日本国をエリア11とは呼ばせない   作:チェリオ

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第10話 「東京決戦 前編」

 神聖ブリタニア帝国 第三次侵攻軍本隊――――トウキョウ侵攻作戦開始。

 

 

 まるで濁流のような勢いで千葉県よりブリタニア軍が突き進む。

 三個大隊――つまり180機ものグラスゴーが機動力を活かして防衛線を突破しようとする様子は日本軍からして恐怖の対象でしかなかった。

 同時にブリタニア空軍と日本空軍がトウキョウ上空でドッグファイトを開始。

 地上からの対空射撃も相まってブリタニアが制空権を取るには時間が掛かる。が、もはやそれは問題ではない。

 

 なにせ防衛線を展開していた装甲車部隊や戦車部隊を悉く蹴散らし、ブリタニア勢力は江戸川区を突破して千代田区や文京区に差し迫っている。対空射撃している事から射線で何処から撃っているかは特定出来、あとはナイトメア隊が対空兵器を破壊すれば制空権はブリタニア優勢となり、短い時間で奪えるだろう。

 

 そうなれば空爆にて重要拠点を破壊し、支援攻撃で前線を崩すことなど訳ない。

 

 クロヴィスは散々やられたにも関わらず甘く見てしまったのだ。

 結果はすぐにでも現れた…。

 

 

 

 

 

 日本軍東京防衛線総司令部。

 狭い室内を多くの兵士が詰めて逐次変化する戦場に対応しようと働き続けていた。

 中央には東京の地図に現状の配置図や敵の目撃情報を元にした戦術データマップが映し出されている。

 

 その中で一人、本を片手に面倒臭そうにしている男が居る。

 日本陸軍所属、枢木 白虎准将。

 役柄は東京防衛総責任者兼対ブリタニア総司令官となっているにも関わらず、その眼にはやる気は一切見られない。かと言って諦めている訳でもない。

 ただただ眠たいのだ。

 この東京決戦の準備を進めてきた為にここ二日寝不足で、疲れ切っている。趣味である読書でもすれば目が覚めるかと思ったが余計に眠りそうだ。

 白虎の状態など気にしていられない兵士達は次々と指示を求める。

 

 「准将!敵がD-25区域に入りました」

 「爆破しろ」

 

 歩兵部隊と装甲車部隊を引き連れたグラスゴー二個小隊が、下より響いた爆発音を計測すると同時に足元がひび割れ、逃げ惑う暇すらなく崩れた地面と共に落ちて行った。

 

 「大通りにて敵大部隊の行進を確認!ご指示を」

 「予定通りビルを倒せ。請求書なんて気にすんな。どうせ全部ブリタニアのせいって発表するんだ」

 

 八車線もある大通りを進軍する戦車大隊を中心とした大部隊が、基礎部分を爆破されて倒壊してくるビル群の下敷きとなって爆散する。倒れた衝撃で覆うほどの煙が上がり、救出しようにも撤退しようにも視界が悪すぎて生き延びた将兵は立ち尽くすしかなかった。

 

 「B-27にてナイトメアを捕捉。高所を使って移動しているようです」

 「あっそ。ナイトメアを狙わずハーケンを打ち付けた建物へ攻撃。虫よけスプレー直撃した羽虫のごとく落ちていくから」

 

 急に撃ち込んでいたハーケンごとビルの壁が破壊され、パイロット全員がラウンズ並みの反応も出来る訳もなく、フロートシステムなんてないこの時代のナイトメアでは高所より地面に叩きつけられ、機体と共にパイロットもへしゃげてしまう。

 

 「アンブッシュにナイトメア部隊!!」

 「照明弾発射。どうせ動けんだろうから落ち着いて対処させろ」

 

 夜の闇夜に乗じての侵攻の為に暗闇でも見えるようにしていた為に、眩しい光を発する照明弾の光はモニターを見つめていたグラスゴーのパイロットの目を潰す。待機していた歩兵が駆けだし、足に爆弾を設置。爆破して転倒したところでコクピットにグレネードか軽機関銃をぶっぱする。

 

 「第19歩兵小隊が敵ナイトメアを捕縛!パイロットもです!!」

 「おぉ、そりゃあ好都合。そのナイトメアを最優先でマル秘倉庫へ移させろ。パイロットに何としても機体の暗証番号を吐かせろ。手段は選ばず自由にやれ。ただし殺すな」

 「各奇襲隊が命令を待っています」

 「指示を出してやれ。ただしヒット&アウェイな。撃ったらとっとと逃げ帰れと言っといて」

 

