ひびみく(みくひび)小品集   作:がめちょん

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離れ離れだった時間を取り戻すように、二人は隙間を埋めていく。
今、隣に居る大切なその陽だまりへ。
――うたいたい歌がある。

悠木碧さんの新曲『帰る場所があるということ』を聴いて浮かんだ物語です。
原作ではなく、アプリXDUの翳り裂く閃光。その後の物語として書きました。


きみにうたう歌

 人通りの少ない閑散とした公園に、少女が二人。並ぶようにしてベンチに腰を掛けている。

白く大きなリボンで後ろ髪を結ぶ少女と、グレーのパーカーを着た、淡い髪色の少女。

それは他ならぬ、小日向 未来と、立花 響であった。

 一つ、特異な点があるとすれば、二人は互いに異なる並行世界に生きている。ということくらいだろうか。

 

 ギャラルホルンのアラートと、立花 響に降りかかった正体不明の不調。

二つの世界の、二人の立花 響を救うべく、神獣鏡のシンフォギアを纏い、共に戦ったあの日から、既に数か月が経とうとしていた。

 こちらの二課の面々に聞く限りでは、響は相変わらず関わり合いを避けている節はあるものの、それでも以前よりは協力的になっているそうだ。

事実、こうして顔を合わせると、以前よりその面持ちは柔らかく、話す声もまた明るさを取り戻しつつあるように感じられ、未来は思わず感慨に耽っていた。

 

「ねぇ、未来。聞いてる?」

 

 唐突に詰め寄られ、未来は思わず「えっと……」と言葉に詰まってしまう。

――話の途中で物思いに耽るなんて、失礼だよね。と、自らの迂闊さを恥じ入りながら、響との話を思い出そうと努める。

 その後の生活や二課とのやりとり。それから、翼の事をどう感じているのか。逐一向けられる小言のような説教が面倒臭い。だとか、弦十郎はさすがに暑苦しい。だとか、向こうの響とはやはり、少し違う思いを語っていただろうか

そんな二人の差異を認識しながら。しかし、未来としては二課からもあらましを聞いているその手の話題よりも、気に掛かっている――どうしても聞いておかなければならない話があったのである。

 

「ごめんごめん……ところで響、一つ聞きたいことがあるの」

「なに?」

 

 話の途中でぼんやりされたことが不満だったらしく、響はいかにも「むすっ」とした顔で短く答えると、腰に手を当てるようにして小さなため息を吐く。

それもまた、向こうの響が見せない――こちらの響による独特の癖のようなものであった。

 その違いに気を取られながらも、未来は胸の疑問を響へと投げ掛ける。

 

「こっちのわたしとは、仲良くやってるの?」

 

 それは、以前から――何度もこちらの様子を見に来る度に気になっていた事である。

何せ、あれ以来何度も響を訪ねているというのに、響の方からは一度もその話が出てこない。まして、二人が再会したということ自体も、こちらの弦十郎から告げられてようやく、未来の知るところになったのだ。

 隠しているのか、言いづらいのか。

どうやらその答えは、後者のようであった。

響は思わず「うぐっ」と言葉に詰まり、僅かに顔を赤らめる。

自分の良く知る響とは違う初々しいその様子に、悪戯心をくすぐられた未来が「ねぇ、どうなの?」と詰め寄ると、響はようやくに――たどたどしくも、重い口を開いた。

 

「どう……かな。離れてた時間も長かったし、お互い少しぎこちない……かも」

 

髪の毛を指先で弄びながら、ごにょごにょと呻くように答える響に、未来は「そっか……」とだけこぼし、「どうしたら距離を近づけられるんだろう?」などと思慮を巡らせる。

世界は違えど同じ二人なのだから、仲良くなれないはずが無い。という自信はあるものの、どうしても異なる環境や二人の歩んできた時間が、それを難しくさせているのだろう。

そんな未来へと、けれど心配を打ち消すように、恥ずかしそうに響は言葉を続けていく。

 

「でも……そんなぎこちなさも、今のわたしたちにしか出来ない事だから……」

 

 うーん。と悩みながらも、一つ一つ、頭の――心の中の言葉を拾い上げるように口にしていくと、それは響自身の中にも、確かな答えを形作っていくようであった。

そして、自らの胸の内で「あぁ、これはそういうことなんだ」と納得したのだろうか。

響は真っ直ぐと向き合って、今度はしっかりと未来へ打ち明けた。

 

「そう思うと、そのぎこちなさも少しだけ――」

「愛おしく感じられる。とか?」

 

