皇歴2010年九月二十四日。
日本全土にとあるニュースが流された。
四日前の二十日深夜に日本国首相である枢木 玄武が
国葬が執り行われ、多くの軍事・政府関係者が参列した。
長男である枢木 白虎はいつになく暗い雰囲気を纏い、お悔やみを述べる参列者と短いながら会話を繰り返していた。
参列者の中には白虎の婚約者で日本国の象徴である皇 神楽耶や桐原産業の創設者である桐原 泰三の姿も見受けられた。
葬儀の様子は日本各地――否、日本が情報を発信している外国にも垂れ流して、全世界が目にすることが出来る。
流されたのは葬儀だけでなくその後の軍人や政治家の演説もである。
枢木政権で官房長官を務め、内閣総理大臣臨時代理に指名されていた澤崎 敦のものもあった。
最初はゲンブの事を嫌っていたなどと落とすところから始め、奴の日本を護るという心意気は尊敬するものであったと褒めて持ち上げる。大きく手を動かしジェスチャーで人目を引き、言葉一つ一つの強弱をはっきりさせ、時には涙を流した。
人々はその演説に魅せられた。
すべては演説の知り尽くしたプロよりの指導あってのものだが、その創り出された演説の空気に飲み込まれた。
他の将軍級の軍人も官僚も他局などで澤崎に続くように戦意を向上させる演説を行い日本国の士気や反ブリタニアの風潮は確実に上がった。
真っ先に演説を行った澤崎は会場より降りた駐車場にてため息を吐いていた。
表情には悲しみや喪失感などはなく、疲労感だけが漂っている。
護衛のSPは澤崎が乗っているリムジンを中心に距離を置いて周りを警戒し、運転手は少し離れた自動販売機横で用事が済むのを待っている。
右隣に止めてある車の後部座席の窓が開くと、澤崎も同じく窓を開ける。
「どうだったかな私の演説は?」
「最高でした。本当に助かりましたよ次期総理大臣閣下」
「はっはっはっ、まだ気が早いな白虎君は」
向かいの後部座席に座る枢木 白虎に満足げな笑みを浮かべる。
今回のすべてはこの二十歳にもなっていない彼により動かされた。
枢木首相が亡くなった知らせを受けた当初、政府では降伏案が検討されていた。政府役職についているものの中には戦争反対派もブリタニアと繋がっている者も多少なりとも存在した。そもそも現状ブリタニアに押され気味である事から弱腰になっている者が大半だった。
そこに桐原 泰三が降伏へ動くように裏で動いていたらしい。
私の元にもその話は来た。
ブリタニアと繋がっていたらしく色々と好条件を提示してきた。
が、あえて私は保留にした。
『儂の息子は人の皮を被った化け物やもしれん』
以前、ゲンブがぼそっと漏らした一言。
話のきっかけはとある番組でゲンブの息子である枢木 白虎を持ち上げた番組を目にした事だ。
成績優秀で十八歳にして佐官、容姿も父親と違って整っておりかなりの人気があるとか…。
その話をしていたメンバーはゲンブのご機嫌稼ぎもあったのだろう。やけに白虎を持て囃し、さすがゲンブ殿の御子息とゲンブまで持ち上げた。しかしゲンブは顔を歪め席を立ったのだ。
何か気に障る事でもと不安がる者らを差し置いて私に言ってきたのだ。
息子が怖いと。
確かにあそこまで優秀な事は誇らしいと思っているが、時に恐ろしく感じるそうだ。
アレが儂に牙を剥くようなことがあればどうなるかと…。
誰に対しても高圧的で厳とした態度を崩さなかった奴のあのような表情は初めて見た。
ゆえにとでも言えばいいのかふと脳裏を過った言葉に妙な危機感を覚えて保留にし、見極める為にあえて桐原の動きを白虎に流してみたのだ。
結果は凄まじいものであった。
桐原の誘いに乗った者らは汚職や裏金問題が浮上して今や進退が危うくなり、あらゆる手を講じて無かったことにしようとしたものは売国奴として民衆に広められた。
桐原自身はその日より姿が消え、桐原 泰三が動かしていた桐原産業は困り果て、そこを昔から親交があった枢木家と皇家が助け、今では両家の言いなりとなっている。
「澤崎さんのおかげで上手く運びました。あ、これはお約束の――」
「うむ、確かに受け取った。今後とも君とは仲良くしていきたいものだ」
「お互いの意見が一致してますから大丈夫でしょう。ある一点を除いては…ですが」
「では、例の件はくれぐれも頼んだよ」
お互いに窓を閉めるとSP達と運転手が戻り、数台の護衛車両と共に動き出す。
受け取った封筒よりゲンブが握っていた政治家や企業の情報をニタリと眺め、封筒の中に仕舞いこむ。
クツクツと笑いが止まらない。
確かに白虎の事を恐ろしいと思ったが、澤崎はそれ以上に味方にしておけばどれだけ心強く、良い想いを出来るかという事を理解した。
『父の死を使って国民の士気や徹底抗戦の意志を高める事は出来ますか?』
この頼まれごとの見返りは破格で、日本がブリタニアに勝った際には次の選挙での票稼ぎを手伝うと言ってきた。
ブリタニアに勝てば枢木 白虎は日本国を救った英雄として祭り上げられるだろう。
そんな彼が支援してくれればかなりの票を稼ぐことも出来る。いや、枢木家という名家の力も合わせれば万に一つも負ける事は無い。それに彼は皇家との婚約も決めている。万どころか億や兆に一つも負けはない。
デメリットのない取引というのはどうも胡散臭かったが、代わりに勝った後も対ブリタニア戦略の支援を約束させられた。
