日本国をエリア11とは呼ばせない   作:チェリオ

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第01話 「準備は万全とはいかなくとも整った」

 ボクはこの世界すべてが憎く感じていた。

 

 母を殺した奴らが憎い…。

 平民出身の母の死を悲しむどころか喜ぶ貴族たちが憎い…。

 ボクと妹を政治の道具として他国に送り出した父親が憎い…。

 ブリタニアの人間だからって強盗の国と蔑み、石を投げつけてくる日本国の子供たちが憎い…。

 

 憎い…。

 どれもこれもあれもそれも目に付くもの、脳裏に焼き付く人間そのものが憎い…。

 

 ボクに力があれば…すべてを覆し、塗り替える力があれば…。

 そんな現実味のない願いを抱いている。

 夢見がちな事も、あり得ない事も心の奥底から理解している。しかしながら欲してしまう。

 せめて妹を護れるだけの力だけでもと…。

 

 今日も今日とて石を投げつけられた。

 日本国首相に引き渡されたボクは自らの面倒は自ら見ると言い、監視目的だったであろう家政婦を断り、生活費だけを貰って過ごすようにしている。

 ゆえに食事の用意も食糧の買い出しも自分たちの仕事となる。

 妹は母が亡くなったテロのトラウマで目を閉じ、怪我で車いす生活。自ずと全てはボクの担当になる。不平不満を感じている訳ではない。寧ろ、誰かに任せるより自分でやれている事に安心感を覚えている。

 …そもそも目が見え、歩けたとしても妹に買い出しを任せるわけにはいかない。

 

 買い出しに出るという事は住みかとして提供されている枢木邸の敷地内から外に出るという事。

 敷地内には関係ない人の出入りはないので問題はほとんどないが、外に出れば見知らぬ人物と遭遇する。その中にはブリタニアに悪感情を抱き、ブリタニアの皇子という理由一つで石を投げたり、暴力に訴え鬱憤を晴らす者もいるのだ。

 

 ボクは買ったばかりの食材を護るために身を盾にして蹲る。

 群がった子供たちは蹴ったり、石を投げたり好き勝手に暴行を行い、それを目撃した大人は知らん顔をして通り過ぎ、護衛として付けられたSP達は命に別条が及ばない限り動く気が無い。

 

 助けなど求めない。

 ボクはただただ憎みながらこの理不尽な連中と時間が過ぎゆくのを待つだけだ。

 

 そんなボクの日常と化した一日………それは唐突に終わりを告げた。

 

 一人の青年が現れた。

 オーダーメイドで誂えられた上着を雑に放り投げ、石を投げたり蹴ってきた少年たちの頭に拳骨を落とし、何もしていなかったSP達を殴りつけていた。

 護衛を行うSPはある一定の格闘術を習得している。その鍛錬の末に得た体術を用いることは無くのされていく様子は異常…というよりその男の地位を明確にした。彼らが無抵抗、または反撃に出る事を躊躇うとなれば世間的に地位のある人物かそれに連なる者、もしくは雇用主の血族と言った所だろう。

 

 青年は真っ直ぐと瞳を見つめ、膝をついた。

 同情や憐れみを受けるつもりはない。確かに助けられたが頼んだわけではない。

 無視して立ち上がり、通り過ぎれば良いとまで考えていた。

 

 「――少年、力が欲しいか?」

 

 たった一言。

 冗談などの声色は一切含まれない真っ直ぐな言葉。

 それがどういう意味でなんの思惑があるかなど考えることなく、間も開けずに「寄越せ…」とだけ呟いた。

 青年はにこりと頬を緩めて頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でてきた。

 

 「なら付いて来い。俺がお前に力を貸してやる。だからお前も俺に力を貸せよ」

 

 これがボク――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木 白虎との出会いだった…。

 

 

 

 

 

 

 2010年八月一日 枢木家別邸。

 日本国首相である枢木 ゲンブが長男である白虎の為に建てさせた屋敷で、日本独特の和の外観を誇り、内部は異様なほど防犯と防音、盗撮などの防諜に優れた設計となっている。

 

 その別邸の一室にて難しい顔をして椅子に座る少年がいる。 

 少年の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 神聖ブリタニア帝国の皇子の一人で母親が亡くなったことで、父親のシャルル・ジ・ブリタニア皇帝に外交の道具として日本に送られた悲しき皇子。

 

