生温い感覚が体中を侵食していく。
ぬるま湯に浸かっているような......布団に入り込み、緩やかに眠りに落ちていくような。されど、不快感は微塵も感じない。このまま、永遠に、この状態で過ごしていたいほどに、本当に心地がいい。
「んぁ」
ふと目覚めると、まず最初に見知らぬ天井が私の目に飛び込んできた。
はて、私はあのまま月見をしながらふと居眠りしてしまったはずなのだが。となると、誘拐? いや、さすがにこんな孤独で枯木のように老いた男を誘拐するほど、犯人も馬鹿ではあるまい。さすがに......。
ん?
どこか、体に違和感が。んー、これは。
ああ!今気がついた。
そうだそうだ。なぜ、老眼のためにかけていた眼鏡がないのであろうか。
風呂を入るとき以外、寝ているときであろうが散歩中であろうが、私は眼鏡だけは肌身離さず身につけていた。
理由としては、眼鏡がないと、目に見えるものがぼやけて、タンスの角に小指をぶつけたり、挙げ句には足を引っ掛けてそのまま横転。更に頭を打ってクモ膜下出血になったりするかもしれないからである。
とはいえ、あの天井に取り付けられている電灯でさえも、今、この場所で、この時で、私が眼鏡を掛けていないのであれば、少なからずとも、どこかしこがぼやけて見えるのは確実だ。しかし、現在の私にはそれすらもない。
体も、寝起きにしては軽すぎるのだ。
今から飛び上がってすぐにでもラジオ体操ができるほどに、体の神経という神経が。筋肉という筋肉が活性化している。
それらを自分で自覚するというのも可笑しい話ではあるものの、人生90年以上生きていると、いやがおうでもその感覚は身に染みてわかってしまうのだ。 ......私だけかも知れんが。
さて、ここはどこだろうか。
もしかすると、ここはまだ夢の世界なのだろうか?
天井から違う場所へと目を向けるが、やはり私の住んでいる場所とは違う。
白い壁、白い天井、白い床。壁は四面あり、三面の壁の真ん中に各一つだけ四角い窓が嵌められているが、外は白い靄のよなもので覆われており、様子を伺うことは出来そうにない。
しかし、もう一面の壁には黒茶色の美しい木目が目立つ、白銀色のドアノブが取り付けられた洋風の扉が嵌められていた。
ひとまず、部屋にたった一つだけ置かれた家具であろう、純白色のベッドから立ち上がり、ぺたぺたと素足のままではあるものの、着々と扉へと向かっていく。
白銀色のドアノブをギュッと強く握り、ガチャリと時計回りに三時の方向から六時の方向へと傾ける。
軽く押してみるが、鍵が掛かっている様子はない。
そして、私はそのまま扉を静かに開けると……。
そこで意識が途絶えた。