結月ゆかりの人間関係   作:アニヴィア

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僕より強い奴が待つ場所へ

 今日もいい天気だ人生はクソゲーだ。

今日はイタコ姉様、ずん姉様、そして僕の3人でお出かけの予定だった。

僕は引きこもりだけど別に外が嫌いなわけじゃない、家でゲームしてる方が楽しいから外出の必要性を感じないだけだ。

3姉妹でのお出かけは当たり前にゲームよりか優先される。

本当に楽しみだったし、昨日はずん姉様とイタコ姉様が早く寝れるよう家事も手伝ったしゲームを我慢して早く寝た。

なのに、なのにだ。

『ごめんなさいですわ、きりちゃん、急なお仕事でどうしてもいかなくてはならなくて。本当にごめんなさいですわ』

はいクソー。マジクソゲー。

僕の何が悪いでもなくこんなことが起こるから人生は嫌だ。

全てのやる気を失ったし二度寝しよう、寝室に向かう僕の手は引っ張られた。

「駄目。きりたんもたまには外に出ないと」

「この間黄色に連れ回されたばっかりですけれど」

「私の友達をそんな風に言わないの」

僕の手を引っ張ってタンスに向かわせるずん姉様。

まあ、ずん姉様と二人ならいいかな、と思ったのに。

まさかの不運が倍プッシュ。

 

「暇なんですか?」

「イタコさんやずん子さんよりかは暇ですね」

「結月さんが来るくらいならずん姉様と二人の方が良かったんですけれど?」

「こら、きりたん、せっかく来てくれたのにそんなこと言わないの」

「……今からでも帰った方がいいですか?」

「ゆかりさんも真に受けないでください……」

駅にいたのはずん姉様が呼んだんだろう紫色。

僕にとっては倒さねばいけない壁であって、一緒にお出かけしたい人かと言われたら微妙だ。

いや、目的地を思えば不思議じゃないし、数少ない仲間だし正直心強いまであるけれど。

「ほら、電車も来ましたし行きましょう」

先に行くずん姉様に続く僕と結月さん。

今日のお出かけ先はアリーナ、中で行われているイベントは将棋。

僕より強いやつに会いに行く。

 

 

 道中でお昼御飯を食べて、入場したのは1時ごろ。

アリーナの広さは体育館より広いくらいだろう、結構大きい。

プロ棋士さんの講座だったり始動対局だったり、物販だったり色々あって、人も多くて賑わっている。

 ずん姉様はこの世の誰より麗しい。

紫色も顔は悪くないのは認める。体系はともかく。

それに加えて、将棋人口は男性が圧倒的に多い。

何が起こったかと言うと、人の視線が滅茶苦茶僕達に集まっている。

ストレスやばい。

「まずはどこに行こうか。きりたん、どこがいい?」

「……何も気付いてないんですか?」

「うん?何に?」

「ずん姉様は僕が守りますからね」

「うん、うん?有難う?」

僕の決意空しく首を傾げられた。

ずん姉様に変な虫がつかないよう見張っていなければ。

紫色は自力で何とかしてほしい。と思っていたら紫色はこっちを振り向いて右を指さした。

「向こうに好きそうな場所ありますよ」

「どんな場所ですか?」

「対局できるみたいです」

「講座とかよりは面白そうですね」

「じゃあ行こっか。きりたん、はぐれないようにね」

手を出してくれたずん姉様。

すかさず握る。大きくて暖かい。

この手を握れただけでもここに来る価値はあったかもしれない。

 

