ぼんやりと覚醒し始めた意識の中で、現状を認識しようと回り出した思考を働かせる。が、寝起きでは働くはずの思考回路も止まったままで、考えひとつ纏まる訳も無かった。
ただ分かるのは異様な喉の渇きに、身体に蔓延する気怠さのみ。
周りを見ようと未だ安定しない瞳に無理に命令を発して、睨むように辺りを見渡す。散乱するお菓子の袋に空となったペットボトル、寝転がったままピザを食べているC.C.。そして自身を含めて二人の下半身に程よい温かさを与えてくれるこたつ。
唸るような声を漏らしながら酷く鈍い頭を軽く叩き、ここ数日何度も味わった脱水症状の感覚に舌打ちし、身近に置いてあったお茶のペットボトルに手を伸ばして温いお茶を一気に飲み干す。「ぷはぁ」と息を漏らして、今度は塩分を摂取する為に机の上に置かれた梅干の入った瓶を手に取る。
躊躇うことなく一つ口に放り込んだら予想外のすっぱさに苦悶を浮かべ、刺激された唾液腺から火事を鎮火しようとする消防車のごとく唾液が溢れ出て来る。キッと睨みを利かすもこれを仕掛けた本人は知らんぷり。ため息交じりに視線を逸らして、鏡に映し出される自身に対面する。
手入れされていた髪はぼさぼさに乱れ、普段から着ていたブリタニア軍の制服は洗濯機に突っ込んで今は安物のジャージ姿。頬には長時間顔を当てていた畳の後が残り、目元には若干ながらクマが出来上がっている。
(こんな姿をアイツらに見せられんな…)
ブリタニア本国に残っている自分の部下たちの顔を思い起こすと、現状に対してコーネリア・リ・ブリタニアは困った笑みを浮かべてしまう。
神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが、日本国名家枢木家次男枢木 スザクの許嫁と正式発表されてから一週間ほど経過した。
ブリタニアでは皇族批判に繋がりかねないので激しい非難の声は無いものの、皇族を想う臣民から心配する声が聞こえ、日本ではブリタニアの姫を一族に迎えた白虎に多少の非難の声が挙がったりしているが、日本に到着した初日に起こった
(いや違うな…騒がすニュースがないのではなく、騒がす要因が鎮圧化されたからか)
日本にユフィと来てからブリタニアとの情報をカットしているコーネリアは、本国がどう関与しているのかは知る由もない。しかし、ぼそっと白虎が漏らした内容が事実とすれば、あの多発した事故は日本関係者だけでなく、一部ブリタニアの貴族の影もあったらしい。
白虎は表沙汰にせずに、シュナイゼルにだけ「貸しだからな」と言って聞き出した、炙り出した、探し出した貴族の名前を告げ、これ以上白虎に借りなど作りたくないシュナイゼルが他にも動きを見せそうな人物を牽制しているらしい。
で、被害を受けた日本の方は聞かなくても分かっている。
どうせ白虎が大々的にも秘密裏にでも対処した後だろうしな。
起きたばかりだが、重く鈍い身体に鞭打ってまで動く気にはなれず、そのまま仰向けに転がる。
コーネリアは不本意ながらも日本に行く事になった時は、あまりの事に放心してしまった。
我に返った時は夜になっており、心も頭も冷静になって考えるとこれはチャンスなのではと思う事が出来た。なにせあの白虎の身近に居れるのだ。奴が何を考え、何をしようとしているのか探る良い機会だ。ずっと張り付くのは無理だがまだ幼いスザクからさりげなく聞くことは出来るだろう。
そう思っていたのに………。
私は何故こうしているのか?
