この作品を含んだ三作品の投稿日直前に、最新話が気に入らずに三作品とも書き直しに入り、今になってしまいました。
次回の投稿文は約70%ほど先に書いていたので25日にはまた投稿できるかと。
日本国の象徴である皇家。
名家の中でも一番の発言力を持ち、皇の血を受け継いでおり、幼い神楽耶であっても無下にすることは出来ない。
普通の子では行えない事も行え、一生知る必要のない裏事情を知る事も出来る彼女であるが、自由だけは与えられなかった。
家柄に合った教育に立ち振る舞い、周りに決められた人生のレールを走らされる。
なにをするにも周りを気にし、家を第一に考え、己と言う存在を皇に捧げなければならない。
幼い頃より芸能を嗜む感性と物の価値を見抜く目を磨かれ、学問や芸事を叩きこまれた彼女は、恋心も分らぬ時分には十も離れた婚約者を決められた。
枢木 白虎。
名家枢木家の嫡男で今や英雄と称される彼が、未来の夫であり枢木家と皇家を繋ぐ存在。
彼もまた自身と同じような人なのかと思いきや、彼は異質で異例で……今まで接した何ものとも違っていた。
茨のような柵をものともせずに、まるで翼でも生えているかの如く自由に飛び回る。
子供の頃から誰が相手でも物怖じせずに、好きなように振舞う様はとても心地よく、接してみて新鮮だったのを鮮明に覚えている。
だから私は彼に対して恋心ではなく、強い憧れを抱いていた。
そしていつからだろうか、彼自身に魅かれ始めたのは…。
何時だって構わないのだけれども好きになってしまい、遊んでくれる年上のお兄さんや憧れの対象から愛しい人になったからには不満が存在する。
枢木家当主としての役割に陸軍将官としての職務。さらには外交の真似事みたいなことまで任されて、休みがない程忙しく働き詰め。手が空いたかと思えば、新しい仕事を見つけ出して掛かりっきりの生活。
最近顔も会わせていない事に腹を立てるも、彼は日本の為に身を粉にして働いているのに我侭を言うのも気が引ける。
我慢しなきゃと思っていたのに…。
「本当に白虎は意地悪ですよね」
「んぁ?俺がいつ意地悪したって?」
頬を膨らませぽつりと一言漏らすと、まったく意味を理解できずに小首を傾げる。
突然の訪問だった。
急に皇の家に訪れたと思ったら、神楽耶の顔を見に来たとズカズカと上がり込んで来たのだ。
警備の者らは相手が相手だけに強気に出られず、困惑して誰も止められない。
会いに来てくれたのは嬉しいのだけれども、その自由さを羨むあまりに少しムッとしてしまう。
「胸に手を当てて考えてください」
「………心当たりが多すぎるんだが」
頬を掻きながら顔を顰めながら正面に腰を下ろす。
ポケットにしまってあった小瓶より芋飴を一つ口の中に放り込むと、こちらに小瓶を差し向けて来る。
手前にあった一粒を指でつまみ、口元を左手で隠しつつ含む。芋飴に塗されていた粉が独特の味と広がる。
甘すぎず、徐々に柔らかく触感を変えていく様子をゆるりと楽しむ。
「ってか、いつもの“のじゃ”口調はどうした?」
「むぅ…あれは周りから直した方が良いと言われたんです」
「あー、それで違和感塗れの言葉遣いなのか。リアルのじゃロリとか世界遺産並みに貴重だというのに、お前んとこの連中分かってねぇな」
冗談のように聞こえるが、割と真面目そうに言っている感じがあるので意外と本気なのだろうか。
「前の喋り方の方が好みでした?」
「ふぅむ、そう言われるとどちらだろうな」
