夢を見た。
ほんの短い夢だ。
「山田、おい。聞こえるか?山田」
煩い声がする。
だが、その声はとても懐かしいもので、どこか自分が待ち望んでいたものだったと思う。
聞こえている。
そう声を出そうとしたが、喉に詰め物でもされているかのようになっていて、声を出す事ができない。
しかしその割に呼吸はしている。
声帯でも切り取られたらこうなるのか?そう思えるほどだった。
「その顔をしてるってことは聞こえてるみたいだな。なら、単刀直入に言わせてもらう。お前は三度目の死を体験した。おめでとう……無事死人の仲間入りというわげな。…ちなみに俺はお察しの通りカミサマだ。数十年ぶりの現代世界はどうだった?最後の晩餐がハンバーガーってことになったが満足してるか?」
マシンガンのように話すカミサマは、どこか声色に嬉しさを含んでいるようで、同時に死を通告された癖に驚いていない自分に不信感のようなものを抱いてしまう。
爺さんになるまで生きて、縁側で寝たら白い部屋に着いて、扉を開いたら現代世界に辿り着いたとき。自分なりになんとなく察してはいた。だが、急に2つの死を突き付けられたのになぜ俺は驚いていない?
"死'は怖いもののはずなのに。
死ぬってことは虚無の世界に落ちることと同じ、自分が自分でなくなってしまうことなのに。
俺は…俺はなんで。
なんで驚いていないんだ?
「あー。どことなく気持ちはわかる、すげーわかるよ山田。まぁカミサマの俺から見ても正直言ってお前は異質だ。まぁはっきり言わぁ死ぬってのを恐れてないやつは人間が猿みたい声出してたときからスマホ弄くってる今の今まで大勢いたもんだが、スマホ弄くってる奴らの中じゃあ、お前みたいなやつは少ない。もとの本質がそういう奴らの枠組みだったお前は、たしかにスマホ世代の中じゃ異質中の異質だ。そこんとこは墨付けといてやるよ」
カミサマは姿も見せず声だけだが、その声だけでへらへらしている顔が思い浮かぶほど、今喋ってる内容は軽いものだ。
もっとも、その軽さの中に真実味が入ってるとひしひし感じるという事だけで、やはりこいつはカミサマなんだという実感がつくづく湧いてしまう。
それと同じくカミサマから自分の異質さに堂々とお墨付きされてしまうというのも、なんというか……ひどく傷つくものなんだが。
「しかしな、あれだよお前。数十年経っても現代っていう理想に追い縋り続けるってよくやるよな。その熱意に免じて現代世界に送ったんだが…まぁちょっとバグが起きちまってな」
そう言ってカミサマは少し小っ恥ずかしそうな声を出すと、淡々と話の続きを紡ぎ始めた。
「至極簡単に言うとお前の送られた世界ってのは、いくつもの血管やら内臓が繋がって伸びてる世界線って生き物の中にあるガンみたいなもんでな。更に言うと困ったことにそのガンを放置しちまうとどんどんデカくなっていずれは他の世界まで侵食しちまう。まぁ例えのつもりでガンを使ったんだが、ぶっちゃけ実態も有り方もガンそのものだ。あって得はなくても損は出るっていう相当たちの悪いやつだよ」
「んで、そのガンに侵されてる世界がお前の送られたとこってわけだ山田。本来は日本の東京にジジイ時代までのお前の預金口座と一緒に移動させてやるつもりだったが、どういうわけかバグが起こったわけだ。 なぜか預金口座だけが残ったのは唯一無事だった点だな。割と俺も頑張ったんだぜ?」
なるほど、そのガンみたいな世界にバグで送られた結果ゴスロリ姿のよくわからない餓死寸前の女と同行することになって、腹減ったんで昼飯代わりにハンバーガーショップで飯食ってたら突然爆発起きて死亡したわけか。
どうみても転生したほうが早いじゃないか。
あんな世界こっちから願い下げだ、いくらWW1とWW2を命からがら生き残ったといえ限度がある。さっさと平和な世界に帰らせてくれ。
「そうしてぇのは山々なんだがなぁ。いかんせん上の神様に目着けられちまってよ。変にお前を転生やら蘇生転移とかさせると俺自体が痛い目見て、結果的にお前は普通の転生箱に入れられて鶏なりトカゲなりになるってわけだ。 ちなみに俺が自らを顧みずお前を現代世界に送り込もうとして万が一成功したとしても上の神様がお前に雷を落としてお前も道連れだ。 つまるところの四面楚歌ってわけだな」
じゃあどうすればいいんだ?
結局上の神様の言うとおり畜生道に堕ちて徳を積めってことか? だいたいキリスト教やらローマ神話みたいな雰囲気のくせにどことなく仏教要素入ってるのは何なんだ?そちら側の神様ってのはありとあらゆる神仏習合思想を隔てなく持ってるのか?