 響の気持ちを言外に察したのだろう未来は、続く言葉を引き継ぐかのように響へと訊ねる。

それは確かに響の出した『答え』と同じもので、響は少しだけ気恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、「うん」と答えて小さく頷いた。

――きっともう、二人は大丈夫。響の答えを受けて、未来は半ば確信を抱く。

向こうの世界とは違う、こちらの世界なりの関係を――互いの気持ちを抱いているのなら、もう未来の出る幕は無いのだろう。

寂しさと満足とを綯交ぜにしたような気持ちを抱きながら、「うん、そっか」と呟くと、未来はおもむろに立ち上がり、大きな伸びを一つ。空へと向けてするのであった。

 

「未来、もう帰るの?」

「うん。聞きたいことも聞けたし――」

 

 少しだけ残念そうな響の向こう側。少し離れたところに、一人の少女の姿が見える。

自らと同じ姿の少女に、一瞬だけ驚きはするものの、その少女の浮かべる心配そうな表情に、未来はそっと微笑みかけた。

 

「――それに、あんまりこっちのわたしの邪魔をしちゃいけないかなって」

 

 その言葉に響は、未来の視線を追うようにして振り返る。その視線――公園の向こう側。大きめの遊具の陰に隠れるようにして、こちらの世界の未来が、様子を窺っていることに気が付いた。

 もう一人の未来は、二人の視線が向けられると、少しだけ迷ったように、そして遠慮がちな足取りで、二人の下へとやってくる。

 

「こんにちは……ごめんね、響。話の途中――だったよね」

「ううん、ちょうど終わったところ」

 

 不安そうなもう一人の未来へと、未来は微笑みながらも「こんにちは」と返す。

二課からある程度の話は伝わっているものの、やはり「自分と寸分たがわぬ姿の自分がもう一人、目の前にいる」という状況は、どうにも落ち着かないものである。

「何だか慣れないね」と微笑みかけると、もう一人の未来もまた、ぎこちなく「うん」と苦笑いで答えるのであった。

 

「じゃあ、わたしは帰るから」

 

 二人へとそう告げて、未来はギャラルホルンのゲートへと向かう。

いつも、何度もそうして別れてきたはずの足取りは、けれど今日だけは、少し重い。

それでも躊躇いを振り切るように、未来は歩いていく。

 

「うん、またね」

 

 背中へと掛けられたその言葉に、胸が詰まりそうになり立ち止まる。

ギャラルホルンのゲートは既に目の前にあり、手を伸ばせばすぐ届くところにある。

シンフォギアを身に纏い、あと一歩も進めば、あっという間にいつもの――自分の生きる世界へと辿り着いてしまうのだ。

 

「響のこと、よろしくね。もう一人のわたし」

「うん。わたしなりに頑張ってみる」

 

 響へと微笑みだけを返し、もう一人の未来へと託すように伝えると、もう一人の未来もまた、力強く頷いてそれに応える。

嬉しくて、でも寂しくて。けれど、そんな気持ちを振り払うように、未来は聖詠を紡ぐと、神獣鏡のシンフォギアを身に纏った。

 もう一人の未来は、相も変わらず驚いたような顔で。そして響は、まるで自分の事を自慢するかのように「すごいでしょ」という顔で未来の姿を見送っていた。

 

「じゃあ、元気でね」

「うん、未来も元気でね」

 

 互いに、一言ずつ交わし、未来は一歩後退る。

――刹那、視界が眩み、歪んだように像は失われていく。それは言葉にし難い空間へと未来を飲み込んでいくと、間もなくして無機質な――機械と隔壁に囲まれた室内へと未来の身体は転送を果たすのであった。

 

「おかえり、未来」

「ただいま、響」

 

 優しい笑みの響がそこに居た。

並行世界の響ではない、未来の生きる世界の――共に生きてきた響の姿がそこにあった。

短い時間――とはいえ、優に数時間が経っているというのに、きっと――ずっとそこで未来の帰りを待ってくれていたのだろうか。

 

「どうだった?」

 

 神獣鏡のシンフォギアを解いた未来を、響はそっと抱きしめるように迎える。

確かな温もりと柔らかさが優しくて、嬉しくて、向こうでは堪えていたはずの涙が、堰を切ったように零れ出すものだから、言葉に詰まりそうなほどに未来は喘いでしまう。

それでも、何とか一つ一つを紡ぐようにして、未来言葉をこぼしていく。

 

