない。

 

「この子は、だんだん冷たくなって!そして、私の腕の中で...死にましたッ!」

 

答えられない。

 

けれど理解だけはした。そうすると身体中から力が抜けていった。

 

それでも冷たくなった妹を抱きしめる、その冷たさが俺を責めているかのように思えてならなかった。

 

だから、母さんの横にそっとその身体を横にした。最期はきっと、母さんの側がいいだろうから。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからどれくらいの時間が経っただろうか。

 

俺も後輩も、ただその場に立ち竦んでいた。

 

「駄目です。何度試しても飛べませんでした。」

 

後輩が突然言う。

 

「飛ぶって、何処に?」

「過去にです。」

 

その言葉に縋り付く程に、俺の心は弱り切っていた。

 

「なぁ後輩、どうやったら飛べる?」

「わかりません。ノートにあった私の個性の条件は満たしているはずなのに。」

「条件ってのは?」

「目の前で人が死ぬ事、らしいです。」

「じゃあ、まだ一回チャンスはあるんだな。」

 

後輩のその言葉を信じて、俺はバックパックから最後のミラーダートを取り出した。

 

「頼む、皆を救ってくれ。」

 

火隠の虫にやられたダメージはまだ抜けきっていない。皆が死んだ心のダメージは俺の身体を蝕んでいた。

 

だから、迷わずにそれを行うと決められた。

だが、その手を止めたのは後輩だった。

 

「嫌です。もう、誰かが死ぬのなんて見たくありません!」

「でも、俺が死なないと皆の命を救えないッ!」

「先輩が死んでも意味はありません!私は、私は!」

 

その先の言葉を口にせず、後輩は俺に突然のキスをした。

 

暖かい、命の味がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「私は、先輩が好きです。」

 

この言葉は、もっとムードのある時に言いたかった言葉だった。雄英に進学して、先輩との仲を深めて、その上で言おうと決めていた筈だった。

 

「後輩...」

「少しでも私の事を思ってくれるなら、思い止まって下さい。これ以上、私から大好きな人を奪わないで下さい。」

 

その言葉と共に、先輩は鏡のナイフを手から落とした。

 

「じゃあ、どうしろってんだよ...」

「外に出ましょう。」

 

先輩に肩を貸して、倒れている皆さんを踏まないように大きく避けて、病院の玄関から外に出た。

 

そこには、終わった雰囲気の男がいた。

 

「火隠を切り抜けるか...つくづく恐ろしいな、貴様は。」

 

その言葉に先輩は反応して、私の肩から離れた。

 

 

「何故、火隠の事を知っているッ!」

「単純な理由だよ。」

 

「私が陰我だ。」

 

その瞬間、先輩は一瞬で男に詰め寄った。

 

「お前が、いるからぁ!」

「...やはり追い込まれると人は単調になる。」

 

そうして、先輩は男から伸びた木に貫かれ、体内からいくつもの枝を生やして死んだ。

 

「挿し木。体内に入れた木を急速に成長させる技だ。安心しろ、お前には使わない。せめて楽に逝くといい。」

 

大切な先輩が死んだ事で、感情が爆発したのを感じた。どこか遠くの次元へと飛んでいく意識、だがそれを繋ぎとめてくれたのは命が消えていく地獄の中で先輩とキスをしたという記憶だった。

 

そうして、私の二度目の旅が始まった。




A いっぱい

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