日本国をエリア11とは呼ばせない   作:チェリオ

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第15話 「二泊三日ブリタニアの旅 二日目」

 頬の緩みが収まらない。

 何度目か覚えてない程おかわりをしたプリンを目の前に、ロイド・アスプルンドはにへらと笑みを浮かべる。

 本日ロイドは龍黒技術研究所という日本の技研からの説明会に、何の興味も無く参加していた。

 と、いうのも説明会に行くぐらいなら大学のゼミで好き勝手に研究していた方が有意義で楽しい。

 いずれはどこかの研究機関に属そうとはぼんやりながら考えたりもするが、企業の紐付きとなって自分の好きな物よりも上の思惑を優先する堅苦しい世界に填まると言うのは好みではない。

 出来得ることなら豊富な資金を自由に自身の好きなように研究に回せて、文句も言われない研究所なんてあったりしないものだろうかと本気で思っていたりする。

 

 なら何故参加したのかという疑問の答えは彼の目の前の皿に乗せられたプリンにある。

 

 事の発端は同じ大学のゼミ仲間であるラクシャータ・チャウラーからの推薦であった。

 ロイドが聞いた話では龍黒技術研究所よりしつこいほどの勧誘があり、せめて説明会に参加してくれないかと言われていたのだとか。行くのも面倒なので代役を頼んで来たのだ。そんな面倒な事は嫌だと断るロイドに、飲み食いは自由でパティシエが腕によりをかけたお菓子類が用意され、中でもプリンには材料を惜しまず、最高峰のパティシエに作らせた一品と教えられ、跳び付いてここにいる。

 

 スプーンですくっては口へ運ぶ。

 とろりとして濃厚な味わいに甘みと苦みが引き立て合うカラメルソース。

 舌の上でとろけたプリンをじっくりと味わい、飲み込む際の喉越しまでも楽しむ。

 

 感嘆の吐息を漏らして余韻に浸りながらロイドは周囲に目を向けた。

 技研の説明会という割にはかなり自由なもので、開始時間と終了の時間以外には決まりらしい決まりはない。テーブルの上に用意されたお菓子類やジュースなどの飲食は自由。説明を聞きたいのなら用意されているパンフレット、流しっぱなしにされているテレビの映像、技研より派遣されている技術職員より直接話を聞くか好きにし、居るのも帰るのも自由。

 ロイド的には楽で良いのだが、あまりに自由過ぎて固く考えていた真面目な学生などは早々に帰り、今この一室に残っている学生と言えば自分を除けばずっと話をしている女学生のみ。

 

 相手は説明会が始まった時に龍黒 虚と名乗った人物で、技研の名前と同じファミリーネームを持っている事から創設者の関係者だろう。

 手は一向にプリンを口へと運び続け、何となく会話を聞き取る。

 多少興奮気味の彼女はまだ煮詰まっていない自身の考えを手当たり次第に述べているようで、その案自体に多少なり興味を惹かれるところである。そして相槌を打ちながらアドバイスを述べる龍黒によって案は一気に現実味を帯びて行く。

 目の前で宝石の原石が飛び出しては研磨され、磨かれていくような白熱した議論にロイドは皿をその場に置いて、腰かけていたソファより立ち上がった。

 語る事に夢中だった彼女はボクが声を掛けるまで全く気付かず、声を掛けた事で熱くなり過ぎていた事にハッとなって我に返ると同時に恥ずかしそうに俯く。

 (龍黒)と彼女――セシル・クルーミーとの会話は実に興味深く、考え深いものであった。

 ラクシャータや自分ともまた違った考え方を持ち、中々魅力的な構想案に議論は熱を持ち始め、話が盛り上がり過ぎて時間を完全に忘れてしまっていた。

 他の研究員が呆れたように声を掛けてきたのが終了時間の30分前。

 まだまだ話したり無いし、話を聞きたいと思って延長を頼んでみたがどうやら次の仕事があるらしく残念そうに断られてしまった。

 が、彼はどうやらボクと彼女を大変気に入ったらしく、特別待遇で来ないかと誘ってきた。

 しかも研究費もかなりの額で、自分達の好きな研究を自由にしてくれていいという夢にまで見た内容で。

 あまりの美味過ぎる話に彼女は不安げな表情を浮かべると、彼は「君達は未来有望だと確信した。未来の投資と思えば安いものだ」と言い放った。

 やはりと言うか、予想通りというか彼は技研にかなり顔が利くらしく、この好待遇を通せる絶対的な自信があるようだ。

 ともあれ美味過ぎる話というのも確かで相手に不安な想いをさせてしまったのも事実。なので不安なら最初は研究員の助手から初めるという選択肢も与えてくれた。先ほどの好待遇に比べたらかなり現実味を持った契約内容に彼女はそちらで行くようだ。

