皇歴2012年七月十九日。
神聖ブリタニア帝国の侵攻より二年が経とうとしている東京にて、パレードが行われる。
第三次侵攻作戦で大きな被害を被った東京も、ようやく復興が形を成して、以前のような景観を取り戻しつつある。が、傷跡は未だ残っており、それを目にする人々には、ブリタニアに対する憎しみの色を映し出す。
そのブリタニアへの憎しみを孕む東京の大通りには、多くの民衆が詰めかけ、怪我をしないように警官達が必死に警備の仕事についている。
立ち並ぶビル群の窓という窓には眺めようと人だかりが出来ており、取材用のヘリが何機も上空を旋回している。
慌ただしくも、それぞれの視線の先には軍靴を踏み鳴らし行進する日本軍所属の兵士達が行進し、対人型自在戦闘装甲騎用装甲戦闘車両“弦月三式”の改良型である“弦月四式”が車列を組み、さらにその後ろを日本初の自在戦闘装甲騎“無頼”一個大隊が走行する。
無頼一個大隊の搭乗者は藤堂 鏡志郎に鍛え上げられた者達で、一定に開かれた間隔を乱すことなく見事に操っている。
その一個大隊の先頭を、指揮官用に金の角飾りと装甲を多少増やした
今日この日は軍が己の力を誇示する為に、それとそれに尽力した澤崎 敦の票稼ぎの為に執り行われた軍事パレードを予定し、白虎は軍再建の立役者兼日本の英雄として駆り出されたのだ。
想いを秘めたままいつになく真面目な表情で見渡す白虎は、パレード終了後の待合室に入った瞬間だらけた。
「あー、鬱陶しい。こんな窮屈なの着てられっか」
扉を閉めるや否や制服の上着を投げ捨て、ソファに寝っ転がる。
突然の奇行に驚くのは一人だけで、他の三名は気にしなかったり、笑ってみてたりと動じた様子もない。
「お疲れ様です白虎様」
「面倒ごとの終了おめでとぉ~」
声を掛けてきた篠崎 咲世子とロイド・アスプルントに軽く手を上げて、それを返事と言わんばかりに返答はしなかった。
「本当に英雄となると大変よねぇ」
「こんな行事に強制参加なんて」
「……これでも無駄では無いから何とも言えねぇんだよなぁ…」
脱力しながら言葉はまさにその通りである。
このパレードは政治的軍事的であるが、それ以上に白虎はブリタニアに伝わる情報こそが重要と考えた。
戦争終結から、陸海空の補填から強化、新装備の立案に開発。アニメ知識で知っていた無頼の開発計画など、多くの軍再建と強化計画に携わったが、軍内部はブリタニアへの軍機密の漏洩を恐れて隠し、政治家たちは内外に日本の力を示したいがゆえにアピールしたいと意見が食い違い、今日までどちらにも付かずに隠され続けていた。
人、特にシュナイゼルのような切れ者が居る国では
陰に潜ったこちらの情報を知ろうと、躍起になって陰に入り込もうとするのは明白。そんな陰より観察しようとする者を陰より見つけるのは困難極まりないし、余計な出費が重なるだけだ。
それに何らブリタニアに
ならばいっその事表に出そうと白虎が一言投げたのだ。すれば政治家は跳び付き、軍上層部はならばいっその事盛大にアピールしてやると躍起になった。
「まったくこの国には一部を除いて馬鹿しかいないのかよ」
「枢木さん。それは問題発言では?」
「クルーミー嬢は常識人だね。けれど俺は実体験してきたからさ。じゃなきゃ英雄になんぞなってないよ」
困った笑みを浮かべるセシル・クルーミーに微笑みを向ける。
ブリタニア本国での勧誘後、彼女はロイドやラクシャータと共に用意した技術研究所に就職した。二度目の出会いで白虎と知った時の驚きようは凄かった。逆にロイドとラクシャータは研究さえ出来れば誰でも良いと言わんばかりの反応で、つまらなかったのを覚えている。
「そんなに頼りないですか?」
「いんや、君らは頼りになるよ。クルーミー嬢にロイド博士にラクシャータ博士。君達三名は時代を動かす人物だって知っているから」
「買い被り過ぎですよ」
「御謙遜を。俺は評価すべき相手には評価する。科学面で君達を超える逸材はいない。並びそうなのは二人ぐらいしか知らないし」
照れて頬を染めて俯くセシルに笑みを向けていた白虎は、うつ伏せから仰向けに転び直して大きく伸びをする。
実際問題、彼らこそが今後の対ブリタニアの計画を左右する要因である。
ブリタニアを敵にした場合、一番厄介なのは兵力と一騎当千のラウンズの存在だ。
