必ず邪知暴虐な紫色を将棋で倒し雪辱を果たす。
東北きりたんの名に懸けて僕はあの日誓った。
半月ほど前、ずん姉様が家に連れてきた紫色と僕は対局した。
僕はゲームには自信がある。将棋も知っている。
年上相手とはいえ余裕で勝てると思っていた。
思い上がりだった。僕は大差で負けた。
もう一局、もう一局と重ねても結果は全て敗け。
その日から僕は誓いを胸に将棋の勉強を始めた。
今日は休日。歩いて30分の図書館に、はるばるやって来た。
着いた時間は3時。丁度おやつの時間。
図書館に来た目的は勿論、将棋の本を読むため。
それとずん姉様が作っていたずんだ餅から逃げるため。
今頃僕の分までずんだ責めにされているだろうイタコ姉様の冥福を祈りつつ将棋の本を探す。
うーん、足が重たい。
引きこもりには辛い道のりだった。
将棋の本が置いてある本棚は、ここか。
本の数はあまり多くないか。仕方ない。
詰将棋の本、今時スマホで十分。
戦術とかを書いてある本はっと。
この本はどうだろう、三間飛車の本。大きくて分厚い。
落とさないよう慎重に持って少し広げる。
練習していた戦法も載っているし、読みやすい中身。
うん、この本に決めた。
早く椅子に座りたい。自然に足が速くなる。
それが失敗だった。
右から人が出てきた、丁度棚で見えない場所から。避けなければ、左に足を運び、右足で左足を蹴ってしまった。
宙に浮く感覚、床が目の前に迫って。手をつけ、間に合わない、本が邪魔。
胸に衝撃。
体が空中で止まった。
誰かの腕が僕の体を支えている。助かった。
「大丈夫ですか?」
「ふー……大丈夫です。有難うござ」
ゆっくり立ち上がり、手の主を見
「結月さんじゃないですか!」
そこにいたのは、僕を将棋で散々負かした紫色、結月さんだった。
不覚、結月さんの前で転んでしまうとは。
いや、転んでない、僕の体は床についていないから転んでない。よし。
「結月さんですよ」
「将棋しましょう」
「唐突ですね」
「ずっと復讐の機会を待っていたもので」
「その本もう読んだんですか?」
「いいんです」
「……そうですか。椅子に座ってしましょう」
「はい」
結月さんが指した椅子に急ごう、として、右手が結月さんに掴まれた。
「急ぐとまた転びますよ」
「また?何を言ってるんですか?」
「そうですか」
抵抗虚しく、小さな子供のように手を繋いで連れていかれてしまった。
子供扱いしよって。すぐに将棋で倒してそんな扱い出来なくしてやる。
二人で近くの椅子に座って、スマホの将棋アプリを起動。
「お願いします」
「お願いします」
お互いに礼をして対局開始、僕が先手。
角道を開ける▲7六歩、後手結月さんも同じく角道を開ける△3四歩。
よし、想定通り。
僕は歩をさらに前に進める▲7五歩。
次に結月さんにあったらこの戦法で行こうと僕は決めていた。
開幕強襲戦法『早石田』
速攻で相手を倒す破壊力を持った戦法。
攻め続けて一気に終わらせる!
