僕の守護霊は博麗霊夢 作:キシ
顔が温かい。
微睡みの中感じたじんわりとした刺激に、僕はゆっくりと目を開いた。
カーテンの隙間から溢れる様に射した朝日が僕の顔を照らしている。眩しさに目を細めながら上体を起こし、ふわぁと欠伸を一つしてから、気付く。
何時もの部屋、何時もの風景。それに加わり、足元に一人。
「……え、誰」
「こっちの台詞よ」
白いフリルの付いた赤いリボンとスカート。それらと同色のセーラー服にも似た黄色いタイが目立つ服。服から独立した白い袖は赤い紐で彼女の二の腕に括り付ける様になっている。
直球で言うとあんまり見ないタイプの変な格好をした自分と同い年くらいの女の子だ。
その女の子は瞼を半分閉じたジトッとした眼差しで、ただ冷徹げに僕を見下ろしていた。
僕はそんな彼女の目を見つめながら、口を開いた。
「ぼ、僕の名前は〇〇
「……私は博麗霊夢」
女の子が少し間を開けてから名乗り返してくれた。
何やら訝しげな表情の彼女だが、僕からすればアナタの方が不法侵入者であって、そういう態度を取られても困るというか、なんというか……。
……しかし、博麗霊夢か。
不思議な名前だけど、なんだか高潔な感じがして、良い名前だなぁ。
「えっと、なんで博麗さんは僕の部屋にいるんですか?」
「知らないわ。寝て起きたらこの部屋に居たの」
「えぇ……」
仏頂面で言う博麗さんの口調は強いものだったが、僅かに安定しない視線とまばたきの間隔が少し短い所ことから、意図せず此処に来てしまったという戸惑いがあるらしい。
……凡そ信じられない話だが、博麗さんは本当に、いつの間にか僕の部屋に居たのだろう。
一体、何がどうなっているのだろうか?
困惑で頭がこんがらがる。
思わずううんと唸っていると、何時もの様にリビングの方から母さんの声が飛んできた。
『皐〜! ごはん〜!』
「はーい! 今行くー!」
と、僕も何時ものように返してしまったが、今ここには博麗さんが居る。さて、彼女をどう扱えばいいものか……。
チラリと視線だけを博麗さんに向けると、彼女は口をへの字にして眉間に皺を寄せ、見るからに不機嫌そうな表情をしていた。
こ、怖い……。
しかし、僕ではどうすれば良いか分からないので、彼女にも意見を仰がなければ……。
僕は振動がどきどきするのを感じながら、博麗さんに声をかけた。
「ど、どうしましょう……」
「……そうねぇ、私だけ玄関から出てくわ。アンタは上手いこと誤魔化して」
「な、なるほど!」
淡泊かつ冷静な博麗さんに気圧されながらも、確かにそうすれば万事解決だと手を叩く。
「ほら、早く出なさいよ」
「はい!」
博麗さんに促されてベッドから急いで這い出て部屋のドアを開ける。
そして小走りで玄関まで移動し、玄関のドアを開けた。
ひゅうと朝の冷えた空気が身体を撫でるのが心地良く、同時に感じたちょっとした寒暖差からほぅと溜め息を出した。
そして一歩外に出てから、あっと思って振り返る。
「そう言えば博麗さん、靴は?」
「……あ、」
博麗さんも盲点だったのか、言葉と共に口を開く。
そうだよな。起きたら僕の部屋に居たんだから、靴履いてるわけないもんね。僕は腕を組んでうーんと唸った。
あ、そうだ。
「僕の昔履いてた靴、貸しますよ」
「ん、まぁ、仕方ないか」
僕が指を立てて言うと、博麗さんは視線を自身の足に向けながら頷いた。
良かった。知らない人の靴を履く拒絶感はそれ程無いようだ。
急いで玄関の下駄箱を開けて中を確認する。
確か中学校の頃の運動靴が一番下段の取りづらい場所にまだ入ってた筈だ。
体ごと視線を落とすと、家族の古い靴がズラリと並んでいるのが確認できる。
いつ捨てるのだろうと思っていたが、まさかこんな所で親の勿体無い精神が役に立つとは……。
少し汚れた白の運動靴を、下駄箱からありがたく引っ張り出す。
「あったあった。どうぞ」
「ありがとう。悪いわね」
「いやいや! 此方こそ僕のお古で申し訳ないです」
「……アンタ、良い奴ね」
「え」
相変わらずの仏頂面で言った博麗さんからの褒め言葉に、一瞬思考が止まった。
良い奴。家族以外からあんまり褒められたことが無いので、なんだか新鮮な感じがする。
学校ではあんな扱いだし、こんなストレートに褒められることもまぁ無いから、正直照れる。
顔が熱くなるのを感じて、ブンブンと顔を左右に振った。
「じゃ、借りるわね」
「ど、どうぞ!」
「…………ん?」
右足を靴に入れた博麗さんが、首を傾げた。
「どうしました? サイズ違いましたか?」
「いや……、なんか」
「……えっ?」
目を細めつつ言った博麗さんが右足を上げる。
不可解な現象が起きた。
僕は目を疑ったが、今確かに……。
「靴を、すり抜けた?」
「……感覚も無い」
「どっ、どういうことですか……?」
「私に聞かれてもわかんないわよ」
博麗さんが足を何度も靴に突っ込むが、やはりすり抜ける。
一体どういうことだ?
