契約-Agreement
もっきゅもっきゅもっきゅ
可愛らしい咀嚼音を耳に入れながら、彼…山田太郎は静かに頬杖を立てながら目の前の少女を凝視する。
一言で言えば、高級な西洋人形だ。
顔が彫刻のように綺麗に整っていて目はシトリンをそのまま埋め込んだように透き通っており、肌は白磁のごとく艶やかに、それでいて蛍光灯の光をまるでロウソクの火の様に灯らせている。
「……なんだ?何か話したいことでもあるのか?」
少女が凝視されていることを少し疑問に思ったのか手持ちのハンバーガーを食すのを一旦中断して、山田太郎へと言葉を投げ掛ける。
「いやなに。美味しそうに食べるものだと思ってな」
対する山田太郎は口角を少し上げながら、しかし頬杖はそのままに淡々と言葉を返し。
「ん……そうか」
少女はそれを聞いて先程の疑問を綺麗に晴らして、またハンバーガーを比較的丁寧に貪り始める。その美しい姿をまったく劣らせることなく。
もっとも山田太郎自身はその姿を見ながら、内心波風立たせず穏やかに小動物の食事シーンを見るような気持ちでいられることは、あいにく無理なようであるが。
さてどうやらこの少女は十分ほど前に話を聞いた限りでは、一言で表すのなら普通の人間ではない。
流石に自分も半信半疑…というよりも疑のほうが多かったのだが、話を聞いている中でますます目立つこの人外じみた見た目と声に含まれる独特の見えない威圧感、そして嘘をついているようにはとても思えない仕草を感じたら、とてもではないがどう聞いても嘘だ基地外めとは思えないのだ。
なによりこの威圧感には覚えがある。
そう……遥か遠い昔、ロシア皇帝を助けた時だ。あの時は皇帝も皇帝とはとても思えないボロボロの容貌であったが、尚も威厳が保たれており、あの時は自らの意思など関係なく自然と無意識に頭を垂れかけていたところだった。
されど、この威圧感がロシア皇帝より何倍も大きいことは確実だろう。
現に外見はなんとか平静を保ててるものの、内心はここまで威圧感に押されているのだから。
「フッ、そう畏れるな。私は貴殿を取って食おうとは思っていない。むしろ見ず知らずの小娘の喋る戯言に耳を傾けそれを信じ、あまつさえ食事まで提供してくれているということに、心から感謝しているのだ」
果たして本当だろうか?
若干顔が微笑んでいるように見えるが、実はその笑みの裏で、良い餌が見つかって
「貴殿は疑い深いな。そのような態度では集まる人も去っていくぞ?重ねて申すようだが、安心していい。私は貴殿を取って食おうとも思ってないし、それ以外の酷いことをしようとも思ってはいない」
「そうか……安心したよ。で、なんか君と話してるとピリピリした静電気みたいなの感じるんだけど、何かの手品でも使っているのかい?」
少し空気を変えようと思ってそういった直後、眼前の少女の目つきが鋭く変わった。
「……やはり貴殿が」
声色も先ほどとは違い威圧感が何割も増しており、はっきり言って急な少女の豹変にとても怖くて小便がちびりそうだ。出来れば誰かに助けて欲しいくらいに。
「申し訳ない。なにか変なことでも言っちゃったかい?」
「いや、そうではない。ただ」
彼女が続きの言葉を紡ごうと口を開いていた瞬間。
耳に入る音が一気に消え去り、世界を満遍なく塗りつぶすように、視界が真っ白に包まれた。
"ねぇ、太郎くん。キミって何色が好き?"
"俺?俺はね……青色が好きだな"
"ふーん。なんで青色が好きなの?"
"だって、青色ってなんだか涼しげだし……なにより見てると癒やされるんだ。そう言う■■■は?"
"僕?僕はねー"
"紫色が好きだな"
生きたいか? 「……」
死にたいか? 「……生きたい」
未来に賭けたいか? 「賭けたい」
ならば我が言う言葉を復唱するがいい。一言一句間違えるなよ、間違えた場合は――――まぁ、想像に任せるよ。もっともお前の望むことと正反対の事だろうがな。
もう一度言うが、生きたいなら一言一句間違えるな、いいか? フンッ、それでは、行くぞ。
告げる 「告げる」 服が燃えた。
汝の身は我の下に 「汝の身は我の下に」 皮膚に火が移る。
我が命運は汝の剣に 「我が命運は汝の剣に」 髪の毛が熱風で焼け焦げていく。
■■のよるべに従い 「■■のよるべに従い」 唇が爛れる。
この意 「この意」 爪が弾け飛んだ。
この理に従うのなら 「この、理に従ッうのナら」 片耳の鼓膜が耳の中に入り込んだ火炎と爆風で破れる。
我に従え 「ワれに…」 我に従え 「シタがエ」 目に激痛と焼け付く熱さを感じた。
ならばこの命運、汝が剣に預けよう 「ならば!この命運ゥ!なん、ジが剣に」 声帯が燃える、五臓六腑が四方八方から襲い掛かる熱さと身を切り裂くような衝撃に悶える。
預けよう 「ァづ」 声がかすれて、黒煙が喉の中を荒らし回る。
預けよう!「け、ょゥ!」 だが、俺は打ち勝った。
そして、そこから俺の意識が充電の無くなったスマートフォンのようにぷっつりと途切れゆく最中、最後に目に入れたのは。
「セイバーの名に懸け誓いを受ける。 貴殿を我が主として認めよう、名も知らぬマスターよ」
炎が燃え盛る場所でただ一人。ダークドレスを花びらのようにはためかせながら、プラチナブロンドの髪を揺らし、無数に赤い血管が張り巡らされているかのような黒き剣を片手に携え、静かに立っている『騎士』の姿だった。