このままでは僕とイタコ姉様が危険だ。
誰だ、誰のせいだ。
……僕のせいか。
いや、違う。あの紫色のせいだ。
原因の一端は確かにあの紫色にある。
電話番号を聞いておいてよかった。
すぐに電話を掛けられる。
電話を掛けて数コール、よし、出た。
「結月さん、責任取ってください」
『唐突に何事ですか』
「ずん姉様に、僕がずんだ餅嫌になったって伝えたでしょう?」
『伝えましたね』
「ずん姉様に嫌なのって聞かれて、僕が大好きって答えてから、ずん姉様が嬉々としてずんだ餅作り続けてるんですけど」
『好きだと答えたからでしょう』
「昨日なんて『お餅はご飯の代わりで、ずんだ餡はおかずだから、ずんだ餅は夕ご飯だよね』とか言い出したんですよ?」
『彩りが寂しいですね』
「昨日の夕ご飯はずんだ餅、今日のお昼ご飯もずんだ餅だったんですよ?」
『今朝は違ったんですか』
「朝は僕が寝てたから食べてないだけです」
『そうでしたか』
「だから、責任を取ってください」
『私は何をすればいいんですか?』
「僕の家のご飯をずんだ餅以外に変えてください」
『分かりました。丁度いいですね』
電話が切られた。
何が丁度いいんだ。本当に分かったんだろうか。
何をするつもりなんだろうか。
色々不安だけど、分かりましたと言われたんだから待つしかない、かな。
10分後、ずん姉様の言葉で分かった。
「きりたーん、今日、ゆかりさんが家に来て夕ご飯作ってくれるから、お掃除するよー。手伝ってー」
そんなことになるとは思わなかった。
結月さんの行動を全く読めていなかった。
僕が結月さんに将棋で勝てない理由が分かった気がする。
外は雲が厚くて薄暗いけど、まだ16時過ぎ。
呼び鈴が鳴った。きっと結月さんだろう。
イタコ姉様は仕事でまだ帰っていないため、家にいる僕とずん姉様の二人で結月さんを迎え撃つ。
じゃない、お出迎えする。
僕の装備は和服。全体が若紫色で、飾りは裾の部分に菊の模様が入っている物。それに帯は薄紅。
家では普段ジャージ最高な僕も、今日ばかりは身なりを整えなければいけない。
今日の結月さんは、将棋で乗り越えなければいけない壁ではない。
僕とイタコ姉様の食事事情を救ってくださる女神様だからだ。
失礼のないようにしなければいけない。
壁って言葉は体形を差してるみたいだから今後はやめよう。
ずん姉様も和服。ずん姉様は今日も麗しい。昨日も麗しかったし明日も麗しいのは間違いない。
柔らかな黄緑色を基調とした着物に、全体に薄くひし形の模様が入っていて華やか。帯は淡い黄色。
丈が長いため、太ももが見えないのが不満だけど。
太ももが見えないのが大いに不満だけど。
やっぱりずん姉様は和服が似合う。
ずん姉様が引き戸を開けた先にいたのは、やはり結月さんだった。
いつも通りの無表情に、紫色の髪、か……細身な体系。
黒のTシャツ、いつもの紫色のパーカーに足を全部隠したジーンズ。
手に持っているのは青色のエコバッグ。
いつも通り着飾らないというか、地味。
僕達が和服なので、旅館の従業員とお客さんみたいでちょっと面白い。
「いらっしゃいませ。ゆかりさん、今日は有難うございます」
「こんにちは、結月さん。本当に有難うございます」
「お邪魔します。材料が余って困っていたので助かりました」
従業員らしく、荷物を受け取るために手を差し出す。
「有り難うございます。少し重たいかもしれないですが」
受け取ったエコバッグに入っていたのは、ひき肉、玉ねぎ、チーズと小さなパック牛乳。
何だろう。ひき肉ってことは、玉ねぎのそぼろ煮?
