【完結】倍率300倍を超えられなかった少年の話   作:気力♪

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serial experiments lain というアニメにどハマりして原作ゲームのプレイ動画を見ていたり、ウデマエXに到達した喜びでガチマ熱が再燃したりした結果が、投稿の遅れです。待たせてしまってごめんなさい。なんでもはしません。


素晴らしき個性生活の会

「裏園長との連絡は?」

「ダメです。何度試しても繋がりません。園長ともです。」

 

高速道路を走る車の中で状況を把握しようと携帯を操作するダイバーさん。この状況はあの日にもあった。

 

「電波ジャミング系の個性か...」

 

だが、逆に言えばこれはチャンスだ。そんな強個性の奴が何人もいるとは思えない。そいつさえ潰してしまえば陰我の行動力はかなり落ちる筈だ。

 

「...一つ、聞いて良いですか?巡さん。」

「...なんだ?」

「裏園長はあなたにとって敵の筈。なのにどうして助けようとしてくれるんですか?」

「情報をまだ貰っていない。それに...」

 

「一応、父さんの命の恩人だからな。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

午後6時、ようやくたどり着いた施設は、派手に倒壊していた。あの高そうな施設をぶっ壊した方法はわからないが、そういう事が出来る個性か武器があるというのだろう。

 

...この倒壊で何人死んだのか、考えたくはない。

 

「...倒壊した建物から裏園長を引きずり出す。できれば子供達や職員の遺体も。」

「待て巡。ガキどもの命は多分無事だぜ。」

「...才賀、どういう事だ?」

「ガキども曰く、今日の午後からヒーローショーを見に行く事になったって話だ。これって、報復を予見した奴が子供達を逃したって事じゃないのか?」

「それは吉報だな。あの裏園長が死ぬとは思えない以上、探索は敵を倒してからでいい。...来るぞ。」

 

瞬間、空間を何者かの身体エネルギーが満たし、世界から音が消え去った。

 

同時に放たれるいくつものエネルギーの刃。警戒を促そうとして声を出そうとするも、声は音となり空気を伝わることはなかった。

 

不可視の刃を飛ばす個性と、周囲の空間の音を消す個性。混乱の最中にこちらを全滅させる作戦なのだろう。シンプルに強い策だ。こちらが経験の浅いヒーロー連中だったなら全滅させられる結果となっただろう。

 

だが、あいにくとこの集団は戦闘経験に関しては一級品だった。

 

車のトランクからあるるかんを取り出し、防御に徹するフランさん。

空気の流れから攻撃地点を察知して回避する才賀とジャンクドッグ。

この中で唯一反応できていないダイバーさんを持って上空に逃げる俺。

 

奇襲は完璧に回避できた。ついでに上空から敵の位置の把握もできた。だが、さらに厄介であるという事が分かり頭を悩ませる。

 

刃の男は、空間を満たすエネルギーの奴とは別のエネルギーに包まれて、普通の目には見えなかった。

 

一人目、空間から音を消す個性

二人目、不可視の刃を飛ばす個性

三人目、他人を透明にする個性

 

一人目の存在によりチームワークを封じられ、三人目により目による索敵を封じられる。刃による攻撃だ。強化カーボンで作られているあるるかんに傷をつけているという事実から、人の体であれを受けたらかなり愉快な事になるだろう。

 

何が起こっているのかわかっていないダイバーさんに写輪眼で現状を伝え、着地と同時にフランさんに預ける。

 

言葉が発せない状況に気付いたのか、頷いてダイバーさんを受け取るフランさん。さて、どう動くべきか。

 

相談という手段が奪われたのはかなり痛い。この三人の個性の組み合わせは驚異ではあるが、俺の目なら回避は容易なのだ。

だから俺一人で突っ込んで行って大丈夫、という話にはならない。

 

これは、明らかに誘いの隙だからだ。

 

つまりもう一人以上居ると仮定して動くべきだ。ならどうする?フランさんはダイバーさんを守る為に動かせない。となると索敵能力に優れた才賀を連れて行くべきか?