どちらだろうな…。
ちくりと胸に棘が刺さる。
前の方が良いと言われれば、それを理由に戻す気はあった。
今の方が良いと言われれば、このままでいこうと思っていた。
けれど返って来た答えはどちらでもない曖昧なもの。
刺さった小さな棘は前々より抱いき、積もりに積もり、閉じ込めていた疑問を殻より漏れ出さすには充分だった。
「白虎は私の事をどう思っているのか」
私は皇の娘。
自由恋愛などで選んだ関係ではなく、日本の名家同士で親が決めた婚約関係。
婚約話を決めた枢木家前当主の枢木 ゲンブは亡くなり、当主となった白虎がそれに縛られる必要はない。
なら自分を好いて婚約者の関係で居てくれている―――と喜びたいところではあるが、不安が頭の中でのた打ち回る。
十も年下の子供を婚約者としているのは私を愛しているのではなく、ただ単に皇の家を欲しているから。
これは自信を持って言える事だが、私が扱うよりも白虎が扱った方が皇家を最大限有用に生かせるだろう。
皇の宿命を定められた私はそれに従うのが正しいのだろうが、好いてしまった私個人としては聞かずにはいられない。
それがどんな結果に繋がるかの可能性を抱きつつも…。
「あん?どう思ってるって―――」
「家の事柄で縛られるような人ではないのは知っている。けれどそれ以上に狡猾なのも知っている。白虎は皇の家が欲しくて私の―――十も歳の差のある子どもの婚約者でいるのか?」
不安交じりに話した言葉一つ一つがとても恐ろしく感じる。
これで白虎が“そうだ”と私をなんとも思っていなかったり、本当は嫌々ながらも相手をしていたと答えられたら、心が耐えられる自信がない。
寧ろ、こんな話をしなかった方が良かったのではないかと考えが巡る。
片目を吊り上げて話を聞いた白虎は大きなため息を漏らし、顎に手を当てながら肘をつき、呆れたような半眼で神楽耶を見た。
「神楽耶―――――お前って実は馬鹿だろ」
ぺしっと額を指で弾かれ、痛くはなかったが軽く押さえつつ睨み詰める。
こっちは真剣に思い悩み、不安に恐れながらも口にしたというのに馬鹿とは何事か。
「馬鹿とはなんじゃ!馬鹿とは!!私は真剣に―――」
「だから馬鹿だって言ってんだよ」
怒りから声を荒げたが白虎は面倒臭そうに言葉を遮った。
「正直に言うと俺は皇家は欲しいと思っている。枢木家とは違って日本の象徴であるならば色々と使い道があるからな。だけど別段喉から手が出るほど欲しいってわけじゃねぇ。あれば良いな程度のもので、無ければ無いで別の手段を講じるさ」
姿勢を正すことも、真面目そうに呟くこともせずに、普段通りの口調にだらけた姿勢で自分が聞きたかった言葉が語られる。
が、頭の良い人ならばそういう言葉を選んで言うことは出来る。勿論白虎にも可能どころか得意な分野だろう。
なのに、耳を真っ赤に染めながらそっぽへ顔を逸らす様子にそのような疑念は生まれなかった。
「だからな……俺が婚約の話を呑んでいるのは一緒に居たいと思っているからだ」
少しそっぽを向きながら呟かれた一言に、心の底から安堵すると同時にドクンと心音が大きく高鳴った。
「まぁ、好きに疑うと良いさ。そのうち馬鹿馬鹿しく思えて来るぞ。もしかしたら神楽耶の方が愛想をつかすかも知れないがな」
「それはないのじゃ」
白虎の言葉に間を開けずに否定する。
だってこうやって会話を交わす度に神楽耶の心はまたも引き付けられ、自らも一緒に居たいと望んでしまう。
否…否否否―――否!
