ゆかりちゃんが風邪で学校を休んだ。
お見舞いに行こうとずんちゃんを誘ったけれど、今日はどうしても駄目らしい。
クラスにはゆかりちゃんと仲いい人他にいないし、私一人で行こうかな。
ん。
帰り道でもう一人誘えそうな子を発見。
膝まで伸びる白い三つ編みが二つ、あかりちゃんだ。
丁度帰る時間が同じくらいだったらしい。
後ろ姿に意味もなく悪戯心が芽生えた。
気づかれないよう静かに近付いて、両肩に手を勢いよく置きながら、大きな声を上げる。
「わっ!」
悲鳴が響き渡った。綺麗な高音だった。
怯えた表情をしながら振り返ったあかりちゃん。
罪悪感で心が潰れそうな私は、勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。つい出来心だったんです」
「つ、弦巻先輩。い、いえ、す、すいません、驚いてしまって」
「本当にごめんなさい。それと、こんなときになんですが、ゆかりちゃんのお見舞いに行きませんか」
「ふ、普段通り話してください。え?ゆかりお姉ちゃんです?」
「ごめんよ……うん。ゆかりちゃん、風邪引いて、学校休んじゃってて」
「大丈夫なんでしょうか?昔からよく風邪引いてましたし……。それに、一人暮らしですし、心細いんじゃ」
余程心配なのだろう、そわそわと体を揺らしながら、視線が落ち着きなく動いている。
私と同じ気持ちなんだろう。よく分かる。
「じゃあ、一緒に行こう。ちょっと待ってね」
ゆかりちゃんにメールを送る。
題に、風邪大丈夫?
本文に、あかりちゃんとお見舞い行こうか話してたんだけど
出来上がり。送信。
眠っているところを邪魔しないか少し不安だったけど、大丈夫だったみたい。
すぐに電話がかかってきた。
『もしもし、弦巻さんですか』
「やっほー。ゆかりちゃん、風邪大丈夫?」
『今は落ち着きました』
「本当?何かいるものとかない?」
『飲み物があれば助かります』
「りょーかーい。じゃあ、あかりちゃんと行くよ」
『有難うございます。あかりが余計に買いすぎないように見ていてください』
「ん?分かった。あ、ちょっとだけ変わるよ。あかりちゃん、今は落ち着いたんだって」
不安そうに私を見ていたあかりちゃんに携帯を渡す。
いくつか言葉を交わしても、表情はそのままだ。
直接会って、安心できるといいんだけど。
話が一段落したようで携帯を。
『では、すいません、お願いします』
「いいよー。じゃあ、また後でね」
電話を切る。
普段のように話せていたし、風邪が落ち着いたは本当だろう、少し安心。
でも、まだ油断してはいけない、準備が必要だ。
「飲み物欲しいんだって。この近くお店あったっけ?」
「あ、ゆかりお姉ちゃんの部屋の近くにスーパーありますよ」
「じゃあ、そこにしようか」
スーパーに向かう私達の足は、自然に早くなった。
スーパーで、飲み物は何箱買いましょうか、多めの方が安心でしょうか、あかりちゃんは心配そうに聞いてきた。
何箱も買ったら持ちきれないと説得しながらスポーツドリンクを二本と小さなものをいくつか買って、私達はゆかりちゃんの家に足を向けた。
少し年季の入った二階建てのアパート。
二階の一番奥の部屋にゆかりちゃんは住んでいる。
メールを送って到着を知らせると、すぐに返事が帰ってきた。
鍵は開いてるから勝手に入っていいらしい。
ドアを開け、お邪魔しますと声をかけ、私達は部屋に入る。
キッチンを横に見ながら廊下を歩き、ドアを開けると、テーブルでゆかりちゃんが勉強していた。
だぼっとした薄紫のパジャマを着ていて、顔はいつも通りの無表情。
もう風邪は大丈夫なのかな。
ゆかりちゃんは滅多に無表情を崩さないから、見た目で判断が出来ないのが難しい。
「はろー、ゆかりちゃん。起きてて大丈夫なの?」
「ね、寝ないと、悪くなってしまいますよ」
「お出迎え出来ずにすいません、風邪は大丈夫ですよ」
「本当?」
ゆかりちゃんの額に手を当てると、熱がじんわりと伝わってきた。
「微熱あるみたいだし、寝ておいた方がいいよ」
「大丈夫ですよ」
「むー……」
あかりちゃんは不満そうに唸ってゆかりちゃんの袖を掴んだ。
まだ治ってないなら寝るべきだと思います、そう言いたそうだ。
うーん。お節介かもしれないけれど、まだ治りきってないのに動いてるの心配だし。
「あかりちゃん、ベッドに連れていってあげて」
「寝ていましょう」
「……。分かりました」
勉強を続けようとする腕をぐいぐいと引っ張られ、ゆかりちゃんは抵抗を諦めてベッドに向かった。
「今日何か食べた?」
「……そういえば、何も食べてませんね」
「ちゃんと食べて、お薬飲まないと駄目ですよ」
「じゃあ、私作ろうか。台所借りるよ」