 

いや、敵の狙いが俺であるとは限らない。才賀にはフランさんを守ってもらうべきか?

 

思考が堂々巡りする。そんな時に刃の第二陣がやってきた。悩む時間はくれないという訳かッ⁉︎

 

危なげなく回避する自分たち。この距離でなら回避は問題は無い。

刃の雨の放たれる時間は2秒、刃のインターバルは3秒ほどだ。奇襲がバレても撃ち続けるということは弾切れの心配のない個性なのだろう。

 

仕方ない、突撃と行こう。

 

才賀とジャンクドッグに目配せし、写輪眼でこちらの命令を伝える。

ジャンクドッグは躊躇いなく。才賀は渋々と頷いてきた。

 

次の刃が飛び始めた瞬間に動き始める。近づきながら標的を俺に絞らせるように飛んでくる刃をギリギリで回避して挑発する。

 

案の定敵は乗ってきた。五人に分散させて飛んできた刃を俺一人に集中させてきたのだ。その密度はちょっと面倒だが、線でなく面での攻撃だと見れば躱せないことはない。大きく回避しつつ、射線と目線を皆から逸らす。そして刃を躱しきったその瞬間にミラーダートを投げつける。

 

ダートは、右足のあたりに刺さった。そしてその反射光はしっかりと見えている。これでいい。

 

次の動きだ。

 

痛みにより動きが鈍り、怒りから俺に目が集中するだろう。これで、敵のメイン攻撃役は潰したも同然。とすれば奇襲はそろそろだろう。周囲を見渡す。

 

...物陰から少し見えた誰かの顔に、身体エネルギーの高まりが見える。おそらく奴が俺を殺す為の策だ。

 

挑発の一つでもして敵の行動を単調にしたいところだが、声が空気に響かない。この個性本当に厄介極まりないな。

 

なので、物陰に向けて手でクイっと「かかってこい」とだけ示す。

 

物陰にいた男は、居場所がバレていると見るやすんなりと物陰から出てきた。

 

そして、空気が爆ぜるのを幻視した。

 

写輪眼の動体視力を上回る超スピード、それによる閃光のようなラッシュ。こいつ、スピードだけなら全盛期のオールマイトとやり合える強者だ。

 

敵が無手だと仮定して、狙いが頭だと仮定して、その二つの仮定が偶然合っていてかつ敵のパンチ力がスピードほどでなかったから俺は生きている。

 

ガードできたのは8発。

ガードが崩れ抜けてきたのが4発。

 

距離2mほどを一瞬で移動して瞬間12発の拳を放ってきた後に余裕を持って離れていった。

 

こいつ、かなりやる。

 

そして離れた理由は言うまでもない。3秒だったからだ。

 

刃の雨が再び放たれる。痛みを堪えて走り出す。ダートの存在はあれど、あの距離を詰めるにはまだ足りないだろう。奴を中心に大きく弧を描くように動いて刃の雨を回避する。

 

2秒、経った瞬間に今度は仕掛けてきた。

 

一撃の軽さから考えて、奴の個性は体を軽くする個性の類。増強系も混ざっているならば、人1人の重さを取っ払えばあれほどのスピードを生み出しても不思議ではないだろう。空に飛ばない事は、訓練で得た歩法だろうか。

 

そんな思考に割ける程に、今回のラッシュの対処は無理難題だった。

 

単純に速すぎる。写輪眼でも影しか捉えることが出来ない。

3秒間、俺は顎をガードしたままただひたすらに殴られているだけだった。ボディに何発か良いのが入ったのが辛い。こういうダメージは後に引いてくるからだ。

 

そして再び離れる敵、そこに俺は今まで温存していた移動術で追い縋る。

 

前進する俺と後退する敵とならスピードの差は埋められる。だがこれは本来なら愚策だ。移動術の停止の瞬間は隙になる。あの密度の刃の雨なら俺に手傷を負わせることは難しくないだろうから。