一緒に居たいのは勿論だが、家で待つだけの妻で在りたくない。
彼と同じ場に立ち、肩を並べて隣に立って居たい。
そこが戦場だろうと、死地であろうと彼のように笑みを浮かべて、並んで歩き続けたい。
「白虎は女性が戦場に立つのをどう思う?」
「どうもこうも無いな。何かしらの事情によって立たされる者には同情はするが、それだけだ。己の意志で立つのであれば、女も男も関係ない。一個の戦力以外の何者でもないからな」
「なら私が立ちたいというのは?白虎と一緒に戦場へ赴きたいと言ったら?」
真剣な眼差しで瞳を見つめ、私を見定めようと
「それが神楽耶の意志ならば尊重しよう。だが覚悟は必要だぞ?」
「望むところですわ!」
ニカっと笑い、ふわりと頭をひと撫ですると、白虎は頭を神楽耶の膝に乗せるように寝転がる。
急な行動に驚いたものの神楽耶は慌てずに受け入れ、髪の質感を確かめるように何度も何度も撫でる。
微笑み合う二人はそのままゆっくりとした時間を過ごす。
神楽耶はこの一件以降、今まで通りの習い事に加え、歴史に記された戦術・戦略から白虎が行った戦法を学び、数年後には白虎に続くブリタニアの脅威に成長するとはまだ誰も知らない…。
白虎が神楽耶に会いに行った翌日。
神聖ブリタニア帝国第二皇女であるコーネリア・リ・ブリタニアは、帰国を一週間引き延ばして日本に居残っていた。
将として動ける状態であるならば聞き入れられる筈のないものであるが、現在日本に負けた事による謹慎中。
ならば、“まだ日本に対し不安を抱いている妹のユーフェミアが落ち着くために側に居たい”という願いを聞き入れても問題ないと判断され、ブリタニア皇帝の許可も下りた。
そして彼女は、白虎により貸し切りにされたプール内を駆けまわっていた。
「お姉さま頑張ってぇ」
「鬼さんこちら!」
「手の鳴る方へ!」
スクール水着を着用しているユーフェミア・リ・ブリタニアに枢木 スザク、紅月 カレンを、競泳用の水着を着用したコーネリアが追い掛ける。
当たり前だが本気ではない。
これは子供達との戯れだ。
お互いに楽しめることを考え、それほど本気に走らず、だが手を抜き過ぎずの速度で追い掛ける。
「待てぇ、待てぇ」と笑みを零しながら子供達と戯れる姿は何と微笑ましい事か。
事の真相を知らない者らにとっては…だが。
「おーい、そろそろあがって休憩を取れよ」
プールサイドにソファと丸机を持ち込み、ノートパソコンと書類の山と睨めっこしている白虎の声にユフィたちが反応し、プールより上がり出す。
上がると三人の子供たちはシートの敷かれた場所に走り、用意されてあるクーラーボックスよりジュースやアイスを手にして腰かける。
最初の頃はまだ遊びたいと駄々をこねたのだが、休憩を挟めと強く言われてから素直にいう事を聞いている。
それもこれもすべて私の為なんだと思うと、強く言われて少し怖がったユフィに悪い気がする…。
罪悪感を抱きながら一人白虎へと歩み寄るとペットボトルを投げられ、それをキャッチすると蓋を開けて中の液体を飲み干し始める。緩い温度にも薄っすらと甘みを持ったレモン味にも慣れ、違和感なく飲み切った。
スポーツ飲料のひとつであるこの飲み物には、脂肪の燃焼を高める効果が含まれている。
わざわざそのような物を口にし、プールでユフィたちと戯れているのも、皇帝陛下に嘘偽りの理由付けをして日本に居る理由もそういう事だ。
―――ダイエットの為である。
白虎の屋敷に滞在しているのは思いも依らぬほど居心地が良かった。
皇女として生きてきた自分は周りを気にし、皇族として恥ずかしくない行動を取らなければならなかった。
だが、あの屋敷では人の目を気にする必要は無いし、予定でびっしり埋まった生活など存在しない。