浮かび上がってくる過去の疑問を放り投げ、今までに味わったことの無い自由な時間をゆっくりと噛み締める。
日本にはいいイメージがなかった。
違うか、白虎が居る国だから良いイメージがなかったが正しい。
奴はブリタニアにとって危険な敵であり、個人でありながら多勢を圧倒する力を有している。正面から挑めば絡め獲られ、いつの間にか首筋に大鎌を当て、微笑んでいる死神のような存在。
能力は評価するが敵である以上…味方でない以上は敵視せざる得ない厄介な存在。
そんな奴が居る国などと嫌っていた。
正直今はそんな感情は抱いていない。
ここ一週間枢木本宅で過ごして分かったのが、今まで見えなかった奴の内面だ。
自堕落で自由気ままな性格と思ったら別段そうでもなく、言動と行動がおかしなだけで、基本的に真面目で面倒見が良い。
目につくもの全てに跳び付いていたユフィの問いに、めんどくさそうながらもきっちりと答え、距離を測りかねていた弟のスザクに、気付けばこっそりとアドバイスを送っていたりもしていた。極めつけは、宮殿では当たり前だった侍女が居なくて、どうすれば良いのか困っていた私を助けるように、女中に指示を出したのだアイツは。
変に敵視していた分余計に腹が立ったりもしたのだが、当の本人は素知らぬ顔で接してくる。時には風呂上りに髪が濡れていたら、新しいタオルを持ってきて丁寧に拭いてくれたこともあった。
まぁ、白虎曰く「スザクで慣れてるしな」と、何か意識している訳ではないらしい。
何故か分からないがそれまでと違う怒りが込み上げたので、奴の婚約者と言う皇が訪れた時に伝えてやったら、物凄い勢いで怒られて困っていたっけな。
なんでだろうか。
ここに私に仕える騎士達がいないからか、それとも奴のせいなのか、本国に居る時以上に自然体で居られる気がする。
私にも兄弟や姉妹が居るのだが、その誰とも当てはまらないタイプで、粗雑な男なのだが一緒に居ると妙な安心感があり、兄姉よりも何故か頼る……いや、自分では認めたくないが甘えてしまっている。
今思い出すだけでも恥ずかしさで顔が熱くなる。
昨晩風呂から上がってユフィとのんびりと話をしていると、白虎とスザクが風呂から上がって耳かきを始めたのだ。ブリタニアとは違って竹を使用したという硬そうな耳かき棒に痛そうな印象を抱き、その事を口にすると試しに味わってみると良いと言われ、奴の指示通りに動き体感した。
確かに硬いが、硬いからこそ綿棒では取れにくい奥の引っ掛かりの耳垢なんかもしっかり取れて、結構気持ちが良かった。
「お姉さまが膝枕されているところ初めて見ました」…そうユフィが呟くまでは。
指示に従い膝枕されて、耳かきを私は奴に託してしまっていたのだ。
羞恥から真っ赤になり、逃げるように動こうとするが耳かきが耳に入っている状態では逃げれず、白虎も逃がそうとしない。恥ずかしさを必死に我慢しつつ、自身が無意識ながらも白虎へ身を委ねるほど心を許していると知ったのはこの時だろう。
無駄に敵視して気を張っていた自分が馬鹿馬鹿しく思えたよ。
ユフィも白虎やスザクに接することで、以前よりも活発に遊び、満面の笑みを浮かべることが多くなった。クロヴィスなんか以前とは別人のようだった。やる事がないので以前のように絵を描いたりしていたら、白虎が普通に褒めたりするので、それが嬉しかったのか以前以上にのめり込み、日本の文化や芸術に没頭していた。今では未完成の中庭のデザインを任されているとか嬉しそうに言っていたな。
誰も彼もが奴と関わる事で自由気ままに過ごす楽しさを教えられ、今まで以上に自分を曝け出せされている気がしてならない。
コーネリアは上半身を起こして、寝るのもなんだし何か暇を潰そうかと、近場に山にして積んでおいた本に視線を移す。
今コーネリアとC.C.が居座っているのは、見られて困るほどの物は一切置いて無い白虎の私室のひとつで、小説や漫画、画集など本が大量に置かれ、スザク達は漫画部屋と呼び、クロヴィスは資料室として有効に利用している。
この部屋ならば、だらけてもスザクたちと遊んでいるユフィの目に留まる事は少なく、姉としての威厳を損なう事は無いだろうと白虎が勧め、正直暇で暇を潰すものを所望していたコーネリアの意見と合って、使っているのだが、いつの間にかC.C.も利用するようになって、今ではゴミが多く散らばる汚部屋と化してしまった。
手の届く範囲の本はすでに読んでいたコーネリアは少し遠い本の山へと手を伸ばすが、あと数センチ届かない。こたつから少し這い出れば届く距離であるが、出来れば出たくない願望が脳内にあって行動を制限する。
ちらりと視線を動かせばC.C.の手が届く範囲。
「そこの本を取ってくれないか?」
「ん、これか?」
「あぁ、ありがとう」
「労働に対して報酬を要求する」
「……なら梅干をすり替えて思わぬダメージを負った私は賠償を要求しようか」
