全力の桜花衝を顔面に直撃させたが、陰我はまだ生きている。柱間細胞の再生能力故だろう。
まぁ、殺して死なないのならば殺し続ければ良いだけだ。
幸いにも周囲の木遁分身は木へと変化した。木遁分身の強力な性質である常時情報リンクが形成されているが故にそれが切断されると脆いという事だろう。天鳥船で一瞬吹き飛ばしたのは思った以上の効果を発揮したのだ。多重木分身を実質無力化できたのは大きい。数で攻められると須佐能乎を使わざるを得ないからだ。
吹き飛んだ陰我の元へ移動術で詰め寄り、痛天脚を叩き込む。
だが陰我は崩れた顔面のまま転がって回避した。感知能力があるのか、戦闘感があるのか...どちらもあると想定しておくのが無難だろう。
反撃に挿し木の術が飛んでくる。挿し木は刺さらなければ攻撃範囲は狭い。回避は容易だ。発射のタイミングは写輪眼で見えているのだから。
とはいえ距離を取られて大技を使われると面倒だ。木遁忍術には強力な技が多いのだから。
敵には、何もさせない。それが基本だ。
故に追撃は躊躇わない。だが転がる陰我に対しての踏みつけは、陰我の背中から生えた木での移動で距離を取られた。印を結ばないでの小技は向こうにもあるようだ。
さっきのができるとなると、全身凶器だ。攻め手や防ぎ方は少し考えないといけないだろう。
しかし宙に逃げたのは陰我の失策だ。頼りになる飛び道具はこちらにまだあるのだから。
陰我の胴へと向けて二本のワイヤーアロウを放つ。コンクリートに食い込むこのアロウは、人体に向けて使えば十分な殺傷力を持つ。
その二本のアロウを、陰我は両足を犠牲にして受け止めた。本来なら心臓あたりを貫いて欲しかったが、無い物ねだりは仕方ない。次の手だ。
ワイヤーを両手で掴み、チャクラコントロールを流動的に行う事で擬似的な怪力を作り出す。度々使うこの技は、今やかなりの練度になっているため、もはや即興必殺ではない。
「怪力、乱心!」
ワイヤーを通して、陰我を全力で石畳に叩きつけた。
ひび割れる石畳。舞い上がる砂煙で一瞬視界が塞がれる。その瞬間にワイヤーアロウが外された。アロウの返しの部分にある肉から考えて、力尽くで抜いたのだろう。そんな事ができるという事は、今までの連撃は致命傷を与えるには至らなかったという事だろう。
「...そこは死んどけよ人として。」
「生憎と、この程度で死ねるほど柔ではない。」
「そうかよ。」
瞬間、砂煙の中から陰我は現れた。
木で作られた流線型の全身鎧を身に纏った新たな姿で。
「
そこからは、陰我のペースだった。この鎧はかなり厄介だ。
まず速さ。こちらの移動術によるスピードとほぼ互角、あるいはそれ以上のスピードで陰我は動いてくる。空気抵抗の少ないフォルムと木を操ることでの身体強化の合わせ技だろう。
その速度でこちらに格闘戦を仕掛けてくる。木遁の術は数あれど、こちらの速度を捌きながら使える技の手持ちが挿し木程度しかないのだろうと向こうの手札を想定する。
次に攻撃性能。格闘戦をしながら鎧の至る所から挿し木の術が飛んでくる。それによってこちらは防御を強いられる。
だがそれも写輪眼で見えているのだからどうにでもなる。最大の問題は。
「桜花衝!」
「甘いッ!」
その鎧の持つ防御力の高さだ。硬いのもあるが、攻撃が当たる瞬間にその部分が成長する事で衝撃点が外される。それにより致命傷を負わせるには威力が足りなくなるのだ。
故に、近接距離でこちらが打てる有効手段は、右目に頼らざるを得なくなる。
「天鳥船ッ!」
「ッ!」
血涙を流しながら天鳥船で陰我を
「またそれかッ!」
「通用するうちは使わせてもらうッ!」
背中から鎧を砕き背骨を破壊しにかかる。 だが鎧の存在によりそのダメージは減少してしまった。とはいえ鎧に穴は空いた。そこは狙い通りだ。厄介な鎧を剥がさせて貰おう。
「火遁、豪火球の術!」
空いた鎧の穴へと向けて豪火球を叩き込む。鎧が蓋になるので、内部の温度はえらいことになるだろう。ついでに酸欠で死んでくれれば文句はないのだが...