 ボクは好待遇一択だったけど。

 しかも催促無しの追加条件まで付けて貰ってね。

 

 名残惜しいが別れを済ませて帰路につく。

 彼とは技研に入れば上司関係になるのだろうけど、彼女は別の研究者の補佐に周るのだろう。

 まぁ、その内会えるでしょう。

 ちゃっかりお土産と言わんばかりに残っていたプリンを箱に詰め込んで帰路につくロイドは満足そうにニンマリと笑う。

 その内と言うかすぐに会う事になるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 「あー…疲れた」

 

 龍黒 虚―――否、枢木 白虎はべったべたに固めていた髪を掻き乱して、黒縁眼鏡を乱雑に放り投げてソファにぐだっと転ぶ。

 室内には部下以外には残っておらず、誰もが不思議そうな顔を浮かべていた。

 疲れたと言っても白虎がやっていた事と言えば女子学生と談笑をしていたぐらいで何か特別難しい事はしていないし、皆の目には楽しそうにしていたようにしか映らなかったので白虎の言葉には疑問を覚える。

 特に今回のログレスの選定と名付けられた作戦目標を唯一教えられた咲世子でさえ首を傾げている。

 

 作戦内容は簡単だ。

 ロイド・アスプルンドという大学生に興味を持たせ、自ら来るように考えさせること。

 すでにラクシャータ・チャウラーとは他に類を見ない程の好待遇により秘密裏に話を付けており、ロイドをここに来るように誘導役を頼んでいた。

 予定通り来たロイドは(白虎)の話に乗って来る気満々。

 作戦は想定以上にスムーズに進んだはずだ。

 なのに白虎はソファに横たわって大きなため息を漏らしている。

 

 「お疲れ様です白虎様」

 「あぁ、皆もお疲れ様。片づけを終えたら予定のルートで随時撤退もしくは移動を頼むよ」

 「浮かないお顔をされていますが何か懸念することがあったのですか?」

 「そう見えるか?」

 

 指摘すると明らかな苛立ちが顔に浮かぶ。

 何時にない事に声をかけた咲世子以外は触らぬ神に祟り無しと作業に勤しんで、今の白虎に関わらない様にしている。

 悪態を付いたり、不敵な言葉を放ったりはするものの、こうも人に当たると言うのは珍しい。

 ゆえに咲世子は余計に気になり言葉を続ける。

 

 「はい、いつになくそう見えます。作戦は成功したように思えましたが?」

 「成功だよ……大成功だ!しかも予期していなかったおまけ付きでな!」

 

 一室に響き渡る怒鳴り声。

 肩を震わせるものが多い中で咲世子は正面から受け止め、表情を崩すことなく一瞬考え、笑みを浮かべた。

 

 「それはおめでとうございます」

 「―――ッ…そうだよな…これはめでたい事なんだよな」

 

 素直に賞賛を送り笑みを浮かべて頭を深々と下げると、何かに気付いたように白虎がばつが悪そうに顔を背ける。

 大きくため息を吐いて口元を手で覆い、申し訳なさそうに咲世子の様子を伺っている。

 

 「あー…うん。すまなかったな。怒鳴り散らして」

 「いえ。落ち着かれたようで何よりです」

 「本当にすまん。なんでこうも柄になく当たっちまったかな。我ながら感情の処理にムラがあり過ぎるな…」

 「当たり散らされた理由をお聞きしても?」

 「……痛い言い方を。そのなんだ…あの話していた女性が居たろ」

 

 当たり散らしたという自分の落ち度もあって話したくないのだろうけども、苦い顔をしながら話し出した。

 

 「居ましたね。その方が何か?」

 「計画には無かったけれど引き込みたい人物だったんだ」

 「そうだったのですね。ではあまり良い反応は得られなかったのですか?」

 「いや、そうじゃなくてな。反応は逆に良かったよ。彼女は間違いなくこちらの誘いに乗るだろう」

 「では一体どうしたのでしょう」

 「…その…なんだ…想定外過ぎてな」

 