「良い塩梅だっただろう。塩分接種にはちょうど良かったな」
「まったく、ユフィが
「ある意味良い先生になるだろうな」
「反面教師という訳か。それなら納得だ」
以前なら食い掛っていた言い方にも慣れ、今では鼻で笑いながら返せる程度に
中庭より聞こえるユフィにスザク、クロヴィスの笑い声をBGMに、受け取った本を手に取ってぱらりとページを捲る。
本国では絶対味わえないゆるりとした時間を気の向くまま過ごすコーネリア。
心に余裕を持ち、暇を楽しむ彼女であったが、その生活によって異常をきたした身体の変化を体重計に乗った事で発覚し、悲鳴を挙げるのはそう遠くない未来となるのであった…。
―――ジェレミア・ゴットバルト。
大貴族ゴットバルト家に産まれた彼は、恵まれた家柄と才能を持った人物で、帝立コルチェスター学院では優秀な成績と責任感の強さから、高等科では監督生として選ばれ、ナイトメアフレームの騎乗では同期よりも高い技術を誇っている。
実力と家柄から数多の部隊から声が掛かるほどの彼は、周りの人から見れば順調な人生を送っているように映るだろう。
だが、本人はそうは思ってはいない。
彼には敬愛している人物がいた。
平民でありながら実力だけで帝国最強の十二騎士にまで上り詰め、神聖ブリタニア帝国皇帝の皇妃の一人となった、“閃光”の異名を持つマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
貴族の一員であることから貴族の大多数が平民上がりのマリアンヌを毛嫌いしていた事を知っていたが、ジェレミアにはその感情は一切浮かばなかった。
美しい容姿もさることながら、剣を振るった表現し尽くせないあの美しさ。
まるで流れる流水のように、優雅に踊りを楽しんでいるかのように、軽やかで無駄がない動きに目を奪われ、振るう一撃一撃は鋭く、予想だにしない荒々しさがあった。
一度何かでお見受けしたその試合で彼の魂は魅了され、絶対の忠誠を向けなければならない皇帝陛下以上に想うようになった。
だから初の任務でマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア皇妃が住まう宮殿の警備を担当した時は、心から喜んだものだ。
………その夜に襲撃事件が起こるまでは…。
私は忘れない。
あの日感じた絶望と喪失感を。
すぐ近くに居たというのに護れなかった事実を。
マリアンヌ皇妃はお亡くなりになり、後ろ盾だったアッシュフォード家は力を失い、ご息女であらせられるナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下が巻き込まれ、そのショックで目を閉じられた。
ご子息のルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下はシャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下に直接抗議に向かわれると、皇位継承権を剥奪され日本へ人質として放り出された。
私は見送ることしか出来ず、日本への戦争の機運が高まっても何ひとつ行動をせず、戦争が始まれば本国よりお二人の無事を祈るばかり。
結果、私は敬愛するマリアンヌ皇妃の子供達が亡くなったというニュースを本国で聞いた…。
悔やんでも悔やみきれない。
あの日の出来事を忘れた訳ではないというのに、ルルーシュ様とナナリー様の為に動こうとしなかった。いや、心のどこかで想っていたのかも知れない。大貴族の者とは言え、たかが自分に何が出来ると諦め、仕方が無いと無意識に考えて傍観者に回るしかないと…。
なにも出来なかった自分を今度こそ戒め、命に代えてでも皇族をお守りするという考えの下、皇族近くに仕えようと同志を募ろうと考え、行動に移そうとする前に、せめてルルーシュ様とナナリー様の墓前に花を手向けるべきだと思って日本に来日したのだ。
戦場となった東京は復興の兆しは見えるものの戦争の傷跡が広く残っており、無残な姿をさらけ出していた。
その中を突き進み、お二人が亡くなった元枢木邸の石碑に辿り着いた時、奴に会ったのだ。
日本では英雄で、ブリタニアからしたら憎き怨敵である枢木 白虎。
奴は私が来るのを知っていたかのように待ち構えており、太々しい態度と嘲笑うかのような笑みを浮かべた。
「待ち侘びたよ。何一つ護れなかった、護ろうとしなかったジェレミア・ゴットバルト君」
その第一声にカッとなり詰め寄ろうとしたが、一歩踏み出したところで足が止まった。
気付いてしまった。
奴と自分の大きな差に。
日本と言う小国を護らんと
言うまでも無い圧倒的な差。
奴の行動は自分が行えなかったもので、その行動力は羨ましく妬ましい…。
さらに奴の言った言葉は正しい。
奴はゆっくり私が出来なかった事を再認識させた。
マリアンヌ皇妃が亡くなった時に君は何をしていた?
