【完結】倍率300倍を超えられなかった少年の話   作:気力♪

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この作品に出てくるパロキャラを選ぶ選出理由は全て趣味です。でもヒロアカ世界観に合わせる形でキャラの設定をいじってるので違和感はあんまりない筈!


地下闘技場での出会い

才賀家で半日ほど滞在し、警察からの追跡対策をしたところでフランシーヌさんの運転する車に乗って千葉へと向かう。

 

目的は単純、財前組の武器流通ネットワークを借り受ける事だ。そのために財前組元組長の要の爺さんこと財前要と会いに行く。

 

正直フランシーヌさんの同行には否定的だったが、車を使っても良いという才賀の親父さんの言葉で同行を許可する理由はできた。

 

公共交通機関が警察に抑えられると走るしかなかったので、移動手段は必要だったのだ。

 

「しっかしよぉ、なんでお前さんヤクザなんかと繋がりがあるんだよ。」

「俺を育てた親父がヤクザだった。それだけだ。」

「財前組といえば、春に集団自首したという珍しい組でしたね。ニュースでは古きヤクザがヒーローに屈したと言われていたのを覚えています。」

「ああ、んなことあったなぁ。...知れば知るほどお前さんが分からなくなるぜ。ヤクザの息子のヒーローが今は違法捜査で追われる身ってなぁ、どれだけ波乱万丈な人生送ってやがるんだ。」

「あまり気にしないようにしている。気にした所で今は変わらないからな。」

「...確かにそうですね。過去は過去、そう割り切るのが賢いのでしょう。...団扇様がそれをできているとは思えませんが。」

 

フランさんは、結構毒を吐く人のようだ。礼儀正しい面ばかり見ていたから少し驚いた。動じていない才賀の様子を見る限りこれが平常運転なのだろうが。

 

しばらく会話が途切れる。フランさんは運転に集中し、才賀は何かを考え込んでいる。

 

そうして、ついに腹を括ったのか才賀が言葉を発してきた。

 

「...なぁ巡、話しちゃあくれねぇか?お前さんの事情って奴を。」

「それを聞いてどうする?」

「さぁな、聞いてから考える。」

「坊っちゃま、デリカシーがありませんよ。」

「うっせ。気になるんだから仕方ねぇだろ。コイツがこんな目をしてる理由がよぉ。」

 

才賀の追求を躱す理由はない。コイツが納得するくらいまでなら話すとしよう。

 

「...複雑な話じゃない。ただの復讐だ。」

「ただの復讐って...病院怪死事件のか?」

「ああ、あの場には俺を産んだ母親と産まれたばかりの妹がいた。」

「そうか...」

 

あの日の事を思い出すと、黒い後悔ばかりが溢れてくる。だからつい、言葉にしなくても良い事まで話してしまったのだろう。

 

「怪死事件の理由は、俺を殺す為だった。運命を支配する陰我は、運命に映らない俺を殺す事が目的だったんだ。」

「運命を、支配するッ⁉︎」

「まさか、そんな個性がありえるのですか⁉︎」

「あり得て、実際に奴はそれを行なっている。...本当にクソみたいな話だけどな。」

 

前の座席にいる二人と目を合わせたくなくて、何となく窓から外を見る。その瞬間に見えた光景から、陰我を相手にする事はこういう事なのだなと改めて思った。

 

「フランさん、車を停めて下さい。これから事件が起こります。」

「何言って...何してんだお前ッ⁉︎」

 

シートベルトを外し、走行中の車のドアを開けて高速道路に飛び出す。隣にいるバイクの男の上半身に不自然な身体エネルギーの淀みが見えた。何か事件が起こるのは間違いない。それの狙いはまぁ俺たちだろう。

 

陰我によって誘導された人物による事件、それも俺が陰我を殺すのに障害となるものだ。

 

「ヒャッハァ!纏めて燃やしてやるぜ、俺の個性でなぁ!」

 

バイクに乗る男は、何かの容器を放り投げた後に、口から炎を吹き始めた。

 

手当たり次第に周囲の車を燃やすその男の行動には計画性の欠片も見えなかったが、まぁ突発性(ヴィラン)なんてものはそんなものだろう。

 

バイクの後ろに移動術で飛び乗って男からハンドルを奪い、バイクをガードレールへと突撃させる。一応怪我させるのもなんなので男を救出しつつも。

 