だけど、それならチーズも牛乳も使わないだろうし。
悩んでも出てこないや。
しかし、その前に気になることがあった。
「材料が余って、って何かあったんですか?」
「今日は親戚に料理を作る予定だったんですけど、その親戚に急用が入ったみたいで」
材料が余っていた、ということか。
丁度いいの理由が分かった。
ずん姉様はもう聞いていたようで、横で頷いている。
合点が行ったところでもう一個。
「何を作るんです?」
「ハンバーグです」
「私はあまり作ったことがないので、隣で勉強させてもらいますね」
ずん姉様が作るご飯を大別すると和食とずんだ餅だ。
洋食が入る隙間はない。
僕にとってハンバーグはアニメで見る程度。
見るたびに子供っぽいと思っていたけど、美味しそうに食べている描写を見て、食べたいとも思っていた。
結月さんが他人に料理を振る舞うことから考えても、下手な料理ではないだろう。
というか、上手な料理であってくれ。
『料理?お腹に入れば何でも一緒でしょう?』
とか言う種類の人間ではないと信じたい。
うん、きっと結月さんは料理上手だ。
「楽しみですね、でも」
結月さんに料理を作るような相手がいると思ってませんでした。なんて失礼だな。
表現を変えないと。
「結月さんって、ずん姉様以外に仲良い人いるんですね」
余計ひどくなった気がする。
「こら、きりたん」
「話す人なんて両手の指の数もいないので、そこまで間違ってはないですけどね」
やっぱりそうなのか。
あれ、でも、僕も他人のことは言えないな。
いや、というか僕が話す人って片手の指の数くらいじゃ……?
別に気にしてはいないけど、深く考えたくはない。
「そろそろ始めましょうか。ゆかりさん、厨房はこっちです」
「はい」
ずん姉様が会話を切って、ゆかりさんを厨房へと連れていく。
助かった。エコバッグだけ厨房に置いたら、僕は部屋に戻ってゲームしよう。
「あーもう。今絶対回避押したって」
画面に映っているのはドラゴンに轢かれた僕のキャラクター。
ため息を吐いても画面は正直者だから嘘をつかない。
これで倒されたのは3回目、ゲームオーバーになってしまった。
失敗で終わってしまうと、どっと疲れを意識してしまう。
気分転換にお茶を飲みに行こうかな。
ついでに二人の様子を見るとしよう。
僕の部屋を出て、廊下を歩き、居間への襖を開ける。
居間に入ると、焼けた玉ねぎの香ばしい匂いがした。
僕の家の厨房は居間と並んでいるため、居間へのドアを開ければ二人の様子が見える。
和服のずん姉様とTシャツの結月さんが並んで料理してる姿はちぐはぐで面白い。
二人ともエプロンを着けているようで、首と背中に紐が見える。
お茶を取りに冷蔵庫に近づくと、二人の話声が聞こえる。
「ずん子さん」
「はい、終わってますよー」
「ゆかりさん」
「これですか。はい」
何でそれで会話出来るんだ。
でも、順調みたいでよかった。
お茶を取るために冷蔵庫に近づくと、ずん姉様がこっちを見た。
「あ、きりたん。今からハンバーグ丸めるけど、一緒にする?」
ちょっと楽しいかもしれない。
どうせ部屋に戻ってもゲームを再開する気力はないし。
「やります」
厨房に高さを合わせるための僕専用の踏み台を持ってきて、手を洗う。
ずん姉様がお鍋の方に動いた。スープを作るみたいだ。
ハンバーグの成形はやったことがないので、横の結月さんを見て真似する。
楕円形を作って、上下にペタペタと動かす。
一つ終わらせるころには結月さんは2つ終わらせていた。
「慣れてますね」
「親戚がよく食べたがるので。あ、最後は真ん中を少し凹ませてください」
「分かりました」
よし、これは味にも期待出来るだろう。
まだ心に残っていた不安が少しずつ溶けていく。
「成形終わったので、帰りますね」
僕が2つ、結月さんが4つハンバーグの形を作ったところで、結月さんは唐突に宣言した。
「え?一緒に食べないんです?」
「作りに来ただけですから。イタコさんが戻られる、丁度いいときに焼いてください」
真面目というか融通が利かないというかなんというか。
僕としては、食べるときに作ってくれた結月さんがいないのは心苦しい。
それに食事を食べた後、一局くらい将棋する時間があるかもしれない。
そう考えると、引き止めたいところだけど。
ん、電話が鳴ってる。ずん姉様のスマホだ。
この音はメールかな?