「うん、もう大丈夫そう。向こうのわたしがいるから、だからきっと……」

「うん、そうだね……未来が居るんだもんね」

 

 そっと、慰めるように。

響は「うんうん」と未来の髪を、背を撫でる。

 

 それは、あの並行世界へと許された、最後の転送であった。

こちらの響と向こうの響。そしてそれに纏わる幾つもの問題は、解決して既に随分な時間が経っている。

あれ以来、何か問題が起こるでもなく。そしてギャラルホルンのアラートが発生するでもなく。二つの世界の響は、いずれも身体的に――そして精神的な面でも、特に異常はみられていない。

 それ故に、弦十郎は判断したのであった。

これ以上干渉しあうべきではない――と。

それは、本来起こるはずの無い邂逅であった。

それは、本来出会うはずの無い人々であった。

これからもまた干渉し続ければ、それらのバランスはどういった影響を及ぼすか。未知数のリスクは回数を、そして期間を重ねるごとに相乗的に高まっていく。とエルフナインもまた、弦十郎の判断に――決断に、同意をしていた。

 だから、あの二人と会うのは、今日で最後。これでお終い――だったのだ。

 

「……寂しい?」

「少しだけ……かな」

 

 抱き締める響の胸元へと顔を埋めるようにして、未来は小さくこぼし、頷いた。

その様子が、本当は「少し」などでは無いことを窺わせて、響もまた思わず胸が痛くなる。

こちらにいる誰よりも、向こうの自分と深く関わっていた未来だからこそ、過ごした時間も、重ねてきた言葉も、簡単に割り切れるものでは無いはずだった。

 

「じゃあ、今日はわたしが未来を慰めてあげるから」

 

言外にそれを察し、響はぎゅっと――強く抱きしめてそう囁くと、未来もまた縋るように響を抱きしめて、涙声で「うん、任せた」と答えた。

その、弱々しくも強がるような答えに、響は満足げに頷くと――

 

「うん、任された!」

 

――と胸を張るように笑い、なおも離れようとしない未来を伴って、ギャラルホルンの安置されたその部屋を後にするのであった。

 

 

 

 向こうの未来がゲートを通って姿を消した後、並行世界の響と未来は、そのまま何も言わずにゲートのあった辺りを眺めていた。

大通りを走る車の音。公園を通り過ぎて行く人々の声。鳥の声と犬の鳴き声。それから、風の音。

そんなしばらくの雑音だけが残された二人の間で、先に声を掛けたのは未来の方であった。

 

「響……あの人は多分……」

 

――もうこの世界にはやって来ない。そんな予感が――あるいは直感のようなものがあった。

 それは、未来よりも、過ごした時間と重ねた時間の分、響の方が良く分かっているのかもしれない。

 

「うん、分かってる。同じ『未来』の事だから」

 

 響は振り返ることなく、背中越しにそう、呟くようにこぼした。

小さく、震える声で、そうぽつりと。

帰る間際、向こうの未来が最後に見せた、いつもより明るいような、浮ついたような喋り方のせいだったのだろうか。

あるいは、少しだけ悲しそうなその表情のせいだったのだろうか。

「またね」という響の言葉に答えなかったからだろうか。

こちらの未来に対して、響のこれからを託したからだろうか。

それとも一つ一つの、向こうの世界の未来が見せていた、細かい所作によるものだろうか。

 もう二度と会う事は無いだろう。と、響もまた、確かに感じていた――けれど、止められるはずなどもなく。

 

「……本当は、あの人と一緒に居たかった?」

 

 少しだけ不安そうに、小さな声で未来が訊ねると、響はしばらく黙ったまま、けれどぽつり、ぽつりと、その問いに答えていく。

一言一言を紡いでいくように――

 

「どう……かな。わたしを助けてくれたのは、確かに向こうの未来だ。でも、わたしは……」

 

 ふと、響は振り返り、未来の目を真っ直ぐに見据えると、不安そうなその肩を、そっと抱きしめた。

優しく、そして包むように。少しだけ、恐る恐る――そして、未来の耳元でそっと囁くように、記憶を辿るように、気持ちを吐露していく。

 

「あの時……苦しくて、悲しくて、どうしようもなく辛かったあの頃。心の奥でずっと求めてたのは、ここに居る未来だから」

 

 その言葉が嬉しくて。でも、だからこそ、この先に続いていく明日を、響と過ごす未来を、そばに居られなかった自分が響の心を満たしていくことが出来るかどうか。それが不安に思えて、未来は胸が詰まりそうになってしまう。

