火の手と黒煙、悲鳴に満たされたそこで、死の淵に瀕した男を見下ろしていた。
それは、親友である立花響から『恋人』として紹介された、名前も知らぬ男だった。
戦場にて
あちこちで上がる火の手と黒煙。
絶え間なく響く人々の悲鳴。
ふと、足元に視線を下ろす。
そこには、下半身を失い、今まさに死の淵に瀕した男の姿があった。
男は周囲の騒音、轟音にかき消されながらも、何かを訴えようと口をパクパクと動かしている。
血に塗れてもがく姿はどこまでも無様だっだ。
数日前、響から恋人として紹介されたこの男。名前はなんだっけ?
わたしは侮蔑と嘲笑を込めて男を注視した。
見たくも無い顔に、聞きたくも無い声。
でも、目をそらすわけにはいかない。
耳を塞ぐわけにはいかない。
この男の絶望を、わたしは最後まで見届けなければ気が済まない。
「な……ぜ……」
そう、聞こえた、気がした。
何故? 何故こうなったのかということ? それとも、何故わたしがこんなことをしたのかということ?
あるいはその両方かもしれない。
ならば、答えは簡単だ。理由など他にあるものか。
「あなたみたいな人は、響に相応しく無いって思って。だから」
だから、響をこの男から救ってあげないといけないでしょ?
そんな簡単な事も分からず、わたしなんかにこうして陥れられるような、そんな弱い男に響を任せておけないじゃない。
「きみ、は……」
「だから、あなたには死んでもらわなくちゃ」
精一杯の笑顔で、応える。
絶望を、この男にも、わたしと同じ。それ以上の絶望を味あわせてやりたい。
わたしからあの子を取り上げようとした、この薄汚くも醜い、何より憎いこの男に。
だからこそ、笑顔で、見送ってあげなければ。
「うそだ……うそ、だ……」
男の様子を見てわたしは心から安堵した。
その目は真に絶望を見、その口は絶望の言葉を零し、その表情は、自分の生に。生きてきた事に絶望し、醜く歪んで見える。
実に心地が良い、痛快だ。
思わずわたしの笑顔まで、つられて歪んでしまう。
そんなわたしの姿を最後まで目に焼き付けながら、深い絶望の内に男は事切れた。
わずかに動いた口からは、何を言おうとしたかはわからない。けれど、別に知る必要もない。伝える必要もない。
これからは、わたしが響を守ってあげるのだから。
男の亡骸がアルカ・ノイズに分解されるのを確認し、わたしは戦場を後にした。
さて、響を慰めてあげなくっちゃ。
招集される二人
その死は、間も無く響に報される事になった。
わたしにも弦十郎さんからの連絡が有り、一緒に付き添ってきてほしいと要請を受けた。
「響、急がないと。緊急の呼び出しなんでしょ?」
「うん。でも未来も一緒だなんて、何があったんだろ」
「あなたまた何かやらかしたんじゃないの? 何か重要なものを壊しちゃったとか」
「うええ! 心当たりが多過ぎだよ~」
「もう、わたし知らないからね」
いつものように他愛も無い会話。笑い合いながらわたしたちは本部へと向かう。
でも、ごめんね響。
これから何を告げられるか。それを聞いた響がどんな気持ちになるかわたしは知っている。
こうして笑い合える日々も、これからしばらく来ないことを知っている。
知らないフリをして笑うのは胸が痛むけど、響だって悪いんだからね。
あんな男に引っ掛からなければ……わたしだってこんな、響が悲しむようなことをしたくないのに。
「どうしたの未来? 何があった?」
わたしは響の言葉にハッとして顔をあげた。気持ちの翳りが思わず顔に出てしまったのかもしれない。
「ううん、何でもない。さ、行こう?」
心を、翳りを振り払うように。そして響に心配を掛けないように、手を繋いで笑顔を作った。
大丈夫、わたしは絶対にこの手を離したりなんてしないんだから。
死の報せ
「来たか、二人とも」