 まさに破竹の勢いだ。

 数の差など気にも留めない電光石火の働きに兵士達の表情には希望で満ち溢れていた。

 ただ一人……白虎を除いてだが。

 

 「如何なさいましたか准将」

 「呆気なさ過ぎる。こんなもんかブリタニアは?」

 「ははは、向こうは戦を知らぬ皇族が大将。しかも将軍は文官出と聞いております。我らが軍神殿と戦えばこうなるでしょう」

 

 陽気に笑う佐官の階級章をぶら下げた男の言に多少苛立ちを募らせる。

 確かにその二人なら負ける気はしない。

 

 なにせここはこちらが決戦に選んだフィールドだ。

 日本人は昔から創意工夫を凝らして来た。

 こんな狭い島国で多くの人民が生活するのであればそれは必須だった。

 外国に比べて家を小さく、物も出来る限り小型化し、空いたスペースを有効に活用しようと建物は横ではなく上へと伸びる。また足元も然り。

 

 使える物、使えそうな物。

 なんだって使うさ。

 

 東京は日本の首都。

 小さな島国内で多くの人が詰め寄せている。

 建物は自ずと上へ上へと伸び、足りなくなったスペースを求めて地下も有効に使われる。

 移動手段として使用される電車は地上だけでなく地下を走る。

 今や東京の地下は蜘蛛の巣のように地下鉄の路線が引かれている。

 

 ――ビルを崩して潰せ。

 

 ――地下鉄上部を爆破して空けられた線路の空間に落としてしまえ。

 

 ――蜘蛛の巣上に引かれた線路を利用し、いたる所に作られた出入口を使用して背後をとれ。

 

 こんな仕掛けに富んだ場所など早々ないだろう。

 有効活用する為に準備も怠らなかった。爆弾の配置を考え、奇襲戦闘に特化した特技兵部隊の設立。

 準備には怠りはない。

 追い返せるだけの自信はある。

 

 が、こんなものがブリタニアの本気の侵攻である筈がない。

 第三次侵攻軍には第二次に引き続きコーネリアが目撃されている。

 あの猛将が居てどこも苦戦していないなんて可笑しい。

 

 杞憂であれば嬉しいのだが…。

 険しい表情のまま白虎は地図に視線を落とす。

 

 

 

 

 

 クロヴィスは震えていた。

 トウキョウ侵攻では大丈夫ですと周りが口々に言っていたし、これだけの大軍で負ける筈はないと思い込んでいた。

 なのにこの様は何なのだ…。

 

 「エルデガルド隊通信途絶!」

 「敵の奇襲を受けたとウィッチャー隊より報告が!」

 「ゲルデ戦車大隊が壊滅したとの報告が……」

 

 入って来るのは劣勢に陥っているという報告ばかり。

 このままでは敗北してしまう。

 だからと言って起死回生の一手など打てるはずもなくただ怒りを口に出すことしか出来ない。

 

 「バトレー!!これはどういうことだ!!」

 「は、ハッ…いえ、想定外の事態でして…」

 「言い訳はいらない!私が欲しいのは戦果だ!このままでは私は…」

 

 『こちらエリアル隊。敵が使用している地下への入り口を発見。これより内部に突入致します』

 

 その報告に一同が騒めいた。

 待ってましたと言わんばかりにバトレーが通信機器に飛びつく。

 

 「良し!そこは敵の急所だ。地下網さえ破壊できれば奴らの抵抗は極端に減少する。気を引き締めて行くのだぞ!!」

 『イエス・マイ・ロー……ん?あれは…』

 

 通信に響くような発砲音が割り込むと通信が切れた。

 切ったのではなく切れた。

 再度通信を試みるも繋がる筈の回線は一向に開かない。

 

 「つ、通信途絶…」

 「偵察隊を編成し送り込むんだ!状況を知らなくては」

 

 急遽付近に居たナイトメア部隊一個小隊と歩兵部隊を集めて偵察隊を組んでいる様子を眺めながら、クロヴィスはがっくりと肩を落とす。散々な戦果の前に気落ちし、湧いた様な事態に大きく期待を膨らませた。それが一瞬で費やされたのだ。絶望感は期待する前の比ではなかった…。

