山田太郎という男
純白の雪があたりを覆う。
特徴的な風切り音と共に、世界はすこしずつ白銀の世界へと侵食されていっているのだ。
1918年、7月17日未明。
夏真っ只中であるものの、比較的涼しげなこの静かな場所で、ひどく特徴的な声が響いた。
「ニコライ・アレクサンドロヴィチ。あなたの親族がソビエト・ロシアに対する攻撃を継続しているという事実を考慮して、ウラル・ソビエト執行委員会はあなたを処刑する事を決定した」
「何だって?何だっていうんだ?」
その声を聞いた、あたりに爽やかな印象を与える風貌の壮年の男性は、家族のほうからふとその声へと振り向き、そう言葉を放つ。
だが、男はそれを聞く間もなく、早口で命令を周辺の兵士へと言い渡す。
そして、兵士達が銃器を持ち上げる金属音が鳴り、全員が男性に狙いを合わせ、引き金を引こうとした瞬間。
白煙があたり一面を包み込んだ。
「誰だ!くそ!」
しかし突如目に刺激が走り、思わず男がまぶたを下ろしながらそう悪態をつき、周りの兵士達も思わず目を押さえ、そして壮年の男性やその家族らしき人々も、急いでその目をふさぐ。
「あー、ボリシェビキ諸君!元気かね!」
外国人訛りのロシア語が一面に響き渡る。
しかし、全員目がひどく傷んで混乱しているため、返答はできそうにない。
「くそ!くそ!どいつだ!」
隊長らしき男は目が利かず、ぶんぶんと手を振り回す。
だが、次の瞬間。
「ぐがぇ!」
近くの兵士が、銃弾に貫かれた。
そこからまるでドミノ倒しのように、次々と兵士達が悲鳴をあげながら、そして体の一部を吹き飛ばしながら醜く倒れていく。
「やっぱりドイツ製は違うな!君達もそんな銃は捨ててドイツ製を使い給え!」
その声と共に、滝が流れ落ちる音のような銃声がひたすらに唸りつづけ、同時に男の扱っているサブマシンガンから出た薬莢も、あたりへと無数に飛び散らかっていく。
一家は耳をふさぎ、男性は娘達を庇うようにしており、近場にいた隊長格の男は右脚を撃ち抜かれたのか、声にもならないような悲鳴を喉奥から搾り出していた。
そして、しばらく銃声が鳴りつづけ、突如銃声が鳴り止んだ。
この場へと一気に静寂が舞い戻るが、もはや先ほどのような光景と違い、壁が無数に欠け、床には大きめの窪みが空き、押し殺すような泣き声と弱り果てた獣のように弱々しい唸り声が聞こえている。
「君がユーロフスキー君かな?」
黒髪の東洋人らしき男が、隊長格の男......ユーロフスキーへと、外国人訛りのロシア語で、静かに問い掛ける。
「だ、誰だ!きざま、なにものだぁ!」
ユーロフスキーは足を押さえながら、慌てて懐からコルト製のM1911と呼ばれる自動拳銃を取りだすと、東洋人顔の男へとそれを向ける。
しかし、東洋人顔の男はなんら焦ることもなく、ただ静かにサブマシンガンをユーロフスキーへと向け、蔑みの色を含めた言葉を返した。
「コルトガバメント......いい銃だ。されど、どちらのほうが優れているかといえば、こちらではないかね?何と言ったって、君が一発撃つ間に、私は君に五発ほど撃ち込むことができる」
黒色に鈍く輝くサブマシンガン....MP18の銃身に取り付けられている先の尖った棒状の銃剣をユーロフスキーの首元へと突きつけると、男は静かにこう言葉を出した。
「それでは天国でまた会おう、ユーロフスキー君」
ぐじゅり。
肉をえぐり出したような音と、空気の抜けた音が静かな地下室へと響くと、それ以後、ユーロフスキーが返答をするようなことはなかった。
「き、君は?」
東洋人顔の男へと、壮年の男性が言葉をかける。
東洋人顔の男は振り返ると、静かにこう答えた。
「あなた方を助けに来ました。白軍所属の山田太郎と申します。醜悪な光景を見せて大変申し訳ありませんが、お会いできて光栄です。皇帝陛下」
山田太郎と自称したこの男は、そういってにこりと微笑んだ。
そして、その皇帝陛下という男性...ニコライ二世は目から思わず涙を流しはじめた。
1918年。
ヨーロッパ中を巻き込んだ大戦争は終わりを告げ、同時に新たな時代へと局面していた。
その一つが、ロシア帝国である。
連合軍側へと参戦し、ドイツ・オーストラリアと対極し、見事勝利したにも関わらず、共産主義を掲げる赤軍とそれに反発する白軍にて内戦が勃発したのだ。
しかし、そんな最中、ロシア皇帝であったニコライ二世は赤軍に捕らえられ、ニコライ・ロマノフと蔑まれていた。
しかし赤軍は白軍にニコライ二世が奪われた場合、非常に厄介なことになると予想し、赤軍はニコライ二世とその一家の暗殺を計画。
見事完璧な計画であるはずだったのだが......。
ここで、ある男が割り込んできたことにより、時代は変遷していくこととなる。
その男の名は山田太郎。
日本の九州にて生を受け、上京。そして義勇兵として白軍へと赴いた、一見なにもなさそうな人間ではあるものの、彼はある一つの秘密を持っていた。
...それは、違う世界の者であるという秘密である。
この山田太郎、実は今の時代から100年後の2018年の人間だったのだ。
コンビニ近くの階段から落ちたことにより意識を失い、目覚めたときには九州の片田舎にて生活している子供に憑依してしまった。
されど、山田太郎はその後しばらくして神と呼ばれる人物から、ある啓示を受けることとなる。
それは、ロシアの皇帝一家救ったらお前を元の世界に戻してやるよ。という啓示であった。
当然、こんなインターネットもないような100年前の母国で爺さんになるまで生きたいと思う山田太郎ではない。
憑依した最初の年である1910年から、死に物狂いで足掻きまくり、自分のエゴと分かりつつも、山田太郎はなんとかロシアの白軍へと義勇兵となり、吐き気と罪悪感を押さえつつも人を殺し、なんとかロシア皇帝一家を救うことができたのである....のだが。
「おい!神様!皇帝一家救ったぞ!はやく帰らせてくれ!おーい!」
外で敵を見張ってくれていた兵士とともに皇帝一家を白軍の元へと連れ帰っている最中、山田太郎は一人、だれもいない川岸にしてそう叫んでいた。
残念ながら、返事はなかった。
ロシアの川は日本の川と違い、とても冷たく、山田太郎にとっては、それがとても悲しく感じられ、山田太郎はその場でへたり込み、ただただ、なにが足りなかったんだ。と一人打ちひしがれていた。
mp18はロシア帝国がドイツから鹵獲したやつという設定です。マガジンに関してはベストセラー拳銃のルガーP08のものが使えたので、結構便利だったそうな。