十一章開始は……いつになるんだろう……。
私が籍を置く艦娘養成所はかなり辺鄙なところにあります。
具体的に言うと、呉と松山の中間くらいに位置する元無人島ですね。
元無人島だけあって交通の便は不便を通り越して無いに等しく、基本的に養成所内で生活が完結するよう商業施設なども完備されています。
本土や四国へ渡るには定期船を用いるしかなく、長期休暇を除いて養成所から出ることは稀です。
あ、ちなみに、養成所と本土を繋ぐ定期船には車を載せる事が可能で、私も養成所から本土へ渡る時は車ごと移動したりしますし、逆に本土から渡って来る人も車ごと渡ってくることがあります。
もっともそのせいで、今は横須賀にいるおバカさんがレンタカーで養成所のゲートに突っ込むなんて悲劇が起きてしまいましたが……。
「で?何をしにわざわざこんな遠くまで来たの?恵」
「あらぁ、大好きなお姉ちゃんに可愛い妹が会いに来たのに、その反応はちょっとつれないんじゃない?」
そんな、下手な田舎より田舎な養成所に私を尋ねてきたのは元姉妹艦の荒木 恵。
普段は横浜……だったかな?で、元艦娘を対象とした心理カウンセラーをしている子なんですが、この前横須賀で会ったばかりだというのに連絡も寄越さず急に尋ねてきたんです。
しかも泊まる気満々なのかキャリーバッグを引っ張って。それに……。
「来るなら来るで時間を考えてよ。今時分が訓練の真っ最中って想像つくでしょ?」
「だってぇ、この時間の定期船を逃したら次は17時だったんだものぉ。それに問題ないでしょぉ?澪ちゃんの生徒は寝ちゃってるみたいだし」
ええ、たしかに問題はありません。
恵の視線の先で、砂浜に突っ伏して寝てる阿賀野が起きるまでは訓練が再開できないですから。
「相変わらず澪ちゃんは厳しいわねぇ。気絶するまでしごく事ないんじゃない?」
「気絶くらい可愛いもんだよ。満潮の時なんか血反吐吐くまでやらせてたし」
もっとも、あの頃は加減を知らなかったのと、円満が高速修復材の使用許可を出してくれたので無茶をさせすぎたんですけどね。
「でもぉ、なんで澪ちゃんがこの人の訓練に付き合ってるのぉ?この人ってたしか、呉所属の軽巡洋艦よねぇ?」
「霞に頼まれたんだよ。この人に脚技を教えてあげてってね」
彼女がここに来る前日、普段はラインすら寄越さない霞から連絡があったときは驚きを通り越して悪い物でも
食べたんじゃないかと心配しました。
だって、私が電話に出るなり「澪姉さんにお願いがあるの」と言ったんです。
一度も私のことを姉さんと呼んだことがない霞がですよ?
しかも高圧的にではなく、心底申し訳なさそうに言ってきたんです。あまりにも驚きすぎたので、霞との通話を切った後に司令官……じゃないや、元帥に報告したくらいです。
「霞ちゃんが澪ちゃんにお願いごとをするのも驚きだけど、軽巡が脚技を学びたがるって方が私には驚きだわぁ。何か事情があるのかしらぁ」
「大淀に勝ちたいかららしいよ」
「大淀ちゃんに?」
阿賀野は私と会うなり「貴女に師事すれば大淀に勝てると聞いて来た」と言い、ノートPCに入った大淀の戦闘記録を私に見せました。
いやぁ、今のあの子の戦闘を見るのは初めてでしたが化け物っぷりに磨きがかかってました。
「澪ちゃんの見立てではどうなのぉ?脚技を覚えたくらいで、彼女は大淀ちゃんに勝てる?」
「大淀の底を知らないから断言は出来ないけど、阿賀野ならいい線行くと思う」
いや、いい線行くどころか勝ってしまうかもしれない。
その理由の一つは彼女の戦闘技術。
阿賀野は、名前が売れてないのが嘘みたいに思えるほど高い戦闘技術を習得していた。
射撃精度が高いのはもちろん敵との位置取り、回避技術などの基本的な技術は、これ以上ないと言えるほど洗練されていました。
正直、脚技を学ぶ事は蛇足だと感じましたね。
そして内に秘めた才能は大淀に引けを取らない。
彼女はここに来て僅か半日でトビウオをマスターしましたし、最大使用可能回数も15回と駆逐艦並の回数をマークしました。