そして、今の状況にようやく気が付いた男は、俺に食ってかかろうとしてきた。となれば当然目が合うものだ。写輪眼発動である。

 

「手前何しやが...る...」

「警察来るまで動かずに、素直に自白しろ。」

「はい...」

 

これで事件は終わり。さっさと進むとしよう。

 

移動術で車に戻りドアを閉める。そういえばこれでドアが壊れる可能性とか考えていなかった、反省点だ。

 

「面倒が起こる前に行ってください、フランさん。」

「...ええ、分かりました。...早業でしたよ団扇様。」

「あっという間にケリつけたなお前さん。やっぱヒーローってのは伊達じゃあねぇんだな。」

「多分もうすぐ免許失効するけどな。」

 

風のように現れて風のように去っていく。そんなヒーローの噂を残しつつ、俺たちは要の爺さんのいる刑務所へと向かっていくのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よう、巡。久しぶりだな。」

「久しぶり、要の爺さん。」

 

刑務官たちを催眠眼で誤魔化して面会を取り付けた俺は、2人を車に残して要の爺さんの元へとたどり着いた。現在立ち会っている刑務官さんも催眠眼でここの会話の記憶に違和感を覚えないようにしている。

 

これで、情報を聞き出すのに支障になるものは何もない。

 

「しっかし...随分な目をするようになったな、巡。」

「まぁ、色々あったから。」

 

一度深呼吸をする。真っ直ぐに、誠意で情報を貰うために。

 

「財前組の武器流通ネットワークについて知りたい。」

「それは、どうしてだ?」

「殺してでも止めなきゃならない奴がいる。そいつの手がかりを追う為にだ。」

「その為にヒーローになる夢を捨ててもか?」

「夢だけじゃない。命を捨てる覚悟もできている。」

「...じゃあ、賭けは俺の勝ちって事だな。」

 

その言葉が、懐かしい記憶を思い出させる。要の爺さんとの賭け、俺が幸せになれるかどうか。あの時は自分が幸せになると、なれる方に賭けていた。

 

今ではそれが夢でしかないとわかる。だが、財前組の組員になるという賭けも果たせない。()()()()()()()()()()()()()

 

「ごめん、奴を殺した後でやらなきゃならない事がある。だから俺は約束を守れない。」

「自分が無茶を言う癖にこっちに無茶通せってか?」

「頼む。俺にこの目を使わせないでくれ。」

「じゃあ話せよ、そのやらなきゃいけない事って奴を。」

 

そうして俺は話した。陰我を殺した後の事を。

正直陰我を殺せるかどうかわからない今では絵に描いた餅でしかないが、それでもやると決めたのだ。陰我の全てを否定する為に。

 

「できるのかってのは無粋かね。」

「出来る。俺の万華鏡写輪眼はそういう力だから。」

「だが、それじゃあお前さんはどうなる?」

「どうなるかはやってみないとわからない。でもこの世界から俺が居なくなるのは間違いないよ。」

「はぁ...とんでもねぇ覚悟なんだなお前は。それだけ重かったのか?お前にとっての大事な人の死は。」

「重いし痛い。でも捨てたいとは思わない。そういうもんだよ。」

「...じゃあ財前組に入るって約束の代わりに一つだけ、行く前には絶対に小指の奴と話をしろ。今生の別れになるんだからな。」

「大丈夫、元からそうするつもりだったから。」

「それなら良いさ。じゃあ教えてやるよ、ウチの組に武器を流してたネットワークをな。」

 

そうして俺は要の爺さんから武器商人の連絡先を教えて貰った。財前組の人間しかしらない符丁とともに。

 

これを預けてくれた事は、俺を家族として認めてくれている事の証だからか、少し涙が出そうになった。

 

「それでも、俺は...」

 

優しさに氷の仮面を溶かされかけても、決めた事だけは揺るがない。

それを揺らがせてしまうのなら、俺が生きている意味などどこにもないのだから。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

財前組の符丁を使った連絡は、思った以上にスムーズに行われた。武器商人の藤巻さんが財前組には大恩のあると言っていたのは嘘ではなさそうだ。俺に手を貸す事を即決してくれたのだから。

 

そして、とある埠頭へと呼び出された俺たちは藤巻さんの知り合いで最も顔の広い人を紹介してもらう事となっている。

 

まぁ...