「悪いですしわた」
「駄目。ゆかりちゃんはお姫様みたいに待ってて。あかりちゃん、動かないように見てて」
「はい」
私はゆかりちゃんの言葉を遮った。
ゆかりちゃんは、体調が悪くても自分で解決しようとする。
これだからお見舞いに来て良かった。
ドアを開け、キッチンに入る。
スーパーの袋からうどんと卵を出して、他は冷蔵庫に納める。
念のため買っておいて良かった。
お鍋にお湯を沸かし、うどんをゆでつつ、卵を投入。
卵は半熟がいいらしいから、時間を合わせて。
めんつゆ、お醤油、みりんで味をつけて、うどんつゆを作る。
小皿に取って味見、うん、大丈夫。
完成。半熟月見うどん。
ベッドの端に手をついて、弦巻先輩に言われた通りゆかりお姉ちゃんを見る。
何より目を引くのは、曇りのない綺麗な紫色の瞳。
深く光を秘めていて本当に綺麗。
じっと見ていたら、瞳がこっちを向いて、目があった。
何だか恥ずかしくなって目を逸らす。
「あかり、どうしたんですか?」
「……み、見ててって言われたので」
「動きませんから、大丈夫ですよ」
目を離したらまた勉強に戻るんじゃないかと不安になってしまう。
風邪引いたときは休めばいいのに。それに
「……何で私に知らせてくれないんですか?」
「試験前ですから、邪魔したくなかったんですよ」
納得いかない。私にとっては試験よりゆかりちゃんお姉ちゃんが大事だ。
例え試験の日でも、ゆかりお姉ちゃんが病気になったら、迷わず会いに来る。
こんなに心配なんだから、少しくらい気持ちを、そっか、だから知らせてくれないんだ……。
「むー。じゃあ、試験前じゃなかったら知らせてくれるんですか?」
「そのときは頼りますよ」
「本当ですか?」
「本当です」
どうにも信じきれなくて目をじっと見てると、今度はゆかりお姉ちゃんが目を逸らした。
部屋に戻ると、ベッドに寝ているゆかりちゃんを、あかりちゃんが一心不乱に凝視していた。
ゆかりちゃんはその視線に耐えられないようで顔を背けている。
確かに見ててと言ったけれど、そこまで見てるとは思ってなかった。
「ほい、おうどん出来たよ。食べられる分だけ食べて、無理しないようにね」
丼をテーブルに置くと、つゆのいい香りがふわっと昇る。
「有難うございます。あかり、少しずれて」
「はい。おうどん熱そうなので、気をつけてください」
ベッドから降りたゆかりちゃんは、手を合わせ礼をしてから、うどんに箸をつけた。
やっぱりお腹すいてたようで、いつもより早いペースで食べていく
「うん、食欲はあるみたいだね、よかったよかった」
「寝て起きてを繰り返してると、ご飯食べるの忘れてしまいますね」
「……お見舞いに来てなかったらどうしてたんですか」
「限界が来る前には何か食べますよ」
「限界って何日くらい食べないこと?」
「1週間くらいでしょうか」
冗談に聞こえないし、多分冗談で言ってない。
あかりちゃんも心配する気持ちがよく分かる。
放っておいたら何が起こるのか分からない。
本当にお見舞いに来て良かった。
「ご馳走様でした」
手を合わせて礼をするゆかりちゃん。
見事に完食、よきかなよきかな。
「美味しかった?」
「ええ、有難うございました」
「お薬飲まないと」
病院のお薬とお水を渡すあかりちゃん。
食べきった姿を見て安心したのだろう、その表情は大分和らいでいる。
ぐぅ。
突然お腹の音が聞こえた。
あかりちゃんが音の主だった。
緊張が溶けたのと、食べ物の匂いが合わさって耐えられなくなったらしい。
顔を赤くしてふるふる震えだした。
「林檎ありますよ」
「……空耳です」
信じてあげたいと思いはするけれど、さすがに無理があると思う。
「あ、じゃあ包丁借りるね」
「あかり、空腹なら言いなさい。弦巻さんは包丁駄目です。私がやります」
「……聞き間違えです」
あかりちゃんは、ゆかりちゃんの裾を掴んで顔を真下に向けて声を絞り出している。
風邪と知ってからはそれどころじゃなかったんだから仕方ないと思うけれど、だからと言って恥ずかしくないわけがないし。
気持ちは分かる。
傷が広がりそうだから言わないけど。
「えー?何で私駄目なの?」
「弦巻さんギター弾くじゃないですか。指は大事にしてください」
「……。普段指曲げるくせに」
嬉しくて不覚にも言葉が詰まってしまった。
「じゃ、じゃあ私が」
「あかりは駄目です」
問答無用で端的だった。刃物を扱わせるつもりはないらしい。
うーん。ゆかりちゃんは一度決めたら頑固だし、言い合いで体力を使わせたくない。
林檎を剥くくらいなら大丈夫かな。
洗った林檎と果物ナイフとお皿を持ってきて、林檎とナイフを渡してお皿をテーブルの上に置く。