発令所に着くと、いつも通り。よりも、少しだけトーンの低い声で弦十郎さんが出迎えてくれた。
発令所には他にもクリスや切歌ちゃん、調ちゃんが待っていた。けれど、皆一様に表情が暗い。
「おい、あの……あのな」
「クリス先輩」
「駄目……それは司令から」
「ッ……」
響に駆け寄ろうとするクリスを切歌ちゃんと調ちゃんが諌める。
「ど、どうしたの? みんな」
「響……」
ぎゅっと握った響の手は、少し震えているようだった。
知らないふりをする度に、胸が痛む。
「響くん、君に伝えなければならない事がある」
「師匠……?」
いつもと違う、重い空気。
真剣な弦十郎さんの表情に、響の身体が強張っているのが分かる。
響も、薄々は気づいているのかもしれない。
今日、何を告げられるのか。
そんな響の心境をを知ってか知らずか、弦十郎さんは事実を打ち明けた。
「先日の作戦中、行方不明になっていた者たちが複数居る。これは遺留品から見つかった物だ」
差し出されたそれはネックレスのように見える。
違うところといえば、チェーンに繋げられた金属板に、何が文字が刻まれている。
ああ、これは、わたしも見覚えが、ある。
「これ、は……」
文字板を見た響の目から、生気が失われていくのが目に見えてわかった。
そこに刻まれた文字はわたしも知っている。
「彼のものだ」
低い声を一層低く、それでも振り絞るように弦十郎さんが声を発した。
「響……」
わたしは驚いた風を装う。
もしかしたら響は取り乱すかもしれない。
そうなった時に咄嗟に抱きしめてあげられるよう、そっと一歩、響に近寄った。
「あ、あはは……冗談ですよね?」
響の声が上ずっている。
わたしじゃなくても分かるくらいの作り笑いが痛々しい。
「やだなぁみんな、こういう冗談は不謹慎だよ」
響は喘ぐようにクリスを、切歌ちゃんや調ちゃんを振り返る。
誰かが笑って「冗談だ」と言ってくれることを望んでるのだろう。だけど……
「この馬鹿ッ! それが何なのかぐらいお前にだって分かるだろ!」
そんな響にクリスが思わず声を荒げる。
「響さん……」
「みんな知ってるはずデスよ……」
そう、わたしも知っている。
一目見て分かったそれは、戦場で命を落とした人の身元識別のための認識票だった。
ノイズやアルカ・ノイズによる被害では、遺体が残らないからこそ、こうした認識票が身元を確認するための唯一の手がかりになる。
それが届けられるということはつまり……
「嘘、ですよ……」
響の声が震えているのが分かる。
「お前まだそんな……」
途中まで出掛かったクリスの言葉が、響の表情を見て途切れた。
響が、泣いている。
「だってまだ、一緒に出掛ける約束、果たしてない」
響の目から、大粒の涙がポロポロと零れのが見える。
愛らしい無垢な笑顔が、歪んでいく。
「あの日だって、帰ったら一緒にご飯を食べに行こうって、だから……なのに、そんなの嘘ですよ」
「響……」
崩れそうになる響の肩をそっと抱きしめる。
響はそんなわたしの腕を、震える指でぎゅっと掴み返す。痛いくらいに。
悲しみに震える響は、いつもより小さく、弱々しく感じられた。
いつだってわたしを、みんなを守ってくれた響。
いつも元気で、強くて、大切なものを、全てを抱えて守ろうと頑張って来た響。
だけど、わたしが抱き締めたその肩は、悲しみに震えるその身体は、こんなにも小さな、ただの女の子なんだ。
どうしようもなく儚く、愛おしいその身体をぎゅっと抱き締めると、響は堰を切ったように声を上げて泣き出した。
「響……」
響の背中を優しく、子供をあやすように、とんとんと叩く。
響が泣きじゃくり、わたしを痛いくらいに抱き締めてくれるのが、わたしは堪らなく嬉しくて、胸が痛む。
ねぇ響、いつかわたしが居なくなった時も、同じように泣いてくれた?
もしいつかわたしが居なくなったとしたら、今よりもっと悲しんでくれる?
