魔術の閃光が眼前を走る。
場所はトンネル内。薄暗い川辺りにある、歩行者用のそこそこに広いトンネルだ。
早朝、まだ陽光すら照っていないほどの時刻。一人のマスターがあっさりと拳銃にて殺された頃。ある二人のマスターと二人のサーヴァントもまた、戦いを繰り広げていた。
「やれやれ……坊主、油断だけはしないようにしてくれよ。オジサンは一応……あんたがいねぇと顕現できねぇんだからよ」
「坊主坊主坊主うるさいなぁ、もう!今愉しいコトしてるんだからさ、お前は黙ってもう一匹のやつと戦っときゃいいんだよ。ランサーぁ」
「へいへい、わかりやした。まぁ、せいぜい死なないようにしてくださいな」
一人の少年に萎びた感じの隠しきれない忠言を呈す中年の槍兵らしき男……彼は癇癪を隠そうともしない少年に特に憤慨することもなく、自分の持ち場へと配置へつく。
「私の計算によれば、あの少年は魔力的には大したことがない。せいぜい、ゴミムシといったところか……」
「あー、ゴミムシだかカナブンだかヘチマだか知んないですけどね、旦那。明らかにあのサーヴァント、雰囲気はただのくたびれたオッサンですけどオレより強そうじゃないですか。そこんところはどうなさるんで?」
「ふぅ…アーチャー。君は私のプランのうち99.99%を達成すれば勝てるのだよ。だからさっさと行け、私は無駄な時間は嫌いなのでね」
「いやー、あー、はいはい。要は全力を尽くせってことっすね。はー、やだ。なんでこんなマスターのとこに召喚されたんだオレは……」
老け顔の魔術師らしき男の指示に対し、そう言って若い緑色の外套を着たアーチャーは弓を携え、静かに槍兵と対峙する。
「いやー、オジサンね。君とは中々気が合うと思うんだ。どう?今回はオジサンに勝ちを譲ってくんないかなぁ〜って思ってるワケ?痛くしないからさ」
「…そうしたいのは山々なんですがね。オレにも矜持ってもんがあるんすよ。だから、逆にそうしてもらいたいくらいなの」
「ほぉーん。やっぱり気が合いそうだ。じゃあ、交渉決裂ってことで―――」
刹那、アーチャーの眼前に穂先が"現れた"。
否、この男…ランサーにとってはただの突きなのだろう。だが、その速さはまるで突風のようだ。そしてアーチャーも唐突な刺突に対して警戒はしていたのか、紙一重で体をずらして穂先を回避する。
続いて、間髪入れずランサーはまるで呼吸をしていないかのようにブレのない、刺突と隙の少ない小斬撃を混ぜ合わせてアーチャーを攻勢に入らせることを徹底的に阻止しようと仕掛ける。
(オイオイまじかよ。このオッサン、大英霊の類か?)
アーチャーは内心驚きながらも、外面では僅かな汗とともに不敵な笑みを浮かべる。
「こんなもんですかい?ランサーの槍ってのは」
「ハハ、心外だなぁ。オジサンすっかり年なんだからそこらへんは考慮してよぉ。ただその割には――随分と攻めに入れてないんじゃないの?」
挑発を交わし合う間も、槍撃は絶え間なくアーチャーの体を刺し貫き抉ろうと襲い掛かってくる。
すでにマスター間の戦闘が開始したのだろう。魔力の残渣が両者の肌を僅かに揺らし、それと同時に更にランサーの攻撃の速度が早まっていく。
(とりあえず距離取らないと話になんねぇな、コレは)
アーチャーはまるで百の熟練兵が繰り出す槍衾の如き攻撃からほんの僅かな隙を見出せば、自身の脚力で付近の壁に飛び、そのまま蹴れば数十メートルほどの距離を置くことに成功した。
「やるじゃん、アーチャーくん。割と殺す気でしてたんだけど、ちょっと隙が多すぎたかな?」
「そうっすねぇ…まぁ、これから形勢逆転ってことで?」