数だけの相手であれば対処法を考えているので、明日明後日にも開戦するなんて話にならなければ焦る事は無い。だが、ラウンズだけがそうはいかない。現在のラウンズに、アニメに登場したジノ・ヴァインベルグやアーニャ・アームストレイムなど若手の騎士はいないものの、ビスマルク・ヴァルトシュタインを始めとする何人かはすでに在籍している。また、“亡国のアキト”でユーロ・ブリタニアに渡るナイト・オブ・ツーはまだ本国に残っており、戦うとなると彼らが出て来ることになる。
日本軍の中で、彼らを一人でも相手に出来る者など存在しない。
藤堂と四聖剣を合わせても、勝ち目はないと俺は判断している。成田で二対一で挑んだ四聖剣二機が、コーネリアの一突きで損傷させられたのを忘れない。強敵ではあるが、ラウンズほどではないコーネリアに苦戦するのだ。まず勝つどころか相手によっては損傷させれるか程度だ。
実際戦ったらもう少し善戦するかも知れないが、予想というのは、良い方にでなく悪い方に考えておくに限る。
では日本がそんなラウンズに対抗するにはどうするか?
ラウンズ級のパイロットを育成し、ラウンズの専用機に差を付けれる、技術面で優れた機体を用意すれば良い。
こんな事口にしたら、頭の良い学者先生などは馬鹿じゃないのかと思うだろうが、アニメを…未来を知っている自分からすれば当てが有り、その為の準備をしている。
パイロットには紅月 カレンと、出来れば戦わしたくないが弟のスザク。
機体に関しては紅蓮弐式とランスロットが予定されている。
“ロストカラーズ”で、グロースターに搭乗したラウンズのノネット・エニアグラムをランスロットに乗ったスザクが圧勝した事からも、これらが揃えばラウンズに対抗できる確証は得た。
あとは彼らが原作通りに制作してくれるだけだ。
そんな白虎の未来図を知らず、ラクシャータもロイドも笑みを浮かべている。
「高評価ありがとうございまぁす。ところで少しお頼みがぁ…」
「ロイド博士がそう言うという事は、追加資金かな?」
「いやぁ、話が早くて助かりますよ本当に」
「アンタさぁ、この前も追加頼んでなかったっけ」
「そうだった?」
「そうでしたよ。忘れたんですか!?」
確実に忘れているであろうロイド博士に苦笑いを浮かべ、頭の中で軍の予算から枢木家の収入・支出の計算を行い、少しだけ顔色を悪くする。
ロイドもラクシャータもとんでもない金食い虫。研究開発と言うのはそういうものなのだが、彼らが行っているのは秘密裏な研究であり、軍部でも政府でも知る者は居ない。ゆえに金を工面するというのは、表立って出来ない分手回しも必要で、苦労が絶えないのだ。
その分セシルは懐に優しい。
彼女の場合は補佐の役職で、自身の研究だけに没頭することが出来ない。なのでロイドの補佐をしつつ、机上のみで案を出来得る限り完成形に近い形で組み立てる為に、お金が掛からないのだ。
「まぁ、なんとか工面するさ。ラクシャータ博士も必要だろうしね」
「本当に察しが良いわね」
「さてさて、ここに集まったのも無駄話する為じゃない。進捗報告を」
体内の空気を吐き出し、気持ちを入れ替えた白虎はソファに座り直し、三者に視線を向ける。
盗聴の恐れは、前もって咲世子を始めとする信頼の置ける直属の諜報部に調べさせたから問題ない。
心置きなく話を進める白虎は三者三様の吉報に心を躍らせるのであった。
「いやはや、ここまで……ようやくここまで成ったのだな」
パレードの様子を眺める片瀬 帯刀少将の呟きに、藤堂 鏡志郎大佐は大きく頷いた。
たった二年でここまで軍部を再建し、技術面でも成長させるとは当時は思いもしなかった。
ここに居る軍部の人間もそうだ。
ただ藤堂との違いは思いもしなかっただけでなく、白虎が裏でどのような工作を行っていたかを知らないという点だ。
二年という長くも短い期間で、疲弊し切った一国の軍部の再建と強化が行えるか?――――答えは不可能である。
余力があり、金銭面で優れた国家であれば、金にものを言わせて出来たのかも知れないが、物資を他国からの輸入で賄い、各地に大きな戦争の傷跡がある事から、復興にも力を注がねばならない日本国にはそんな余裕はなかった。
なら何故復興で来たのか?
