ゆかりに会いたくなった。
会いに行こう。ゆかりが通ってる学校は知ってるし。
お家の用事があるけどいいや、逃げちゃえ。
靴は部屋にあるし、履いたら外に出るだけ。
私は家の窓を開いた。しまった、ここ三階だ。
校門に背中をつけ、座って眠る少女がいた。
足元まで伸びた乳白色の髪が特徴的で、穏和な表情はいかにも気持ちが良さそうだ。
放課後であり、数え切れないほどの生徒が足音や雑多な話し声を響かせているが、その睡眠の妨げにはなっていないらしい。
「もしもーし」「大丈夫?」「風邪ひくよ?」
声をかける生徒も中にはいるが、静かな寝息を返すだけ。
次第に立ち止まる生徒達が輪を作り出す、しかしその輪はすぐに穴が開いた。
紫色の髪をした無表情な生徒が割って入ったからだ。
その生徒はしゃがみ、眠った少女と目線の高さを合わせ、名前を読んだ。
「IA」
ゆかりの声は私が眠っていても関係なく頭に届く。
目を開けると、すぐそこに紫色の瞳、相変わらず綺麗だ。
顔立ちが大人びたね。胸の大きさはあまり変わってないけど。
うーん、寝足りないや。
「おはよ、ゆかり。久しぶり」
「おはようございます。何でここに」
「おやすみ」
ゆかりの後ろに回って背中に乗っかって、顔をゆかりの頭に埋める。
変わらない香りと程よい暖かさで落ち着く。けれど、昔より背中が狭くなっちゃた。
「……結月、また親戚か?」
「はい」
「起きたら今後こんなことが無いよう伝えておいてくれ」
「すいません、伝えておきます」
何か聞こえる。親戚だけど違う。
眠いからいいや、ぐぅ。
香ばしい匂いに起こされた。鶏肉と油の匂いかな。
お腹減った。
目を開けると目の前が紫、そして私の体が上下に揺れてる。
ゆかりにおんぶされてた。
「おはよ、ゆかり」
「おはようございます」
「降ろして、歩く」
「分かりました」
太ももの下の手が外れて私落下、着地。
よく寝た。あくびが勝手に出てしまう、口を手で隠す。
周りには小さなお店がたくさん並んでて、人多くて賑やか。
上を見ると屋根。
パサージュって呼ばないんだっけ、日本だと。
「ここ何て呼ぶっけ」
「商店街です」
「そうだった、何買うの?」
「今晩のご飯です」
「じゃあ桜餅作って。また食べたい」
「今からだと材料が揃わないですね」
「えー」
残念。ずぅっと食べてないのに。
「売ってるの買いますか」
「ゆかりが作ったのがいい」
「あそこのお店、あかりが美味しいって言ってましたよ」
「んー、じゃあ、そこでいいよ。あかりにも早く会いたいな」
「その時はONEも連れて来てください」
「ONE、しばらく無理。忙しくて」
「IAも同じじゃないんです?」
「うん、だから逃げて来た」
「……そうですか」
話してる間にお店の前、木造のちいさなお店、和と書かれた暖簾が入り口につけてある。
ゆかりに続いて中に入ると、赤い服を着た細身のおばちゃんがいらっしゃいと声をかけてきた。
中は簡素な作りで、右に厨房とカウンター席、左にはお座敷、それとテーブルが二つで全体的にこじんまり。
厨房ではおじちゃんが背を向けてお団子作ってるところを見ると、二人で役割分担して仲良くお店をしているらしい。
ゆかりは私にメニューを見せながら桜餅以外も頼むかと聞いて、私が首を横に振るとおばちゃんに声をかけた。
「桜餅を2個と、お抹茶を2杯ください」
「はい、すぐに準備するよ」
おばちゃんがお皿に盛りつける桜餅、結構大きい。
木のフォークを置いて完成みたい。動きが滑らか。
私の視線に気づいたのか、おばちゃんはこっちを見て笑顔を作る。
「お姉ちゃんに連れて来てもらってよかったね」
「え?違うよ?」
妹じゃない、私はゆかりの左腕を抱きしめた。
「私はゆかりのお嫁さん」
聞いた途端におばちゃんはからからと大きく笑い出した。何が面白いんだろう。
ゆかりは相変わらず無表情。だけど頬が赤い。恥ずかしがり屋さん。
「あはは。こんな可愛らしいお嫁さんとは驚いた。おまけに1個つけてあげる」
「1個じゃゆかりの分がないよ?」
「はいはい」
まだ笑っているおばちゃんは桜餅をお皿に1個ずついれてくれた。
「4個分お金払います」
「いいよ。その代わりまた来てね」
ゆかりが取り出したお金をおばちゃんは遮り、二個分とお茶の代金だけを受け取った。
テーブルに座った私達。目の前にはおばちゃんが運んでくれた桜餅と抹茶。
手を拭いて早速食べようと木のフォークを手に取ると、ゆかりが手を合わせていただきますと礼をした。
「日本ではそうだっけ」
私も真似をして手を合わせる。
「……いつから私はIAのお嫁さんになったんです?」
「私たちが出会ったときからだよ」
「そんなに昔からでしたか」
「そうだよ?だから桜餅食べさせて」
あーん、と口を開ける。
ま、ゆかりはこんなことしないって知ってるけど。
愛が足りないよね。
ため息をついた私の口に、ゆかりが桜餅を運んだ。
口から桜の匂いがいい感じ。
味は悪くないけど、ゆかりが作った方が美味しいな。
あれ?