「な、なんで……」
「皐ー? ……玄関開けて、どうしたの?」
「あっ」
リビングのドアが開き、母さんが顔を覗かせた。
ま、不味い見られた。博麗さんの事をどう説明すれば良いんだ。
あわあわと困惑し、どうしようと博麗さんに目線を向ける。
しかし博麗さんは冷静な様子で母さんを見てから、視線をこちらにやった。
「えっと、これは……」
「ごはん冷めちゃうわよ〜。早く来なさい」
「え」
それだけ言って、母さんはガチャンとリビングのドアを閉めた。
え、博麗さんにはノータッチ?
博麗さんに視線を戻すと、彼女は物知り顔で頷いている。
え、なになに? なんでそんな平然とした顔してるの?
「えっと……」
「わかったわ皐」
「皐」
「多分この身体、実体が無いのよ」
「……はい?」
呼び捨てに一瞬ドキッとしたが、博麗さんの次の発言に首が傾く。
突然何を言い出すんだこの人は。
実体が無いとな? どういうことだ?
「ちょっと、手握ってみて」
「えっいや。女の人の手なんて、そんな畏れ多い」
「そういうのいいから、ほらっ」
「ち、ちょっと……って、え?」
博麗さんの手が僕の手をすり抜けた。
やっぱりと言わんばかりに( ・´ー・`)←こんな顔をする霊夢さん。
対して僕はまた困惑していた。
本当にすり抜けた。
と、いうことは博麗さんは幽霊?
もしかして母さんにも博麗さんは見えてなかったのか?
「あー、うん、ダメだわ」
博麗さんがドアや下駄箱と手当たり次第に手を突っ込むが、やはり例外無く全てすり抜ける。
僕はなんだか怖くなり、身体を震えさせながら彼女に問いかけた。
「博麗さんって、もしかして幽霊なんですか……?」
「失礼ね、生きてるに決まってるじゃない。……と、言いたいところだけど、こんな状態じゃあねぇ」
「寝て起きたらって言ってましたけど、寝る前は何を……?」
「宴会でお酒を少し飲んだけど……それくらいじゃ死なないでしょ」
「ね、寝てる間に何かされたとか?」
「ああ、それは一理あるわね」
うんうんと頷く博麗さん。
寝首をかかれるのが一理あっちゃうって、どうなの。
「まぁ適当に帰るわ」
「でも足が汚れちゃうんじゃ……」
「靴が履けないんだから泥も付かないでしょ」
「……あぁ」
僕が言われてみればそうかとボヤけた声を出していると、博麗さんはさっさと玄関を出ていってしまう。
そんな淡泊な別れ方ある? と呼び止めると、博麗さんは振り帰って一言。
「ご飯は一日三食キチッと食べなさい。アンタには親がいるんだから、毎日親に感謝して、ね。」
「は、はい……」
「それじゃ、またどっかで会いましょ」
「お、お達者で……」
サバサバした人だなぁと思いながら、その不思議な後ろ姿を見送る。
親に感謝してご飯を食べる……か、そんな事、考えたことなかったな……。
博麗さんが曲がり角を曲がって姿を消した。
それを見届けてから僕も家に戻り、リビングへ。
「遅かったわね」
「ご、ごめん。ちょっと朝の体操を……」
「えー? 皐が身体動かすなんて珍しいじゃない」
「ま、まぁね」
苦し紛れの言い訳に目を開く母さん。
ごめんね騙して……でも博麗さんの事を言うわけにもいかないし、許して。
「じゃあ今日の朝ご飯は良く入るんじゃない? 白米大盛りにしてあげようか?」
「だ、大丈夫大丈夫! いつもの量でいいよ!」
「そう?」
母さんは小首を傾けながらガパッと炊飯器を開けて、湯気の立つ白いご飯を僕の茶碗によそう。いつもの量だ。
「はい」
「ありがとう」
茶碗を受け取り、さてと食卓を見る。
焼き鮭に納豆、豆腐とワカメの味噌汁。それと沢庵。
ありがちのメニューだがバランスが取れている。
今まで大病も無く生きてこれたのは、母さんの健康管理のお陰だろう。
……そうか、親に感謝……か。
「……母さん」
「ん? どうした?」
「いつも、美味しいご飯作ってくれてありがとね」
「は?」
僕の言葉に、母さんはポカンと口を開け数秒だけ固まってしまう。