水鳥が悠々と湖の上を漂っているようで、水面の下では全力で足をバタつかせているのと同じで、一般民衆に悟られぬように裏で色々と動いていたからに他ならない。
反ブリタニア勢力支援団体からの資金援助に、反ブリタニア勢力に対する技術供与からの代金。他にも多くの事をほぼ一人で行っていた。
だから藤堂は、この場に居る片瀬を含めて好きにはなれない。
「これであればブリタニアに勝てるのでは?」
誰かが漏らした一言に苛立つ。
何故こうも状況を理解しない者らが多いのかと、顔には出さずに考え込む。
それもまた、白虎の為と言えばそれで片付いてしまうのが怖いところだ。
ブリタニア侵攻作戦で苦渋を嘗めた日本軍ではあるが、将官達のほとんどがその苦情を耳にした程度の認識しかない。というのも、白虎が元々日本上層部に見切りを付けて、戦場に赴かせなかったというのがある。当時は、何故自分や卜部や仙波などばかり、前線のほとんどに向かわせられるのだろうと思っていたが、今となっては良く分かる。戦線を任せられる人物がいないのだ。
おまけに奇跡のような快進撃で、大国ブリタニアを相手に和平に持ち込めたことで、軍上層部―――特に陸軍には楽観論者が蔓延しつつある。
逆に海軍は上層部が戦死したり、戦争を肌で経験した若者が上の穴埋めで出世したりしているので、陸軍よりも現実を見れている。しかも白虎の実力を間近で体験した者が多いので、白虎を崇拝するような者まで居るとか居ないとか…。
「現在ブリタニアと条約を結んでいる我が国としては、その発言は問題かと」
怒鳴り散らしたい気持ちを押し込め、上官である彼らが不快に思わない程度に注意を促す。
片瀬を始めとした将官達は、にこやかな笑みを浮かべる。
「あぁ、確かにそうだな。だが、そうも言いたくなるだろう」
「これだけの力を我々は取り戻せたのだからな」
「もうブリタニアにデカい顔をさせる事もありますまい」
「まったくだ」
背後で待機している卜部が不快な顔を浮かべ、仙波がそれを抑えるように視線を向ける。
そんなやり取りを背中で感じ、藤堂は朝比奈や千葉を連れてこなくて正解だったなと自分の判断の正しさを褒めた。
朝比奈はまだ良いかも知れないが、千葉は確実にこの馬鹿な会話に一括を入れかねない。
「片瀬少将。例の一件はどうなったでしょうか?」
「うん?……おお!白虎少将の一件か。勿論承諾させて貰ったよ」
「それは何より。では後程関係書類を回して貰っても宜しいでしょうか?」
「手配しよう。にしてもなにか急ぐのかね」
「……火急の用事がありまして」
「ふむ、この後食事でもと思っていたが仕方ない。また誘うとしよう」
「えぇ、その時はぜひ。では失礼致します」
心にもない言葉を述べ、敬礼を行って退席する。
部屋を出ても不快感を漏らすことなく、さっさと離れようと足を多少急がせる。
「火急の用事なんてありましたか?」
一緒に退席した卜部がにやつきながら問いかけるが、表情や声色から解りきっている事が伺える。
同様に苦笑している仙波も理解していると見て良いだろう。
「嘘も方便だ」
正直あの場に居ても、時間を無駄に浪費するとしか思えない。
確かに日本軍は力を取り戻した。だが、白虎の計画の一端を知る身としては、これだけでは足りない。
彼らは自国の自在戦闘装甲騎“無頼”の列を見て喜んでいたが、外見が多少違うだけでグラスゴーと同等の性能しかない。
アレでは駄目なのだ。
なんでも数年もしない内に、グラスゴー以上に優れた“サザーランド”なる自在戦闘装甲騎をブリタニアが開発すると白虎少将から聞いている。一応打開策として、軍部ではその改良機となる“無頼改”が作られているのだが「ふぅん、無頼改ね。安定して研究が行えるために早く出来たな。重畳だな………ブリタニアへの
一から十を聞かなくても理解した。白虎はブリタニア側の協力者、もしくは諜報員が日本に潜り込んでいると考えているのだろう。そして無頼改など目も入らない程の何かを隠している。