 

「罠だよなぁ。」

「罠ですね。」

「罠だが、まぁ良いだろ。才賀とフランさんは車で待機していてくれ、来るかどうかは才賀の判断に任せる。」

「そいつはどうしてだ?」

「お前には実戦経験がある。ヤバイかどうかはわかるだろ。あとはまぁ、藤巻さんと財前組の信頼関係を信用したいって所だ。」

 

正直願望半分ではあるが、それでも信じるに足る理由なのだ。こちらから裏切る訳にはいかない。

 

「お前さん、氷だけの奴じゃあないんだな。」

「ですね、少し驚きです。」

「どうだって良いだろそんなの。じゃあ任せた。」

 

2人を車に残して指定された倉庫へと向かう。一番端の13番倉庫だ。亀の異形型の大男が番人をしているのが目立っている。

 

「藤巻の紹介で来た。」

「話は聞いている。中に入ったら奥に真っ直ぐ行け。」

 

言われた通りに奥に行くと、そこには不自然に区切られた空間と

 

身体中の至る所に手を付けている天下の(ヴィラン)連合リーダー、死柄木弔がいた。

 

「確かに、お前以上に顔の広い奴は居ないな。死柄木。また会うとは思ってなかった。」

「俺は殺す時に会うつもりだったがな。まぁ、今のお前を殺したいとは思わないが。」

「...それはどうしてだ?」

「お前の目がこっち側になったからだよ。」

 

死柄木が手の向こう側で笑う。その笑みには以前の狂気しか無かったものとは違い、確かなカリスマの片鱗が見えていた。

 

「要件は藤巻さんから伝わってるか?」

「ああ、でも情報を持ってる義爛に取り次ぐには条件がある。」

「...お前の仲間になれってんなら悪いが無理だ。それじゃあ奴を殺すのが遅くなる。」

「俺たちも陰我を殺してくれるってんなら大助かりなのさ。注目していたいくつかの組織が不自然な事故で潰されてる。このままじゃおちおち仲間集めもできない。」

「そっちも大変なんだな。」

「ああ、大変さ。でも今の社会をぶっ壊す為には必要な手だ。」

 

どうやら、死柄木は私情に絆されて俺を殺しに来る幼稚さを捨て去ったようだ。こいつは大物になる。社会の事を思うのならばここで刈り取っておくべきだろうが、今の俺には心底どうでもいい。

 

「それで条件ってのは結局何なんだ?」

「なに、お前がヒーローに戻れないように楔を入れようって算段さ。まあ言葉より見せる方が早い。こっちに来い。」

 

死柄木に導かれるまま不自然に区切られた空間へと足を向ける。その位置に着いた数秒の後、エネルギーが立方体に満たされた。

 

その一瞬で、自分は違う場所へと転移させられた。身体エネルギーの色から見るに、目の前にいるスーツの男の個性だろう。

 

周囲を見回すと、奇妙な熱さで賑わっているのが伝わってくる。仮面を付けた大人たちが金網で包まれたリングに向けて野次を飛ばしているのだった。

 

結構な広さのある空間だ、結構な距離を飛ばされたかも知れない。これは才賀達を連れてくるべきだったかも知れない。

 

「ちゃんと帰れるんだろうな、死柄木。」

「ああ、保証するぜ。お前へのオーダーは単純明快、あの個性使用無制限の闘技場で戦って来い。その目立つコートのままな。それでお前はもう戻れなくなる。」

「...確かに、公開されればヒーローとしては終わりの大スキャンダルだな。...そっちの条件を飲もう。」

「その理由は?」

「大したリスクじゃないからだ。ヒーローじゃなくても、陰我は殺せる。」

「はっ、良いねぇ。いい顔だ。それが見れただけであの日の事は大分許せそうだよ。」

「ま、短い付き合いだがよろしくな。ところで...」

「なんだ?」

「ファイトマネーは出るのか?」

「...聞いてなかったわ。」

「マジか。」

 

ちなみに係の人に確認したところ、ファイトマネーは勝てば出るようだ。 ちょっとやる気が出てきた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「レディースアンドジェントルメン!今日一番のショーの始まりだぁ!青コーナー、天下の(ヴィラン)連合推薦!飛び入り参加のこの少年の名は、団扇巡!まさかのヴィラン潰しの参戦だぁ!」