 

だが、この時からに限って言えば、もうそれは問題にならない。

ダートを目印にしたことで透明化は意味をなさない。目線は俺に向いている。そんな奴を放っておくなら、地下闘技場のチャンピオンも大学蹴られた自警団(ヴィジランテ)も謎のからくり使いもその名を返上しないといけないだろう。

 

つまりこの戦いは俺が2人を相手にしているのではなく、皆で戦うチーム戦だという事だ。

 

まず1人目のメイン攻撃役を全力で潰す。そこから戦術を組み立てるとだけ写輪眼で伝えていたのだ。

 

まぁ、非戦闘員のダイバーさんの防御をフランさん1人に押し付ける事はかなりリスキーだが、それよりも速戦で終わらせる事を優先した。

 

そして刃の敵を才賀とジャンクドッグとフランさんのあるるかんによる即席連携でぶちのめし、刃の雨を封殺する。これで1人。

 

移動術で追いすがりガードした手に触れる。チャクラの吸着でその体を捕まえて、力尽くで地面に叩きつける。体の軽さがあっても、その分スピードを乗せたのでダメージは大きいだろう。少なくとも即時戦線復帰は不可能な程には。

 

これで2人倒した、後は戦闘系でない個性が2人、消化試合だ。

 

そんな甘い考えは、ジャンクドッグの発動した個性と、それにより逸れて、ジャンクドッグの右手に当たった何かが生んだ血飛沫が吹き飛ばした。

 

ジャンクドッグ!と声をかけようとするも声は響かない。

急所からは逸れているため命に別状はないだろうが、それでも心配だ。治療に向かおうとする俺をジャンクドッグは手で制して、施設の方向を指差す。

 

ジャンクドッグが反応できたのはそこに何かを見たからだろう。崩れて影になっている場所の多いその施設が、残り2人の隠れ場所なのだろう。あるいは、頭のどこかで否定したかったもっといる可能性も。

 

こういう時に写輪眼による尋問ができないというのは厳しい。音が消されているため情報が引き出せないのだから。

 

仕方ない、虎穴に入らずんば虎子を得ず。崩れた施設の山へと侵入するとしよう。とはいえまずはジャンクドッグの治療からだ。

 

才賀とフランさんとジャンクドッグに写輪眼で伝達。あるるかんで俺たち全員を守りながら、ジャンクドッグの手を治療する。ジャンクドッグの傷口はそう大きくない。治療は容易だ。

 

敵の攻撃の正体はおそらく狙撃、もしくはそれに準ずる個性だ。音を消す敵か透明にする敵のどちらかが狙撃銃を持っているのだろう。個性については可能性が多すぎて考えるだけ無駄なのでとりあえず置いておく。

 

ジャンクドッグに気付いた理由を尋ねたい所だが、ここでも音が消されているのが大きい。人を見たのか、スコープの反射光を見たのか、それすらも尋ねることができないのだから。

 

治療を終えて、皆に命令を出す。突入は俺の影分身に行かせるが、狙撃を警戒して皆で施設に入る。

 

そして数秒後に、俺は頭をぶち抜かれて影分身は消え去った。

 

かなり厄介な状況だ。瓦礫がいくつもの山となっているために何処から狙撃されているか分からない。無策に影分身を向かわせてもまたぶち抜かれて終わりだろう。

 

...俺一人の頭では有効な策が練りきれない。一体どうしたら...

