結月ゆかりの人間関係   作:アニヴィア

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図書室ではお静かに

 放課後、葵は先生に呼ばれた。用事があるらしい。

ウチは今日は補習はない。宿題もあるし、赤点の課題も残っとうけん羽伸ばすわけにもいかんけど。

「じゃあ、お姉ちゃん、先に帰っててもいいよ」

「いや、図書室で待っとくけん、終わったら迎えきて」

「うん、分かった。そんなに時間かからないと思うよ」

手を振って別れて、ウチはすぐに図書室へ。

昨日マキしゃんに相談事があるとスマホで連絡をしたら、じゃあ図書室にいるからおいでよ、と返事が帰ってきた。

葵には聞かれたくない相談だったからどう分かれようか悩んでいたけど、先生に呼ばれたなら渡りに船。

時間に余裕が無さそうやけん、急いで行かないかん。

 

 

 図書室の扉を開けて、中に入って司書の先生に頭を下げてからさらに進む。

この図書室は広いけど、マキしゃんの金色の髪はよく目立つ。すぐに見つかった。

ん、向かい合ってもう一人おる。ゆかりしゃんや。

 

 「ごめん、待たせたごたぁね、マキしゃん、ゆかりしゃん」

「やっほ、いや、宿題多くてやる気出なかったところだから助かったよ」

「こんにちは。やらないと終わりませんよ?」

「今回は赤点回避ー、課題無-しっち喜びおったとに今度は宿題ね。やをいかんね」

テーブルの上に広げられてたのは宿題らしい。

マキしゃんの左隣に座る、斜めにゆかりしゃんを見る位置になった。

「大丈夫大丈夫。それよりも茜ちゃん相談あるんでしょ?ゆかりちゃんも聞いてあげて。妹いるからきっと私より詳しいよ」

「あかりは妹でなくて親戚です。それに、私が聞いていいんです?」

「よかよ。ゆかりしゃんやったら頭いい答えが思いつこうたい」

妹おったっとね。ウチと名前一字違いやね。

どんな子なんやろ?やっぱゆかりしゃんに似て落ち着いた子なんやろうか。

ウチのごと手繋いで帰ったりはせんやろうね。

あー……。そう、それが相談やった。

 ウチの言葉を待つ二人に、ため息をついてから話始める。

「……葵、反抗期かんしれん」

マキしゃんは困ったようにゆかりしゃんを見て、ゆかりしゃんはいつも通りの無表情でマキしゃんに答えた。

 

 