 

沸き立つ観客、飛び交う罵声。ついでに賭けのコール。ヴィラン潰しの名は裏の世界でも随分通りが良いようだ。

 

「赤コーナー、鋭い牙が相手を貫く!闘技場お馴染みの狂乱の狼!シュバルツケルベロス!」

 

現れたのは黒い毛の3つ首の狼の異形型、あれ意識別れているのだろうか。そして目に付けているのは見覚えのあるあのマジックミラーゴーグルだ。何かと縁のあるゴーグルだな本当に。

 

「尚、今回の試合からはサポートアイテムの使用は自由!何でもありの残虐ファイトだぁ!」

 

湧き上がる観客。試合前に終わらせる事が出来なくて残念だ。

 

「どうやらオッズではケルベロスの方が優勢と見られているようだ!流石のヴィラン潰しでも歴戦のケルベロスには勝てないと見られてるぞ!では本人にコメントを貰おうか!」

 

金網越しに向けられるマイク。何か気の利いたコメントでも返せれば良いのだろうがあいにくとそんなユーモアは俺にはない。

 

「路銀の為に、勝たせて貰う。」

「まさかの金の亡者宣言だぁ!対するケルベロスはどうだ⁉︎」

「俺たちの!」「牙が!」「最強だ!」

「強気なコメントサンキューだぜ!さぁ、ベットの締め切りだ!カウントダウン行くぜ!3、2、1!レディー、ファイ!」

 

試合開始とともに四つ足となり突っ込んでくるケルベロス。なかなか速い。それに、異形型の3つの頭はそれだけ視野が広いという事の表れだ。左右や背後に何か仕掛けてもすぐに気づかれるだろう。

 

ならば狙うべきはカウンター。次の対戦相手に情報を与えないという意味でもケリは一瞬でつけるべきだろう。

 

「「「トライデント・ファング!」」」

 

三つの首による噛みつきの同時攻撃、腹と両足を狙った嫌らしい攻めだ。これを躱すには宙に逃げるしかない。

 

「「「馬鹿が!」」」

 

跳んだ俺に向けてケルベロスも回転しながら突撃してきた。その速度は突進時よりも速い。こっちが本命だったのだろう。

 

まぁその程度は予想できていたのだが。

 

足の裏でのチャクラの爆発で空中機動、それにより向こうとのテンポを一拍ズラす。そのズレた一拍で回転するケルベロスを踏みつける。

頭が三つあるので満遍なく、起き上がることの出来ないように。

 

「おお!これはヴィラン潰しの代名詞、連続ストンプだぁ!ケルベロス起き上がれない!」

 

何度か踏みつけた後で、動かないか確認した後で離れる。するとレフリーがケルベロスの目にライトを当てて、目の瞳孔の開き具合を確認した。そして手を振るレフリー。どうやら終わったようだ。

 

「ヴィラン潰しの連続ストンプにケルベロスは散ったぁ!気絶により試合続行不能!勝者、青コーナー!ヴィラン潰し団扇巡!」

 

とりあえず第1戦は勝利だ。手の内もほとんど見せてはいない。十分な結果だろう。

 

「それでは、勝者であるヴィラン潰しは赤コーナーに移動!では次のチャレンジャー行くぜ!青コーナー、アイテムありルールでのNo.2!その軍勢に敵はなすすべなく討ち滅ぼされる!ボーンサモナー!」

 

ケルベロスはリングの外に運び出され、代わりにローブで体を隠した男がリングインする。体を隠す理由といえば仕込み武器、暗器使いか?

軍勢という触れ込みから考えると、操作系個性使用の触媒の可能性も考えられる。警戒しよう。

 

「オッズはヴィラン潰しの若干優勢!先程の連続ストンプで場の空気を一気に持っていったか?それじゃあサモナーからコメント行くぜ!」

「我が新たな戦術(タクティクス)に狂いはない。この試合勝たせて貰う!」

「おおっと!いきなりの勝利宣言だ!強気な言葉に暫定チャンピオンはどう対応する?」

「路銀の為に勝たせて貰う。」

「コメントワンパターンかよ!だが金の為に戦うその姿勢、嫌いじゃないぜ!さぁ、ベットの締め切りだ!カウントダウン行くぜ!3、2、1!レディー、ファイ!」

 