私がブリタニアの将であるなら、新型機がパレードで明かされ、それがグラスゴーと同程度の物だと知ったら、他に何かがあると思って探りを入れる。結果目に留まるのは、未だ公表されてない無頼改になる。となれば『日本は新型機である無頼改の量産に目途がついたから無頼を公表したのか』と判断しかねない。
これは同様の手口を海軍にも頼み込んだ事から明らかだろう。
今回のパレードは、陸軍だけでなく空軍も海軍も参加している。
海軍では新型の戦艦“金剛”がお披露目になっているが、その裏で“大和計画”というのが動いている。詳細は知らされてないが、秘匿呼称“八八”の一環らしい。
何をする気か知れないが、その秘匿呼称を口にした白虎が酷く頭を痛めていたようで、問題が山積みなのだろう。
「………まだ二十歳になったばかりの若者にすべてを託すとは、俺も変わりないか…」
ぼそっと心情を漏らし、頼り切っている自分が情けなく感じる。
そんな思いを持ちつつ、白虎に
犠牲者……参加者は地獄を見ることになるが、得る物も大きい事を祈りつつ、白虎の下へ急ぐ藤堂であった。
日本で行われた軍事パレードの情報は、すぐさまブリタニアへと届けられ、オデュッセウスを始めとした皇族たちが会議の場に集められることになった。
皇帝は相も変わらず不参加で、会議の議長は皇帝代理も務めるオデュッセウス・ウ・ブリタニア。
参加している皇族は、ギネヴィア・ド・ブリタニアにコーネリア・リ・ブリタニア、そしてシュナイゼル・エル・ブリタニアの合計四人。そこに、皇帝に会議の内容を伝える、帝国最強の騎士であるビスマルク・ヴァルトシュタインが加わっている。
会議と言っても堅苦しいものではなく、応接室のような部屋でソファに座り、くつろぎながら談笑のように行われている。
「さて、日本でパレードが行われているって言っても、私達が会議をするほどなのかい?」
この会議自体に疑問を持ち、首を傾げているオデュッセウスに対して、シュナイゼルは認識の足りなさを認識する。
元々戦に向かない人柄だからこそ、こういった事に疎いのだ。そもそも和平が成ったのを心の底から信じている時点で察してはいたが、その考えを正すためにも言っておくのが正解だろう。
「兄上。日本とは確かに和平を結びましたが、それは疲弊していた政府が安定を求めて取ったもので、心の底では和平を望んでいる者は少なかったでしょう」
「え、そうなのかい?」
「わたくしの方でも調べましたが、日本の反ブリタニアの考えが強く、行動に出さないだけで今にでも攻めるべきと騒いでいる者らは居ます」
シュナイゼルに続いてギネヴィアも正しく教える。
どこか悲しそうに納得したようだが、理解したようには思えない。
「問題は日本がどの程度の力を得たかですね。その辺りは知っていて?」
「一応情報は持っていますよ。陸軍では無頼と言うナイトメアフレームを。海軍では新型戦艦金剛の発表しております」
「性能は?」
「調べた内容によれば、無頼はグラスゴーと同程度。戦艦の方はブリタニアの戦艦以上と言ったところですね」
日本に潜らせている諜報部が、犠牲を払いつつ入手した情報を書き連ねた書類を、人数分取り出して渡す。
コーネリアとギネヴィアは理解してはすらすらとページを捲っているが、オデュッセウスはそこそこ理解しているのかしていないのか表情は重たい。
「失った海軍は補強どころか強化。陸軍はナイトメアを手に入れ、空軍も力を増してきている。経った二年で良くここまで立て直したものね」
「手元に置いて置きたかったですか?」
「それは無い。逆に敵であった方がわたくしは嬉しいわ」
どんな時でも冷静で冷たい印象を受ける瞳に怒りを表す火が灯る。
あぁ、またかと思いながら反応を待つ。
「これは明らかな戦争の準備でしょう」
「待ちなよギネヴィア。早々決めつけるものではないよ」
「攻めて来られてからでは遅いのです。早めに打てる手は打っておくべきです」
ギネヴィアの意見はもっともだ。