 

「後悔、しない?」

「そんなの、今は分からないよ」

 

 不安そうに聞いた未来の声に、けれど響は事も無げに、平然と答えて見せる。

それは、後悔するだろう。という気持ちからだろうか。それとも、本心から「わからない」からこそ、素直にそう言ったのだろうか。

響の声からはその真意を読み取ることも出来ず、かと言って、抱きしめられたままでは顔色さえも窺う事が出来ず。

ただただ戸惑い、押し黙ってしまった未来に、響は尚も言葉を続け、囁いていく。

 

「だからさ、未来。そうならないように楽しい事……二人で沢山見つけよう?」

 

 ほんの僅かに、抱きしめる響の腕に力が篭る。

縋るように抱きしめたその腕は、少しだけ震えていただろうか?

――もしかしたら、響も不安なのかもしれない。そう考えると、少しだけ――ほんの少しだけ、同じ気持ちで居られることが嬉しくなって、未来もまた、そっと抱きしめ返すのだった。

 これからの事は分からない。

分からないから、だからこそ、大切にしたい。と、二人は互いに願う。

離れ離れだった時間は、これから二人で埋めていけばいい。

互いに抱えた苦悩は、これから分かち合っていけばいい。

離れた手が繋ぎ直せることを、今はもう、知っているのだから。

 

「さ、行こう。今日はどこに行きたい?」

 

 ようやくに顔を離すと、微笑みながらに響は訊ねる。

そこにはもう、ぎこちなさなど見られなかった。

ただ、嬉しそうに、愛おしむように伸ばされたその手を取り、未来は「うーん」と考え込む。

遠く暮らす未来としては、この辺りに何があるのかを、未だに知らないのだ。

どちらかと言えばまずは、響の暮らす街の事を知りたい。と、そう想う。

 

「わたし、まだこの街に慣れていないから……」

「それじゃあ……そうだ!」

 

 不安そうな未来の手を、響の手が力強く引く。

きっと、未来を連れて行きたいと思える場所に、心当たりが見つかったのだろう。

そんな響に手を引かれるがまま、未来もまた駆け出していく。

 

バスを乗り換え、幾つかの通りを抜けて、見慣れぬ街並みを通り過ぎて。細い路地をくぐっては、何度も角を曲がって二人は歩く。

そうして辿り着いた先は、小さな――小さなお好み焼き屋であった。

 

「ここ?」

「そう、ここ。すっごく美味しいんだよ……きっと未来も気に入ると思う」

 

 慣れた風で響は戸を開けて、中へと入っていく。

その背中を追うようにして未来も中へ入ると、これまたこじんまりとした店内に、妙齢の女性が、二人を出迎えてくれるのだった。

 

「こんにちは、おばちゃん」

「あら、いらっしゃい。今日は久々に二人なのね」

 

 常連のように話す二人を眺め、未来は「久々に?」と首を傾げながらも、響にならって軽く挨拶をすると、響の隣へとちょこんと腰掛ける。

昔ながらといった様子の店舗を物珍しそうに眺める未来は、宛ら「初めて来たお店」であるかのような振舞いで、おばちゃんは「あれ? うちは初めてだったかい?」と不思議そうに声を掛ける。

そんな、互いに戸惑う二人を遮るようにして響が立て続けに注文を入れると、すっかりそれどころでは無くなった様子で、おばちゃんはお好み焼きを焼き始めるのであった。

 その最中。焼き上がるまでの時間に、響は未来の肩を「つんつん」と突くと、「ごめん、実は向こうの未来に教わったんだ、このお店」と悪戯っぽく笑い、こっそりと囁いた。

ようやくに合点のいった未来は「そういうことね」と安堵を浮かべると、間もなく焼き上がったお好み焼きを一口頬張っては、目を輝かせるのであった。

以前、向こうの未来と来たことを思い出すように、懐かしむように。けれど今は、隣にいる未来を愛おしむように、響もまた焼き上がったお好み焼きを平らげていく。

 けれど、聞いたところの向こうの響ほどには食べることも出来ず、注文したものが全部焼き上がる頃には、二人はすっかり満腹となってしまうのであった。

 

 ふらわーを後にした二人は、向こうの未来と星空を見た草原へと、未来を案内した。

重ねているわけではない。ただ、その星空があまりに綺麗で、今目の前にいる未来とまた、いつかここで星を眺めたくて。

 