開始と同時に投げられる数多の身体エネルギーのこもった骨。一瞬でそれが空中で成長していき、骸骨の群れが出来上がった。その数20体ほどだ。

 

「いきなりの18番!サモナーのボーンサモンだ!この数にヴィラン潰しはどう立ち向かうのか!」

「これで終わりではない!受け取れ、我が兵士たち!」

 

サモナーが身体中に装着していた銃を骸骨兵に持たせた。4体の前衛を壁とし、6体の銃兵で仕留めるのがサモナーの戦術のようだ。

 

「まさかの拳銃だぁ!サモナーなりふり構ってない!これが()を倒す為に編み出した新たなタクティクスなのか!」

 

とはいえ、たかだか6丁の拳銃にビビっていては奴を殺すには足りない。こいつとの戦闘でモノになるものはないだろう。なので瞬殺させてもらう。

 

「死ね、ヴィラン潰し!」

 

同時に放たれる6つの銃撃、結構狙いが雑だった。粗悪品の銃でも摑まされたのだろうか。

 

まぁ、既に躱したモノを気にしていてもしょうがない。終わらせよう。

 

上に大きく移動術で跳んだのち、天井を蹴り飛ばしてサモナーの後ろ急降下。そしてヘッドロックで意識を落とす。近接を鍛えていなかったのか、サモナーはあっさりと気絶した。

 

静まり返る場内、ド派手な戦闘を期待していたお客さんにはちょっと悪い事をしたかもしれない。

 

ハッと実況のオッサンがマイクを握りなおして職務に戻る。

 

「何が起こったぁ⁉︎銃が放たれた瞬間にヴィラン潰しがサモナーの背を取った!俺たちは幻でも見ていたのかぁ⁉︎」

 

だが、見てる奴は見ているもので、次の対戦相手と思わしき奴は俺のやった事を解説してしまった。

 

「違うぜオッサン。あいつのいたトコをよく見てみな。踏み抜いた跡がある。あいつは跳んだんだよ、一瞬であそこまで。」

「...なんと恐ろしい身体能力だぁ!これがヴィラン潰しの実力だというのか!でもそんな力があるのなら見映えをもっと気にして欲しかったぞ!」

 

解説が入ってようやく湧き上がる場内。ヴィラン潰しが言いにくい為、コールはグダグダだったがそれでも集まった観客は俺に声援を送ってくれた。コイツらが全員違法賭博の犯罪者である事を除けば良いシーンだろう。

 

レフリーがサモナーの目に光を当て、瞳孔の動きを確認する。どうやら決まったようだ。

 

「気絶により試合続行不能!勝者、赤コーナー!ヴィラン潰し団扇巡!」

 

飛び交う歓声と罵倒。ついでに運ばれていくサモナー。サモナーの使った骸骨を運ぼうとしていたスタッフさんは、先程俺の動きを解説した男の一声で骸骨はそのままとなった。銃の暴発とかありそうだから退かしてほしいんだが。

 

「それでは、本日のメインイベントだぁ!ヴィラン潰しは青コーナーに移ってくれ!」

 

通常、この手の興行はチャレンジャーが青コーナーで防衛者が赤コーナーだ。だが、それが逆転するという事はたまにある。チャレンジャーの人気が強すぎる場合だ。それだけ今から来る相手が人気のある奴、つまり強敵だという事。油断はできそうにない。

 

「本日の最終戦!青コーナー、破竹の勢いでのノーダメージ2連勝!勢いに乗ったコイツはどこまで喰らいつけるか!ヴィラン潰し、団扇巡!」

 

歓声半分ブーイング半分くらいだろうか。この二戦でそこそこのファンを獲得したようだ。

 

「赤コーナー、ついに来たぞ我らがチャンピオン!アイテムありなし両ルールでNo.1を守り続けて1カ月!その芸術的なファイトで俺たちに勝利を見せてくれ!ジャンクドッグ!」

 

J!D!J!D!とコールがする。ブーイングは掻き消えた。その圧倒的な歓声の前に。

 

そうしてリングに上がってきたのは、先程解説をした男だった。ガウンを脱いだその男は、マジックミラーゴーグルとボクシングトランクス、それに背中に背負った腕に繋がっているギアだけを装備したボクシングスタイルの男だった。最も、手にはグローブなんて優しいものはないが。