 

そう頭を悩ませたところで、フランさんからスマートフォンが見せられた。「あるるかんをジャンクドッグ様の個性と合わせて突っ込ませましょう」と。

 

発想が凝り固まっていた事がわかり、頭を殴りたくなる。

言葉を交わす手段は、なにも声だけではないのだ。そんな簡単な事に気付かなかったとかむしろ笑いたくなるレベルだ。

 

ジャンクドッグに目配せする。「任せろ」と返してきた。

 

先頭にあるるかんとそれを操るフランさん、次にあるるかんに攻撃を集中させるジャンクドッグ、次に三人に分身して索敵する俺、殿に才賀とダイバーさんの順で行く。

 

瓦礫の中に入ってからすぐにあるるかんの仮面に銃弾が当たるのが見えた。角待ちという奴だろう。

これで、個性攻撃の線は消えた。銃弾程度なら見れるのだこの目は。

 

あるるかんへの入射角から狙撃手の位置を逆算して目を向ける。瓦礫の山の中に透明化の身体エネルギーが見えた。

 

指を指して進行方向を皆に知らせ、罠を警戒してゆっくりと進む。移動する姿はない事から、待ち構えているものと考えられる。

 

再びの銃撃、今度はダイバーさんか才賀を狙ったものだっただろうが、ジャンクドッグの引力により軌道を逸らされてあるるかんへと当たり、弾かれた。

 

二回目の射撃これで向こうの狙撃の地点はだいたい割り出せた。あとは突撃だ。

 

分身三人で同時に移動術を使い、三方から一気に距離を詰める。

 

ちょうど瓦礫の山という投擲武器に困らない状況なので、使わせてもらおう。そこそこの大きさの瓦礫を拾って投げつける。必殺、怪力乱神である。

 

3つの瓦礫が狙撃点へと投げつけられる。本体の俺から僅かに見えていた透明化の身体エネルギーの持ち主は咄嗟に飛び退いたのか視界から消えたが、問題はない。何故なら、瓦礫の着弾と同時に周囲の空間を満たしていたエネルギーが消えたからだ。

 

どうやら音を消す個性の奴が、狙撃手だったようだ。

 

「音消しは倒した!姿消しを...ッ⁉︎」

「わかってるっての!」

 

俺が警告を発するよりも前に、才賀は動いていた。

才賀は、振り向いた先にいるダイバーさんを狙っていた敵を一蹴したのだ。才賀の個性と実戦経験の前では、不意打ちは通用しない。たとえそれが見えない相手であっても。

 

さて、ひと段落ついた。

人質を取られるなんて面倒な事にならなくて何よりだと思い、ポケットの携帯電話の電源を入れる。圏外は解除されている事から、先程才賀にぶっ飛ばされた男は電波ジャミングの個性の敵だったようだ。

 

というか透明化の奴のせいで敵の正体が分かり辛い。後は透明化の敵がどこにいるのかを探すだけの簡単な仕事だ。

この段階に至るまで出てこないという事は、透明化の敵がなにか厄介なものを持っているなんて事はないだろう。プラスチック爆弾でもあれば別かもしれないが、それはこの瓦礫の山を作るのに使っただろうからカウントはしない。

 

そんな事を考えながら風切り音で気付いた投げられた透明のものを掴み、全力で人のいない方向へと投げつける。俺ならこの状況のようなひと段落ついたところで投げ込むが、まさかそんなものまで用意している訳が...

 

あった。

 

投げた先で耳を貫く爆発音。投げられたものは想像通りの手榴弾だったようだ。どうやって入手したよこんな物騒なもん。ここはヒーロー大国日本だぞ。

 

「おい巡、なんだ今の爆発は!」

「手榴弾かなんかみたいだな。詳しくはそこにいる最後の一人に聞くぞ。」

「...やっこさんは準備が良いねぇ。」

「全くです。ですがこちらの情報はあまり伝わっていなかった様子、伝わっているのであればあるるかんを砕くために重機関銃でも配備するはずですから。」

 

皆で最後の一人、透明化の敵に向かって歩き出す。まだ何か手がある可能性を考慮して、ゆっくりと。

 

瓦礫の山を越えて見つけたその男は、中肉中背のどこにでもいるようなオッサンだった。口から血を吐いている事を除けば。

 

「おい巡⁉︎こいつはどういう事だ⁉︎」

「待て、診てみる。」

 

写輪眼で麻酔をかけて軽く触診をしてみる。どうやら観念して舌を噛み切ったようだ。足元に切れた舌が落ちている。

 