亡くなった後父親に見捨てられたルルーシュとナナリーに何かしたか?しようと思ったか?
戦争が始まった時、大貴族である君は救出案などを父親などに言って提出しなかったのか?etc.etc……。
私は何もしなかったし、何も出来なかった…。
反論らしい反論も出来ず、私はその場に膝を付いて己の不甲斐無さに絶望した。
その様子に呆れながらも見定めるような視線が突き刺さり、今更ながら涙を流して石碑に向かい亡くなったお二人に謝罪を口にしていた所を、ため息交じりに首根っこを掴まれ、ほとんど無理やりに連行された。
行動の意味が何一つ解らなかったし、聞いても教えられない。
乗せられた車が一時間以上走り、幾つもの県境を通過し、廃工場らしき場所に到着したジェレミアは、あまりの出来事に歓喜のあまりに涙と嗚咽が止まらない。
立ち尽くすジェレミア・ゴットバルトは目の前の光景が夢幻でない事を確かめようと手を伸ばし、その手を寸前で止める。
自分ごときが触れるなど烏滸がましいにもほどがある。
無礼であり、不遜だ。
引っ込めようとした手は相手により引き留められる。
「お前は見送りの際に居た……確かジェレミア・ゴットバルトだったか」
目が見開かれる。
御方からすれば道端に居る虫、または石ころに過ぎない自分を覚えておられるとは思いもせず、あまりの歓喜に心が破裂しそうだ。
「殿下…良くぞ……良くぞご無事で…」
眼前に立つルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下が生きていた事実に跪くのも忘れ、目をひたすらに潤す。
微笑みを向けられていた殿下はふと悲しそうな影を落とす。
「ジェレミア。お前は何故ここに来た?ボクを…ボク達をブリタニア本国に連れて行く………違うな、シャルルに売るつもりで来たのか?」
「なっ、殿下を売る!?なぜそのようなことを仰られるので」
思いもよらぬ言葉に驚きを隠せない。
確かに殿下を発見したのなら、安全を確保する為、本国へ帰れるように手段を模索するのは当然としても、実の父親に売るという発想は普通はあり得ない。
となれば枢木 白虎に何かを吹き込まれたかと振り返って睨みを利かせると、白虎本人は肩を竦めて知らんぷり。
「お聞きいたします殿下。何故そのような事を仰られたので?枢木 白虎に何か吹き込まれたのですね」
「違う…ボクの…俺の父は俺とナナリーを捨てた。母さんの時もそうだ」
「…マリアンヌ様の?」
「母さんはあの男に殺されたんだ!」
齢十歳の子供が放ったにしては強い憎しみが籠った言葉にたじろぐ。
「間違ってるよルルーシュ。殺したのは君からしたら伯父上であってシャルルじゃない」
「伯父?馬鹿な、皇帝陛下に兄弟などは…」
「知らなくて当然。というかビスマルクとシャルルしかその存在を知らないんだけどね。ちなみにシャルルは隠蔽に関わり、シュナイゼルは遺体を墓所から移したりしたらしいけどね」
そんな事はあり得ないと言って考え無しに否定するのは簡単だが、そうはジェレミアはしなかった。いや、出来なかったのだ。
あの事件は不明な点があり、自身でも多少調べてはいた。
事件当日、コーネリア皇女殿下の命によって護衛部隊が下げられた事。
襲撃したテロリストはどうやって侵入し、どのようにして見つからずに姿を消したなど、ただのテロリストにしては上手く行きすぎている。例え皇族・貴族の手助けがあったとしても、そう入り込める場所ではないのだ。
もし皇帝陛下が裏で糸を引いていればどうだ?