「どうしました」
桜餅を味わう私にゆかりが声を投げた。
むしろゆかりがどうしたの。あーんとかする性格じゃなかったじゃん。
「びっくりした。ゆかり変わったね」
「これだけ時間経てば多少は変わりますよ」
「ふーん」
ゆかりの両頬を掴んでぐいっと上げる。
表情が変わって見えるけれど、私が見たい顔にはならない。
「笑顔、減ったまま?」
「……そうですね」
「別にいいよ。ゆかりだし」
笑っても笑ってなくてもゆかりはゆかり。笑顔に惹かれたわけでもないし。
桜餅をゆかりの口元に差し出す。
ゆかりは口をつぐんで右を向いた。
右に桜餅を動かす、すると今度は左を向いた。
「あーん」
「恥ずかしいのでやめてください」
「駄目?」
「はい」
「けち」
「昔からです」
うん、昔からだね。ってことはやってくれない。仕方ない。
口を開けると、ゆかりが桜餅を運んでくれた。
苦しゅうない。苦しゅうない。
最後にお茶を飲んで、口の中すっきり。
「美味しかったよ。有難うゆかり」
「いえ。ご馳走様でした」
ゆかりが手を合わせるのを真似して私も手を合わせる。
「おばちゃんもありがとー」
「どうもー」
声を投げると、高い声が帰ってきた。
落ち着いた。ついでに眠たくなった。
「ゆかり、お膝貸して」
「駄目です。お店の迷惑なので出ますよ」
「じゃあ背中貸して」
「分かりました」
お店を出るゆかりの背中に飛び乗る。
ゆらゆらしていい匂いがしてほどよく暖かくてお腹膨れて、気持ちよくて、ぐぅ。
目を覚ますと、車の中だった。
もう時間切れか。あっという間だった。
何かポケットに入ってる、出してみるとノートの切れ端。
番号と書かれた横には10桁の数字。
アドレスと書かれた横にはアルファベットの羅列。
それと『今度は早めに連絡しなさい。桜餅、それに塩昆布とセロリのサラダを用意しておきます』
無機質な字が書かれていた。ONEの好物も書かれてるってことは、一緒に来なさいってことかな。
今から行きたいんだけど、行けないし。
ま、いいや。日本では何ていうんだっけ。
そうだ、果報は寝て待て。すやぁ。
「IーAーねーえー?」
「ONE、どうしたの?」
「ゆかり姉さんに会いに行くときは一緒に行こうって約束したよね?」
「ごめん、これあげるから許して」
「何この紙……アドレス?」
「ゆかりの。私さっきメール送ったら帰ってきたよ」
「……誤魔化されないよ?今度は僕が一人で会いにいくからね?」
「今度ゆかりに桜餅作ってもらうから一緒に食べよ」
ONEは盛大なため息を吐いた。
最後まで読んでいただき有難うございました。
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拙いSSですけれど、楽しんでいただけていたなら嬉しいです。
次を書く元気の源になっています。
未だに一万アクセス記念が思い浮かばないのでどうしましょうか。
次話も書こうと思っているので、宜しければお願いします。