「へぇ〜、結構言うじゃない。オジサンちょっと面白くなってきちゃったよぉ!」
刹那、ランサーがアーチャーの胸を一刺ししようと、縮地するかのように素早く槍を前方に構え、前に身を屈めてステップするかのように突撃してきた。
だが、次は前のように行きはしない。
アーチャーはそう心に決めながら、自身の愛弓から3本の矢を抜き放った。
大英霊といえども当たればただでは終わらないその矢。
しかし、目の前のランサーはそれをものともせず、矢を切払いながら更に前進を続ける。
アーチャーはなるべく地面、壁、天井を駆使しながら三次元的な動きで距離を保とうとしながら矢を放っているが、ランサーは一向に怯む気配なくその動きに追従する。
アーチャーとて格闘戦ができぬ訳では無い…が、あのランサーと格闘戦をしたところですぐさま押し負けるのは目に見えている。
現状、あの相手には自身の有利な距離で戦うしかないのだが、このままだとジリ貧だ。だいいち、こちらの宝具でケロッとしている時点で只者じゃない。
「弓兵くん、ちょっと疲れてきたんじゃない?オジサンに勝利を譲ってもいいのよ?」
「ハァ、ハァ。余計っな、お世話ですよ!」
サーヴァントに疲れはないなどと言うが、精神的に疲れる上に肉体的な疲れもゼロではない。
とはいえ、相手のマスターは魔力が低い。
それに比べ、こちらのマスターは自分で威張って言うなりに相当な魔力量を体内に持っている。
力で押し負け、フィールド的にも不利。
だが、どうやらアーチャーのマスターはここで決着をつける気のようで、であれば奥の手を使うのは致し方ないだろう。
「無貌の王、参る…」
小声でそう呟き、アーチャーはすぐさま姿を消す。
否、同化したといったほうがいいだろう。
「へぇ、こりゃまた汚い手を使うなぁ。オジサン、そういう搦手大好きなんだよね」
「なんで――今から全力でかかってきな、ガキ。年期の違いを教えてやるよ」
刹那。
極光が走る。
「ッ!?」
「へぇ、やっぱりそこにいたの。まぁやっぱり見えなくても、辺りとりあえずぶち飛ばせば、なんとかなるよねえ」
ガラガラ、と音を立てながらトンネル内のコンクリート壁の一部が派手に崩れ落ちる。
だが、アーチャーとて無策なわけではない。
故に激しい衝撃に苦悶の表情を風景と同化していることで隠しながら、続く悲鳴すら耐えてひたすらに走り回る。
「もしかして鬼ごっこでもしたいの?オジサン、大の男と鬼ごっこする趣味ないんだけどね…」
間髪置かず、壁が壊れ、地面がえぐれ、天井が溢れ落ちる。
先程までとは違った荒々しい辺りを巻き込むような攻撃は、同時にアーチャーを徐々に追い詰めていく。
「ンー、そこかァ!」
一閃。
紅い鮮血が散る。
「がはっ」
「結局、さっきキミとオジサンが戦ってた場所に戻ったじゃない。どう?今の気分は」
腹に一筋の軽いとは言えない傷。
サーヴァントながらにじんわりと緑衣に血が染み込み、そして、地面へとゆっくりと垂れ流れ体を伝っては血たまりを象っていく。
既に透明化は解かれ、そこにいたのはだらりと壁に持たれかかりながら、腹を片手で抑えつつ座り混んだアーチャーだ。
「えぇ、そうですねぇ……痛みはないすけど、結構キツイかなぁ」
「ま、槍に斬られたら当然だよねェ…。じゃ、なにか遺言はある?君のマスターは軽く痛みの少ないように殺しておくよ」
「そう、ですね。遺言は―――」
「我が墓地はこの矢の先に――」
「森の恵みよ、圧政者への毒となれ」
「毒血、深緑より沸き出ずる!」
「隠なばりの賢人、ドルイドの秘蹟を知れ―――」
瞬間、ランサーは激しい吐き気を覚えた。
視界が揺らぐ。
なんだ、これは?