ゆかりちゃんはナイフを林檎のヘタの周りに差し込んで、一回り。
下側も同じようにヘタだけとって、林檎を八つに分けて、種を落す。
あんまり見ない剥き方だ。普通先に皮を剥くと思うけど。
その後、皮を二つとがらせる形に切り取って、兎の耳の形を作った。なるほど、飾り切りだったか。可愛らしい。
器用だな、ゆかりちゃん。空中でさっと作るとは。
お皿に円上に並べて、あかりちゃんにお皿を差し出した。
「剥けましたよ」
「有難うございます。……兎さんですね」
「兎じゃないほうが良かったですか?」
「……いえ、これでいいです」
あかりちゃんは明るいと暗いが混じった複雑な表情をしている。
多分、気を使って貰ったのは嬉しいんだろうけど、子供扱いされてるみたいで嫌なんだろうな。
でも、口に含んで笑顔になった。林檎の甘さには勝てなかったらしい。
「はい、弦巻さんも」
「有難う」
お皿から一個受け取って口に運ぶ。
5月の林檎って旬が外れてるんじゃないかとも思ったけど甘い。
私が知らないだけで、そういう品種もあるんだろうか。
「美味しいね」
「良かったです。この間ずん子さんから頂いたんですよ」
ゆかりちゃんも口に運ぶ。
相変わらず表情は変わらないけど、悪くはないらしい。
ずんちゃん、ずんだ餅以外も他人に勧めるんだ、って驚いたのは内緒にしよう。
「食べたら、ゆっくり寝ないと。頭寒足熱だよ。はい氷枕」
「有難うございます」
冷えた氷枕を渡し、温くなった方をもらう。
本当は足を温めるゆたんぽとかあったらいいんだろうけど、持ってないらしい。
なら、毛布を上から、と探そうとすると、ベッドに入ったゆかりちゃんの足を、あかりちゃんが掛布団の上からぎゅっと抱きしめた。
「あかり?」
「足熱です」
「……ずっとそうしてるつもりです?」
「卵暖めてる鳥みたい」
微笑ましさに笑った。
「じゃあ、そろそろ帰らないとかな。ゆかりちゃん、アイスとゼリー冷蔵庫に入れてるから、気が向いたら食べてね」
私達がいたら気を使ってしまうだろうし、あまり長くいると悪いだろう。
「二人とも助かりました」
「……まだ看病、必要じゃないです?」
一人暮らしで誰も助けてくれる人がいない場所に、病人、しかも親しい人を置いて帰りづらいのだろう。
あかりちゃんが不安気にそわそわしだした。
「私は大丈夫です。それに風邪移すと悪いですから」
「むー……」
「まーまー。ゆかりちゃん、もう寝るだけだよね?大丈夫だよ。でも、体調悪くなったら連絡してね。いつでも飛んでくるから」
「……私でもいいですよ?すぐ来ますから」
「……そのときはお願いしますね」
絶対言わないやつじゃん。
明日も学校来なかったらまたお見舞い来ようかな。
「じゃあ、お大事にー」
「必ず呼んでくださいね?」
「はい。また」
まだ不安そうなあかりちゃんの背中を押し、家を出た。
数歩進んではドアの方振り返り、また数歩進んでは振り返りを繰り返すあかりちゃん。
小さな背中に回って、肩に両手をゆっくり置く。
「大丈夫だよ。あれだけ言ったし。それに、あかりちゃんに風邪引いて欲しくないんだよ」
返事は帰ってこない。
「すぐに治るよ。明日にでも電話したらいいんじゃないかな?きっと元気になってるよ」
「……分かりました」
「よしよし、じゃあ、帰って勉強かな?中等部もそろろ試験だよね」
「はい、もうすぐです」
「頑張れー。私も勉強しないとな、ところで、ずん子さんって名前今日出たでしょ?」
「はい」
「その子、この間、お弁当箱開けたら中身全部ずんだ餅だったよ。凄くない?」
「それは……凄いですね」
よし、小さいながらも笑ってくれた。
ベッドに寝ていた結月ゆかりは、勉強道具を見て、上体を起こした。
しかし二人が去ったドアを見て、一つため息をついて再び横になり眼をつむった。
「ただいまー。ごめんね、きりたん、すぐご飯作るか……何してるの?」
「聞いてくださいずん姉様、スマホの将棋クソゲーです。僕が勝ってたのに、相手の意味がない王手連打で僕の時間切れ敗けですよ。クソゲーですよ」
「こら、女の子が下品な言葉使わないの」
「だってー」
「だってじゃありません。けど、ゆかりさんにリベンジするために頑張ってるんだね」
「そうなんですよ。試験の後くらいにいらっしゃるんですよね?」
「うん、誘うつもり、あ、でも」
「でも?」
「私が試験で負けちゃったら、しばらくは呼べないかな」
「……頑張ってください」
最後まで読んでいただき有り難うございました。
いつの間にか2000UAを突破し、さらに今回は、感想までいただけて、嬉しくて飛び上がりました。
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