さらに彼女は、恐らく誰もやった事がない艤装の使い方まで独自に編み出し、モノにしていましたね。
あんな危険極まりない、桜子さんでもしないような使い方があるなんて初めて知りましたよ。
「へぇ、澪ちゃんがそこまで言うなんて相当ねぇ。でも……」
「大淀には通じない。って言いたいの?」
「ええ、だって大淀ちゃんは脚技の対処法を知ってるし、持ち札も脚技だけじゃないのよぉ?」
「うん、だからそれも含めて教えてるよ。それに、大淀には攻略法がある」
「大淀ちゃんに攻略法?どんな?大淀ちゃんには、相手の技術を一目見ただけで完璧にコピーする『猿真似』があるのよぉ?」
「そう、それがあるからあの子が知らない技術で対応しようとするのは悪手。手札を与えるようなモノだからね」
だから、大淀と戦う場合はあの子が知ってる技術のみで対処するのが大前提。ただし、あの子が知らない技術をあの子に対して使う手段が無いわけじゃない。
「目に頼りすぎてる。それが、数少ないあの子の弱点の一つ」
「じゃあ、大淀ちゃんが大潮だった頃の澪ちゃんにしたむみたいに、探照灯なりで視覚を麻痺させればいいのぉ?」
「いや、そこまでしなくても……って言うか、そこまでやれば大抵の人は為す術がなくなるよ」
探照灯で視覚を麻痺させるのは昼間でも十分可能。でもそれだと、貴重な装備枠が一つ潰れてしまう。
それにさっき言ったけど、大淀を相手にする場合はそこまでしなくても良い。
「大淀の視力が超人じみてるのは恵も知ってるよね?」
「ええと、たしか11.0だったかしらぁ」
「そう、それに加えて動体視力も高い。故に、あの子は戦況の把握方法を視覚情報に依存している」
それはあの子の最新の戦闘記録を見て、軽巡になってから艦載機が扱えるようになったせいで尚更その傾向が強くなっていると感じました。
「大淀の水偵を最優先で落とし、後は目の前に砲撃なり雷撃なりで水柱でも上げれば、あの子は簡単に対象を見失うはずだよ」
「いやいや、いくら何でもそれは達観し過ぎなんじゃ……」
とは言いつつも、恵も「あの子、やる事が極端だから有り得るかも……」なんてブツブツ言ってるじゃないですか。
私もそこまであの子が間抜けとは思いたくなかったですが、私が霞の事を元帥に報告したときに聞いた言葉と、阿賀野が持って来た戦闘記録を見て確信に至りました。
きっとあのオジサン、霞のお願いを叶えるついでに阿賀野を大淀の肥やしにしようとしてるんです。
大淀に、自分の弱点を自覚させるための肥やしに。
じゃないと、大淀にベタ惚れしてる元帥が私に「大淀に勝てるくらい阿賀野を鍛えろ」なんて言うとは思えませんもの。
「それに、阿賀野にも大淀に負けないくらい特異な能力があるよ」
「どんなぁ?」
「阿賀野は『夢物語』って呼んでたかな」
今も浜に突っ伏したままの阿賀野はただ寝てるだけじゃない。
彼女が気絶する寸前まで訓練していたのは『水切り』なんですが、阿賀野は今、脳内で『水切り』が使用できるようになった事を含めて大淀との戦闘をシミュレートしているはずです。
「え~と、つまりどういう事ぉ?」
「阿賀野の受け売りだけど、簡単に言うと習得している技術と得ている情報を元に戦況をシミュレートし、実際の戦闘で体現する能力、かな。姉さんの『広辞苑』の上位互換と言ってもいいかもしれない」
姉さんの『広辞苑』と同じで知らない状況だと効果が減るってデメリットはありますが、阿賀野の『夢物語』の場合は『広辞苑』以上に修正が効きやすい。
例えば一度負けても、その時の戦況や相手の行動を脳内で再確認して、次はそれを含めたあらゆる戦況を予想し、最善手を導き出す。
一度睡眠を挟まなきゃならないって制限も、相手が何度も再戦できる相手なら問題ありません。
さらにこの能力は、微修正するだけならほんの一瞬寝るだけでOKらしいんです。
「なるほどぉ。戦況分析とその攻略法の模索に特化した能力ってわけねぇ」