 想定外…。

 根っからのマッドサイエンティストであるロイドとラクシャータはそれなりの条件を揃えたらこちらに付くと踏んでいた。

 ブリタニアという母国に別段強い執着の無いロイドには自由な研究を確約し、祖国に頼られっぱなしのラクシャータにも同様の確約と、インド群区に独立援助をチラつかせて周りを固めれば良いと。

 ただセシルだけは考えが及ばなかった。

 二人に比べれば常識を備えた(料理は除く)人物で「はい、そうですか」とブリタニアを捨てて日本を取るとは到底思えない。優秀な人材なのは確かだが、ブリタニアとは七年先を目処に決着を付けようと思っていたので、飛行関係はあまり計画に組み込んでいなかったというのもある。

 だから今回参加していた事にも驚いたが、あれだけ食い気味に来られた事はそれ以上に驚きであった。

 偶然に得た機会を捨て置くのも腹立たしい。慌てつつも表情に出さぬように必死に抑え、脳内の原作知識をフル活用して話を無理やり繋げた。

 まだイメージだけだったので彼女は違和感なく話していたが、こちらとしては焦ってぼろが幾らか漏れていた。こんなにも自身が焦ってミスを連発するとは呆れより恥ずかしさでどうにかなりそうだ…。

 

 ポツリポツリ漏らした言葉の意味を察して咲世子はクスリと笑い出した。

 笑い声が耳に届いた白虎は顔を真っ赤にして余計に背ける。

 

 「笑うなよ!ったく、こうもイレギュラーに弱いとかどうなんだよこれ」

 「予定外の事柄に焦ってイライラしていたのですね。意外と子供っぽい」

 「子供っぽいで済むのかよ…大人の対応ありがとうな」

 「いえいえ、どういたしまして」

 「さっさと行くか。今日最大のイベントも残っている事だしな」

 

 照れ隠しなのか話を強制的に逸らして作業の手伝い加わる。

 そんな白虎を微笑ましく笑う咲世子はぼそりと今日の事を神楽耶様にお話ししましょうかと漏らすと、必死な白虎に話すなよと念を押されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 枢木 白虎とはどのような人物なのか?

 戦争前であるならば、首相の息子で若くして佐官になった親の七光りなど囁かれていた。

 しかし戦争を始めると評価は一変し、今では軍神や英雄と謳われている。

 

 日本への侵攻作戦から帰還した者らから話を纏めた書類に目を通しても、その称号に恥ずべき人物でないことは明らかだった。

 ある者は伏兵や奇襲などを用いたゲリラ戦を得意とすると言い、ある者は一指揮官でありながらも戦略を見据える参謀将校のようであったと称する。

 他にも敵には容赦しない程徹底して攻撃を行う悪鬼羅刹と言われたり、敵であろうとも捕虜となれば非人道的な行いは絶対にさせない様に厳守させる人道的な想いを持った人物。相手の精神面を読み取り最適な攻撃で心を潰し、言葉で敵だった者を味方に引き込む悪魔のような人物。

 上げればキリがないと言わざるを得ない。

 あの捕虜にされたコーネリアでさえ白虎を高く評価しているほどだ。

 “敵に回すと恐ろしいが味方であるならばどれだけ心強い事か”…と。

 

 確かに心強い人物ではあるだろう。

 だが、彼はブリタニアではその力を発揮できない。

 寧ろ追いやられるか排除されるだろう。

 彼の能力が高すぎるゆえに上にいる者は恐れ、危険視する可能性が高い。

 日本で成功しているのは、彼がブリタニアの皇帝のように日本に置いて無くてはならない存在に昇華した事と、日本を支える名家の当主であることが大きいだろう。

 まぁ、皇族の誰かと結婚して立場を得ればまた話は別なのだろうが。

 

 話が逸れた。

 多々ある評価を目にしたが私は彼を日本でいう“天邪鬼”と称している。

 右と言えば左。左と言えば右と言う様に彼は相手が想うのとは別の行動を仕掛けて来る。

 親の七光りと呼ばれていたのは親の立場だけでなく、本人がそう呼ばれるように仕組んだようにも思えるのだ。

 予想だが彼は親の七光りと後ろ指差されても怒ることなく、しめしめと笑っていただろう。

 

