ひびみく(みくひび)小品集   作:がめちょん

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それは、四月を目前に控えた春休みの事。
余暇に微睡む響と未来の日常の一幕。
抱く言葉と抱く想い。
それは互いに同じようで、違うようで――


少女と少女と、春の嘘。

 それは、まだ肌寒さを残した三月の暮れの事。

昼下がりの陽射しは眩しさを増しながらも、窓から外を見下ろせば、吹き付ける風の冷たさに、道行く人々はまだまだ肩を窄めながら歩いている。そんな光景が目に入っては、思わずつられて身震いをしてしまう頃の事。

 まだまだ片付けられない暖房器具の温かさに、今にも蕩けてしまいそうな表情でその少女――立花 響は、少ない休みを満喫するかのようにぼんやりと過ごしていた。

同室で暮らす幼馴染にして親友の小日向 未来が作ってくれた手料理を、これでもかと食べ尽くした後、仲睦まじく食器類を片づけた二人は、午後の空いた時間を各々に過ごしている。

 日頃から特異災害に立ち向かうべく、やれ訓練だ、やれ任務だと駆けずり回っていた響ではあったが、ここ数日はそういった慌ただしさもひと段落し、ようやくにお昼寝を楽しむ余裕すら出てきたほどであった。

そんな、うつらうつらと舟を漕ぎだした響を横目に、寄り添うようにして未来は開いた本に浮かぶ無数の文字列を眺めては、時に物思いに耽け、時に目を輝かせ、そうして物語に酔いしれていた。

 

「あ、そうだ。響に書いてもらわなきゃいけないものがあるの」

 

 未来は、読みかけの本に栞を挟むと、ふと思い出したように響へと声を掛ける。

暖かさと安らぎの内にすっかり微睡んでいた響は、寝ぼけたようなはっきりしない声で、眠そうに薄目を開けると「ん? どうしたの?」と、僅かに未来へと顔を傾ける。

折角心地よく微睡んでいたところを邪魔してしまったかと、少しだけ罪悪感を覚えながらも、未来はいくつかの用紙を取り出すと、それをテーブルの上に広げて響へと提示した。

 それは、いかにも堅苦しい書式をした書類の数々で、最初はよく分かっていない様子で眺めていた響ではあったものの、その意味するところを知ると、思わず「むっ」と顔を顰めるのであった。

 

「それ、何……?」

 

 少しだけ不機嫌そうな声の響に、未来はちょっと困ったような顔で「寮の更新に必要な書類。響いつも忙しくって書いてもらう時間が無かったの」と答えた。

なるほど、確かにそれらの書類は、来年度の寮生活に絶対必須な提出書類らしく、細かく区切られた記入欄の他には、誓約書然としたチェック欄と、物々しくも長たらしい規約らしき文面が、数ページにわたってずらりと記されているようだった。

 響は、思わず「うえ」と顔に出してしまうのを堪えながらも、それらへざっと目を通す。

どうやら忙しい響のために、その多く――本人でなくとも記入出来るような箇所に関しては、未来が殆ど埋めておいてくれたらしく、残るは幾つかのチェックと、それから響の捺印・記名くらいしか残っていない様子であった。

 

「ほら、大体の箇所はわたしが書いておいたから。それから規約の方は去年までと殆ど変わって無いみたいだよ」

 

 未来の言葉通り、細かい誓約書部分の規約は大した変更も無いらしく、ところどころ変更されたであろう箇所に関しては、丁寧にチェックペンでしるしを付けてある辺り、未来の気遣いが見て取れる。

「さすが未来、良いお嫁さんになれるよ」と、冗談半分に笑いながら、感謝の気持ちを示すように手をそっと握ると、未来は照れたように「そうかな」と笑い返し、記入箇所をそっと指差して響へと説明していく。

優しくも丁寧なその姿に「未来の将来の夢は先生とか家庭教師なのかな?」などと思いながら、幾つかの用紙への記入を終え、次の書類に目を通すべくそれを手に取った響は、思わず目を丸くすると、素っ頓狂な声を上げて慌てふためくのであった。