 

「よぉ、今日は随分調子が良いみたいだな。ヒーロー。」

「ファイトマネーが出るからな。」

「...金の為に落ちてきたのかよお前。」

「いや、情報の為だ。」

「へぇ、じゃあお前とやれるのは今回限りって事か。」

「負けてくれても構わないぜ?」

「いや、八百長は飽きてんだ。やろうぜ、本気の勝負って奴をよぉ!」

 

返答は、ボクシングの構えだけで十分だろう。お互い言葉を交わすよりもこちらの方が早い。

 

「オッズはジャンクドッグの圧倒的優勢!だが今日のチャレンジャー、ヴィラン潰しは動じていない!お互いに言葉を交わすより拳を交わしたくてウズウズしてるみたいだ!...さぁ、ベットの締め切りだ!カウントダウン行くぜ!3、2、1!レディー、ファイ!」

 

合図とともにジャンクドッグの個性が発動される。身体エネルギーの対象はリングに落ちている無数の骨。それが両腕にまとわりついていた。

 

「ジャンクアームズって技だ。」

「その重さが加わっても重心がブレてない。下半身を相当に鍛えてやがる。」

「当たり前だろ、一応チャンピオンだぜ?」

 

腕の大きさは2mほど、狭いリングの中ではあの巨腕のリーチから逃れるのは無理だろう。そして腕を動かすパワーは背中のギアで補っている。厄介だ。

 

「行くぜ?」

「ああ。」

 

巨腕によるワンツー。速く、鋭い。写輪眼がなければ回避する事は出来なかっただろう。とはいえ拳自体の面積が大きいため、回避するのに小さい移動術を使わざるを得ない。だがそんなアウトスタイルをするのにはこのリングは狭すぎて、あっという間にコーナーへと追い詰められてしまった。ジャンクドッグはジャブとワンツーしか打っていないというのに。

 

「仕方ない、力技で行くしかないか。」

「お、ようやくやる気になったか。」

「死ぬなよ、ジャンクドッグ。」

 

コーナーに追い詰めてから放たれたジャンクドッグ渾身のストレートに、拳を握りしめた桜花衝で合わせる。

だがそれを読んでいたジャンクドッグは殴られた腕をパージする事でその衝撃を逃していた。

 

「やっぱ隠し球は増強系か。」

「...ッ⁉︎」

 

全力の桜花衝を放った事で俺の体勢は少し流れている。コイツ相手にそれは致命的な隙だッ!

 

実際、両腕をパージして身軽になったジャンクドッグは高速で詰めて来て、ギアの力をふんだんに使ったアッパーを放ってくる。この一撃は絶対に貰えない。チャクラの爆発を利用した体勢ずらしでアッパーのラインから頭をずらす。だが不自然な引力により引っ張られ、頭が再びアッパーのラインへと引き戻された。コイツの個性の正体は、鎧のように物を纏うモノではなく、引力を操る個性だったようだ。

 

もはや後に出来る事はない。せいぜいが歯を食いしばり食らう前から治療を始めておくくらいだらう。

 

 

目の奥に、火花が走った。

 

 

体が浮き上がり金網にぶつかる。どうやらまだ意識は繋がっているようだ。アッパーのラインから少しズレる事が出来たのが要因だろう。

 

お陰で崩れ落ちる事なく前を向けている。この金網には感謝しよう。

鋭い痛みはある。顎にもう一発食らったら耐えられないだろう。だがまだ動ける。

 

「へぇ、まだやるかい。」

「理由は、ないはずなんだけどな。」

 

何故だか俺は、膝を折ることをしたくなかった。

 

「頑張れ!ヴィラン潰しぃいいい!」

 

響く歓声がそうさせるのだと、気付いたのはこの試合がきっかけだった。俺は未だに、誰かに期待されたいとかそんな甘えを抱いているのだろうか。

 

まぁ、どうでも良い事だ。

 

引力を考慮して戦術を組み立て直す。拳の距離で戦うのは自殺行為だ。かといって遠距離で戦うとなるとあのジャンクアームズが重い。あのスピードを躱しながら印を結ぶのは至難の技だろう。

 

故に、向こうのレンジでの攻防に乗るしかない。だが今のままでは絶対に勝てない。奴の反射神経は俺の写輪眼並みだ。だから正面から不意打ちするしかない。

まぁ幸いにも一瞬の隙を作る技なら割と前から持っている。防御のついでに当てるとしよう。

 