「まぁ落ち着けや山田。方法は無いってことはない、あるにはあるんだよ。お前の性格から見て長いのは嫌いそうだから、単純かつ率直に言うと」
「ガンを治療してこいってことだ。ガンの世界は神様は無理に干渉することができないからお前一人の蘇生転生程度なら一回くらい自由にすることができる。どうせ勇者みたいな奴ら送り込まないといけないのもあるし…なんにせよ、お前はそれにピッタリってわけだ。RPGみたいで燃えるだろう?」
つまり、お前が一度殺されてる上滅びかけの世界限定なんだけど、その世界で良いのなら、滅びかけ世界を救うことを条件にちゃんとした人間としてリベンジさせてあげるよってことか。
あぁなるほど。
ひどく叙事詩的だな、すごく面白いよ。
それにどうせトカゲになるくらいなら、世界を救ってその後の世界で楽に生きたい。
こんなモノ、選択肢なんてあるようでないものだ。
なら選んでやるさ、その選択肢もどきを。
「そういうことなら契約完了だな。それじゃあ選別として一つお前の宝物をプレゼントしよう。 なに、ちゃんとあの世界に跋扈してる化け物に効くよう改造はしてあるぜ。人間の武器だからせいぜいたかが知れてるけど、まぁないよりはマシだろう。ほら、有効的に使えよ」
そう言って虚空から突如俺の右手に落ちてきたのは、かつて俺がロシア皇帝を助けたときから一週間ぐらい後に、奪還してから間もないモスクワにてせめてもの御礼として貰った拳銃だった。
高級木材で象られたグリップの中心にロシア帝国の紋章である双頭の鷲が刻まれ、銃全体がロシアの風雪の様に純白の白銀に染まった特注の回転式拳銃。
そいつの名前はナガンM1895。
ロシア帝国の将校連中が使っていたというそこそこ華やかな経歴を持ったアンティークピストルだ。
もっとも、21世紀じゃどこからどう見ても骨董品の類で、俺もそういった博物館に寄贈してたくらいなんだが……。
「博物館に寄贈されてたやつがなんで?と思ってるだろう。喜べ、この骨董品はお前に使ってほしくてたまらないって表情をしてるからわざわざお前が死んだ直後の博物館から盗み出してきてやったんだ。誇りに思うといい」
博物館から展示品を盗み出すなんて相当胡散臭いカミサマなんだが、武器があるとないとでは安心感もまるっきり違う。ここは素直に感謝すべきだろう。
「さて、そろそろ夢から醒めてもらう頃合いだな。安心しろ、これ以上にないほど気持ちのいい目覚めにしてやる。ただ…一言アドバイス的なものをあげようじゃないか」
「目の前に変なやつがいたらまっさきにその得物で撃て。お前の冒険譚はそいつが死なないと話にならないからな」
「それじゃあ、またな山田。次はちゃんとお前が満足に死ねたときに会おう。それまで死なないように」
「ハァァ…こんな嘘に嘘を重ねて、ホントどうしたいのかね神々の方々は。まさか相当工作を仕組んでバレないようにした上で英霊の座に戻って昼寝でもしてたら、引きずり出されるとは思ってなかったな。だが山田」
「俺はカミサマって役にハマってなくてもお前は気に入ってるんだぜ?願わくば……俺の期待を裏切らないようにしてくれ」
"救国の英雄"さん
「いっつ、全然気持ちよくないじゃないか。ほんと、あのカミサマはつくづく信用できないな…」
ぱらぱらと石綿だかなんだかの燃えカスを空気に漂わせながら、至るところで火を上げているハンバーガーショップ。
焦げ臭い匂いの中には、かつて南方戦線で嗅いだことのある嫌なニオイも入り混じっている。
されど、臭気で惑わされてはいけない。
怪しいやつ、怪しいやつはどこだ?怪しいやつ…
「さぁ死になさあい!ヒヒヒヒヒ!」
いた。
いかにもな奴だ。例えるなら、そう。怪しさと胡散臭さを余すところなく体現化したらああなるんだろうな、と確信まで持たせてくれるような風貌と声のイントネーションを持ったような男だ。
さて、あの男が狙っているのは完全にゴスロリ女……というより話を聞いた限りではアーサー王らしいんだが、まぁ飯食ってるときに話を聞いたときは一応信じてる程度だったんだが、こんな変な奴がテロを起こすような世界だ。アーサー王やらヘラクレスがいたとしても今更驚きはない。それとあの剣の構え方と立ち方からして完全に経験者だ、それも人を殺した経験のある方の。
ゆとり世代が経験者かどうか判断できるのかって話ではあるのだが、まぁそれなりに2つの大戦を生き抜いてるからそれくらいの判断力は持ち合わせている。
エースパイロットだか伝説の武人だかには負けるが、それなりに強いかどうか、人を殺してるか殺してないかくらいは曖昧だが一応判断は可能だ。
閑話休題。
それであの怪しい男を撃てということだが、まぁ腰あたりでいいか。
位置的にそこそこ近い上に狙いやすいし、運良く背骨に当たれば神経も損傷させる事ができる。
そういってバレたくもないので伏せたまま、ふらふら余裕綽々そうにしている男の腰あたりに照準器を向け、やけに引き心地の固い引き金に指を掛け、少し力を入れて引き金を引き。
火薬が破裂する音と共に銃口から白煙が放たれ、そこを突き抜けるかのように鉛弾が恐るべき速度で狙った先へと飛翔していく。
音で気づいても既に遅い。
どれほどの超人でも銃弾に狙われていることに気付いていなければ、避けることはほぼ不可能に近い。
そうして近づいた弾丸は対象の腰にめり込み。
静かに自らを更に抉りこませたのだ。
男は驚いた表情をし、体制を崩す。
急いで立ち上がろうとし、なにか詠唱しようとするが……。
その声もろとも鮮血に散ってしまった。
僅かな隙と漆黒の刃によって、道化はあっけなく命の花を散らせたのだ。
まるでスポットライトの火が消えると共に、舞台の幕が落ちてしまったかのように。