だが、ランサーとて英雄の一柱。意識を保ち、槍を杖のようにしながら辛うじて立ったままでアーチャーを睨む。
「ガ、キ……なにをッ、した?」
「へへ、見りゃわかるでしょ。毒ですよ、毒」
激しく生気を漏らし、自身の動きを阻害する腹の切り傷を抑えながら、アーチャーは辛うじて立ち上がる。
「あんたから逃げているとき、いや、透明化する前。オレはアンタに矢を放った」
「ただ、矢を放つだけじゃない。時々弾かせたりしながら、徐々にアンタの体を蝕ませる準備をするとともに、ここいらにいくつかの矢を刺し立てた」
「透明化して逃げていたのは、ずっとアンタから気を逸らすため」
『そして、アンタが今苦しいのは
「がは、なるほど、ねぇ。オジサン、ちょっと油断、し過ぎたみたいだ。ゲホッ」
ランサーの五臓六腑の奥底まで、アーチャーが徹底的に仕掛けこんだ毒のオーケストラが浸透していく。
吐血。
だが、ランサーは血を吐き捨てるようなことはせず、口を閉めたまま口端からたらりと血を流しながら、そのまま逆流する血を半ば無理矢理に飲み込んだ。
「ふぅ……さて、どうします?今なら楽に殺ってあげてもいい。このままだと、アンタはそのまま苦しみながら死ぬしかないですからね」
「ごぶっ、へへっ、そうか。形勢逆転、かぁ……オジサン。久しぶりに攻めたもんだから…ゴホッ、ちょっと調子に乗っちゃったなぁ」
「でも、そうだなぁ……じゃあ、オジサンも奥の手」
「使わせて、もらうよ」
満身創痍。
立つのがやっとというレベルのランサーは、最後の力を振り絞り、マスターたる少年の少ない魔力を自身の体に送り込む。
「ハァ、フゥ……標的確認、方位角固定ィ……! ゼェ、ハァ……『
アーチャーの視界が白く染まる。
単なる光ではない。自身の体を明らかに恐るべき威力の一撃が襲っている。
本来、人一人に向けられるレベルのものではないソレ。
人を喰らいつくし尚も魂すら消し飛ばすようなソレは、サーヴァントであるアーチャーの体ですら、容赦なく焼き払っていく。
直撃だ。
どうしようもないくらい、直撃だ。
おそらく、アーチャーはこのまま座に帰るだろう。
だが、元よりこの勝負は。
「店仕舞いだ、ランサー。お互い座に帰りましょうや」
「悪いけど、オジサンには坊主が…」
「いや、"終わり"だ」
徐々に消えいく視界の中。
黒焦げになり、もはや生命維持すら困難なアーチャー。おそらくはマスターの処置あれど消え去ることだろう。
一方で、毒に蝕まれているが辛うじて満身創痍なランサー。マスターから処置さえしてもらえばなんとかなっただろう。
そうだ。
全ては、それが狙いだった。
魔力量の少ないランサーのマスター。
対しては、ある程度宝具を開放しても平時を保てられるアーチャーのマスター。
毒に蝕み、もはや一般人ですら倒すのが危うい状態のランサーを救えるのは一人しかいない。
だが、それは敵マスターではない。
そう。つまるところ……この戦いは、最初から最後までアーチャーの掌の上だった。
「まさ、か」
「あぁ、全て計画通りなもんで。これでゆっくり逝ける。それじゃあランサー。先に地獄でゆっくり待ってますよ」
そして、閃光が走り。
次の瞬間にはランサーのマスターは魔術の奔流に飲み込まれ、肉塵となった。
魔力量を急激に消費したことによる弱体化。
当然、合理的この上ない魔術師であるアーチャーのマスターがそれを見逃すはずがない。
コツコツと。
誰もいなくなったトンネルのなか。
毒に蝕まれ、更に自身の魔力を徐々に空気の抜けた風船のように抜けていき、地面に這いつくばっているランサー。
彼のもとに、魔術師の男が歩み寄っていく。
その黒いコートの端を揺らしながら。
「ふん、あの男にしては上出来だ。自分のマスターを無傷のまま敵マスターを殺害し、なおかつ自身より格上のサーヴァントを消滅又は無力化させる。計画の進捗的には95%といったところだが…やはり英雄といったところか」
「長話、いいんだけどね。あんたはなにしにオジサンの死に様を見届けに来たの?」
「ふむ、そうだな。ランサー……否」
「"トロイアの英雄"よ。取引をしようじゃないか」
消えゆく意識。
霊体は消え失せ、すっかりと粒子となった意識の中で。
森の中を駆け、一重に英雄と持て囃されたその男はただ思い耽る。
たしかにクソみたいなマスターだったが、なかなかに面白かったと。
それに、自身より格上の英雄を倒し果せたことはある種、男の誇りだった。
戦術的勝利より戦略的勝利を重んじる男にとって、それは未だ存命の頃の偉業にまさるとも劣らないものであった。
故に。
男は思う。
自身の命で繋いだバトン。
あのクソみたいなマスターは、案外うまく使うだろう、と。
死力を振り絞り、全力で戦った緑衣の男。
その彼の名は――――――。
4人目のマスターはどんな人物にすべきか
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サイコ野郎
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ナルシスト
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熱血
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冷血
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典型的魔術師