シュナイゼルとしても、白虎を放置していく危険性は理解している。理解しているが出来る事なら敵に回したくない、回せない国の事情がある。と、いうのも父上によって広げられた戦線が影響をもたらしている。
ユーロピアにロシアとの二つの戦線を抱えているブリタニア。それがあの日本を―――白虎を相手にするのは危険としか言いようがない。
攻めるなら以前以上の軍を動員する必要が出て来るが、白虎ならばそれを狙って反撃をしかねない。
反撃と言っても日本からの攻撃ではなく、ブリタニアに敵対している国々に発破をかけての大連合での反撃。世界に散らばって反ブリタニア活動している者らの中には、日本を捨てて戦い続ける元日本国兵士の姿がある。彼らは経験と技術で反ブリタニア勢力では高い発言力や地位を持っており、日本が攻められた機に命令を出せば、小国の群れとは言え多くの国が攻勢に出かねない。さらには大戦力を動かして隙を見せたら、中華連邦も参戦しかねないという大きな危険を伴う。
それらを避けるだけの手筈はまだ整えていない。ここは是が非でも戦争だけは回避するべきだ。
「姉上。現在ユーロピアのみならずロシアとも戦線を持っている我が国は、これ以上戦線を抱えるのは難しいと断言するほかないでしょう」
「………そうね。日本との戦線を持てば、すべての戦線が勢いを増す。最悪の事態はブリタニアそのものを危険に晒す可能性があるわね」
すぐに理解して多少高まった熱を放出するように息を吐き出し、いつものような冷たい視線がシュナイゼルに向けられる。
時折白虎の事になると、ギネヴィアは気が荒立つことがある。
理由は皇帝陛下より出された婚約の話をあっさりと破棄した事に他ならない。
別段白虎と縁を持ちたかった訳ではない。寧ろ言葉にしていなかったが嫌だったと思うが、相手から婚約破棄を言い渡されたという事が、ギネヴィアのプライドを傷つけたのだ。
だから白虎の話になると気が立って、先のように一瞬ではあるが熱くなる。
「それで貴方としてはどういう策を考えているの?」
「策と言う策ではありません。日本とは戦わなければ良い…それだけです」
「おいおい、シュナイゼル。日本はブリタニアにとって危険なのだろう?戦わないという事は時間を与えることになる。そこのところは大丈夫なのかい?」
「危険なのは白虎のみでそれ以外はそれほどでもありません」
「そう…なのかい」
不安げにシュナイゼルの言葉を飲み込み、何とか安堵するオデュッセウスに、コーネリアは何処か空虚に感じた。
決して無能でないが、争いごとに関してはまったくの門外漢。その上、白虎と戦ったものでしか奴の脅威は計り知れない。
ゆえにこの場でオデュッセウスは勿論、ギネヴィアも混ざっていること自体が無駄のように感じてしまう。
「兄上。今回の件は私に任せて頂けないでしょうか」
「そうかい?なら安心できるというものだよ」
本気で安堵から胸を撫でおろす。
声色にも安堵の色が色濃く出ていた。
相手が白虎だけに、人任せにすることに若干不服そうなギネヴィアであるが、異論を唱える事無くこの話し合いは終了した。
退席しようと立ち上がろうとした時、シュナイゼルとコーネリアの視線がぶつかる。
目が合った際に何かを含んだ視線に気付いて、コーネリアはシュナイゼルの後を追うように退席する。
「どう思う?」
部屋から退出したシュナイゼルは、同じく部屋を出たコーネリアに問いかけた。
この問いを部屋から出てから行ったのは、聞かれたくないというよりは、白虎を知る者同士で話したかったからだろう。
そういう意味では、コーネリアはシュナイゼル以上に白虎を知っている。
文字通り肌身で感じ、骨身まで奴の脅威を味あわされたのだから。
「白虎の事ですから絶対何か隠してますね」
「攻めるべきだと?」
「いえ、奴に対して何も知らずに攻めるほどの愚行は存在しないでしょう」
シュナイゼルはコーネリアの言葉に噛み締めるように頷く。