「あ、イタコ姉さま、今日は仕事が長引いてしまって、夕ご飯は食べて帰ってくるそうです」
「では、残しておいて明日にでも」
「ん、いきなり雨降りだしましたね。凄い音。これは帰れそうにないですね」
「……家族の場を邪魔するわけにもいかないので」
「きりたん、今日はイタコ姉さまがいなくてちょっと寂しいね」
「本当ですね。二人きりは珍しいですし」
「……私もここで食べて行ってもいいですか?」
観念した結月さんに、僕とずん姉様は同時に答えた。
「はい、喜んで」
ハンバーグの成形が終わって、僕が出来る仕事が無くなってしまったため、部屋に戻った。
ゲームを再開し、さっきのドラゴンに再戦を挑む。
しかし、料理の完成が楽しみだ。
まだ時間はあるのに生唾が湧いてきて、膝がそわそわと動いてしまう。
どんな味なんだろう?美味しいんだろうか?
そういえば、ハンバーグは昔食べたような気がする。
いつだったけな。
「あ」
僕のキャラクターはドラゴンに轢かれた。
「きりたーん」
ゲームを続ける気力が絶えてごろごろしていたら、ずん姉様の声。
キタ━━(゚∀゚)━━ッ!!
居間に急いで戻ると、お肉が美味しそうに焼けた香り。
座卓の上には、ご飯、チーズとケチャップが載ったハンバーグに、レタスとトマトのサラダ、玉ねぎのスープ。
いつもの食卓には並ばない洋食の珍しさ、それにずんだ責めから解放された喜びが合わさり最強に見える。感情に浸っている場合ではない。
ずん姉様も結月さんも、正座して待っている。
僕も急いで座り、手を合わせる。
「きりたん、いい?」
「はーい」
「じゃあ、ゆかりさん有り難うございます、そして」
3人皆手を合わせ、声を合わせて食事前の礼をする。
「いただきます」
早速ハンバーグに箸を伸ばす。
小さく切って、おお、肉汁が溢れてくる。
これってテレビの中だけじゃないんだ。
たまらない、急いで口に運ぶ。
うん、美味しい。玉ねぎの食感とお肉の食感が合わさって口の中が楽しいし。
こういうのでいいんだこういうので。
結月さんはいつも通り無表情だけど、ずん姉様は笑顔で美味しそうに食べている。
ずん姉様の写真を撮って額縁に入れて飾りたいけれど、結月さんがいるので我慢しよう。
お箸を動かす腕が止まらない。
「うーん。美味しいね。きりたんも?」
「はい、美味しいです」
「口に合ってよかったです」
「勉強になりました……そうだ、今度から時々一緒に料理しませんか?」
ずん姉様からの提案。
結月さんが料理を作る、つまりその日はいつもとは違う食卓になる。
そして将棋を挑む機会にもなるだろう。
つまり乗るしかない。この波に。
「そうしましょう。そうしましょう」
「食事を何度もお邪魔するわけにはいきませんから」
「私がいつもご飯作ってるので大丈夫です」
「ずん姉様いつも一人で作ってますからね」
「きりたんはたまには手伝ってもいいんだよ?」
「ごめんなさい」
「……こういう機会があればまた来ますよ」
行けたら行く、みたいな断り方のように思えるけど、本当に来てくれるんだろうか。
「うーん、でもちょっと悔しいです。きりたん美味しそうに食べてて」
「普段食べないから珍しいだけでしょう」
このハンバーグの美味しさは珍しいだけじゃないと思うけど。
言った通り、余程作り慣れてるんだろう。
なんて言葉にする口がもったいない。
今は食べるのに集中したい。
ずん姉様も同じ気持ちだったのか、それからは3人とも、静かに食べ続けた。
3人皆手を合わせ空いたお皿に礼をする。
「ご馳走様でした」
「美味しかったです。勉強になりました」
「美味しかったですよ。有難うございました」
ずん姉様と僕は続けて結月さんに礼をする。
「……いえ、では、後片付けしましょうか」
「いえ、それは私がやります。そこまでしてもらうわけにはいきません」
「でも、まだ雨降ってるみたいで帰れないんですよね」
「そうですね……きりたん、将棋の相手をしてもらったら?」
「いいんです?」
「私は構いませんが」
「ふふふ、予定よりも少し早いですが、雪辱を果たす機会が来たようですね」
前回の敗因を防御の脆さにあると考えた僕は、先週借りた本を読み進め、防御の『銀冠』を習得した。
攻撃の『石田流本組』と相性がよく、しかも防御力も高い。
それに、2つ合わさると、駒の形が、左手には槍を、右手には盾を構えるような形になり、格好もよい。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
先手をもらって対局開始。
たかだか攻め一つ、銀冠で押し出してやる!
