このお話は前々話、前話からの続きになっていますので、まだ読まれていないかたはそちらからお願いします。
私のスマートフォンは鳴らないものだった。
連絡する相手もしてくる相手もいないから。
非常用の連絡手段として必要だったから買っただけ。
非常用は普段使わないから非常用だ。当たり前だけれど。
用事を済ませた後スマートフォンを見ると、葵ちゃんからメールが届いていた。
『こんばんは。今日妹のあかりさんとお会いして、図書室に案内しました。怖がらせてしまってごめんなさいと伝えておいてもらえませんか』
そういえば、あかりから高等部の図書室に用があると連絡が来ていたか。
何が起こったのかは分からないけど、葵ちゃんに会えたなら悪いことにはなっていないだろう。
葵ちゃんの心配しすぎだろうけれど、一応
「あかりは親戚であって妹ではないです。今度あかりに会ったときに伝えておきますね」
そう送り返すと『よろしくお願いします。あかりちゃんは良い子ですね』と返って来た。
葵ちゃんはあかりが気に入ったらしい。
『今日も葵が愛らしか』
ハートマークがついた本文に、添付された写真は葵ちゃんの後姿。
制服を着ているところから見るに学校帰りなのだろう。
しかし何故、耳まで赤いのだろうか。
分からないが「そうですね」と送り返しておく。
茜ちゃんの『妹が可愛い』を現代語に訳すと『お元気ですか?』もしくは『妹の可愛い姿を見て元気になって!』だ。
つまり挨拶のようなもので、大体続きがある。
ただただ妹が可愛いと思った、それだけのときもあるけれど。
『明日マキしゃんと一緒買い物行くんやけど、ゆかりしゃん一緒行かん?』
これが本題らしい。
しかし明日はいけない。そう送ると、『残念やね、でも、今度は一緒に行こ!』と帰って来た。
この前向きさは見習わなければいけないかもしれない。
そろそろ眠る時間だ。
「すごくいい子だったよ、あかりちゃん」
「よか出会いやったね。ウチも会いたか」
「私もまた会いたいな」
「葵も妹出来た気分?」
「え!?い、いや、あかりちゃん、結月先輩の妹さんだから」
「じゃあゆかりしゃん合わせて4人姉妹やね」
「どういうこと」
太陽が見え始める時間に目を覚まし、支度を済ませ勉強道具を広げるとスマートフォンが震えた。
イタコさんからメールだ。
『見てくださいまし!ずんちゃんが可愛いのですわ!』
添付されているのは白銀の尻尾の上に頭を載せている、眠ったずん子さんの写真。
昨日もこんなメールを見た。
連写で撮ったらしく、同じような角度から撮った写真が何枚も添付されている。
私が見るずん子さんは矜持の高さ故だろう、いつも張りつめている。
でもこの写真の中では緊張も堅苦しさも無く緩んでこれ以上なく無防備で、別人のようだ。
イタコさんの尻尾は余程心地よいらしい。
この表情を見ればイタコさんが可愛いというのも分かる気がする。
しかし、最後の写真のずん子さんは、薄く目が開いているように見える。
もしかしてと思ったら、そうだった。
今度はずん子さんから『今送られてきた写真を全て消去してください。イタコ姉様のスマートフォンからは既に消させました』と送られてきた。
こんな内容でも題名は『おはようございます』と挨拶から始まるのがずん子さんらしい。
「はい、消去しました」と送り返すと『嘘をつかないでください』とすぐに返って来た。
何故私の嘘はいつもすぐ見抜かれてしまうのだろうか。
「イタコさん悲しむと思いますよ」
『見つけた以上駄目です。関係ないですけれど、私、ゆかりさんが作ったずんだ餅が食べたいですね』
見つからない枚数ならずんだ餅と引き換えに許してくれるらしい。
ずん子さんは姉妹に甘い。
「分かりました、今度作って学校に持ってきます」
『楽しみにしています、消してくださいね?』
「分かりました」
一枚だけ残して消しておこう。
お昼ご飯を食べてしばらくたったころ、きりたんちゃんからメールが送られてきた。
『テンションよ【助けてください、弦巻さんと茜さんの会話が早すぎます】天まで届くな、バベルの塔』
弦巻さんと茜ちゃんは仲がいいが、きりたんちゃんまで揃うとは珍しい。
女三人そろえば姦しいというが、弦巻さんと茜ちゃんはそれぞれ一人でも姦しいし、二人揃えば虎に翼だ。
一言で解決しようと思えば出来るが、しかし楽しんでいるだろう姦しい二人の邪魔になる。
送ろつか、どうしようか。
きりたんちゃんがわざわざ私にメールを送って来たところを見るに本当に困ったのだろうから、送ることにする。
「勉強大丈夫ですか?と言ってみてください」
返事はないが、きっと解決しただろう。
そろそろイタコさんに写真を送り返しておこうか。
「きりたん、いつも言ってるよね?刺激が強いものはきりたんにはまだ早いから駄目って」
「ま、待ってください、聞いてください」
「うん」
「刺激が強いから駄目なんですよね?」
「そうだよ?」
「でも、僕は刺激が天元突破してるずん姉様の太ももをいつも見ています!それに比べたら漫画の刺激なんて軽いものです!つまり僕はこの本を読んでも平気なんですよ!」
「没収だけにしようと思ってたけど、捨てることにするよ」
「うわあああああん」
「まったく、朝はイタコ姉様だし」
「ずんちゃんが可愛いすぎるのがいけないのですわ」
「……ゆかりさんから写真送り返してもらってないですよね?」