 だからこそシュナイゼルは白虎に興味を持った。

 シュナイゼルも微笑みという仮面を被って本心を晒さぬように使いこなしている。

 彼もまた同様にふざける事で無能のレッテルを張らせ、周りに自身の正統なる評価をさせぬようにしていた。一部の者以外には…。

 側近のカノン・マルディーニ卿と共に貸し切りにしている高級レストラン前で立ち止まる。

 この中には会食に誘った白虎が居る。

 日本で最も恐れるべき相手…。

 

 「カノン。解っているね?」

 「はい。殿下の仰られるままに」

 

 彼がどのような手法を用いて来るか分からない。

 ただ対処する為にも冷静さは必須だ。

 カノンにはその辺りを説明し、どのような振る舞いを受けても決して怒る事のない様に厳命した。

 返事を聞くと大きく頷きシュナイゼルは扉の前で控えている警備の者に開けるように指示した。

 

 ゆっくりと開かれた店内の先には外の様子を一望できる一室があり、彫刻が施された机にテーブルクロスが敷かれ、綺麗な花が飾られていた。

 そして高価な椅子が四つ(・・)並べられており、内二つがくっ付けられて、その上に白虎が足をだらりとさせて転がっていた。 

 

 「んぁ?おおっと、ようやくいらっしゃったか。待ち侘びましたよシュナイゼル殿」

 

 到着した事に気付いた白虎は寝転がっていた椅子より立ち上がり白虎は肩や腰を捻るように動かす。

 周りにあまりいないタイプ…というか場所に似合わない振る舞いを装っている(・・・・・)のだろう。

 平静を保っているカノンは良いが、店内の警備に当たっていた者らはその振る舞いに眉を潜ませる。

 

 「お待たせしたようで申し訳ない」

 「いや、こっちが勝手に早めに待っていただけだから謝られても困るんだけどね」

 

 ニカっと笑い握手を求めらる。

 仮面を被りながらも握手を返し、お互いに握り締める。

 手が離れると白虎はカノンへと視線を向け何か悩んでいた。

 

 「紹介しよう。彼はカノン・マルディーニ卿。私の側近です」

 「始めまして枢木 白虎様。日本の英雄とお会いできて光栄に思います」

 「いや、ははは、そんな心にも思ってない世辞言わなくていいよ。シュナイゼル殿下を守る立場としては、殿下に近づかなければ良いのにとか思うだろうし」

 「いえ、そんな事は…」

 「まぁ、話もあるだろうけど兎も角食事にしよう」

 

 白虎は席に向かわずカーテンを閉める。

 こちらを警戒しているなら不思議なことではない。

 が、こうもあからさまに狙撃を警戒しての行動はそのまま捉えないのが良いだろうな。

 

 「気分を害したなら謝るよ。ここでは俺は怨敵でしかないからね」

 「いえ、当然の行動だと心得ますよ」

 「――――ッカ。こっちの行動で見極めようとしているくせに」

 「そちらこそこちらを見分けようと偽っているのですからお互い様でしょう」

 「違いねぇや」

 

 愉快そうに笑い席に付いたのを確認してシュナイゼルも腰を下ろす。

 カノンは警備も兼ねているので斜め後ろで待機しているのだが、どうもそれが気に入らないのか眉を潜める。

 

 「そこに立たせておくのか?」

 「ふむ…ではどうするべきだというのかな」

 「一緒に食べるべきだろう。飯ってのは大勢で食った方が良い」

 「ならカノン。そうさせてもらいなさい」

 「え?宜しいのですか」

 「そのつもりで二席しか用意してなかった椅子を足したのだろうからね」

 

 三人で机を囲むといざ腹の探り合いかと思えば普通に談笑を行ったり、食事の感想を述べたりと想像していたものと違い過ぎて、カノンは別の意味で戸惑ってしまった。

 正直二人共腹の探り合いをする気満々であったが、気が失せたというべきか。

 こうして面として顔を合わせた事で、言葉尻を捉えるように誘導するように言葉を巧みに使うよりは、真正面からぶつけ合った方が良いと察したのだ。だから本当に会話を交わしている。別段なんら意図するものがある訳でもない会話…。

 気を抜いて普通に出された食事を楽しんでいると、白虎がカノンへと会話の先を変えた。

 