「銀冠は伊達でした……」
途中まではいい勝負だと思っていた。思っていたのだけど、
「雨が止みそうですね」
急に結月さんが呟いたかと思えば、猛攻を開始し、僕の銀冠は綺麗に砕かれてしまった。
形と組み方は分かるにしても、そこからの実戦経験が足りなかったかな……。
「有難うございました」
「有難うございました」
「も、もう一局」
「すいません。家に帰って勉強しなければいけなくて」
そういえばテストが近いんだっけか。
ずん姉様も最近は部屋に籠って熱心に勉強している。
悔しいけど、それは邪魔するわけにはいかない。
「試験勉強、大変ですね」
「ずん子さんが手を抜いてくれると、少し大変じゃなくなるんですけどね」
「私もゆかりさんが手を抜いてくれると助かるんですが」
「ずん姉様、いつの間に」
「雨が止んだみたいなので、知らせにきたんですよ」
「私は手を抜けなさそうですね。止みましたか。有難うございます」
「私も勉強が大変ですよ。いえいえ、今日は夕食のご馳走、本当に有難うございます」
敵対心を出しながらお礼を言いあう姿は奇妙だけど、不思議と違和感はない。
結月さんは、来たときより大分軽くなった荷物を手に立ち上がり、玄関へ向かう。
僕とずん姉様もそれに続いた。
靴を履いて帰る間際、玄関でずん姉様が大きな封筒をゆかりさんに渡した。
「はい、これどうぞ」
「何が入ってるんです?」
「私たちの教科担当の先生方が作った中間試験の過去問です」
「よくそんなの手に入りましたね。でも、いいんですか?私が貰ってしまって」
「ええ、きりたん嬉しそうでしたから」
「そうですか。なら有難く使わせていただきます」
「今日はハンバーグ有り難うございました」
「いえ、では、また」
「はい、また学校で」
「次は勝ちますからね」
頭を下げる結月さんに、僕とずん姉様も頭を下げ返す。
頭を上げ、引き戸を開けて帰っていく結月さんを、僕たちは姿が見えなくなるまで見送った。
結月さんの姿が見えなくなった後。
「はぁぁ。渡さないほうが良かったかなー。今度こそは首位を取りたいのにー」
ずん姉様が盛大なため息と言葉を吐き出した。
「頑張ってください!ずん姉様!僕、家事のお手伝いします!」
「ふふふ。有難う。あ、明日のずんだ餅、半殺しと全殺しどっちがいい?」
しまった。忘れてた。
ちっくしょう。そういえば根本的には全く解決してないじゃん!
「もー」
せっかく今日はゆかりお姉ちゃんがハンバーグを作ってくれる予定だったのに。
突然、挨拶に出ろ、だなんて。
テスト前で、今日を逃したらしばらく駄目だろうし。
残念、本当に残念……
ん、スマホにメール?
「あ、ゆかりお姉ちゃんからだ」
本文は、今日は残念でしたね。の一言。と写真が一枚。
ゆかりお姉ちゃんのハンバーグの写真!
見ただけで思わずよだれが垂れてしまいそう。
有り難うゆかりお姉ちゃん!
急いで返事を打ち始める。
……でも。
「写真からハンバーグ出てきてくれないかなー」
余計に食べたくなってしまってお腹を押さえた。
最後まで読んでいただき有難うございました。
いつの間にか、お気に入りに入れていただけた方も50人を超えていました。
点数を入れてくれた方もいらっしゃって、嬉しい限りです。
次を書く楽しみになっています。
本当に有難うございます。
また次回も読んでいただけると有難いです。