 そこのイベントは本当に僕好みだった。

子供向けのイベントでルールはシンプル、一局勝負で勝てば商品がもらえるというもの。

 商品はお菓子詰め合わせ、甘いのもしょっぱいのも辛いのも大きいのも小さいのも色々入っている。

素晴らしい。一週間くらいの量があるだろう。

家にはまだコーラがある、学校から帰ってきてお菓子を一口、コーラを一口、そしてゲームを起動。

あの瞬間に勝る人生の喜びはあんまりない。

 「じゃあ早速行ってきますね、ずん姉様と結月さんはどうするんですか?」

「わ、私はちょっと、いいかな」

ああ、ずん姉様最近体重が増えたって落ち込んでいたっけか。

商品のお菓子はあまり家に置きたくないだろう。

僕としてはむちむち太ももがさらにむちましくなるので歓迎だけれど。

そんなことは思っても言わない。

僕は言ったら怒られることを言うほど馬鹿じゃない。

「体重増えたんですか」

紫色は馬鹿だ。

「はい?いえ、ち、違いますよ?」

「ずんだ餅が好きだからって食べひゅぎ」

「悪いことを言うお口はここですかー?」

ずん姉様に頬を引っ張られている。羨ましい。

でも痛いのは嫌だ。

じっと見てたら飛び火しそうだから逃げるように席に座った。

相手は若い男の人、プロなのかな?

そうじゃなさそうだ、まだ高校生くらいに見えるし。

でも将棋の強さは年齢じゃない。小学生でも強い人いるから、僕とか。

「こんにちは、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、後ろの方はお姉さん達?」

「一人はそうです」

「4面までは大丈夫だから一緒でもいいよ」

僕を気遣ってくれてるのだろうけれど普通にイラっとした。

ハンデをあげるよと言われてお願いしますと言えるわけがない。

「僕だけで大丈夫です。それで持ち時間は」

「一人20分で、時間切れになったら負け。チェスクロックは使ったことある?」

「あります、大丈夫です」

「よし、先手後手好きなほうからいいよ」

「先手でお願いします、 よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

頭を下げて、もう待ちきれない、真正面から叩き潰す。

 

 飛車を振って三間飛車にするけれど、どうせ奇襲の『早石田』は通じない。

ならば最強の武器と盾を作る。

左手には攻めの巨大な槍『石田流本組』

右手には攻撃を跳ね返す盾『銀冠』

 両方を作り上げたところで、深呼吸。

盤面を見渡せば相手は全力で引いて守りの構え『居飛車穴熊』だ。

僕が歩をぶつければ、勝敗が決まるまで戦い続けることになるだろう。

息を吸って、吐いて、もう一度吸って、吐いて、よし。

見せてもらおうか、貴方の穴熊の防御力という奴を。

 

 

 どこで失敗したのか。

失敗に気付いたのは、結果からだった。

ふと盤面を見渡せば相手の王は遠く、僕の王は攻め込まれている。

 だけど、まだだ、まだ終わってはいない、桂馬を引っ掛ければ、まだ追いつける。

勝負、その一手を打った瞬間、気づいた。

気付いてしまった。

負けた。

詰んでる、銀ただ捨てされてから詰む。

息が抜けて肩が勝手に落ちた。

最悪、熱くなりすぎた、焦って攻めてしまった。

不利な状態だと自覚したんだから、守らなければいけなかった。

首から力が抜けて、頭ががくんと落ちる。

盤面を見ても指してしまった手は変わらない。

 なのに僕は負けなかった。

次の相手の一手は守りの手。

何で?

もう一度考える、更にもう一度。何度考えても僕詰んでる。

顔を上げたら、相手の真剣な表情から見え隠れする余裕。

 ああ、そうですよね、僕が小学5年生だからですか。

本気で出来ませんよね、俗にいう大人な対応ですか。

いい勝負をしてあげよう、そんな判断、とても良いと思います。

僕以外には。

「有難うございました」

「……え?」

「有難うございました」

 

 一方的に頭を下げて席を立つ。

ずん姉様に抱き着いて頭を埋めた。

誰にも見られたくない顔だったから。

 

 

 「きりたん、落ち着いた?」

「……はい」

「ん、じゃあ私行ってくるね」

席に向かって足を踏み出すと、ゆかりさんの声に止められた。

「あの方ずん子さんより強いですよ」

「そうですね」

「負けますよ」

「知ってます」

 見てたのでそのくらい分かります。

でも無理なんです。

小学生相手に本気で対局する方がおかしいって分かってはいますけれど、やっぱり無理。

手加減されて負けた悔しさは分かるから。

はい、私は子供ですね。

妹が将棋で負けたからってこんなこと。

頭で分かっていても止める気がないところが更に子供っぽい。

自嘲の笑みが勝手に零れる、足は進めるけれど。

 