「まだだ…まだ終わらんよ」
「必至です。後一手で終わりです」
「諦めたらそこで試合終了なんですよ?」
「諦めてください」
『早石田』は相手が対策を覚えていたら通用しない。
結月さんが知らない可能性に賭けてみたけど、甘かった。
僕の攻めは途切れ、逆襲されて、追い詰められた。
でも、まだ、まだ何か……。
悩んでも悩んでも、先が……。諦めたくないけど……
こ、今回はこれで勘弁してあげましょう。
「……参りました」
「有難うございました」
投了した。ま、まー。結月さんも年下にあっさり抜かれたら立つ瀬がないだろうしー。
結月さんの立場を守るために負けてあげただけだから。
実質戦術的勝利と言ってもいいくらいだ。
決して、これは負け惜しみではない。
「もう一局しましょう。もう一局」
「いいですけど、持っている本を貸してください」
三間飛車の本を結月さんがぱらぱらとめくる。
「ここを読んでからにしましょう」
結月さんが指したページは、早石田の発展形『石田流』について書かれていた。
複雑だが、覚えておけば相手が早石田の対策を知っていても戦えるらしい。
読みたいけど、早く次をしたい。
負けたのが悔しいから、いや、負けてないけど。
「もう一局してから読」
ぐー
突然お腹から恥ずかしい音が鳴った。
お腹を手で隠すけど、鳴ったことは変わらない。
よりによって結月さんの前でこんなのまた。
お家帰りたい、お布団被りたい。こんなことならずんだ責めを受け入れるべきだった。
恥ずかしくて頬が熱くなる、いや、まだ結月さんに聞かれたと決まったわけじゃない。
「……聞こえました?」
「はい」
「嘘でも聞こえなかったと言うべきですよ?」
「聞こえたので」
「結月さんって本当に女の人なんです?」
「最近よく言われますね」
そう言うと結月さんは席を立った。
「どこ行くんですか?」
「行かないんですか?」
「え?」
結月さんが指差したのは、図書館に併設された喫茶店だった。
「イチゴと生クリーム、抹茶、チョコレートどれがいいんでしょうか?」
「好みだと思います」
家で食べるおやつどころか食事すらずんだ餅に浸食されつつある僕にとって、喫茶店のメニューは魅力的なものだった。
ダンジョンの宝箱を開け、名前しか分からない中身がどんなものかと想像する瞬間のように胸が躍る。
いや、踊る胸は僕には無いけど。
横の紫色と違って将来性があるから。
「イチゴと生クリームのパフェにします」
「私はコーヒーを」
席で店員さんに注文し、本をめくる。
「『石田流本組』、見た目が槍みたいですね。モンスターをハントするゲームでよく使います」
「そんなゲームがあるんですか」
「え?知らないんですか?」
「はい」
有名だから女性でも普通名前くらいは知ってると思うけど。
ってことはデジタルゲームは全然したことないのかな?
次に家に来てくれた時はそっちで勝負を挑んでみようかな。
あっさり勝てるかもしれない。
でも、将棋で負けたまま他のことで勝っても何か逃げな気がするしなー。
あ、パフェきた。甘い。冷たい。美味しい。
悔しさで熱くなった頭がひんやり冷えて気持ちがいい。
おやつはいつもずんだ餅だから、あまり食べない洋の甘さがとても新鮮。
頬が緩んでしまう。ふふん。
うん、テンションアップ。今ならいける。
「よし、もう一局です」
「はいはい」
「次は勝ちますよ」
「そうですか」
ふんっ。その余裕もここまでだ。
『石田流本組』という新たな武器を手にした僕は、試し斬りをしたくてうずうずしている。
RPGなら初めの町に一度帰って雑魚敵を切り裂きダメージを試すところだ。
今回はボスが目の前にいる。ボスの前に新武器入手、うん、勝利フラグ。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
さっきとは違い速攻せず、丁寧丁寧丁寧に駒組み。
数十手後、攻めの型『石田流本組』完成!
ここからは一気に攻める!
僕の攻めは、結月さんの王を詰ませるまで決して止まらない!
「お前らが止まんねぇ限り、その先に王はいるぞ……だからよ、止まるんじゃねぇぞ……」
「王を取られたら止まります」
「キボウノーハナー」
「大丈夫ですか?」
また負けた。僕の攻めはまたも受けきられ、綺麗に逆襲された。
前に対局したときや今日一戦目より内容は良くなってたと思うけど。
おーもーうーけーどー。
「店員さんすいません、チョコレートのパフェをください」
「食べきれるんですか?」
「平気です」
この悔しさはしばらく留まるところを知らない。
手加減とか年下相手だから負けてあげようとか、無表情な紫色さんは思わないのかな?
いや、そんなことされた方がムカつくけど。
あーもー悔しい、いつか僕が勝つから、今だけです。今だけ勝たせてあげましょう。
パフェの代金は結月さんが全部払ってくれた。
新しいゲームを買ったばかりでお財布の中身が寂しい僕にはすごく有難かった。
……いつか勝つときも少しは優しくしてあげましょう。
夕方。パフェがお腹に残って夕食を食べきれなかった僕はずん姉様に叱られてしまった。
ちっくしょう、ちっくしょう。
最後まで読んでいただき有難うございました。
運よくピックアップに選ばれていたせいか、前よりも多くの人にこのSSのことを知っていただいたようで、嬉しく思います。
驚くことに、そろそろUAが1000を越えるかもしれません。
当初の想像の百倍です。本当に有難うございます。
もし越えたら記念に何か、とも思いますけど何かの内容も思いつかず、どうしましょうか。
次話も投稿しますので、読んでいただけたら幸いです。