 茜ちゃんからの話を詳しく聞く。

嫌われたと思ったきっかけは、この間手を繋いで帰っている途中で知り合いに会ったとき、葵ちゃんが手をばっと離して茜ちゃんから離れたことがきっかけらしい。

それから不安になった茜ちゃんは、家に帰ってからくっついたり、夜一緒に寝ようと誘ったけれど、逃げられたり断られたりしたらしい。

「もしかしたら嫌われたかんしれん。嫌われとったら生きていけんのやけど」

泣きそうになりながら話していた茜ちゃんは最後にそうまとめた。

「分かるよ。仲良くしたいのに離れられると辛いよね」

「やっろ?マキしゃんなら分かってくれろ?」

「うんうん、よく分かるよ。私にもそういうことあるしね」

目の前の『弦巻さん』としか呼んでくれない人を見るけど、絶対この気持ちは伝わってない。

「嫌いでなくて、恥ずかしかったからじゃないですか?」

「えー?だってついこの間まで『お姉ちゃんお姉ちゃん』っち葵からウチに引っ付いてきよったとよ?」

「ついこの間って、いつ頃なんですか?」

「小学校に上がる前くらい」

約10年前のことをついこの間と呼ぶ茜ちゃんにゆかりちゃんは首を傾げた。

茜ちゃんは時間の捉え方が他人より少し大雑把だから、たまにこういうことがある。

「でも困ったね。どうしようか。それ以外だといつも通りなの?」

「うん、他はいつも通りなんやろうけど、くっつこうとしたら逃げるとよ」

「何でだろうね?えーと。一週間前くらいだっけ?手繋いで学校来たんでしょ?」

「うんうん、そんくらい。仲良かったの昨日のごたぁとに」

「寂しいね。元通りになれるといいんだけど」

「本当そうなんよ。どうしたらいいっちゃろうか」

「うーん。どうしよう。少し様子を見てみるとか」

「落ち着いたら戻るんやろうか」

大きくため息を吐く茜ちゃんにどう答えようか悩む。

私からしたら姉妹仲良く見えるけれど、茜ちゃんはそれじゃ嫌みたいだし、寂しいのは何とかしてあげたい。

それからしばらく話すけれど、上手い案は出なかった。

 

「あ、いかん、そろそろ葵が来るかんしれん。有難うね。話して少しは気分楽になったごたぁ」

時計を見た茜ちゃんはぐっと背伸びをした。

楽になったら良かったけれど。

 「嫌われてないか分かればいいんです?」

私達の話を静かに聞いていたゆかりちゃんが突然口を開いた。

「うん、そうなんやけど、何か思いついた?」

「はい、それなら」

続くゆかりちゃんのアドバイスを聞いて、私は恥ずかしくて頬が赤くなって、茜ちゃんは不安そうな表情をした。

「え、えーと、えずかばってん、それでいいん?」

「はい」

「う、うん、いいんじゃないかな」

「……分かった。来たら試してみようたい」

「あー。じゃあゆかりちゃん、私たち隠れてよっか。海外書籍のところでいいかな」

「それでいいと思います」

この図書室は広くて、隠れる場所にも困らない。

茜ちゃんだけを残して、私とゆかりちゃんはその場から離れた。

振り向いて見ると、茜ちゃんは決意の表情をしていた。

成功して欲しい、そう願いながら私は足を進めた。

 

 先生の用事は委員会活動の相談だった、大したことなくてよかった。

図書室の扉を開けて、中に入って司書の先生に頭を下げて更に進む。

4人掛けのテーブルに一人で座っているお姉ちゃんをすぐに見つけた。

桃色の髪は目立つから助かる。おかげで小さなころから迷子知らずだ。

 

 「お待たせお姉ちゃん」

「あ、葵、ちょっと来てくれん?」

席に近づくと、お姉ちゃんは手招きして図書室への奥へ入っていく。

何だろう?何か面白い本でも見つけたのかな?

そう思いながらついていくと、足を止めたのは辞典や図鑑が並ぶ場所。

お姉ちゃんが好きそうな本は無さそうだけれど……?

 突然、前を歩いていたお姉ちゃんがこっちを向いて両手を広げた。

まるで『ウチの胸に飛び込んでこい!』と言わんばかりだ。

 「え、ど、どうしたの?」

想像してなかったお姉ちゃんの行動に驚いて、思わず声が裏返ってしまった。

「ん」

短く答えたお姉ちゃんは真剣な顔で私を見ている。

え、えーと。どうしよう、いや、お姉ちゃんは私に抱き着いて欲しいんだろうけれど。

だってそんなことするの恥ずかしい。

それに、図書室で抱きあっている姉妹、なんて噂を立てられたいとは思わない。

不安にかられ、どうしていいか分からず周りを見ても見えるのは本棚、そしてお姉ちゃん、それだけ。

どうしよう、本当にどうしよう、分からない。

 

 悩んでいると、お姉ちゃんの表情に不安が混じった。

私が見たくない表情だ。

ま、まぁ、誰も見ていないし、少しくらい、いいかな。

うん、ちょっとくっついて、ばっと離れる感じで行こう。それならあまり恥ずかしくない。

恥ずかしくない、よね?うん、大丈夫。

 

 決意した私はお姉ちゃんの脇の下に手を回して、抱きしめた。

 