 「どうしたルル?もう降参か」

 「むっ…まだですよ」

 

 挑発するような一言にピクリと顔を歪ましながらテーブルの上に乗せられた将棋盤を睨みつける。

 テーブルを挟んで椅子に腰かけるのは赤のネクタイに黒のベスト、白の上着を着こなし、黒のつばが前下がりのチロリアンハットを被った枢木 白虎であった。

 

 あれから五年という年月を経た白虎は神聖ブリタニア帝国と戦うべく準備を進めて来た。

 目の前にいるルルーシュもその一環である。

 

 コードギアスに登場する日本人キャラで優秀なのは少ない。

 皇帝最強の十二騎士(ナイト・オブ・ラウンズ)に匹敵する腕前を持つ紅月 カレンや弟の枢木 スザクが居るが原作開始七年前では小学生…。

 逃げ腰の片瀬少将や突撃武者の草壁中佐は置いておいて、まともなのが藤堂 鏡志郎中佐と四聖剣しかいない。しかも四聖剣の千葉さんは学生で三人と弱体化しているし…。

 

 だから考え、行動し、かき集めた。

 前世の記憶と原作知識を有した俺は最強チートや無双なんてことは行えない。

 だけど枢木家に生まれた幸運も合わせて出来る事は多くあった。

 

 日本という狭い国土を最大限有効に使った住宅街や市街地が密集した特性の為に大型兵器は邪魔になるので小さく、大量に生産できる対ナイトメア兵器の開発アニメで知り得た戦術よりこちらでも使用できるものの選定、対ナイトメアを想定した部隊の創設…etc.etc.

 そして優秀な人員の確保。

 

 スザクやカレンは戦闘面で優秀なので小学生の今では期待できないが頭を使う事に関しては問題ない筈だ。

 この時期に優秀な能力を持ち、日本に居るという条件に合う登場キャラクターでルルーシュ・ヴィ・ブリタニアほどの者はいないだろう。

 ドラマCDなどで知ってはいたが枢木家で世話をする事になったルルーシュの扱いはひどいものだった。

 苛めや差別、護衛なのに護衛をしていないSPに秘密基地という名の遊び場であった倉を盗られたスザクの暴力……。

 大国の皇子を預かる身としては最悪の対応だ。しかもルルーシュは母親を殺害されたばかりで精神的にも余裕がない。

 

 おかげでこちらには取り込み易かった。

 父親であるシャルル・ジ・ブリタニアに祖国神聖ブリタニア帝国に対する憎しみ…。

 政略結婚目的とは言えナナリーと婚約を目論んでいた俺の父親の枢木 ゲンブへの説得でのナナリーを守ったという恩。

 汚い大人になりつつある自覚はあるんだけど、慣れたくはなかったなぁ…。

 

 「これなら!」

 「おっと、まだそんな手があったのか。しかしこれで王手だ」

 「――うぇ!?」

 

 思いもしなかった一手を打って盤上に光明を浮かび上がらせたルルーシュであったが、大人げなく容赦することなく王手をかける。もうこうなってはルルーシュも勝ち目を見出すことは出来ないだろう。

 

 「さて、どうするかな?」

 「――クッ!……参りました…」

 「これで二連敗だね」

 「それはお前が攻めを封じて守りに徹しろって言ったからだろ!!」

 「ルルーシュ。前にも言ったけど日本国は基本防衛戦しか出来ない。物資も人員も限られた状態で海を渡っての攻勢は不可能。ならば防衛能力の強化は必須……で、君は防衛戦は得意かな?」

 「………」

 

 ばつが悪そうにそっぽを向くルルーシュも良く分かっている。

 攻め手としては優秀だが防衛戦は苦手なのだ。

 

 あー…一つ訂正するとルルーシュの防衛策は優秀である。ただ周りに居たシュナイゼルと本人が比べての判断で、片瀬少将や現役の将軍のほとんどより策士だ。しかも防衛しながら反撃の奇策を行おうという頭脳を持ち合わせている。

 彼が十六……いや、せめて十四歳ぐらいだったら無理を通して前線の指揮を任せられるのだが、いかんせん子供過ぎて優秀云々の前に前線の兵士が命令を聞いてくれないのは明白。

 

 「お兄様、シロさん。お食事届きましたよ」

 「もう十二時か…昼食にしようかルルーシュ」

 「あとでもう一度勝負だからな!」

 「はいはいっと…ナナリー失礼」

 