とはいえ、舌を噛み切った程度で死ねるとかいつの時代の常識だというのだ。適切な処置をしなくても舌を噛み切った程度の出血量では死ぬことはできない。このオッサンには残念ながら無駄な努力という奴だ。

 

「自決用の毒も持たされてないとか、お前強個性の割に鉄砲玉だったんだな。」

 

念のため掌仙術で止血をして担いで持っていく。これで今回の戦闘は終わりだろう。

 

もっとも、これから先の作業を考えると頭が痛くなるばかりだが。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ただ今、午後8時。作業開始から約一時間半経って尚作業の進展はなかった。

 

しかも時間がかかりすぎて施設の子供たちを乗せたバスが帰ってきてしまった。目撃者ゼロで情報を抜き出す事は失敗したみたいだ。

 

「私たちの家がッ⁉︎」

 

泣き出す子供たち。ここの子供たちは個性により迫害を受けた子供、失う事を経験しているが故に今起きている事が現実だと受け止めてしまうのだろう。

 

「おい巡、どうすんだ?」

「ジャンクドッグとフランさんとダイバーさんは作業継続お願いします。俺と才賀で施設の人たちを説得します。」

 

俺たちの行なっている作業とは、崩れた建物の中から裏園長の部屋へと通じる階段を発掘することである。あるるかんの力と才賀の索敵能力を持ってしても裏園長の部屋を見つける事は出来なかった。

 

これは長期戦になる。そう覚悟してとりあえず施設の子供たちを寝かせられる場所に連れて行って欲しいと説得するつもりだった。

 

悲しみから個性を暴走させる、少年少女を見るまでは。

 

「畜生、何で俺たちの家が!園長先生たちが!」

 

彼は、自身の体を10メートルもある三面の阿修羅へと姿を変えた。

 

「嫌、もうなにも無くならないって言ったのに!」

 

彼女は、身体エネルギーを爆発させて小さな太陽を作り出した。

 

「待って、園長先生と裏園長は生きてる!あの部屋にいるのが見えるよ!」

 

少女は、索敵系の個性により生存者を探りあてた。

 

それらを見て、裏園長の元へと向かう悪魔的プランが頭をよぎった。

施設の人が帰ってきた以上、ヒーローはもうじき駆けつけるだろう。そうなれば俺の目的の情報は得られなくなってしまう。

 

それしかないなら、やるべきだ。

 

瓦礫の山の上に登り、腹の底から声を出す。

 

「聞けぇええええええ!」

 

子供たちの視線が俺に集まる。

 

ショータイムの始まりだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

外部との連絡手段は絶たれ、唯一の扉も瓦礫に埋もれた地下室にて、園長と裏園長はゆったりと時を待っていた。

 

「のう、英良よ。今からでも汝が生き残る算段をつけるつもりはないかえ?」

「...そんなんは今更でさぁ。あっしはあんたを救うと決めてここにきたんですよ。まぁ、まさかここまで大それた埋め方されるとは思わなかったんですけどね。」

「...貴様は、そう妙な所で義理堅いからこんな場所で寂しく最期を迎えるのだ。」

「まぁあっしは満足してやすよ。ガキどもやスタッフ連中は逃せましたし。それに、最期はあんたの側に居られるんですから。」

「その割には、貴様は妾と会うのを避けていたようじゃがな。」

「誰が恩人の心臓が貫かれてる所を見たがるってんですか。」

「そんなものか。」

「そんなもんでやす。」

 

タバコに火を付ける英良、それを嫌そうに払う裏園長。

その子供っぽい仕草を見て、英良はクスリと笑った。

 

「長生きしてるのに、タバコは駄目なんでやんすね。」

「好かんものは好かん。それだけの事じゃ。」

 

そんな二人はのんびりとしていた。事ここに至っては自分たちに出来ることなど何もない。ただ最期の時を待つ。英良にとってはすぐの、裏園長にとってはどれほどの未来になるかわからない最期を。