そして薄っすらと笑みを浮かべた。
「そうだね。ならば彼の手の内を彼自身に晒させるとしよう」
さらりと放たれた言葉に反応を示す。
あの白虎に対して簡単そうに操れるとシュナイゼルは言ったのだ。
それほどの策を持っているのかと自身の兄を称えると同時に、自身が手古摺った相手を容易に操れると言われて妙な苛立ちを覚える。
「容易に出来るとは思えませんが」
「確かに彼は私の意図に気付くかもしれない。いや、気付くと仮定したところで、そうせざるを得ない状況に追い込めば良いのだから」
いつも通りの笑みの筈だ。
その筈なのにコーネリアの目にはどこか冷たく、ひと目で背筋がゾッとする狂気を孕んだ笑みに見えた。
まるでそれを狂おしい程待ち遠しく、早く試したくて仕方がないと言わんばかりに…。
心が浮ついている。
こうも浮足立つとは思いもしなかった。
事の発端は、教官より伝えられた新たな大隊の設立の話にある。
なんでも軍部は先日のパレードで軍事力が回復したと判断し、今度は兵士育成に力を入れるとの事。
それだけでは別に沸き立つこともなかったのだけど、その大隊の所属と発案者が発案者だけに大事となっている。
発案者は名家枢木家の当主で、神聖ブリタニア帝国の侵攻作戦で大きな武功を幾つも立てた日本の英雄、枢木 白虎少将。
家柄、容姿、経歴全て完璧と言って良いほどの人物で、女性陣からの人気は凄まじいものがあった。まるでアイドルのような扱いなのだけど、その勢いに対して付いて行けなかったが…それは置いといて、英雄直属の大隊と聞いては心躍るというもの。
部隊の入隊条件は、軍学校で訓練を受けている者で教官からの推薦を受け、その上で
最後の一文は分からないけれど、教官の推薦辺りの理由は理解できた。
英雄の部隊となれば、会いたいだけで参加しようとする者も多くいるだろう。教官が推薦するというのは、それらの抑止を兼ねていると思われる。さらにコネや金を積まれて推薦したとしても、すでに推薦で絞り込みをしているからには、そういう行為で送って来た教官には何かしら罰が与えられるのは想像に易いだろう。
これでは不当な手段で参加はさせられない。
さすが英雄と謳われるだけあってよく考えられている。
いきなり教官に呼び出された時は何事かと身構えたが、まさかその推薦を貰えるとは想いもしなかった。
この話を聞いたら母さんも父さんもどう思うだろうか?
いやいや、まだ大隊入隊前の訓練を受けれるってだけで所属が決まった訳ではない。それにどういう部隊に所属するかなど、家族であっても教えてはいけないだろう。
やはり柄になく少し浮かれてしまっている。
頬を少しきつめに叩いて気持ちを入れ替える。
教官の執務室から宿舎に戻る途中、掲示板に例の大隊の説明が書かれたポスターが張り出されていた。
選ばれるのは訓練兵の中でも教官推薦の者のみで構成されるのであれば、実戦経験を積んだ部隊を除いては精鋭部隊と言う事になる。開戦時はただの学生だった自分が精鋭部隊に所属すると想い描いただけで頬が緩み、勝手な期待が膨らんでいく。
ただ一点、気になるところがある。
このポスターの謳い文句だ。
長々と難しい言い回しで書かれているが、要約すると『厳しく困難で危険な任務が待ち受ける大隊に入る者には、名誉と称賛が贈られるだろう』となるのだけれども、文章の三分の―――いや、四分の三ほどが脅し文句で綴られている。しかも残る四分の一には贈られるだろうと曖昧なものしか書かれていない。
これでは集まる者も集まらないのではと疑問覚える。
いや、逆に愛国心溢れる人なんかは逆に参加するのかな?そういった意図なのだろうか?
疑問に浮かんだ解答と新たに生まれた疑問がぐるぐると回るが、今はどうでも良いかと膨らんでいく期待に想いを寄せて、井上 直美訓練兵はスキップしそうな心持で宿舎に戻るのであった…。
その想い描いていた理想が打ち砕かれ、想像していたものを三倍以上した地獄の訓練が待ち受けているとも知らずに…。