引き寄せる力を隠さなくなったジャンクドッグ。その力に便乗する形で高速で接近する。ジャンクアームズは使わせない。

 

当然カウンターが飛んでくるが、手を添えて逸らすことによりそれを回避する。そして、その時点で俺の技は発動圏内だ。

 

(いづ)ッ⁉︎」

 

身体エネルギーを調()()()()()()流し込む。すると俺の生来の火の性質変化により細胞にダメージが入り、激痛が走るのだ。

 

「掌仙術応用、炎痛掌(えんつうしょう)

 

覚悟していない所からの痛みは本人に与えるショックが大きい。歴戦のプロレスラーとて不意打ちに崩れることがある事がその証明だ。

 

その痛みに囚われている今が接近のチャンスだ。痛みに混乱しながらも反射的にスウェーを行うのはさすがだが、今回に限ればそれは悪手だ。別に俺は致命の一撃を狙っているわけではないのだから。

 

伸ばした手の中指にチャクラの吸着を行い、ギリギリ触れたマジックミラーゴーグルを奪い去る。

 

「まさか⁉︎」

「五分五分の近接戦闘じゃお前には勝てない。だから前提を崩させて貰った。」

 

咄嗟に目を瞑ったジャンクドッグ。流石に催眠眼で瞬殺という訳にはいかないようだ。だが、目を瞑ったことによりジャンクドッグは次の俺の攻めに対処できない。戦闘中ずっと窺っていたのだから、この術の使うタイミングを。

 

「影分身の術!」

 

5()()に分身した俺は移動術を用いてジャンクドッグを一斉に囲み、同時攻撃を仕掛ける。空気の流れや足音での感知など、達人の技をアイツなら容易に行うだろう。故の分身だ。柱間細胞によりチャクラ量が上がった今の俺なら5人の分身を容易に操れる。何が俺の得になるかわからないものだ。

 

ジャンクドッグはその足音に違和感を覚えたのか、目を開けて「嘘だろオイ」と呟いて、2撃を回避し、2撃をギアでガードし、天井からのかかと落としは回避もガードもできず、脳天にモロに受けた。

 

崩れ落ちるジャンクドッグ。カウントを取り始めるレフリー。その隙にちゃっかり顎の治療を進める俺。

 

長い10カウントが始まった。

 

チャンピオンを負けさせたくないのか、1カウントごとの間隔がやけに長いレフリー。

 

そのおかげか、5カウントで意識が戻り立ち上がろうとし始めるジャンクドッグ。

 

這いつくばっても立ち上がろうとするその姿に、ある種の気高さを感じてしまった。これはもう一本やらないといけないようだ。不意を打つ策はだいたい使ってしまった。あとはどちらのダメージが大きいかが勝負を決めるだろう。

 

腹を括ったのが8カウント目。転びながらも立ち上がろうとするジャンクドッグを見つめる皆。

 

9カウントで片膝立ちになったジャンクドッグ、

 

「ヴィラン、潰し。」

「なんだ?ジャンクドッグ。」

「お前の、勝ちだ。」

 

そのか細い言葉と共に、ジャンクドッグは崩れ落ちた。

それを抱きとめたのは、俺の心がそうさせたからだろう。満足したような顔で笑うコイツを、きっと俺は好きになったのだ。

 

「そんな感情、俺にまだ残ってたんだな。」

 

「フィニーッシュ!今日の最終戦の勝者は、ヴィラン潰し団扇巡だ!今日は長らくご無沙汰だったチャンピオン交代だぁ!」

 

湧き上がる観客たち。だがその中にリングに突撃しようとする人達の姿が見えた。仮面がズレるのも気にしないで行く姿には、何かの必死さが感じられた。

 

嫌な予感がする。

 

「それじゃあ恒例行事、チャンピオンキリングだぁ!この闘技場のチャンピオンは、元チャンピオンの血を持って完成するのだ!」

 

この会場のどこかにいる死柄木が、笑ったような気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ジャンクドッグには木でできた枷がはめられ、俺には拳銃が渡された。これでジャンクドッグを撃ち抜けという事なのだろう。

 

「さぁ、チャンピオンキリングだ!カウントダウンは皆さんご一緒に!10!9!8!7!6!5!4!3!2!1!」

 