 温かい。お姉ちゃんの熱が私の体に移ってきた。

柔らかい暖かさに体中がぽかぽかして気持ちいい。

熱は頭まで登って来た。くらっと気を失いそうだ。

 私の心臓の音が耳まで響いてやかましい。お姉ちゃんに伝わってないかな。そうだったら恥ずかしいからやだな。

うん?心臓の音が二つ聞こえる。当たり前だけど私の心臓は一個しかない。

もう一個はお姉ちゃんのか。凄い。こんなに聞こえるんだ。

あはは、じゃあ私の音も聞こえてるじゃん。

うん、お互い様お互い様、それならいいかな。

何かもう気持ちよくて、暖かい感触に身を任せてこのまま……。

 

 じゃなーい!

 

すぐ離れるの!

でも私の体はお姉ちゃんの手に固定されて動かせない。

「は、離れて」

「良かった。ウチ、葵に嫌われとらんのやね」

「え?」

何て言ったの?今。

「嫌われたかち思って心配やったよ」

「はぁ?私がお姉ちゃん嫌いになるわけないじゃん!?」

「うん、分かった。よう分かった。ゆかりしゃんに教えてもらってよかった」

「え、何で結月先輩?何話したの!?っていうか、これ結月先輩に教えて貰ったの?」

「うん?そうよ。嫌われとらんか心配っち言ったら、それだけ心配ならしてみたら、っち」

「あのぉ」

「絶対結月先輩許さないから!」

「何言いおん。ゆかりしゃん、ウチのためにアドバイスしてくれたとよ?」

「うん、的確かもしれないけど、だから駄目!」

「ちょっとごめんねぇ」

結月先輩の手のひらの上で転がされたような感覚、そこから湧き上がる感情、その名は敗北感。

いや、確かにお姉ちゃん嫌いじゃないし、抱き着くのも人前じゃないから割と平気だけ……ど?

何か私でもお姉ちゃんでもない声が後ろから聞こえたような。

振り向きたくない、空耳ということにしたい。

しかしそういうわけにもいかない。

首を回して振り向くと、クリーム色のふわふわした髪の温厚そうな女性。

司書の先生がいた。

「あ、やっと気づいたぁ?そのぉ、今あんまり図書室に人いないけどぉ、大声で騒ぐようなのは駄目だよぉ。勉強してる人もいるからにぇ」

いつも通りの独特な言葉遣いで優しく注意を受けた。

 

 胸からこみ上げてくる羞恥の感情。

体中の熱が顔に集まった感覚。

悲鳴を渾身の力で我慢した。誰か褒めて欲しい。

 

 

 

 「上手くいったみたいだね」

図書室から出ようとする茜ちゃんと葵ちゃんの後姿が見える。

さっき聞こえた声から察するに上手くいったらしい。

葵ちゃんの顔が真っ赤だ。何故後姿で分かったかというと、耳まで赤いからだ。

「葵ちゃん、茜ちゃんのこと嫌いじゃないですからね」

「うーん、やっぱりそうだよね。何で茜ちゃんあんなに不安がってたんだろう」

どう見ても仲良し姉妹にしか見えない。

「葵ちゃんの頭がいいからじゃないですか」

「どういうこと?」

「『頭の良い妹に、頭の悪い私が好かれて姉と呼ばれる資格はあるんだろうか』ってことです」

「え?好かれてるじゃん」

「それが不安になる人もいるんですよ」

「そうなんだ」

私にはよく分からないけれど、そういうことなのかもしれない。




 最後まで読んでいただき有難うございました。
今回は4000UA記念の4000字SSでした。
前話もランキングに載せていただきまして、嬉しくて心臓が天に昇りました。
少しずつ読んでいただいている方も多くなってきたようで、嬉しい限りです。
 前話から引き続き読んでいただいた方、お気に入りに頂いていただいた方、評価を入れてくださった方、本当に有難うございます。

次も投稿しようと思っているので、宜しければお願いします。

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