「……ここだったか」
駅から少し離れ、物静かな住宅街を真っ直ぐ進む。広めに確保された歩道の脇に聳え立つ欅も、その赤い葉を落とし、落ちた葉が、歩道を赤い絨毯のように色染めている。
ここに来るのは、いつぶりだったか。花火大会……? 雪ノ下が、まだいた時にも通ったな、そういえば……。
色々考えているうちに、由比ヶ浜の家の前につく。
千葉の平均的な一軒家。ちょっと違うのは、全体的にほんわかしている。そう、ほんわかだ。うちみたいなザ・普通って感じではない。壁の色とかほんのりクリーム色で目に優しいし。それに加えて、可愛らしい表札、その上に、小さな木彫りの犬がちょこんと鎮座している。そんなどこか抜けたような部分が、由比ヶ浜の家らしいな、と思う。
というか、こんな可愛らしい家のインターホンを俺が押していいのだろうか。な、なんか妙に緊張してきた。 押したら由比ヶ浜が出てくるんだよな?
思わず、周りをキョロキョロ見渡してしまう。
すると、主婦っぽい人と目が合ってしまい、反射的に頭を下げる。
……やべえ、絶対不審者だと思われた。……もうやだ。八幡おうちかえる。
考えてみれば、インターホンを押す必要なんかない。ポストにクリアファイル突っ込んどけばそれでいいじゃないか。なんでこんなことに気付かなかったんだ。
そう考え、ポストにクリアファイルを入れようとしていると、
「あれ、ヒッキーくん?」
「……え?」
庭先からひょこっと顔を出したお団子頭の美人に話しかけられた。
「え~! ヒッキーくんじゃない! 久しぶり~!」
そうだ、由比ヶ浜の母親だ。
「え、あ、どうも……」
「なに、なに、もしかして、結衣のお見舞いに来てくれたの~?」
「あ……、お見舞いとかではなく、これ、先生に頼まれて。それじゃ俺はこれで……」
ポストに入れようとしていた、クリアファイルを渡す。
「そうなんだ! ありがとう、ごめんね~。……ん~? そっちの手に持ってるのはもしかして……」
「あ、いや」
にこにこしながら、俺が左手に持っていた、コンビニの袋を指差される。思わず体の後
ろに隠してしまう。
平日だし、一人かと思って一応コンビニで色々買っていたんだが、母親がいるなら問題ないだろう。
「別になんでもないですよ。それじゃ……」
「むう」
ガハママが、ほっぺをぷくっと膨らます。
いや、え、何この人妻……可愛すぎるんですけど……。女子大生すぎるんですけど……。
「えと、何か?」
「お茶入れるから、上がってってよ~♪」
「いや、俺は……」
「うう……ヒッキーくんは私のこと嫌い……?」
「えっ、いや、ちがっ」
上目遣いで目を潤ませ、こっちを見上げるガハママ。近い、近い。
いろはすよりあざといよこの人妻……。なんだそのくりくりお目目は。
抵抗すると、もっと火傷をしそうだ。諦め、嘆息する。
「少しだけ、お邪魔します……」
「わーい、いらっしゃーい♪」
ガハママが俺の腕を引いて歩き出す。
頭の中に雪ノ下の姉が過る。向こうは黒さが滲み出ていたからか、何とでも言い返せたが、ガハママに関しては変なことは言い辛い……。
この押しの強さは由比ヶ浜には遺伝しなかったようで。いや、あいつも押しが強いっちゃ強いか……。
「あ、そうだ。ヒッキーくん」
「……? なんですか?」
「……うちのインターホン、押しても別に爆発したりしないよ?」
「見てたんすか……」
「ふふふ」
平塚先生といい、雪ノ下姉にといい、ガハママといい……。やっぱり年上の女性は、苦手だ。