そして嬉しそうに頬を弛め、身体ごと僕の方へ手を伸ばす。
「何よぉ! 嬉しい事言ってくれるじゃない!!」
「ちょっ、母さん! こぼれる! こぼれるから!!」
体勢が崩れる程のパワーでワッシワッシと頭を撫でられる。
どうにかしてそれから抜け出し、眉を寄せながら母さんを見る。
しかしニコニコのご機嫌な様子だったので、直ぐに気が抜けてしまった。
味噌汁が危うく零れそうだったけど、こんなに嬉しそうにしてもらえるなら言ったかいがあったかな。
「んふふ」
「……もう」
こんなに笑顔になってる母さん見るの、いつ以来かな……。
僕、最近は家にいるときでも部屋に籠りっぱだったし、もしかしたら母さんも寂しかったのかもしれない。
……これからはもう少し、家族と触れ合おうかな。
◆
朝ご飯を食べ、学校へ行くために家を出る。
車庫の端に置いていた自転車を引っ張り出し、さてと漕ぎ出す。
「……博麗さん。大丈夫かな」
唐突な出会いと別れだったからあんまり何も思わなかったけど、博麗さんお金とか持ってたのかな。
家が近ければ良いんだけど、遠くなら帰るのは難しい筈だ。
安易に送り出してはいけなかったのかもしれない。
せめて僕のお金を貸してあげれば……って、そうか、博麗さんはお金も持てないのか。
ペダルを漕ぐたびにギーコギーコと錆びた音が耳を撫で、なんとなく寂しさを感じる。
「なんか、ダメだったわ」
「うわぁお!? び、ビックリしたぁ!!!!」
耳元に突然聞こえてきた声、バランスを崩してあわや自転車ごと転けそうになる。
声のした方へ顔を向けると、帰ったはずの博麗さんが安定の仏頂面でそこに居た。
「は、博麗さん!? えと、ダメだったって……?」
「家から出て暫く歩いたら、何かに身体が引っ張られる感覚があって、それ以上は進めなくなったのよ」
博麗さんが不機嫌そうな声色で言う。
進めなくなったって、一体どういうことだろうか?
「えっと、どういうことですか?」
「さぁ? アンタの後ろを着いて行ってたら問題無く進めたから、多分私、アンタから一体距離は離れられないんじゃないかしら」
「えぇ……」
相変わらず淡泊に言ってのける博麗さん。
こんなにサバサバしているのは、一種の魅力と捉えることも出来るかもしれない。
……しかし、それじゃあまるで
「まるで背後霊みたいよね」
「え、いやっ! ……守護霊の方が合ってると思います」
「守護霊」
「あ、ごめんなさい……。博麗さんも好きでここに居るんじゃないのに……僕の良いように言ったら失礼ですよね」
「いいじゃない、守護霊」
「え」
少し、嬉しそうな声色で博麗さんが言った。
見ると、相変わらずの仏頂面ではあるが、若干彼女の口角が上がっているのに気が付く。
「アンタ良い奴だけどなんかナヨナヨしてるし、私が守護霊になってあげるわ」
「で、でも博麗さんに悪いです……」
「どーせ離れられないんだからいいわよ」
「そ、そんな簡単に」
「アンタ学校? に行くんでしょ? 急がなくていいの?」
「……あっ」
言われて、気付く。
腕時計を見てみると、後十分くらいでホームルームが始まってしまう時間になっていた。
「ち、遅刻する!!」
「さぁ、行きましょ」
「で、でも博麗さんが……」
「大丈夫、私飛べるから」
「え」
言ってから、フワリと宙に浮き上がる博麗さん。
凡そ現実的でない光景にポカンと口を開けてしまうが、博麗さんは幽霊なのだから飛べるのも不思議なことでは無いかと納得する。
「べ、便利ですね」
「そうねぇ、普通の人間は飛べないものね」
そう言ってゆっくりと飛行を始めた博麗さんの表情は、どこか寂しげなものだった。
博麗霊夢が守護霊だったら、どんなに頼もしいだろう。
そんな妄想からつくりだした物語です。
完結までの構想は殆ど出来ていますので、エタることはありません。
どうか最後までお付き合い頂けると幸いでございます。
失礼しました。