 

「最期なんで、言っときやす。」

「なんじゃ?」

「あっしは、あんたに拾われて良かったでやんすよ。」

「...ふん、気まぐれじゃよ。」

 

そんな時、大きな音が聞こえ始めた。瓦礫を退かすような音だった。

 

「こりゃ、重機でも持ち出されましたかねぇ。」

「となると、我らの最期は案外早く来る事になるの。」

 

次第に近づいていく音。英良は懐にある拳銃のセーフティを外し、最後まで戦うと決めて

 

次第に聞こえてくる声に毒気を抜かれてその銃をしまった。

 

「あっし、ガキどもの世話は割と適当にやってたんですがねぇ。」

「かっかっかっ!妾も童どもとは画面越しの会話だけじゃぞ!それでこうなるとは予想できなかったわ!ぱないの!」

 

次第に鮮明に聞こえてくる声。

それは、子供たちが個性を使ってこの地下室への道を切り開いていく様子だった。

 

主導しているひとりの声は、自分の元にやってきたあの少年の声。

自分の気まぐれで繋がった一つの小さな命だ。

 

「次はそっちの瓦礫だ!山を崩さないように丁寧に!ライト動かして!あ、異形型以外は前に出るなって危ないから!でも声は出していけ!地下室に俺たちの存在を気付かせろ!」

「「「園長先生!裏園長!今助けに行きます!」」」

 

「あやつ、誠に奇妙じゃの。復讐に取り憑かれておるくせに、こうして声をあげている様はヒーローとしか思えぬ。」

「根が復讐に向いてないんじゃないですかねぇ。」

「かっかっかっ、妾もそう思うの。」

 

そうして、音が聞こえ始めてからそう時間はかからずに、開くはずがないと思っていた扉は開いた。いとも簡単に。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

地下室の扉を見つけて中に入る俺、索敵の子の個性により無事なのはわかっているが万が一があると思ったため、子供達は一旦下がらせた。

 

中には、相変わらず張り付けにされている裏園長と屋上にいたタバコの職員さんがいた。

 

「裏園長と...タバコの人?あんたが園長だったのか。」

「ええ、あっしが園長でやすよ。」

「それでは、パソコンを丸ごと持っていくが良い。幸いノートパソコンでロックはかけておらぬ。」

「...いや、俺が持っていくのはそれだけじゃない。」

 

俺は、裏園長へと近づいて右目に神経を集中させる。ターゲットは心の臓を貫いているその木のみだ。

 

「天鳥船」

 

心臓を貫く木を吹き飛ばして裏園長との接続を切り離す。

そして、右目から流れる血涙を無視して裏園長の体を引っ張り出す。

 

自分を縛る木の杭が霞のように消えたのを見て、裏園長はポカンと間抜けな顔をしていた。

 

「小僧、今何をした?」

「切り札の事をペラペラと喋ると思うか?」

「思わぬな。あまりにたやすく妾の封印を解いてしまったので驚いたのだ。許せ。」

「別にそこはどうだっていい。あんたを助けたのにはそれなりの理由がある。」

「申してみよ。」

「どうせあんたも陰我から追われる身だ。なら奴を殺すのを手伝え。」

 

沈黙が走る。直球過ぎたか?

 

「妾は自ら望んでここに封ぜられていたとしてもか?」

「知ってる、あんたが死にたがってる事もな。でも、あんたにはあんたを信じて待っている子供達がいる。俺に呼応して陰我を潰さないと、陰我は子供達を殺すぞ?」

「脅すのか?悠久の時を生きるこの吸血鬼たる妾を。」

「事実を言ってるだけだ。」

「ならば一つ問わせてもらおう。その問の答えによって汝に付いていくかを決めさせてもらう。」

「何だ?」

「汝はどうやって童どもを手懐けた?」

「別に、大した事は言ってない。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「皆!この瓦礫の下に裏園長たちが埋まってる!でも助ける為には俺たちじゃ力が足りない!皆の力を貸してくれ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「要するに、あんたらが慕われてたってだけだろ。」

