東北から離れた僕達は、僕、ずん姉様、イタコ姉様の3人で暮らしている。
一番年上のイタコ姉様は最近、夜は僕が寝た後に帰ってきて、朝は僕が起きる前に出かけるほどにお仕事が忙しい。
でも話をしていないわけではない。
この間電話で「ずんちゃんが首位を取れたら派手にお祝いですわ!きりちゃんも手伝ってくださいまし!」と話したばかりだ。
イタコ姉様は和食が上手だ。最近はその忙しさから料理している姿を見ないけれど。
ずん姉様が首位を取ったら、きっと豪華な夕食を作るんだろうな。
ずん姉様の試験結果は聞かずとも分かった。
その目に失意と喪失の色が濃く見えたから。
そして学校から帰ってきた途端にすり鉢で枝豆をすり潰し出したから。
今の時間は6時半くらい。もう30分は経っただろうか。
当たり前だけれど枝豆はとっくに全部潰れている、つまり今はオーバーキルだ。死体蹴りだ。
こんなずん姉様は見ているのが辛い。
止めなければいけない。
「ずん姉様、大丈夫ですか?」
「あ、きりたん、お腹減った?」
「い、いえ、その、もう枝豆潰れてると思います」
「もう少し待っててねー」
「膝枕してください」
「今日は枝豆潰れにくいなー」
駄目だ。会話が繋がっていない。
言葉に詰まった僕とずん姉様の間に流れるのは、ごりごりとすりこ木がすり鉢に擦れる音だけ。
僕には無理だっ……。
誰でもいい……この空気流れを……変えてくれっ……!
誰でもいい……!魔でも……!
「ただいま帰りましたわー」
玄関から聞こえるこの声、イタコ姉様だ!
「ずんちゃん、試験お疲れ様でしたわ!」
「起きているきりちゃんに会うのは久しぶりですわね!」
リビングに入ってきたイタコ姉様は僕とずん姉様を同時に抱きついた。
温かくて柔らかくて、いい匂いがして、僕の心はほっと和んだ。
ずん姉様もきっと一緒の気持ちだろう。
着物越しに分厚い胸部装甲が僕に当たる。僕の将来性を保証してくれている素晴らしいものだ。
「イタコ姉様もお仕事お疲れさまでした」
「僕もイタコ姉様を見るの久し振りです」
僕とずん姉様に同時に抱きついた、とは、イタコ姉様が両手を広げて僕達二人を包み込んだ、というわけではない。
2人に分身したイタコ姉様がそれぞれに抱き着いているのだ。
あ、違う、後ろに荷物を持ったイタコ姉様がいた。合計3人だ。
九尾をその身に宿したイタコ姉様は、僕達の前では日常的にとんでも能力を使う。
分身くらいなら、ああ、家事の時に便利だな、くらいしか思うことはなくなったけど、未だに驚くことも多い。
昔、ゲームの世界に行きたいです、と頼んだことがある。
そのとき見せてくれた西洋のお城は圧巻だった。
見る者を圧倒させる山のような大きさに、神聖さを伝えるたたずまいは、神喰らいの異形が住んでいそうだった。
本当にゲームの世界に行ったわけではなく、僕を化かしただけらしいが、見たことには違いない。
その光景は一生忘れない。
ただ、その後疲れ切って熱を出して寝込んでしまったイタコ姉様は、ずん姉様に叱られていた。ごめんなさい。
抱き着いていたイタコ姉様たちが離れ、分身達が手を繋ぐと、一人に戻った。
「ずんちゃん、夕食の準備はまだですわね?」
「……まだ枝豆潰してるだけでした」
「じゃあ今日は外食ですわ!行きますわよ!」
「と、突然ですね」
「ほら、着替えて着替えて!きりちゃんも!」
驚くずん姉様の肩を強引に押して着替えに連れていくイタコ姉様。
きっと、二位で落ち込むずん姉様を元気づけるようなお店に連れていってくれるんだろう。
僕も急いで準備しないと。
イタコ姉様の案内で20分ほど歩いた先にあったのは、『緑』と暖簾に書いてある小さな和風のお店。
お座敷の部屋に案内してもらった僕達はイタコ姉様の勧めで定食を三つ頼んだ。
料理を待つ間楽しそうにそわそわしていたずん姉様は、運ばれてきた料理を見ると感嘆と共に手を打った。
枝豆、ニンジン、ひじき、きのこ。色とりどりの炊き込みご飯。
枝豆や鶏肉が混ざった豆腐ハンバーグ。上にはネギが乗っている。
枝豆にひじきとツナのサラダ。
枝豆とカボチャのコロッケ。
枝豆と豆乳、ベーコンの冷たいコンソメスープ。
枝豆や蜜柑のゼリー。
うーん。枝豆と枝豆と枝豆と枝豆と枝豆と枝豆で枝豆が被ってしまった。
なるほど、このお店は枝豆で十分なんだな。
実にずん姉様の好みだ。
「こんなお店が近くにあったなんて、知りませんでした!」
「僕もです。イタコ姉様、よくこんなお店見つけましたね」
ずん姉様が知らない枝豆料理屋さんがあるなんて思わなかった。