あの男が居なくなったから、これからはわたしを一番に想ってくれる?
いつしか胸の奥の痛みは、チリチリとした嗜虐の疼きに変わっていた。
聞きたい、問い詰めたい。でも、今じゃない。
邪な気持ちを振り払うように、わたしは響を強く、強く抱き締めた。
「……いくぞ、お前ら」
二人に声をかけて、クリスは切歌ちゃんと調ちゃんの肩を抱いて出口へ向っていく。
「クリス先輩……」
調と切歌は、怪訝そうにクリスを伺った。
「ここにいたってあたしらに出来ることなんて無いだろ」
「はい……」
「はいデス……」
言葉こそ乱暴だけど、見放してそう言ったわけじゃなく、何も出来ない歯痒さを押し殺しているようだった。
二人もそんなクリスの心情を察したようで大人しく発令所をそっと出て行く。
クリスとは去り際に目が合ったので、お互いどちらからともなくこくりと頷き合った。
大丈夫。心配しなくても、響のことはわたしが守るから。
わたしだけのおひさま
「泣き疲れて眠ってしまったようだな……」
弦十郎さんの言葉通り、響はしばらく泣いた後、泣き疲れて眠ってしまった。
しばらく本部のどこかを借りて休ませることも考えたけれど、響を着替えさせてあげたいと考えて、わたしは車を出してもらえるようお願いした。
友里さんが快く引き受けてくれたものの、女2人では運ぶのにも一苦労で思ったよりも時間が掛かってしまい、帰る頃にはすっかり暗くなってしまった。
弦十郎さんも手伝おうとしてくれたけれど、さすがに響を抱き抱えられるのは抵抗があったので、今回は辞退してもらう事に。
「すみません、助かりました」
「大丈夫よ。それより響ちゃんをよろしくね」
「はい、任せてください」
「言うまでも無かったわね」
そう言って笑う友里さんを玄関先で見送り、わたしはパジャマに着替えると、響の隣に座り込んだ。
寝息こそ静かなものの、響のまぶたの辺りや、鼻の辺りは随分と赤くなっているようだった。
「明日は腫れちゃうかもしれないね」
濡れタオルをそっとまぶたの辺りに乗せてみたけれど、少しはましになるだろうか。
そっと髪を撫でてみる。
お風呂に入ってないし、ずっと抱き合ってたせいか、いつもよりもっと癖がついて撥ねてしまっている。
そんな響を眺めながら、わたしは前に喧嘩した時の事を思い出した。
「髪の毛ボサボサ、涙でぐちゃぐちゃ……」
つい思い出し笑いをしてしまう。
あれからまだ何年も経っていないのに、沢山の特別な時間を、体験を、響と共に過ごして来たように思う。
「わたしはこれから、響の特別で居られるのかな」
頰にかかった髪を弄びながら、寝息を立てる響に問いかける。答えなんてないけれど。
ふと、肩口の、さっきまで響が顔を埋めていた辺りがまだ熱を持っている感覚を覚える。
わたしはただこの熱を、響の暖かさを、ずっとそばで感じて居られるよう願った。
花はまた咲く
それから何日も、何日も。
響は泣き明かした。
初めの日、響は大好きなご飯も食べず、ベッドの中で泣き続けた。
わたしはそんな響の姿を見ているのが辛く、胸が痛んだ。
翌日、響は少しだけご飯を食べてくれた。
目に涙を浮かべながらも「おいしい」と、ぽつりと言ってくれた。
響が少しだけ元気になったことも、美味しいと言ってくれたのも嬉しくて、胸が苦しかった。
次の日も、その次の日も、少しずつ響は元気を取り戻していった。
そんな響に付き添うため、わたしは学校を休んだ。
時折学校の友達やクリス達が様子を見に来たけれど、響は誰とも会いたがらないと伝えて帰ってもらっていた。
本人に聞いたわけじゃ無い。でも、今はわたしたちにとって大事な時間だから、邪魔をしないで欲しかった。
5日目の夜、わたしたちは一緒にお風呂に入った。
言葉を交わすでもなく、ただ身体を洗い、温かなお湯で身体を温めた。
数日間解かれていなかった響の髪は随分とごわごわしていて、わたしはそれを丁寧に、丁寧に、ゆっくりと解いた。
響は何も言わずにわたしに髪を預けて、少しだけ、もたれかかる様に、髪を解くのを任せてくれていた。
「はい、綺麗になったよ」
「うん、ありがと」
ひと通り櫛を入れて、わたしたちは湯船に浸かった。
のぼせない様に少しだけぬるめのお湯で、ただわたしたちは肩を合わせてその時間を過ごす。
こんなにゆっくりと二人で過ごすのはいつ以来だろう。
ふと、わたしの指と、響の指の先が触れた。
そっと触れた指先が離れ、そしてしっかりと繋がれて、わたしは思わず響の方へ向き直す。
響は、ただ真っ直ぐ前を見ていた。
その目に涙を浮かべながら、響はわたしの手をぎゅっと強く握る。
わたしもそれに応えるように、優しく、強く、握り返した。
「ねぇ、未来」
「なあに、響」
名前を呼ばれたのは何日ぶりだろう?