「ここね、星が綺麗なんだよ」

「そっか……お昼で残念」

 

 二人はしばらくの間草原に寝そべると、次の流星群がいつ頃なのか。だとか、その頃の予定はどうなのか。だとか、確かめ合うようにして、星見の約束を結ぶと、互いの端末にその予定を登録していく。

見上げれば、まだ高い温かな陽射しがそこにあって。けれど目を閉じれば、流れる星々が目に浮かぶようで、二人はそうしてしばらくの間、瞼に満点の星空を思い浮かべて過ごすのであった。

 

 その後も二人は様々なお店や観光スポット。それから、記憶に残るライブ会場。今通っているリディアンの校舎を眺めては、幾つもの言葉。幾つもの話題を交わしていた。

そうしてどれだけ時間が流れただろうか。

空は徐々に夕暮れの色に染まり始め、二人の影も既に随分と長く伸びている。

ふと立ち寄った街角の小さな公園で、ベンチに座りながら二人は少し、休憩をしていた。

 

「あ、そうだ響。これ、覚えてる?」

「え? 何? 音楽?」

 

 端末に接続されたイヤホンを差し伸べられ、響は促されるままに流れる音楽に耳を傾ける。

そのイントロが流れてすぐ、響は驚きを隠せない様子で目を丸くしては、未来の方を見た。

聞き間違うはずの無いその歌は、響自身これまでに何百――何千回聞いたかもわからない、懐かしいツヴァイウィングの歌であった。

いや、懐かしいなどと言うものではない。それは、孤独な地獄に囚われていた頃からも、ずっと聞いてきた――心の支えにしてきた歌に他ならないのだから。

そんな響の戸惑いも気付かぬまま、未来は満足そうに頷いた。

 

「わたしね、響に会えない間ずっと、この歌を聞いて響の事を思い出してたんだ。あの頃二人でよく聞いてたの、覚えてる?」

 

――覚えてるも何も! と、言葉にしたいのに、熱い想いが胸に溢れて、何一つ言葉になってはくれなくて、響は自分の端末を取り出すと、その画面を未来へと差し出した。

同じ歌の、同じ楽曲情報を浮かべたその表示に、未来もまた驚いた表情で「響も?」と訊ねると、響は言葉も無く頷いてそれに答える。

今では、目を閉じて耳を澄ませば聞こえてくるほどに、いつも聴いていたその歌は、けれどずっと、あの頃からずっと未来と繋がっていたかのように思えて、響は声を押し殺して涙を溢すと、未来の手をぎゅっと握りしめる。

そして未来もまた、そんな響の手を優しく握り返すのであった。

 

 

 

 暗くなり始めた街並みを、二人は手を繋いで歩く。

繁華街は人混みに溢れて、そんな中に溶け込むように、二人は歩いていく。

小さなビル街の一角。その小さなカラオケ店でようやくに一息つくと、未来は手早くドリンクをオーダーしては、時計を気にしていた。

共に未成年の二人である。もう一時間ほど居られるか居られないか、そんな僅かな時間しか残されてはいない。

 それでも響は未来へと頼み込み、半ば無理やりに近い形で未来をカラオケへと誘ったのである。

頼んだドリンクが届くのと同じ頃、既に入力されていた曲はそのイントロを流し始めていた。

 

「あの、わたしカラオケとかって来たこと無くて……でも、どうしても未来に聞いて欲しいんだ」

 

 響は照れくさそうに、ぎこちなくマイクを握ると、未来へとそう告げて歌の始まりを待つ。

どうしても聞かせたい歌が、未来へと歌いたい歌があるのだと、響はそう言っていた。

やがて、イントロを終えた音楽に、拙い響の歌声が重なっていく。

未来は隣に座りながらも、流れるメロディと歌詞に、そして響の歌に心を傾けて、それを聴き入っていた。

 

 響が伝えたいと言った、歌いたいと言ってくれたその歌が――歌詞が、未来の鼓膜を、そして胸を打つように震わせる。

優しい旋律と、優しい歌声。

どこまでも甘く、切なく、優しく紡がれていく歌詞。

響が聞いて欲しいと言ったその意味が――その想いが、歌と共に流れ込んでくるようで、胸の辺りがぢわりと温かくなるような、そんな気さえしてくる。

やがて、気付けば間奏に入る頃、二人はどちらからともなく、そっと――確かな温もりを確かめ合うように手を取り合っていた。

 

優しくも愛おしい、美しく紡がれていくひとつの歌。

その歌の名前は――

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