 車いすに乗ったナナリーが入ってきてルルーシュとの勝負は午後にお預け。昼食を食べる為にナナリーをお姫様抱っこして車いすから普通の椅子に移す。

 負けが続いたのと妹をお姫様抱っこしていることが気に入らないルルーシュの怒気や殺気の籠った視線を背中に浴び、右足の甲に痛みを受けながら体勢と笑みだけは維持する。

 

 「痛いじゃないか」

 「あら?ごめんなさい。でも未来の妻よりほかの女子をお姫様抱っこするのが先とはどういうことなのじゃ!」

 「何やってんだかな…っていうかお前もよく飽きないよな」

 「うるさいがさつ者」

 「なんだと!」

 

 神楽耶にスザクも入ってきて賑やかになった。

 いや、まぁ…来ていいよと言ったのは俺なんだけど一応ここはブリタニア侵攻の対策室も兼ねてあるんだけど……。

 

 原作通り最初は仲の悪かったスザクだったが俺がルルーシュと仲良くしたことが気になり、今では普通に友達として絡むようになった。

 そして皇家のご息女である皇 神楽耶は枢木家の長男である俺の婚約者となった。

 まだ本人は婚約者というものをおおよそでしか教えられていないが、五年前からちょくちょく顔出して遊んだりもして仲も良いので本人は嬉しげだけど、たぶん遊び相手ぐらいにしか思っていないだろうな。

 

 「ほらスザクもルルーシュも仲良くしなさいって…ん?ナナリー、注文って誰がしたんだ」

 「え、C.C.さんが――」

 「呼んだか?」

 「呼んだかじゃねぇよ。何処から金用意した?」

 「…経費だろこれ?」

 「経費で落ちないからな!というか俺の財布当てにするの止めろよな」

 「そんな事よりタバスコが切れたんだが」

 「あ?まだ予備があっただろう」

 

 そうかと呟いて台所に向かうC.C.を目撃したルルーシュとスザクが大慌てで駆け出す。

 前にも同様なことがあってタバスコを探し出した後の光景はまるで夜盗、もしくは野犬の群れに襲撃でもされたかのような惨状になっていた。

 あいつの個室も三日と経たずに汚部屋へと変貌するし、ほっとけば三食ピザで栄養が偏るなど子供の教育上問題があるか…。

 

 今更ですがC.C.は枢木家で雇いました。

 記憶が曖昧なのだがテレビアニメの第一期一話目で幼いスザクとルルーシュを眺めていたシーンがあったのを覚えていて、ルルーシュがこちら側に付いたことで気になって周囲を気にしていると、案外あっさりと見つけましたよ。

 木陰に隠れていたとはいえ、着物姿の緑色の長髪の女性が立っていたら嫌でも気づいたよ。…これは知っていたからという事もあるのだろうけどさ。

 

 とりあえず会ってからピザで釣って、ルルーシュとナナリーの世話役として雇ってもらった。給金も出ている筈なのだがよく俺の財布目当てでピザを頼むんだが何とかならないかな。

 それと世話をする筈がほとんどルルーシュが世話をしているんだけど。

 掃除、洗濯、料理などの家事スキルがどんどん上達していっているよルルーシュ君。

 タバスコを手にしたC.C.とピザが入った箱を二個ずつ手にしたルルーシュとスザクが戻り、皆が席に付く。

 さて、食べようかという時に私の携帯が鳴り響いた。

 着信音から通常時に使う私用の携帯電話ではなく、盗聴防止などの機密性を高めた携帯が鳴っている。

 苦笑いを浮かべて席を立ち、皆には先に食べるように指示をして自室へ向かう。

 鍵をかけて通話ボタンを押すと聞き覚えのある声が耳に入る。

 

 『今良かったか枢木少佐』

 「お久しぶりです藤堂中佐」

 

 呼ばれなれない階級に苦笑を浮かべながら言葉を交わす。

 十七歳の未成年者が少佐なんて階級に辿り着けるはずがない。勿論裏はあるさ。

 士官学校に入る前にブリタニアの各地を回った俺は身分を偽り、情報収集に努めた。

 藤堂中佐など枢木神社付近の道場には多くの軍人が通っている。俺が枢木家の人間で関わって来る人間が居て、その中にはブリタニアとの戦争を危惧している連中もおり、原作知識とそれらしい話し方でもって取り込み、協力させた。

 