 

「み、未来! これって……」

「え? あぁ……うん、そうだよ。婚姻届」

 

 事も無げに笑って答える未来に、響は「え? えぇッ?」と、書類と未来の顔を交互に見ては、思わず後退る。それを見た未来は少しだけ不機嫌そうに「嫌なの?」と頬を膨らませるものだから、響は尚更慌ててしまい、しどろもどろに「い、嫌とかそういうわけじゃないけど」と、まるで茹でだこのように顔を赤くするのであった。

――しばらくの沈黙。

 今や「カチカチ」と音を立てるアナログ時計などは無く、ただただ気まずささえ思わせる沈黙が、二人の間に横たわっていた。

時折窓の外、道路の方から、少しだけの喧騒や車の音が聞こえてはは来るものの、二人はただただ黙って見つめ合っていた。

 突然の事に視線を泳がせながらも未来を見つめる響の眼差し。

そして、真剣そのものに見える、真っ直ぐな未来の眼差し。

まるで、永遠に続くかと思われたその静寂と沈黙は、しかし未来の笑い声によって破られるのであった。

 

「ぷッ……あはははは! 冗談、冗談だって」

「えッ……冗談? えぇッ? わたしてっきり……」

 

 腹を抱えるようにして笑う未来に、響は慌てながらも安堵したかのように表情を緩ませる。

前々から、どうにもこの親友の愛は真っ直ぐで、時にそれは親友だとか幼馴染といった次元を越えた、謂わば恋愛にも近いようなものを感じないではいなかった。そのためこの、未来の言う『冗談』もまた、響にとっては「本気なのではないか?」と思えてしいまい、答えあぐね、慌ててしまっていたのだった。

 尚も笑い続ける未来に対し、響は「もう、本気かと思ってびっくりだよ」と、少しだけ怒ったように頬を膨らませる。とはいえ本当に怒っているわけでも無く、どんな顔をしていいか分からない。というのが正直なところであった。

そんな響に、本気とも冗談ともつかない口調と、そして表情で、未来は少しだけ悪戯っぽい微笑みを向ける。

 

「本気だったら、どうしてた?」

 

そうとだけ言うと、未来はそそくさと書類を片していく。

少しだけ、何処となく。素っ気なくも感じられるその様子に、響は真意を掴み取ることも出来ず、再び戸惑いながら、未来の姿を眺めていた。

 その耳が少しだけ赤く見えるのは、笑いすぎたせいだろうか。

 その後姿が少しだけ苛立ちを思わせるのは、迷い、戸惑ったせいだろうか。

 その様子が胸にちくりと刺さるのは、一時の気の迷いだろうか。

未来の背中へと手を伸ばし、けれど触れるのは躊躇われ、響はそっと空を掴む。

――エイプリルフールには、まだ少し早いよ? 未来。などと思いながら、窓の方へと気を遣ると、外はすっかり夕暮れが迫っている様子だった。

 

「晩御飯の材料、買いに行こっか」

 そう、響へと笑いかける未来の声は――姿は、何処となく寂しそうで、響は思わず胸が詰まりそうになり、言葉も無く頷いて答える事しか出来ずにいた。

 まだ冷たい通りの風は、夕暮れに一層冬のそれを思い出させる。

薄ら寒くなった身体を、少しだけ冷たくなってしまったような、未来との空気を――その温もりを、確かめるように、手放さないように。響はそっと、けれど強く。未来の手を握る。

そんな気持ちを言外に察したのか、未来もまた響の手をそっと、そして強く握り返す。

 夕暮れに染まる街並みは、けれども以前より鮮やかさを増した様子で、その鮮やかさに埋もれてしまわぬように、二人は互いの温もりを確かめ合うように歩いていく。

 

「ねぇ、未来。わたしね、未来のこと……大好き。だよ」

「うん、わたしも響のこと、大好きだだよ」

 

 同じように、けれど、少しだけ違って聞こえるその言葉の意味を、二人は互いに確かめるように伝え合う。

願わくば、互いの気持ちが――想いが、同じものでありますように。と――

 

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