相手の狙いもだいたい予想できるものとなって、澤崎も安心して条件を呑んだ。
負けた際はすぐさま中華連邦へ亡命できるよう手配済み。手土産のサクラダイトまで準備して…。
もしも奴が政治に関わろうとするならば敵対することになっただろうが、全くと言って良いほど興味すら無い事が分かったのでせいぜい利用し、利用される間柄で協力する事としよう。
「とか、思ってんだろうな…あのおっさん」
「如何しましたか?」
「んー…いや、なんでもない」
後部座席でグデーと無気力な感じで寝っ転がる白虎の面倒くさそうに呟いた独り言に、助手席に座っていた咲世子が反応した。が、別段聞いてほしい事でもなかったので無かったことにして貰う。
もう何もかもが面倒くさく思えてくる。
スザクを護らんが為に色々と動いてきたのに、トラウマもののイベントを忘れていたとは…。
スザクが親父を殺した…。
九月二十日深夜の枢木邸にてゲンブがブリタニアと取引の電話をしており、偶然耳にしたスザクは親父と口論となって、最後は叩かれてキレたスザクが近くにあった果物ナイフで刺殺と言うアニメと同じような事態と相成った。
ただ親父が交わした約束事に差異があったぐらいでな。
自身の地位を守るためにナナリーとの婚約、マリアンヌを嫌っていた勢力と手を組んでマリアンヌの息子であるルルーシュの殺害、ついでにブリタニア側が危険視している俺の始末と色々約束を交わしていたらしい。
なんか漫画と小説が合わさったような理由だったが、そんなものはどうでも良い。
一番大切なのはスザクに深い心の傷を負わせてしまった事だ。
「どちらに向かいますか?」
「枢木邸に向かってくれ。後は…なんだっけ。咲世子さーん」
「本日の予定は先ほどの会合で終了ですので、ゆっくりされれば宜しいのではないでしょうか」
「ゆっくり…ねぇ。ま、そうだな」
軽く笑い身体を起こす。
スザクの事を除けばこの状況は白虎にとってとても好ましい。
臨時の総理代行の澤崎官房長官は全部こっち任せで流れに身を任せる腹積もりで、ブリタニアに繋がりを持とうとした連中は排除出来たので自由に動き回れる。
親父の死を使った演説で士気も上々でそれに燃料を追加するように好戦的な議員や軍人が反ブリタニア精神を謳って国民を煽っている。
これで白虎の動きを妨げる障害はなくなった。
それに桐原の爺さんがもろに裏切ってくれたおかげで桐原産業に頼られてある程度自由に動かせる。サクラダイトの利権を手に入れられれば一番いいのだが、こればかりは不可能と割り切って口を出す。それだけでも今後大きく立ち回れる。
現在桐原の爺さんはこれ以上はこれから先の情報を漏洩されると勝てるものも勝てなくなるので枢木家所有の施設の一つで大人しくしてもらっている。勿論枢木家と縁の深き者達に監視してもらってだ。
一度目のブリタニアとの繋がりを得たのは許すよ。ブリタニアとの窓口を手にすることが出来たから。けれど内部を引っ掻きまわしての裏切りは見逃せないなぁ。
走り続けた車は枢木邸の門前で止まり、門が開いて中へと進み停車する。
中では女中以外に黒スーツに身を包んだ者達が動き回っていた。警備のSPも含まれているがそのほとんどは枢木家の分家や昔より仕えている一族より白虎が信頼出来て口が堅い者の条件の下で選び抜いた者達である。
枢木 ゲンブの死はスザクによる刺殺であり、ブリタニアによる暗殺ではない。
すべてはゲンブの死を知った白虎の指示により行われた偽装工作。
咲世子から死んだことを知らされ、すぐさまに理由が分かった白虎は親父が死んだ悲しみよりスザクにトラウマを負わせてしまったと後悔し、この事実が漏れたら敗戦に向かうと脳をフル活用して動かした。
武器保管庫からブリタニア製のアサルトライフルと戦死したブリタニア人の遺体を秘密裏に運ばせ、SP内で信頼の置ける者の選別、さらに枢木家所縁の者で警察や病院で働いている者が居ないかの詮索などを指示。
刺殺の傷口を隠すようにアサルトライフルを撃ちまくり、亡くなったブリタニア兵には合掌した後にSP達に撃たせて、ブリタニア兵がゲンブを撃ち、駆け付けたSPによって射殺された現場を作る。といっても亡くなって時間のたつ遺体を撃ったところで調べられればすぐに偽装はバレる。ゆえに由縁の者らに偽装した書類を作ってもらい偽りを真実へと塗り替えさせた。
だから今彼らが枢木邸に居るのはゲンブの死に関係する事案ではなく、これからの発生する事案の片棒を担いでもらっている。
咲世子に今後の指示を軽く出した白虎はスザクの部屋へと向かう。
ノックすれども返事はなく、中に入れば布団にくるまったままのスザクが…。
「隣、失礼するよ」
返事は返って来ないが隣に腰を下ろし、ポンと頭の上に手を置く。
布団にくるまったまま姿を見せないが、頭に手を置かれた瞬間、ビクッと微かに震えた。
「しろにい…おれ…」
「何も言わなくて良い。今はゆっくりお休み」
裾を引っ張るスザクの震えた声を遮り、優しく抱きしめる。
自分自身に向ける不安、恐怖、後悔、嫌悪、軽蔑、罪悪感、絶望ごと包み込むように。そして周りから守るように優しく、温かく、絡みつくように抱きしめる。
「俺がすべてから護ってやるから」
囁かれた言葉にスザクをゆっくりと頷く。
それをただただ優しく撫で続ける。
発した言葉を実現するべく策を巡らしながら。