 丁寧に椅子を下げて座った。

「すいません、私もよろしいですか?」

「はい、大丈夫です。けれど、本当すいません、妹さんを」

「妹も納得してくれているので、気にしないでください」

申し訳なさそうにしている相手の方、気を使わせてしまって申し訳ないですね。

きっと優しい方なんでしょう。

「有難うございます、あ、今度はお二人で挑戦ですか」

「え?」

右で椅子を引く音がして、無表情のまま座った方。

「ゆかりさん?何でです?」

「いえ……その、お菓子食べたくなりまして」

目を逸らしながら言われても、本当のことだとは思えませんけれど。

「そうですか。子供っぽいですね」

「……そうですね。そういうずん子さんは何故?」

「私もお菓子食べたくなりまして」

「また弦巻さんと一緒にダイエットですか」

「いいですねー。ゆかりさんみたいに太らない人はー」

痛みを感じさせない程度に口を引っ張る。

うん、大分リラックス出来た。

皆負けちゃったら3人で慰め合いましょう。

「では、お願いします」

「お願いします」

「……あ、はい、お願いします」

相手さんの反応が一歩遅れてるけれど知ーらない。

先手を貰った私達は、同時に第一手目を指すした。

 

 

 

 帰り道、僕の手にはいっぱいのお菓子。

ずん姉様の勝ちにより手にいれたお菓子をカロリー問題により僕がいただいた。

でも一緒に食べましょうね、ずん姉様。イタコ姉様も一緒に。

「お菓子有難うございます。やっぱりずん姉様は強いですね、最強ですね。それに比べてむらさき」

「きりたーん?」

「……」

 僕の名前を呼ぶずん姉様は笑顔だけど、あれは怒ってる笑顔だ。

いや、うん、分かってるんだけれど。

ずん姉様が一人で勝ったわけじゃない、結月さんのおかげというのも分かってる。

けど素直に有難うと言いたくない。

「……結月さん、その」

「はい?」

「……今日、この後時間あるなら家に来ませんか」

素直にお礼なんて照れ臭いけれど、家に来てくれるなら、色々僕にもできることがある。

お客様として扱って、僕が接待しよう。

お茶を注ぎお菓子を準備し、肩を揉んであげるくらいやってもいい。

「いえ、私この後用事あるので」

…………。

やっぱりこの人紫色でよくない?

 

って言っちゃ駄目だよね。

 

「……アリガトウゴザイマシタ」

「はい?」

精一杯の小声早口は、聞き返された。

聞こなかったのかこの人。理不尽にも怒りが湧いてきた。

ずん姉様は両こぶしを握って頑張ってのポーズを取っている、恥ずかしさが加速した。

「有難うございましたって言ってるんですけどぉ!?」

「……何で怒ってるんですか?」

「怒ってませんけどぉ?」

「……ずん子さん」

「今度時間があるとき家に遊びに来てくださいね」

「……はぁ」

結月さんの表情はいつも通り無だけれど、困ってる風に見える。

いや、それはそれで僕も困るんだけど。

有難うございました。どういたしまして、この後遊びませんか?

世の中のリア充達はどうやってスムーズにこの会話をしているんだろうか。

 

 

 「きりちゃん、今日はごめんなさいですわ」

「いいですよ、別に。イタコ姉様お仕事お疲れ様でした」

「うぅ、お土産あるから許してくださいまし」

「……これは?」

「この間ずんちゃんに捨てられちゃってた漫画ですわ。本屋さんで探してきましたの」

「有難うございます!イタコ姉様!」

「今度はずんちゃんに見つかったら駄目ですわよ?」

「はい、すぐ部屋に隠しておきます」

 

 仕事優先なのは仕方ないし、イタコ姉様は仕事をしていても僕達のことを考えてくれるから嬉しい。

けど、イタコ姉様。

この漫画、捨てられたのと全然別物です……。




 最後まで読んでいただき有難うございました。
前回より時間が空いてしまって、待っていただけた方すいません。
評価や閲覧にコメント、本当に有難うございます。
いただくたびにテンションが上がっています。
次回も書こうと思っているので、宜しければお願いします。

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