由比ヶ浜の家で、ガハママに勉強を教えてもらうこと二時間。区切りついた所で、休憩になった。
俺は驚いていた。
答え合わせで間違えた所をガハママに解説して貰う、という形で勉強を進めた。
解き方、問題に関連した構文や、その応用など細かく、さらにわかりやすく教えてくれる。それも予備校の講師なんて及びじゃないほどに。あの由比ヶ浜の母親だぞ。信じられない……。
「コーヒーお砂糖入れるー?」
「あ、多めにお願いします。すいません」
「いいえー♪」
ガハママが可愛らしい犬のマグカップを置いてくれる。
頭をぺこりと下げ、口をつける。んまい。
「あ、あの」
「なあに?」
「失礼なんですけど、こんなに頭良い人だとは思ってなくて……」
「……どうして、結衣が総武高にいると思う?」
こういうカラクリか……。
由比ヶ浜が何故あんなアホなのに総武高にいるのか、謎だったんだ。長年の疑問が今解消された。最強のママだ……。
「でも、結衣も最近自分で勉強し始めちゃって。ママにはまだ頼らないんだって。ママ寂しいわ……」
「もったいないような気もしますけど、良いことじゃないですか?」
俺がそういうと、ガハママは、優しそうな、何かを慈しむような顔になる。
「そうなのよ……、結衣すごく頑張ってるのよ。急に大人っぽくなっちゃって」
そんな顔を見て、やっぱり母親だな、って思う。
そして、雪ノ下の母親の冷たい表情がふと、頭を過る。
彼女にも、こんな一面がもしかしたらあったのかもしれない。今は想像しか出来ないけれども、あったらいいな、と思う。
今はもう、そんな無責任な想像しか出来なくなってしまったけれど。
コーヒーを啜りながらそんなことを考えていると、
「ねえ、結衣が急に大人っぽくなったのって、やっぱりヒッキーくんが関係あるの?」
「……いや、あいつが勝手に頑張ってるだけですよ」
「じゃあ、大人っぽくなったとは思うんだ」
「ま、まあ……」
そう、由比ヶ浜は変わったのだ。かつての天真爛漫さは、少し身を潜め、落ち着いたというかなんというか、大人びた表情をするようになった。それが良かったのか、俺にはわからない。言い方を少し変えると、強くなったとも言えるかもしれない。
原因は色々あったのだと思う。もしかしたら、俺たちが関わったことによって、考えなくて良いことをたくさん考えてしまったのかもしれない。
……いや、それは思い上がりだな。誰かに影響を与えたなんて思い込みなんて流石に痛々しすぎる。
そもそも由比ヶ浜自体が気付いていないかもしれない。そんなもんはどんなに頭を回転させたってわかるはずがない。考えるだけ無駄ってもんだ。
「ありがとね、ヒッキーくん」
「……はい? な、なんですか急に」
「んー、なんとなく? 言いたくなったの」
「は、はあ……」
空になったマグカップをテーブルに置く。
勉強見てもらっておいてなんだが、同級生の女の子が住んでいる部屋に、あまり長居するのも良く無いだろう。
「それじゃ、俺はこれで。勉強見てもらってありがとうございました」
「えー、帰っちゃうの~? ママともうちょっとお喋りしようよ~」
「いや、もう結構長居しちゃってるんで……」
「そう……勉強したら用済みなのね……所詮おばさんだものね……」
ガハママがしゅんと俯く。
や、やり辛ぇ……。
「つーか、残ったとして、何の話するんすか」
ガハママが、ぱあっと顔を上げる。
「ふふ、こういうのがあるんだけど」
そう言いながら、テーブルの下にあるカラーボックスから一冊の本を取り出す。
「小っちゃい頃の結衣……、見たくない?」
「べ、別に……」
言うと、ガハママはニヤニヤしながら、アルバムをぺらっと開き、おそらく小学生ぐらいの由比ヶ浜の写真を見せてくる。
某遊園地で、マスコットに囲まれてぼろ泣きしてるロリガハマ。え、可愛すぎるんですけど……。はなみず出てるよガハマちゃん……。
というか、子役と言われても、疑わぬ美少女具合に驚きを隠せない。
「こ、この頃からお団子頭だったんすね」
「……もっと見たい?」
少し得意気なガハママがこちらをちらっと見る。思わず喉を鳴らす。
「……す、少しだけ」
そう。少しだけ。少しだけ見たくなってしまった。
許せ、由比ヶ浜。