 送り出した偵察隊の報告だと地下道には対ナイトメアフレーム用を目的とされた多脚砲台が目撃された。

 大型の砲塔に修復、もしくは鹵獲したグラスゴーを脚のように接続した新型兵器。

 脚部を務める六機ものグラスゴーには接続部の反対側にリニアキャノン。大型砲塔は超電磁式榴散弾重砲をメインに近接戦用に機銃を一門取り付けてあった。

 

 この多脚砲台は原作に登場した日本解放戦線が使用していた多脚砲台【雷光】を白虎の指揮の下で再現した兵器だ。

 ただ現時点の技術力と研究時間の無さから本来の超電磁式榴散弾重砲よりも肥大化してしまい、脚部に接続するグラスゴーの数が四機から八機へ増え、システム上の関係から搭乗者も二人から四人へと増えた。重量も増えたために移動速度も落ちたと未だ欠陥を多く持ち合わせているが、狭い地下道内での使用であればなんら問題はない。

 寧ろ、ナイトメアフレームを初めて実戦に使用して数か月しか経たないというのに、すでに対ナイトメアフレーム用の改修兵器や代用兵器ではなく新兵器を導入してきた日本にブリタニア上層部は感心し、恐怖した。

 

 偵察隊は見た目の報告をするや否や超電磁式榴散弾重砲の餌食となり歩兵部隊と共に消滅した。

 他にも発見された地下道への入り口には同型が配備され、突破は不可能。

 今から思えば大半の入り口は潰して使用できなくしているのに、隠蔽もなく入り口を晒していた事自体が罠だったのだ。

 

 さらに増える被害状況にバトレーは必死に打開策を練ろうとするがもはやクロヴィスを含んだ大半の参謀将校の心は折れ、撤退の二文字が頭を過っていた…。

 

 通信用のモニターの一つがぼんやりと光を灯し、声が静まりかけた司令部に届く。

 

 『聞こえているかなクロヴィス。状況を教えてくれるかな』

 

 そこには笑みを浮かべ、ソファに腰かけた兄上――シュナイゼル・エル・ブリタニアが映し出されていた。

 本国との通信回線が安定した事。

 交渉だけでなく戦ごとにも精通した最も危険な男が参戦するのだ。

 日本にとっては悪夢であってもブリタニアにとっては希望そのものである。

 

 

 

 

 

 

 「クッ、あっはっはっはっはっ」

 「准将!?」

 

 司令部にて枢木 白虎は大声を上げて笑っていた。

 …いや、笑うしかないという方が正しいか。

 

 急にブリタニア軍の動きが変わった。

 こちらの奇襲などにも瞬時に対抗してくる手腕からして指揮官が代わったのだろう。

 作戦がすべて通用しない訳ではない。

 未だ雷光の試作機相手には突破法を見つけられていないし、トラップや奇襲も通じる。が、小さな作戦に出来た小さな穴やミスがあれば必ずしも巻き返される。小さな反撃が重なり、いつの間にか大局的に見て押され返されている。局地的に勝てても大局で勝てなければ無意味だ。

 

 無論、諦めた訳ではない。

 最悪この命が尽きようとも抗う事は止めはしない。

 だってそうしないとスザクに合わせる顔がないしな。

 

 笑いに笑った白虎は指揮を飛ばす。

 全体を見直し、大小問わずに作戦はすべて組み立て直す。

 誘いや搦め手も取り入れ戦場を変化させ、戦場を回し始める。

 すぐさまそれに対応しながらも攻めも行う敵指揮官。

 

 汗を流しながら指示を飛ばしているとマップの先に薄っすらと手が見えた。

 当たり前だがそこには誰も居ないし、マップの上に手をかざして白虎の邪魔になるようなことをする者はいない。

 

 居ない筈の誰かの手。

 

 幻影より発生し、白虎にしか見えないイメージがコトリとマップ上にチェスの駒を置く。

 対して白虎は相手の駒を無力化するよう指示を出す。

 

 戦況は一時的に立て直したがまた押し返される。

 一退一進の攻防戦。

 マップ上にはチェスと将棋の駒が乱立し、相手の手が実態を帯びて見えてくる。

 白い手袋をつけ、優雅に涼し気な笑みを浮かべる青年…。

 

 あぁ…。

 

 小さな声を漏らした。

 自身は天狗になっていたのだなと思った。

 

 軍神なんて呼び名は嫌っていた。

 敵には目標とされ、味方には戦果を期待される。

 そう思って嫌っていた。

 

 だというのに俺は知らず知らずに思い上がっていたのだろう。

 今まで作戦がすべて上手く行っていた。

 軍神と謳われるほど俺は優れている。

 知識があるから幾らでもやりようがある。

 