「...流石に冗談だろ?」
「この程度なら耐えられる。経験則だ。」
陰我は、炎に包まれた木の鎧のまま反撃をしてきた。
拳打を躱し、爆ぜるように伸びる挿し木を捌く。
挿し木を躱す際に少し距離を取られ。それから鎧が剥がれ落ちる。追撃したかったが仕方がない、陰我が予想以上に実戦慣れしているという情報を得れただけこちらに利があると考えよう。
鎧が落ちた所から焼け爛れた肌が見えるが、ダメージが応えた様子はない。それどころかもう既に再生している様子すら見える。本当にどうかしてるぞ柱間細胞という奴は。
「...何故そんなに戦い慣れている?」
「超常黎明期では、この程度の戦いは日常茶飯事だった。」
「そういや100歳越えのジジイだったな、お前は。」
超常黎明期からの戦闘経験。恐ろしい話だ。つまりコイツは黎明期から戦い続けていたということなのだから。1000年の繁栄という狂気の為に。
それを踏みにじるのは少し手間だろうが、やると決めたのだ。
まぁとりあえず今は目の前のこのゾンビ野郎を仕留める算段をつけるとしよう。
移動術で距離を詰めると同時に木鎧の再形成が終わる。再び近接戦闘だ。
流線型の鎧とスピード勝負で戦う。だが、その戦いは自分と同スピード帯の敵と戦った経験の差が如実に現れてくる。陰我はこの高速戦闘の中でもこちらを殺す算段をつけているのだとわかる。時々飛んでくる視界外ギリギリからの挿し木が、奴がこちらの限界を測っているのだとわかる。
とはいえこちらにも右目がある。いざとなれば須佐能乎もだ。まだ余裕を持って陰我の攻め手を測れる段階だ。
写輪眼でカウンターの桜花衝を叩き込んだところ、鎧が弾けて礫と化した。アーマーパージによる反撃か。外にエネルギーが漏れていなかったから気付くのが少し遅れた。
数発体に貰ったが、ダメージはそう大きくない。だが衝撃で距離を取られてしまった。
これは持久戦になるだろう。
そう考えて気合いを入れ直したところ、再形成した鎧の表面に変化が現れた。先程のような流線型のフォルムではなく、分厚く大きい鎧に。スタイルを切り替えた?
なんにせよ小細工の隙は与えてはならない。
「遅くなるなら好都合だッ!桜花衝!」
木鎧は、その拳を正面から受けた。だか吹き飛びはしない、足を見れば根が地に伸びていることがわかった。
そして鎧の表面は、拳が突き抜けるほどに脆かった。だが抜けた拳が肉体に当たる感覚はない。罠ッ!
「お前の目は、木の向こう側のエネルギーを見る事は出来ない。木鎧、纏わせ。」
木の鎧は俺の体に纏わり付いてきた。打ち終わった後の隙を狙われ動けないし躱せない。
俺の体はあっという間に木の檻に囚われてしまった。だがこれはなんとか目を塞がれるのは防いだため、陰我の大技のチャージをしっかり見るチャンスでもある。それに、
身体エネルギーだけが陰我の右腕に集まっていく、精神エネルギーがある様子はない。目に隈取りが現れていない事から、自然エネルギーを使っているという線もないだろう。
須佐能乎を知らない事、仙術を使わない事、二つの理由から陰我の底は見えた。終わらせにかかろう。
「
陰我の右腕に形成された巨大な腕、そこに形成する左腕での拳を合わせて放つ。俺の心の姿そのものを。
「須佐能乎ォ!」
陰我の拳を、骨の拳で相殺する。
俺の背に現れたのは須佐能乎第1形態。ボルトで繋がれた歪な肋骨で俺を格納する、骸骨の巨人だ。
「...それが挿し木を防いだ力の正体か。」
「ああ、万華鏡写輪眼の最強瞳術、須佐能乎だ。」
須佐能乎の右手で木の牢獄を握り壊す。これで俺は自由の身だ。
「今の瞬間に俺を殺せなかった事でわかった。お前には仙術は使えない。なら、後はこれで終わらせられる。」
須佐能乎を出していると、酷く心が揺さぶられるのを感じる。
思い返すのは、俺を守って死んだ彼女の事だった。
俺は、彼女の事をほとんど知らない。
俺は、彼女の巡った地獄の旅路を知らない。
俺は、彼女が俺を好きだと言った理由を知らない。
もっと彼女の事を知りたかった。もっと彼女と生きたかった。
それはもう、叶わない夢だけど。
そう心を見つめ直した時、須佐能乎に肉がつき始めた。
今の俺の心を表すような黒い色。
首に巻かれた血色のマフラー
狼を思わせる面構え。
そして、剣も盾も弓もない、空虚で寂しいその両手。
それが、俺の須佐能乎だった。
「陰我、終わりにしよう。」
「いや、終われない。この世界が救われるまで、絶対に。」
陰我は、その全身にある身体エネルギーを爆発させ、上半身だけの半身を作り出した。