「ま、まっさかー。そんなことあるわけないですわ。あ、私ちょっと、お風呂のお掃除に」
「そんなことないならスマートフォンを」
「許してくださいまし、後生ですわ」
夜、日が沈み勉強をしていると、あかりからメールが送られてきた。
『今度IAちゃんとONEちゃんと会うとき、この服を着て行こうかと思うのですけど、どう思いますか?』
スマートフォンを構えたあかりの写真が添付されている。
姿見に向かってカメラを向けて撮ったのだろう。
乳白色のゆったりしたワンピースの上から黒と灰色のジャケットを羽織り、胸には私の贈ったペンダント。
あかりがよく着ている雰囲気の服装だが、上等な服に対して決して高くはないペンダントが悪目立ちしている。
IAとONEなら間違いなく見抜く。
しかし、あの3人の間柄はその程度が失礼に当たるような硬い間柄ではない。
そう考えると、大体何を着ていっても同じなのか。
「問題ないと思います」
と送ると、すぐに返事が来た。
『もう少し、教えて欲しいです』
「何か気になることがありますか?」
『ゆかりお姉ちゃんがどう思うか、とか、知りたいです』
少し質問が変わったが意図が分からない。
ペンダントに関してはあかりも承知の上だろうから、気にするくらいなら元から別の物をつけるだろうし。
普段と違った服装で会いたいなら、もっと別の服装を着て私に聞いてくるだろう。
考えても仕方ない、思ったことをそのまま送ることにする。
「似合っていると思いますよ。あかりらしいですね」
『有難うございます!』
私がメールを打ったスマートフォンをテーブルの上に置くより先に返事が来た。
『会うときはゆかりお姉ちゃんも一緒ですよ!また皆揃うのが楽しみです!』
私が返事を打つより先に続きが送られてきた。
余程二人に会えるのが楽しみらしい。
あかりもIAとONEも家の用事が多い子達だから、上手く予定を合わせられるといいのだが。
「そうですね。もう連絡は取れましたか?」
『はい、教えていただいて有難うございました!ゆかりお姉ちゃんはもうIAちゃんに会ったんですよね?変わっていました?』
「いえ、IAはIAでした」
『やっぱりですか。早く会いたいです!』
しばし続くメール。勉強をする手はあかりと話す手に変わりっぱなしだった。
眠る寸前、またスマートフォンが震えた。
弦巻さんからのメールだ。弦巻さん、茜ちゃん、きりたんちゃん3人で撮った写真と、今度皆で一緒に遊びに行こうという誘いだ。
撮られた場所は洋菓子屋さんだろうか。
きりたんちゃんが少し怒っているように見えるが、弦巻さんなら問題ないだろう。
3人仲良くなったようだ。
「分かりました。他の人たちにはもう連絡したんですか?」
『そう、それで思い出した、lineのグループ作らない?』
「グループですか?」
『うん。私達にずんちゃん達も、琴葉姉妹も。あかりちゃんも誘って。誘うとき一度で誘えて便利でしょ?』
そういえばこの間、連絡が手間だと言っていたか。
私は文章でのやりとりが得意ではないからよく分からないが、詳しい弦巻さんが言うならそうなんだろう。
「構いませんよ」
『やった。名前何しよっか』
「何でもいいですよ」
『じゃあ、私の名前入れていい?』
「目立ちますね」
『私の名前入れてたら、グループ名を呼ぶとき私の名前を呼んでくれるでしょ!私天才!』
「呼ばないと思いますけれど」
『ぶーぶー。じゃあ、ゆかりちゃんの名前入れよ。ゆかりちゃんのお友達、とかでどう?』
「もう少し頭良く名付けられないですか?」
『じゃあ、結月ゆかりの人間関係、とかは?ほら、頭良さそう!』
「名前はともかく、頭良さそうって言葉が頭悪く見えますね」
『もおおお!何でもいいって言ったのに文句ばっかり!』
「何でもいいにも限度があります」
しばしメールが続いたが、名前は決まらなかった。
音楽の話だとか、ファッションの話だとかで脱線し続けたからだろうけれど。
名前は仮でもいいから、とにかくグループを作って皆を誘ってみよう、そんな内容を最後にその日のメールはお終いになった。
顔を上げると、いつも眠る時間はとっくに過ぎたとあかりから貰った時計が教えてくれた。
早く眠らなければいけない。
また風邪を引いてお見舞いに来てもらうわけにはいかないから。
「似合ってるって言ってもらえました!あかりらしいって!」
「嬉しいよね。そうだ。今度服見に行こうよ!また言ってくれるかも!」
「有難うございます!でも私あまり服屋さんに詳しくなくて」
「大丈夫!私は詳しいから!そういえば、普段はどうしてるの?」
「親戚の服屋さんでいつも選んでいます」
「……ごめん、案内出来る自信が無くなっちゃった」
「何でです?弦巻先輩なら大丈夫ですよ」
私のスマートフォンは鳴るようになった。
非常時ではなく、中身も大事でないことがほとんどだ。
そのせいで勉強の時間と眠る時間が減った。
それを嫌だと思ったことは一度もないけれど。
最後まで読んでいただけまして、有り難うございました。
前々話から続いた一万アクセス記念の回でした。
一万文字丁度で書こうと思ったら全然収まらなかったり、二万アクセスに到達したり、まさかそんな本当に有り難うございました。
また次も書こうと思っているので、よろしければお願いします。
たしかそろそろずん子さんの誕生日でしたっけ。