このことに反旗を翻したら死柄木から情報が貰えないかもしれない。だが情報のアテはもう一つあるのだから、ここは心に従っていいだろう。

 

この気高い男を殺す事は、俺にはできない。

 

そう決めてジャンクドッグを押さえつける黒服2人を倒す算段をつけ始めた所で、ある大声が響いてきた。

 

「サツだ!三番ゲートが制圧された!すぐに逃げるんだぁ!」

 

瞬間、観客たちはとって返すように逃げ出し始めた。仮面をしていることから考えて、保身の事はしっかり考えているのだろう。

そうして生まれた混乱を機に、黒服二人に催眠をかけてジャンクドッグを救出する。

 

「お前、なんで?」

「さぁな、なんとなくだ。...いいから逃げるぞ。」

 

鍵がかけられっぱなしの金網を桜花衝でぶち破り、来た時の道を行く。あの男の個性なら警察に見つからずに脱出できるからだ。そうでなくてもあそこの位置は良い。

 

「一応聞くんだが、お前逃げ道知ってるのか?」

「ああ、とっておきのを知ってる。こういう時は屋上から逃げるのが楽で良い。」

「人一人抱えてか?」

「良いサポートアイテムがあるんだ。安心しろ。」

 

最初にスーツの男に転移させられた場所へと向かう。あの場所は天井への距離が異常に近い。ぶち破るにはあそこがいいだろう。

 

すると、天井が崩れ落ちてきた。黒衣の仮面の人形とともに。

 

「巡、無事か!」

「才賀と、フランさんか?この傀儡は?」

「これは“あるるかん”、才賀の家に伝わるからくり人形を個性に合わせて進化させたモノです。」

「それでコンクリートの床をぶち抜いて来たって事か、凄いパワーだな。」

 

フランさんの個性は糸。両手の指から強靭な糸を出し、操作する物だと聞いている。それをからくり人形の各部に入れる事で糸の強さを何倍にもしているのだろう。金持ちの知恵という奴か。

 

ちなみに才賀の家に伝わる糸の個性をフランさんが持っている事は闇しか感じないので聞かないようにしている。面倒は御免だ。

 

あるるかんの開けた穴から上の階へと移動する。するとそこは、死柄木と会った倉庫だった。スーツの男の個性は、案外転送距離が短かったようだ。あるいは縦方向だけの転送?まぁいいか。

 

「じゃあ逃げるぞ。」

「待て巡、そいつは誰なんだ?」

「ジャンクドッグだ。成り行きで助ける事になった。」

「よし、じゃあ事情は後で聞く。とりあえず逃げるぞ!」

 

あるるかんを先頭に車へと向かう。才賀たちはこの周辺に警察が来た事に勘付いて俺を助けに来てくれたようだ。本当に良い判断をしている。

 

あるるかんをトランクに詰め、車に乗り込んで包囲網を回避して逃走する。この動きに慣れを感じるあたりフランさんは才賀の無茶を幾度も救って来たようだ。

 

「なぁヴィラン潰し、お前らなんなんだ?」

「なんか成り行きで増えた集団だ。目的は陰我というヴィランを殺す事。」

「おい待て!俺は殺す事に賛同してる訳じゃあねぇぞ!」

「私もです。捕まえて終わるならそれに越した事はないでしょう。」

「甘い事言う連中なんだな。まぁコイツの仲間ならそんなもんか。」

「何変な納得してんだ野良犬野郎。」

「他にやる事もねぇし、俺も手伝うぜ。お前の殺しを。どうせあの時死んだ命だしな。」

 

そんな訳で、陰我を追う一行に、ジャンクドッグという誇り高い野良犬が加わる事となった。一人で行くつもりだった旅路の筈なのに、何故か賑やかになってきた。奇妙な事もあるものだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その日が開けたころ、藤巻に連絡したアドレスに一通のメールが届いた。藤巻からの転送だったそのメールにはこう書かれていた。

 

武器の搬入先を洗った結果出てきたのは、素晴らしき個性生活の会という半宗教組織だと。

 

次の目的地はどうやら決まったようだ。




ちゃっかりと好きな作品を知らない人に布教するスタイルです。でもアマプラでの無料視聴終わっちゃったんですよねー。悲しみ。

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