 ――愚かだ。

 俺はただ知識があり、幾つもの幸運に恵まれた普通の人間なのにな。

 だからこうして規格外の化け物相手正面から挑んで負けているんだ。

 もっと謙虚にするべきだったか…。

 

 「馬鹿だな俺は…」

 「准将、次の指揮を!このままでは日本は…」

 「藤堂中佐は間に合わずか。―――なら、撤退だ」

 「ハッ…はぁあ?」

 「全軍に撤退命令。我々は東京を放棄する!」

 「そんな!我々はまだ勝てます!准将だって健在ではないですか!?」

 「逆転の一手もあったのだが間に合わない。よって後の者達につなげる為に撤退して余力を残す!全部隊を成田へと移せ。あそこなら追撃されても早々落とされない」

 「撤退………誰か最優先で准将に車を用意しろ!ここの指揮は私が…私が殿を務めます!その間に准将閣下は…」

 「もう遅いな。撤退命令も出しきれなかったか」 

 

 白虎の呟きを掻き消すように司令部の天井が薙ぎ払われた。

 周囲では銃声が響きだし、悲鳴や怒声が挙がる。

 

 顔を上げた先にはグラスゴーが並んでいた。

 ブリタニアの国旗を掲げたグラスゴー一個中隊が…。

 

 『ここの指揮官は何処だ!』

 

 先頭に立つグラスゴーより発せられた声に白虎が前に出ようとすると、佐官が止めようと制止しようとする。が、その手を押し返して前に出る。

 

 「私がここの指揮官だ」

 『殿下。写真と同一人物かと』

 『そうか貴様が枢木 白虎だな』

 「あぁ、その通りだ。そちらは神聖ブリタニア帝国第二皇女、コーネリア・リ・ブリタニア皇女殿下とお見受けするが」

 『……いかにもその通りだが何故分かった』

 「ブリタニア皇族で戦場を駆けるような猛将を一人しか知らないものでね」

 

 前方に半円を描くように展開されたグラスゴー一個中隊。

 さらに背後にも同規模のグラスゴー部隊が展開する。

 もはや逃げ道はない。

 

 先頭のグラスゴーのハッチが開き、中よりコーネリアが姿を現した。

 何人かが拳銃を向けようとするが周囲のグラスゴーが素早く銃口を突きつけて動きをけん制する。

 

 「意外に若いな」

 「日本人は童顔が多いからねぇ。にしてもそちらは写真やテレビ(アニメ)で見るよりも美しいな」

 

 一瞬動揺が見られたがすぐさま睨みを利かしてくる。

 どうやらこういう問いかけでの時間稼ぎは出来そうにないか。

 

 「ふざけた男だな。赤のネクタイに黒のベスト、白の上着に黒のつばが前下がりのチロリアンハット……どう見ても軍人の姿では無いな」

 「制服は着慣れなくてね。それに堅っ苦しい服は嫌いなんだよ」

 「本当にふざけた男だ。まさか敵の指揮所がこんな仮設住宅を使っているとはな」

 

 言った通り、白虎は仮設住宅数軒が並ぶ空き地を指揮所にしていた。

 ナイトメアに対抗できる防衛線力もなく、薄っぺらい壁で守られた仮設住宅を戦場の中で基地にしているなど正気の沙汰では無い。

 ゆえに基地捜索を行っていたコーネリアのナイトメア中隊は今の今まで発見が遅れたのだ。

 

 「型には決してはまらないか…。だからこそ私たちはここまで苦戦を強いられた」

 

 コーネリアはコクピットから身を乗り出した状態で腰に提げていた鞘状のホルスターよりサーベルトと一体化した銃を抜き出し、銃口を白虎の脳天へ向ける。

 

 「何か言い残すことは無いか!」

 「さぁてね。何か言った方が良いんだとは思うんだがそういう言葉は咄嗟に思いつかないもんだな」

 「貴様には家族…弟が居た筈だな。残す言葉は?」

 「ないな――――そうだ。貴方には言いたいことがあるな」

 「……なんだ?」

 

 白虎は一歩も二歩も前に出て、両手を広げてコーネリアに挑発的な笑みを浮かべる。

 

 「アンタに俺は―――殺せやしないさ」

 

 舐められたものだと思ったコーネリアは怒りを表情に出し、トリガーにかけた指に力を籠める。

 一発の銃声が辺りに響き渡った…。


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