羅刹の面を持つ、無手の巨人を。
「「死ね。」」
お互いにゆっくりと近づき、殴り合う。それだけで周囲の木々は吹き飛んでいった。
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相殺、相殺、相殺、相殺、相殺、相殺
互いが互いに拳をぶつけ合う。ただそれだけだった。
力は互角、速さも互角だ。だが技を絡める余裕はない。それは向こうもそうだろう。繰り出す技を考える一瞬があれば拳を打ち付ける事は可能だからだ。
あとは意地の張り合いだ。須佐能乎による細胞へのダメージで俺が死ぬか、陰我の身体エネルギーが尽きて死ぬかの。
ひとつ拳を振るうたび、全身に痛みが走る。
ひとつ拳を振るうたび、心が千切れそうになる。
だが、拳を放つ事をやめられない。心を吐き出すのをやめられない。
何故だか、痛いからだ。
自分ではなく、拳から伝わってくる奴の心が。
長い長い戦いを続け、心などとうに壊れて崩れ、理想は遠くに消えながらもただひとつを守り続けた男の心が。
それが、陰我が限界を超えられる理由だと心で感じた。
だが、それは俺が拳を止める理由にはならない。奴を殺さねば犠牲者は増え続ける。それを決して許してはいけない。
そう、決めたからだ。あの地獄を生き延びた最後の一人として。
拳を放つ、限界だと体が叫ぶ。
拳を放つ、限界だと心が叫ぶ。
拳を放つ、限界だと魂が叫ぶ。
だが、彼女の涙が俺にもう一歩を踏み出させる。死んだ皆の顔がもう一歩を踏み出させる。そして、生きている皆の顔が俺にもう一歩を踏み出させる。
きっとそれは、この半年間でずっと言われていたからだろう。
そうして全てを吐き出した後、俺と陰我は同時に倒れかけた。
「「まだ、だッ!」」
陰我と俺は立ち直すのも同時だった。
ここでようやく、俺は陰我の瞳を見た。
陰我は終わった雰囲気の中で、それでも尚目の奥に微かな光を残し続けていた。
その事を、今は素直に賞賛できた。
催眠眼をかける。金縛りの幻術だ。
だが、それで止まるとは思えなかった。
案の定動いた陰我は崩れるような拳を放ってくる。
転がって回避し、バックパックからチャクラカートリッジを取り出し右手に握り込む。
カートリッジからチャクラを吸収して最後の一撃を準備する。陰我は、転がった自分のマウントを取った。その顔面にカートリッジを投げつける。それに怯んだ陰我を押しのけて右拳を握る。
お互い膝立ちでの最後の交錯、陰我の右拳は俺の胸を抉り、俺の右拳は陰我の胸を貫いた。
倒れるのも、互いに同時だった。
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もう、最後の一滴まで力を使い果たした。なにもできる事はない。
目だけ動かして陰我の方を見ると、陰我の体は木へと変わっていった。柱間細胞を使った者の最後だろう。
だが、陰我の目から光は消えていなかった。木に変わる最後の一瞬まで何かを諦めていなかった。
何かしている。そう思った。生き残る為の策を。
故に、俺がすることは最後の命を燃やしてこの木を破壊する事だろう。幸いにも残りわずかなチャクラでも、火の性質変化を加えればバックパックにあるカートリッジをオーバーロードさせることはできる。
どうせこの命は須佐能乎の過剰使用で尽きかけているのだから、迷う事はない。
この命の、使いどきだ。
だが、俺の体を縛る何かが、それを躊躇わせた。
彼女の最後の言葉が、聞こえた気がした。
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「生きることを、諦めないで。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
思考が加速する。何かあるはずだ、俺が生き残る為の手が。
そして思い出した、俺のワイヤーアロウには、
確認すると少しだけこびり付いていた。陰我の肉片、柱間細胞が。
それを、自身の胸に混ぜ合わせるように混入させ、柱間細胞を取り込んだ。
その移植の際に起きた、体を作り変えるようなショックで俺は気を失った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから俺の目が覚めたのは、夕方近くになってからだった。
「...ここは?」
「病院だ。団扇。」
横を見る。そこには左腕に銀色の義手を付けたナイトアイがいた。
「俺、生きてたんですね。」