「未来は、ずっとそばに居てくれる?」
聞かなくても……と思ったけれど、分かっていてもきっと響は怖いんだ。わたしが居なくなってしまうんじゃないかって。
「うん、そばに居るよ」
わたしはそんな響を安心させるよう、微笑みかける。
「本当? 居なくなったりしない?」
それでもまだ不安そうな響。
「約束する。わたしはいつだって響と一緒だよ。絶対に響から離れたりなんかしない」
「未来……」
響の目から、涙がこぼれた。
縋るような眼差しで、わたしを見つめる。
そんな響を、わたしはまた優しく抱き締めた。
小さな嗚咽は、少しずつしゃくり上げるような声に変わった。
「大丈夫、わたしはここに居るよ。ずっと、ずっと響のそばに居るよ」
きっと、あの男のことで響が涙するのは、これが最後だろうと感じた。
だから、今は好きなだけ泣いてくれて良いの。
いっぱい泣いて、全部吐き出して、悲しいのはもう、それで終わり。
「ね、響」
わたしの呼びかけに、響は声にならない声で応えては、またわんわん泣き続けた。
朝
翌朝、わたしは香ばしい匂いで目を覚ました。
隣にいたはずの響の姿は無く、代わりに台所の方から何かをじゅうじゅうと焼いているような音が聞こえる。
ベッドから身を乗り出すと、そこには珍しく先に起きた響のエプロン姿が見えた。
「おはよう、響」
「あっ、おはよ未来」
背中で返事をする響。
どうやら今は手も、目も、離せないらしい。
「何か作ってるの?」
パジャマと布団の乱れを直しながら、わたしは声を掛けた。
「朝早く目が覚めちゃってさ、ちょ~っと目玉焼きをね……うわっち!」
「響、大丈夫?」
火傷でもしたのかもしれない。
慌ててベッドから降りて、響の元に駆け寄った。
「大丈夫大丈夫、ちょっと失敗しちゃっただけだよ」
覗き込んでみると、なるほど。黄身が破れて中身が出てしまっていた。
響の両手を交互に見たけれど、本当に火傷した様子は無く、わたしはほっと息をついた。
「も~、未来は心配性だなぁ」
「響が変な声出すからでしょ。何かあったかと思って心配したんだから」
呆れたように笑う響に対して、わたしは内心ムッとしながら言葉を返した。
そうしてようやく、今日初めて響の顔を見る。
わたしだけのおひさまが、いつもの元気な響がそこにいた。
その幸せを噛みしめるように、わたしはただ響を見つめていた。
「ん?どうしたの?」
何も言わずに見つめるわたしに、響はきょとんとしている。
「ううん、なんでもない」
「変な未来」
響が笑った。
わたしもそれがうれしくて、つられて笑った。
陽だまりのひみつ
ちょうどわたしたちが朝食を食べ終えた頃、響の通信機に報せがはいった。
アルカ・ノイズの出現と、先行して対応しているみんなへの応援の要請らしい。。
通信機から漏れる会話で、弦十郎さんが何度も「すまない」と言っているのが聞こえた。
傷心の響を気遣ってのことだろう。
「へーき、へっちゃらです」
そんな弦十郎さんに、響はいつもの口癖で返した。
その言葉はもう、空元気ではじゃなかった。
「行くんだね、響」
通信を終えて、身支度をしている響の背中に、わたしは声を掛ける。
「うん」
響は手を止めて答える。
心なしか、声のトーンが低い。
「あのね、未来……お願いがあるんだ」
そういって振り返ると、響は伏し目がちにわたしの手を取った。
泣き出しそうな顔に胸が詰まる。
「どうしたの?」
こつんと額を合わせて、響の顔を覗き込む。
怯えたように潤んだ瞳で、響はじっとわたしを見つめる。
「あの、ね……わたし、わたしさ」
言葉に詰まり、言い淀む響。
大丈夫、わたしは響のお願いなら何でも聞くから。
だから、怖がらないでちゃんと言って?