 「そういえばマルディーニ卿は化粧品会社経営してたよなぁ?」

 「え、はい。高品質で美容性の高いものを取り揃えておりますよ」

 「だったらさぁ、十歳前後の少女が気に入りそうな化粧品を選んでもらえないかな」

 「構いませんが…何方に贈られるので?」

 「俺の許嫁にだよ。たまにはそれらしいことしないとね。皇室ご用達の化粧品会社。そこのトップが選んだものとなれば大層喜んでくれるだろうし。勿論代金は支払うよ」

 「いえ、こちらからの友好の印としてプレゼントしましょう」

 「お、そりゃあ悪いね。…っと、お土産忘れてた」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべると後ろに置いてあった小包を開けて中より木箱を取り出す。

 木箱には力強く漢字が書かれているが読めはしない。

 ここに運び込めたという事は危険物では無いだろう。

 入り口ではそういった危険に対する検査を徹底させているのだから。

 

 「クロ坊に選んでもらった永田 呂伯という陶芸家が焼いた壺だ。こういう美術品に対する目利きがないからな俺」

 「クロ坊?…クロヴィスの事かな」

 「アイツ美術関係には物凄いんだな。よく美術館行ったり絵を描いているよ」

 「ほぅ、仲良くしているようで何よりだ」

 「えぇ、仲良くさせて貰ってますよ。貴方とも仲良くしたいと思ってますよ。日本での対決で貴方に(・・・)勝ってしまった(・・・・)身ではありますが」

 

 白虎がやんわりと言い放った発言にシュナイゼルはピクリと反応を示す。

 私に勝った?

 何を言っている?

 私は負けたつもりも無いし、負けた事実などあり得ない。

 あの時は強制的に退場(通信の切断)させて無理やりに勝ちを拾った癖に。

 反論は山のように浮かび上がる。

 

 が、それを口にすることは出来なかった。

 

 「やはり貴方は負けず嫌いのようだ」

 

 僅か―――否…酷く歪んでしまった表情を浮かべてしまったシュナイゼルに対して白虎は愉快に嗤った。

 あぁ…考え違いをしていたようだ。

 彼は――いや、アレは味方にしても毒にしかならない。

 一度ほどモニター越しで会った事がなく、話したことの無い相手の仮面を暴くことなぞ誰がしようものか。

 先ほどの嘲笑うかのような嗤いは成りを潜め、屈託のない子供のような笑みを浮かべた白虎は席を立ち手を伸ばしてくる。

 ナイフとフォークの位置で食事は終わりと告げている。

 

 「また機会があれば、この前も含めて勝敗をはっきりさせましょう」

 「これは怖い怖い。仮面の下は獰猛な獣を飼われているようで安心しました。ではその機会を楽しみにしておりますよシュナイゼル殿下。

 いやはや今日は楽しい食事でした。今度はこちらからお招きしましょう。クロ坊も呼んで…ね」

 「えぇ、心待ちにしていましょう」

 

 仮面を被り直して微笑みでスキップ交じりにレストランをあとにする白虎を見送る。

 袖で隠した握り拳に力が籠る。

 力が籠り過ぎて、手袋がなければ自分の爪で皮膚を貫き、純白の手袋を鮮血で染め上げるところだった。

 

 「さて、どうしたものかな」

 

 いつになく不穏な空気を察したカノンは気付かれない様にシュナイゼルの顔色を窺い―――絶句した。

 そこには万人受けする爽やかな微笑みの仮面は無く、己の怒りを表すかのように睨みを利かせた顔があった。

 

 

 

 

 

 第二皇子との会食と第一皇子との帝国観光を済ませた白虎は、ホテルでぐったりと椅子にもたれて身体を休ませる。

 護衛として満面の笑みを浮かべて、コーヒーを楽しむ白虎にお茶菓子のチョコレートを皿に乗せて机へと運ぶ。

 昼間と違っていつになくご機嫌な様子に咲世子はまた何かあったなと微笑みを零した。

 

 「第一皇子との観光はどうでしたか?」

 「あぁ、有意義だったよ」

 「有意義?楽しめたとかではなく…また悪だくみですか」

 「ちげぇよ。ぼんやりしてて担がれるだけの御輿かと思ったら存外に有能な男だよ。アレは」

 