「そ、そんな…まさか!?」
頭の中でするすると絡まっていた糸がほどけてまっすぐに繋がった。
繋がると同時にするりと何かが抜け落ちた…。
「私は…私はマリアンヌ皇妃を敬愛しておりました。
初任務でマリアンヌ皇妃の護衛任務が与えられた時は心の底より喜び、任に励もうと誓いました。
しかし護る事叶わず、皇族に忠義を尽くしつつ犯人を捜して誅伐しようと……まさか私はマリアンヌ皇妃を害した者らに忠義を向けていたとは…」
全身の力が抜け、その場にへたり込む。
虚ろになった視界の先に一筋の光。
ルルーシュ殿下より差し出された手が映り込む。
「ジェレミア・ゴットバルト。君が母さんに忠義を尽くす者というのなら、俺に力を貸して貰えないか?」
「…殿下……私などの力など」
「それとも君の忠義はその程度で終われるようなものなのか?」
―――違う。
殿下は自らの危険も顧みず私を求められたのだ。
母君を護れず、見送る事しか出来なかった不忠の私を…。
ならば私の答えるべき言葉も、取るべき行動も一つしかありえない。
「もう二度と言わないぞ。祖国ブリタニアを裏切り、皇帝を見限り、地位を捨てて俺――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと共に来い!ジェレミア・ゴットバルト!!」
「――――ッ!………この身、この命、我が全てを御身に捧げます。我が主」
差し出された手を両手で優しく握り、もう二度と失わぬよう今度こそ護って見せると心に刻んで、強い意志を宿した瞳で決意を露わにした。
ルルーシュとジェレミアの様子を離れた位置で眺めていた白虎は、懐に忍ばせていた銃へ伸ばしていた手を戻し、安堵の息を吐き出す。
「宜しかったのですか?」
「……急に背後に立つの止めて貰えね?」
「申し訳ありません。いつ気付いてくれるかなと思いまして待機してました」
「そんなだからくのいちって―――」
「SPです」
「いや、どう見てもくの――」
「SPです」
「く―――」
「何処からどう見てもSPです」
この問答も何度目だろうか。
背後に潜むように居る、レオタードのような忍び装束に身を包む篠崎 咲世子に呆れたような視線を向ける。
SPと名乗る割には忍び装束だとか、動きが忍者そのものだとか、忍ぶはずなのに桃色のレオタードと人目に付く配色と衣装なのかとか、美人でスタイルも良いのでその衣装は目のやり場に困るとか言いたい事は山ほどあるが、これも何度も繰り返して効果なし。それどころか「神楽耶様が居りながら私にもそのような目を向けられるのですね」と笑顔で言ってくる始末。
これが軽蔑の眼差しだったらまだ返しも楽なのだが、少し照れたように言って俺の反応を楽しむのだから質が悪い。
無駄だなとため息を漏らし、思考を切り替える。
「監視は居たか?」
「ブリタニア人が十人ばかり。けれど影武者とも気付かずに私に釣られましたけど」
「監視者の対処は?」
「殺害は厳禁とのお達しでしたので眠らせるか気絶させました。五人は不審者という名目で警察に、二人は諜報部預かりで監禁、残る三人は首輪を付けて放し飼いに」
「重畳、重畳。パーフェクトな戦果だ。あとはどう結果が転がるかだな」
「白虎様も良い方向に持っていけたようで何よりです」
「あぁ、本当に…」
ニタリと嗤いながら歓喜に染まるジェレミアを眺める。
育ちが良く、世間知らずで、自分は正しいと頑固な忠義者。
一度心から従わせれば、裏切る心配のない従順な駒。
しかも技量は折り紙付きで指揮能力もある。
アレならばルルーシュの良き駒となってくれるだろう。
ルルーシュに仕込みを手伝わせて正解だったな。
母親が殺められ、妹が目と足をやられ、父親に捨てられ、日本に人質に出されるなど最悪な状態に落とされたルルーシュに、周りを詳しく把握する余裕はなかった。
当然のことながら警備の一人に過ぎないジェレミアのことなど知るすべも無いし、記憶の片隅にも残ってはいなかった。
なのでこの三文芝居を計画するに当たってルルーシュに教え、彼の忠誠の高さと戦力になる技量を吹き込んでおいた。
話を聞いたルルーシュは喜んでいたな。
母さんの死に疑問を持ち、悲しみながら犯人を捜しているという自分に近い者の存在に。
だから純粋に引き込もうと協力してくれた。
ジェレミアの心を動かした言葉に嘘偽りはなかったろう。
おかげでジェレミアはルルーシュに心酔し、歓喜に酔い痴れている。
「オレンジ狩りする必要は無いな」
「では、監視は中断致しますか?」
「それは無い。監視は続けろ。それと死んだように手配を」
「ブリタニア人が殺された。死んだとなると、ブリタニア本国より介入される恐れがありますが、如何しましょう」
「日本で死ななければ良い」
「畏まりました。それでは中華連邦経由でブリタニアに帰る途中に事故、もしく行方不明になった事に致します」
「あぁ、そこは任せるよ」
深く頭を下げた咲世子は来た時同様に音も無く姿を消した。
着実に駒が揃いつつある現状に白虎は微笑むが、幾ら優秀な駒が多少手に入ったからと言ってブリタニアに勝つことは不可能。
そろそろ計画を次の段階に移行して、持ち駒の育成も視野に入れるとしようか。