「……え、えぇ。さぁ、いっぱい食べてくださいまし!元気出して次こそは首位奪還ですわ!」
「はい!いただきます!」
待ちきれないとばかりに手を合わせたずん姉様に続き、僕とイタコ姉様も手を合わせ箸を動かし始める。
暖かくなってきた最近に合わせてだろう、冷たいものが多くて食べやすくて、お箸を動かす手が止まらない。
いつも食べてきたような懐かしい味がさらに箸を進めてくれる。
うん、美味しい。
「美味しいですね。イタコ姉様、有難うございます」
口の中を空にしてお礼を言った後、ずん姉様はにこにこと笑いながら箸を動かし再び頬を膨らませた。
写真に撮って額縁に入れて飾っていたい。
ずん姉様に恥ずかしいと怒られたからもうやらないけれど。
「ずんちゃんが気に入ってくれて嬉しいですわ!」
「本当美味しいですね。でも、僕、食べきれるでしょうか……」
料理一つ一つの量は多くないけれど、何せ種類が多い。
食が細い僕は食べきれるか不安になった。
「食べきれない分はずんちゃんが食べてくれますわ」
「どうしても食べきれなかったらねー」
「そのときはお願いします」
もう一度お箸を料理につけた。
いらない心配だった。結局残すことはなかった。
お腹一杯で幸せいっぱいだ。
ずん姉様の顔は溶けてしまいそうなくらい気持ちよさそうだし、イタコ姉様もそれを見て満足そうに笑っている。
席を立ち、あれ……。
「そういえば、ここから20分歩くんですよね」
考えたら嫌になる距離だ。
「ふふふん。ご飯をお腹一杯食べたら、少し運動するのがいいのですわ!その後はお風呂にゆっくり浸かってぐっすり眠る、こんな気持ちの良いことはないのですわ!」
力説するイタコ姉様は自慢気だ。僕は出来れば運動したくないけど。
「イタコ姉様ーおぶってくださーい」
「きりたーん?」
「ずん姉様、歩くの気持ちいいですね!」
「うん、頑張って歩こうね」
そうだ。家に帰ったら僕がお風呂掃除しよう。
放っておいたらずん姉様がやりだしそうだから。
そしてお風呂入ったらずん姉様の背中を流すという名目で一緒に……。
よっしゃあ!
お風呂気持ちよかった。体ぽかぽかだ。
お風呂に入ったら、イタコ姉様はすぐに眠ってしまった。
隠す必要もなくなった銀色の狐の耳と九本の大きく奇麗な尻尾を投げ出して、お布団の上で静かな寝息を立てている。
色々疲れてしまったんだろう。
「ねぇきりたん」
「何ですか?ずん姉様」
「今日行ったお店って、本当にあると思う?」
「あー……やっぱりですか」
根拠はいくつか。
歩いて20分しか離れていないのに、ずん姉様が知らない、枝豆料理がたくさんあるお店だとか。
よく見つけましたね、と言ったら言い淀んでたこととか。
まぁ、それはおまけだけど。
「私達イタコ姉様の料理を食べたらすぐに分かるのにね」
「ですよねー」
それが全てだった。
どこかからか、僕達はイタコ姉様の九尾の力で化かされたのだ。
ずん姉様にご飯をお腹いっぱい食べさせて、運動させて、ゆっくり眠らせる。
そのために仕事で疲れてる体に鞭打って僕らを化かすのが、イタコ姉様だった。
「じゃあ、私達も寝ようか」
「はーい。ずん姉様、お休みなさい」
「お休みー」
イタコ姉様を挟むようにして、僕らも眠った。
今日はいい夢が見れそうだ。
あれ、そういえば、ずん姉様が二位だっていつ知ったんだろう?
ふと疑問に思ったけれど、眠気には勝てず、そのまま眠ってしまった。
うーん。私が作ってないものがゼリーだけじゃ、とても騙しきれませんでしたわね。
すぐに見抜かれてしまいましたわ。
……凄く眠そうだったところに頼み事してしまって、ゆかりちゃんには悪いことをしましたわね。
最後まで読んでいただき有難うございました。
このSSは私が好きなキャラクターを好きなようなように書いているだけの小説です。
ですが、先週の投稿で評価をいただいたことにより、日刊ランキングに乗ることが出来ました。
まさか乗るとは思っていなかったので、おかげさまで心臓が飛び出しました。
お気に入りに入れていただいた方有難うございます。
アクセス数を伸ばしていただいていた方も有難うございます。
3000UA記念は準備していたんですけど、今回は間に合わず……とか思っていたら、4000UAをもう突破していて、有難い限りです。
記念をこつこつ書いていこうと思います。
さらにゲージを赤くしていただいた記念に、次か次の次で、赤い子を書こうと思います。
宜しければ、そのときもよろしくお願いします。
……3000UA記念もまだ書ききれないうちに、5000UAを超えそうだとかまさかそんな。