寧ろ暇すぎてどうしようかと悩むほどで、眠たければ寝れば良いし、食べたかったら食べれば良いなど自由に振舞える。
今までに無かった自由な生活に私は魅了された結果、体重増加という代償が返って来たのだ…。
C.C.により勧められたピザとコーラと言う相性抜群の組み合わせに、一旦足を入れると程よい温度を提供して思考能力を低下させ、出るに出れなくさせる魔窟“こたつ”。さらに、言わなくても掃除から食糧の補充まで笑顔で行う紅月という女中。
止める者も咎める者もいないこの環境下で、太るなという方が無理な話であった。
兎に角何とかしようと思うも明日までに三キロやせることは不可能だし、本国でダイエットに励めば周りがどうしたのだろうと口にするだろう。そこで「日本でだらけて太りました」なんて言える筈もない。
一週間で三キロもの体重増加を知った私に助け舟を出してくれたのは、まさかの白虎であった。
「巻き毛には話付けといたから明日からダイエットな」
悪魔の類かと思ったら天使でしたか…。
心の底から有難かったさ。
しかも表立ってダイエットするのではなく、ユフィたちと戯れるという目的で隠してくれるのだからありがたい。
「本当に世話をかけるな」
「全くだよ。こっちは仕事が溜まってるってのに」
視線を向ける事無くパソコンに入力し続ける白虎には、疲労感が目に見えた。
本来なら仕事に専念する筈だったろうに、私のダイエット計画に色々手を回した結果なのだろう。
仕事内容は気になるところだが、恩もあるので見ないようにする。
「まぁ、肥えさせて送り返したとなれば、ギルとダールトンに怒られそうだしな。出来得る限り手は貸すさ」
「すまなぃ―――」
「文句のひとつでも言ったら、物理的にその腹回りを絞ってやろうかと思ってたけどな」
笑っているが目は一ミリとも笑っていない。
アレはマジの眼つきだ。
エステ的な意味なら良いが、アイツなら脂肪吸引……いや、下手をすれば一部臓器の摘出すらも口にするかも知れない。
不安を超えて恐怖を抱いたコーネリアを他所に、白虎はにやける。
「ブリタニア皇女に個人的な貸しを作れたと思えば安いものか?」
「借りっぱなしというのは性に合わん。近いうちに必ず返す」
こいつの貸しがどのような形で来るか分からぬ以上、こちらから早々返したという形にした方が得策だろう。
そう判断したが、白虎は少し悩んだ素振りをしてコーネリアに向き直った。
「なら一つ質問だ。それに答えてくれるだけで良いさ」
「質問?当たり前だが機密事項は答えれないからな」
「身構えなさんな。そんなもん聞けるとは思ってねぇよ。簡単な問いだよ」
そうは言われてもあの白虎の問いだ。
普通のものではないだろうと身構えないで居れる筈もない。
「コーネリア・リ・ブリタニアは、シャルル・ジ・ブリタニアとユーフェミア・リ・ブリタニアのどちらが大事だ?」
まったく感情を含まない瞳とその言葉に思考が戸惑う。
私は神聖ブリタニア皇族で、帝国を第一に考えればならない。この問いの正解は、帝国そのものともいえる、皇帝である父上の名を答えるべきである。であるが、それを口にすることは出来なかった。
父上よりもユフィの顔がチラついて、答えが決まりきらない。
それでも一応借りを返す名目で聞かれたのだ。答えねばならないだろう。
「それは―――」
「あぁ、皇女としては皇帝と答えるべきだ。だが、口ごもったことでよく分かったよ。ありがとな」
答えを理解した白虎はとても穏やかな笑みを浮かべた。
それが何を意味するのか。なにを思い描いていたのかは分からない。
「ほら、そろそろ行った行った。ユフィちゃんたち待ってんぜ」
今はただユフィと心行くまで遊びながら、やせる為に努力するのみだ。
後日談だが、この日の影響で筋肉痛になったコーネリアは、白虎の監視により必死にダイエットに励む羽目となるのであった。