そう伝わるように、少しだけ、きゅっと手を握り返すと、響は一瞬はっとして、泣き笑いのような顔を浮かべた。
「未来に一緒に来て欲しい……んだ」
きっとその一言は、響の中で大きな葛藤があったに違いない。
言い終えた響の目から涙がこぼれた。
「わたしが絶対守るから。絶対未来を危険な目に遭わせないから。だから――」
「うん、わかった」
一生懸命に訴える響を、言葉を言い終えるその前に、わたしは響を抱き寄せながら応えた。
響がわたしを必要としてくれる事が、わたしは堪らなく嬉しかった。
「ありがとう、未来」
そう言ってて笑う響は、すっかり涙声だ。
「あっ、で、でもね、本当に大丈夫?もちろんわたしが絶対に守るけど、未来はギアも無いし、それに……」
思い出したように今更慌てる響に、わたしは思わず噴き出してしまう。
そんなわたしにちょっとだけ怒ったように、響はどれだけ危険かを説明して見せる。
わたしは響に安心してもらうため、胸元からあるものを取り出すと、それをそっと響に見せた。
「あのね、響。わたし、みんなにも響にも隠してたことがあるの」
赤く輝くペンダントを見て、響は目を丸くする。
「これって、まさか――」
響の口を指でそっと塞ぎ、わたしは悪戯っぽく笑って見せる。
わたしが見せたのは、失われたはずの神獣鏡のペンダントだった。
「ね、大丈夫でしょ?」
「うん……でもどうしてこれを?」
わたしは響が安心したのを確認して、ペンダントをそっと仕舞い込む。
「それは秘密。さあ、早くいかないとみんな待ってるよ」
「ま、待ってよ未来~!」
きっと響は詮索しない。
だから、響だけには打ち明けられる。
それはわたしと響だけが知っている、わたしの、二人だけの秘密だ。
独白
あの日。
神獣鏡の輝きに、わたしの使っていた欠片は失われた。
けれど、奏さんやマリアさんのガングニールと同じように、欠片が一つとは限らない。
閉じ込められたカプセルの中で、あの二人――ウェル博士とナスターシャ教授の会話は少しだけ聞こえていた。
フロンティアの封印を解くために必要不可欠な神獣鏡。
それをわたしに纏わせて、増大したエネルギーをコントロールするとしても、それは不確定要素の多い危険な賭け。
だからこそ、複数ある欠片の内、一つだけをわたしに使わせるだけ。
その欠片が、どうして届けられたのかはわたしにもわからない。
差出人不明で届いた封筒の中には、このペンダントと短い手紙だけが入っていた。
「愛ですよ」と一言だけ書かれた手紙自体は、きっとあの人だろうけれど。
トンデモな人の考えることなんて、考えるだけ無駄きっと無駄なのだから。
聖詠は自然と胸に浮かんだ。
エルフナインちゃんの言葉を借りるなら、神経パスが一度通っているから纏えるのだろう。
わたしがこれを何のために使ったか。
これで誰を殺めたか。
それは、それだけは。
響にも言えない、わたしだけの秘密だ。