 

数秒の後、「かっかっかっ」と独特な笑い方で裏園長は何かを納得したようだ。

 

「あやつのように汝の言葉や行動は響くのじゃな、人の心に。」

「...響く?」

「ああ何、大した事ではない。古い友を思い出しただけのことよ。...よかろう!妾は主様に付いて行こう。陰我の奴もいい加減楽になっても良い頃故にな。」

「それじゃあ行くぞ。あんたらを待ってる子供達がいる。」

 

扉を開ける。苦労して掘り当てたその扉から、二人は無事である事を子供達に示す為に。

 

「園長先生!裏園長!」

 

駆け寄ってくる子供達。危ないから止めろよと才賀に目を送るも、「いいじゃねぇかよ別に」と返された。

 

まぁ、この光景は暖かい。才賀の気持ちも分からなくはない。

 

そんな中、集団から離れて索敵の子が俺に駆け寄ってきた。

 

「あの!」

「...どうした?」

「ありがとう。そんな暗い心なのに、裏園長を救けてくれて。」

 

この子は、読心系個性の応用で索敵をしていたようだ。それならこの子には悪いことをしただろう。今の俺の心は、きっと冷たいから。

 

「俺の心は、不快だったか?」

「ううん、何か暖かいものが奥にあったから。」

「...そうか。」

 

高精度の読心個性を持ったこの子の言葉だ。それはきっと俺が非情に徹しきれていないという事だろう。

思えば、雄英を辞めてから覚悟していたはずなのに俺はまだ敵を殺していない。それは、俺の甘さが招いていた事なのだろうか。

 

まぁ、この子を安心させることが出来たのなら甘さも時には役に立つのだろう。

 

「裏園長、そろそろ行くぞ。」

「童ども、達者でな。英良、あとは任せた。」

「へい。ガキどもはあっしが命を懸けて守ります。安心して下さいな。」

 

そこに、フランさんからの援護がやってくる。才賀の親父さんへの連絡を付けているのはフランさんなのだ。

 

「善一郎様へもご報告させてもらいます。腕利きのヒーローを護衛につけてくれるでしょう。」

「お、べっぴんさんのご配慮ありがたいですねぇ。楽でいいや。」

 

「そんな事より今日からの寝床でしょう!」とスタッフさんに怒られる園長さん。まぁ、きっと才賀の親父さんのツテでなんとかなるだろう。

 

襲撃犯たちの警察への引き渡しはダイバーさんが引き受けてくれた。「流石にあの車に6人乗りは厳しいですから」とは本人の談だ。

 

「裏園長」

「うむ」

「ジャンクドッグ」

「ああ」

「フランさん」

「ええ」

「才賀」

「何だ?」

「改めて皆に言う。陰我の狂行を止める為に、皆の力を貸して欲しい。」

 

返答は、満場一致での肯定だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

情報を整理する為に一旦才賀の家へと戻る車内にて、話題になった事が一つあった。

 

「なぁ、裏園長さんよぉ。あんたの名前ってのは何なんだ?いつまでも裏園長じゃあ呼びにくいったらないぜ。」

「そうじゃのう...主様、決めてくりゃんせ。」

「俺にネーミングセンスを求めるのか...」

 

見た目は美人さんで、何故か張り付けにされている時より縮んでる謎の吸血鬼の名前とか、ちょっと俺には荷が重いぞ。

 

「アセロラ、とかどうだ?」

「いやなんで果物なんだよ。」

「うっせぇ、思いつかなかったんだよ。笑えよ畜生。」

「気に入ったぞ、これより妾はアセロラじゃ!」

「こっちは気に入ってるよ...」

 

そんなどこかぐだぐだとした車内であった。




これから時間がちょっと飛びます。アセロラさんのリストから色んな施設を潰しに回ってるだけなので単調になってしまうのだ。なので一部を除いてバッサリカットしちゃいます。

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