 一番に収集に励んだのはカルフォルニア近辺。

 あそこにはブリタニアの大規模工廠やら軍専用の飛行場などが完備されている。情報を手に入れるのにはかなりの手間がかかったが記録や資料は無理だが多少ナイトメアの情報を得た………という事になっている。

 実際は原作知識で知っている事を書き出して、それが戦場でどういう風な活躍をするであろうかの可能性をそれらしいデータを付けて教えた。

 

 父や軍関係者は驚いただろう。

 そして実力を認めた父は信頼のおける者として俺にある一定の仕事を任せた。

 その仕事で実力を見せつける度にゲンブは大きく信頼を寄せて自由に動けるように色々手を回してくれた。

 

 まずは士官学校を卒業し、少尉候補生として訓練を受けた後に少尉になった俺は今まで兵器開発を手伝った功績を利用するべく技術部へ転属。二か月で中尉に昇格、次に情報部に転属させられナイトメアの情報入手の功績で大尉、対ブリタニア&ナイトメア用の大隊設立の編成官として大隊の編成をこなし、最後には少佐に昇進できたことで大隊の指揮官として着任。

 枢木家の家柄と関わり合いになりたい軍上層部の連中、膨大な資金と権力により成り上がった俺。

 

 本当に上手くいきすぎだ。

 怖いくらいにな…。

 なんでも良いけどさ。スザクや身の周りの人間を守れるなら何でもいいさね。

 

 『状況はどうだ?』

 「問題なく。すでに卜部中尉には東北へ移ってもらったよ」

 『こちらは九州に入った。仙波大尉を中部、朝比奈中尉を四国に向わせたが、中国地方に対応を任せる人員を配置しなくてよかったのか?』

 「構わないですよ。中国地方には侵攻軍は来ないので」

 『よくそんなことまで…いや、情報入手先は聞かないでおこう』

 

 藤堂中佐からは優秀な諜報員という認識もされているがそれが間違いなのはお察しの通り。原作知識にあった侵攻図の記憶によるものだ。

 

 太平洋側に布陣した日本海軍所属の艦隊はハワイなどのブリタニア領を経由した二つのブリタニア太平洋艦隊、ブリタニアフィリピン海艦隊により撃滅。日本は地理的に背後を中華連邦が位置しているから後ろの守りは手薄にしていたが中華連邦を経由してひとつの艦隊が攻撃を仕掛けてきたことにより中華連邦は多少ブリタニアに力を貸したと見える。

 その後の北海道を囲むように四つ、東北は日本海から一つと太平洋より二つ、東京近辺に二つなど十四の上陸部隊が日本国土に部隊を送り込んだ。日本各地に上陸したにも関わらず中国地方にだけは上陸されなかった。

 

 ただ気になってそれだけは覚えておいたのが役に立った。

 場所が分かった所で完全に防げるほどの人員も物資も無いのだが…。

 

 『そちらはどうなのだ?確か予定では貴官が東京方面の上陸部隊を相手にする筈だが…』

 「問題ありません。すでに部隊も配置して近隣の民間人には避難して貰った。桐原さんから頼んでいたびっくり箱(・・・・・)も届いた。そちらへの新兵器の輸送はどうですか?」

 『届いた。上手くいけば上陸した部隊は倒せるだろう。こうも早く貴官の虎の子の兵器を実戦で使うとはな』

 「アハハハ、藤堂さんなら使わずにも勝てそうですけどね」

 『それにしても片瀬少将よりの一個師団の援軍……どうやって取り付けた?』

 「俺が――自分の父親のコネを使って成田連山の防衛部隊を減らさせました。あまり使いたくない手ではありましたが勝つためには何でも使わないと」

 『同感だな。では、健闘を祈る』

 「御武運を中佐」

 

 通話を切った携帯を作業台の上に置くと何の躊躇いもなく叩き壊した。内部はあとで炙るとして今は食卓に戻るか。

 この作業には可能性は少ないが、同じ情報端末を使い続ける事で特定され盗聴されるのを防ぐためである。

 と、いうのは建前でスザクたちとの団欒を邪魔されたというのが一番の理由であることは俺だけの秘密である。

 それにしてもなぁ…。

 

 「健闘を祈るか。開戦の八月十日は俺の誕生日なんだけどなぁ…ま、自身でデカい花火でもあげるとしますか」

 

 乾いた笑みでため息を零し、帽子の位置を直しながら皆の元へ向かうのであった。


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