 現在和平を成した相手であるのでこう表現するのは間違っている気がするが、敵を褒める。

 好敵手を求める者や敵味方に問わず、評価する者は評価する人物が行うと思っていただけに予想外だ。

 なにせあの白虎なのだ。

 一般的には物語に出て来る英雄像で見られがちなので、彼を知らない人物からしたら可笑しくはない。が、内面を知っている咲世子であるならば別だ。

 白虎も敵を評価することはあるが……無能な敵なら気に留める事無く蹂躙し、常識的かつ有能な人物であるならば逆に読み易いと淡々と対処し、非常に優秀な人材ならば苛立ちを露わにしながら奇策を巡らす。

 それらの判断基準であって褒め称えるものではない。

 ゆえにおかしい。未だにブリタニアを敵として捉えている白虎が評価して褒め称えるなど。

 

 「でしたら今後の計画に影響があるのではないでしょうか?」

 「あぁ?あー…違う違う。有能だが計画に変更はないよ。だって無能だよアレは」

 

 さっきとは正反対の言葉に首を傾げる。

 きっと酔っておられるのだろう。

 勿論未成年なのでアルコールによるものではない。経歴を見た所海外への渡航は初めてで、年齢を考えると浮かれていても仕方ない。

 

 ※現在2010年なので白虎は18歳、咲世子は一つ下の17歳である。

 

 話半分で聞いていた方が良いと判断しよう。

 そう判断すると、にこやかながら鋭い視線がこちらに向けられる。

 

 「有事の際には無能だよ。咄嗟の判断力というか決断力は皆無。何かあって指示を出さないといけないときは、おろおろと慌てて決断一つできやしない。が、平時の際であれば別だ。色々話していて為になった。アイツは良き王になれるよ。その国が平穏を享受できる国ならば。さらに言えばブリタニアは絶対に合わないだろうな」

 「そういう事でしたか」

 

 納得した。

 戦場に出ても役に立たない上に、戦争となれば味方の足を引っ張りかねない人物。

 確かにそれならば褒めもするだろう。

 こちらにとって害どころか、運が良ければ有益な人物と変わるのだから。

 けれどもそのような人物であれば、有事の際は軽い御輿として裏で操られやすい筈。

 白虎様が最も危険視しているシュナイゼル第二皇子が実権を握り易くなるのでは、と危惧が脳裏に浮かぶ。

 そこをまるで見透かしたように笑われる。

 

 「ノーフェイス(シュナイゼル)の事を思い浮かべたろ」

 「はい」

 「御輿は軽く意のままに扱えるだろう。だがそれがどうした?元々有事の際には数にさえ入れてない。単なる入力装置だよ第一皇子は」

 「ならば使う者によって大きく成功が変わります」

 「だろうな。奴なら上手く使いこなすだろうが、なぁに手は考えてあるさ。―――にしても表情を心の内に隠して形だけの微笑みを浮かべる。表情が見えないという事でノーフェイス(顔無し)と称したが、やはりというかどうしてというか、アレも感情豊かだったな」

 「と、申されますと?」

 「いやなに、負けず嫌いだとは思っていたから侵攻作戦を持ち出して発破をかけたら、意外に反応したよ」

 「それはそれは…災難ですね」

  

 白虎が発破をかけたというのだから半端なものではなかったろうに。

 敵でありながら災難としか言いようがない。

 昨日仰られた赤面したコーネリア皇女よりも怒気を露わにした第二皇子のほうが見たかった気がするが…。

 

 「クハッ、災難か。災難と言ったか。まぁ、そうだろうな。相手からしたら奇妙この上ない。話したことも無い人物から挑発され、隠し続けていた化けの皮を剥がされたのだからな」

 

 言った意味を勘違いし狂気を含んだ笑みを浮かべる。

 

 「これであっちはこちらを見るしかなくなる。

 動いているかどうか不確定よりも、確定させた方が身構えやすくて助かるからな。

 しかも短絡的な人物でないから、直接的な行動はあり得ない」

 「…そう言うのであれば監視や情報収集に力を入れて来ると?」

 「如何にも。ゆえに咲世子。今まで以上に忙しくなるぞ」

 「畏まりました」

 

 深々と頭を下げて返事をすると満足そうに笑みを浮かべ、頼むよと信頼と信用を乗せた言葉が返ってくる。

 篠崎流37代目としても私個人としてもその想いに応えれるよう職務に邁進しよう。


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