「ああ、治療したリカバリーガールの言葉によると、全身の細胞にあり得ない程のダメージを受けていたとの事だ。安静にしていろ。」
そんな事はどうでも良かった。今は聞かなければならない事がある。
「陰我は、どうなりました?」
「不明だ。携帯のGPSを頼りにお前を助けにいった時には誰もいなかった。」
「人じゃあありません。木です。陰我は、力を使い果たして木になりました。」
「...どういう事だ?」
「そういう個性の細胞を取り込んでいたんです。」
「...救出したヒーローに確認を取ってみる。少し待て。」
そう言って携帯を操作するナイトアイ。
何も話す気にはなれなかった。俺はあの時、命を捨てて陰我を殺すべきだった。思い返すとそう思わざるを得ない。
何故だか予感があったからだ。
「確かにお前が見つかった時には周囲のなぎ倒された木々の中に一本の木が生えていたそうだ。それが陰我なのか?」
「ええ、だから行かないと。」
付けられていた点滴を外し、かけられていたコートの袖を通す。バックパックにあるチャクラカートリッジからチャクラを吸収し、それを使って体全体に簡単な細胞活性を行う。
「これで、まだ動ける。」
「今の貴様はダメージで重体の筈だ。何故今動こうとする?」
「ただの、確認ですよ。」
「...そうか。」
ナイトアイは、それ以上何も聞いてこなかった。その気遣いが今はとてもありがたい。
病室を抜け出し旧うちは村跡地へと向かう。タクシーを使い、帰りまで村の入り口で待たせる。金の使い方が少し荒くなってしまったなと思う。
真っ直ぐに神社へと向かい、戦闘跡を辿る。そうして見つけた木々が吹き飛ばされたその地には生えている木など一本もなかった。
つまりそういう事なのだろう。
「...殺すべきだった。そういう事かよ。」
俺の命の対価は、これからの陰我による犠牲者なのだろう。
それを思うと、俺の万華鏡に現れた十字架の紋様が罪の証のように思えてきた。
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タクシーに乗って駅まで行き、都内にある陰我事件対策捜査本部へと向かう。奴と交戦したという事、奴の戦闘スタイル、奴の個性、上げるべき情報はいくらでもある。
奴の次の犠牲者は必ず防がなければならないのだから。まず頼るべきは組織の力だろう。
だが捜査本部は何かに混乱していた。
訪ねてみるとその原因は明らかだった。
本部長が、事故死したのだ。そしてそれをただの事故死と捉える馬鹿はここにはいない。
この時、捜査本部には確かに死への恐怖が蔓延していた。
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深夜、ようやく連絡をしてきた団扇からの電話を受け取った相澤は、言葉を抑えるのに必死だった。
怪死事件があったのが団扇の母が入院した病院である事と、生存者が団扇一人だったことから相当の惨劇を目にしたのは容易に予想ができる。
そして旧うちは村での激闘の跡、HNでは台風の跡地のような画像があげられていた。そこに団扇がいたという事もあり、相当に激しい戦闘があったのだろうという事は理解できた。
自分の家族を殺した、憎き
それらの情報を踏まえての団扇の言葉は、今の相澤には逃避にしか聞こえなかった。
「念のため聞く。団扇、今何て言った?」
「言った通りです。じゃあ、伝えましたから。」
「...病院の件は聞いている。廃村で馬鹿やった事もだ。...お前の気持ちは分からないわけじゃあない。だが一時の感情で物事を決めるな。そういう時こそ合理的に考えろ。」
「...多分、合理的には考えられてます。」
「だったらなんであんな事を言った?」
「今日の夜事故死した警視さんのこと知ってますか?」
「...あぁ、ニュースで見た。」
「その人、陰我事件の対策本部長だったんですよ。気さくな人で、仮免ヒーローでしかない俺にも敬意を払ってくれる本当に素敵な方でした。」
「その関連で捜査本部がゴタゴタしてて、今は情報の共有や捜査方針の決定がうまくいってない状況にあるんです。」
「それが...そういう事か。」
「理解が早くて助かります。そういう訳なんですよ。」
「今、この世界に陰我を止められる人間は俺しかいない。体質的にも、力量的にも。だから...」
「俺は、雄英を辞めます。」
次章、団扇巡迷走編へと続きます。
あ、感想欄でのありがたいお言葉の関係でタグを追加しました。そろそろ犠牲になるタグが出てくるかもしれないですねー。