「うん。正直、彼女ほどの艦娘を飼い殺しにしてた呉提督の見る目のなさには呆れてものが言えなくなったよ」
実際に目の当たりにして度肝を抜かれました。
だって阿賀野は、私から脚技を学ぶ前の時点で艦娘時代の私よりも強かった。
彼女がもし、例えば正化29年時に横須賀に所属していたなら、あのオジサンは間違いなく私達を彼女の下につけて水雷戦隊を編成していたはずです。
「ねぇ澪ちゃん。澪ちゃんは大淀ちゃんの事が嫌いなのぉ?」
「そんなわけないじゃない。大淀の事は大好きだよ」
「じゃあどうして、大淀ちゃんが傷つきかねない事をするのぉ?あのオジサンに言われたからぁ?」
「違うよ。なんて言うか、阿賀野を見てたら昔の霞を思い出しちゃったんだ。しいて挙げるならそれが理由かな」
「昔の霞ちゃん?」
「そう、呉提督に冷遇されてて、姉さんって言う不満のはけ口がなくなっちゃった頃の霞と阿賀野が重なって見えちゃったんだ」
だから手を貸す気になった。
大淀なら、姉さんを亡くしてダメになっていた頃の私たちを救ってくれた大淀なら、阿賀野も救えるんじゃないかと思った。
でも今の阿賀野じゃ中途半端な結果になりかねないから、大淀が本気でお仕置きしようと考えるくらい鍛える事にしたんです。
「大淀ちゃんの単純さに、私も澪ちゃんも円満ちゃんも救われたものねぇ」
「霞もね。で?恵の話って何なの?まさか、雑談しにこんなところまで来た。なんて言わないよね?」
まあ言わなくても、恵が何の話をしに、いえ、何を相談しに来たかなんて予想がついてるんですけどね。
「この間、円満ちゃんと一緒に飲んだじゃない?その時の事で……」
「やっぱりか。決めあぐねてるの?」
「ううん、決めてはいるの。ただその……」
かれこれ数週間前、私と恵は休みを合わせて円満に会いに行きました。
その時は単に、作戦を終えて帰ってきた円満を同窓会的なノリで労おうってだけのつもりだったんですが、大淀の電源が落ちて満潮に連れて帰らせた後、円満は私達にこう言いました。
「横須賀で自分の手伝いをしてくれ。私と恵には仕事があるのに、あの子も簡単に言ってくれるよね」
「それ、本気で言ってないでしょ?澪ちゃんなら、それが悩みに悩んだ末の結論だって事くらい……」
「うん、わかってるよ」
きっと円満はハゲそうになるまで悩んだ挙句、私と恵に声をかけた。
そんなことはわかってるし、円満が私達を鎮守府に迎え入れてやらせたい事にもなんとなく察しはついている。あの子は出来ないことをやれとは絶対に言わないですから、そこは安心してるんですけど……。
「問題は私達に、戦う理由がない事だよね」
「うん……私も澪ちゃんも、円満ちゃんと同じで食い扶持を求めて艦娘になった。でも今は食うに困ってないし……」
「姉さんの仇も大淀がとってくれた……」
だから私達には理由がない。
円満の手助けをするために私は養成所の教官になり、恵は心理カウンセラーになったのに、いざ近くで力になってくれと言われたら尻込みしてしまった。
いや、申し訳なくなってしまった。
「澪ちゃんはどうするの?」
「恵と同じだよ。円満の手伝いをしに横須賀へ行く」
「戦う理由もないのに?」
「うん。私達には円満みたいな理想もないし、今も大本営で悪巧みしてるオジサンみたいに復讐したい訳でもない。でもある意味、大淀と同じ理由があるって気付いたんだ」
「大淀ちゃんと同じ?み、澪ちゃんはどうだか知らないけど、私あの同じオジサンを恋愛対象としては見れないかなぁ……」
「ちょっとちょっと、それじゃあ私があのオジサンの事が好きだって言ってるみたいじゃない」
「そうじゃないのぉ?」
「違うよ!別に嫌いじゃないしどちらかと言えば好きだよ?でも、あんな足が臭くてハゲ散らかしてるオッサンを男性として好きになるなんて有り得ないから!」
そう言っても浮かんでしまった疑惑が拭いきれないのか、恵は「まあ、そういう事にしといてあげるわぁ」とか言ってます。
でも本当に有り得ませんから。
「それで?私たちの理由ってなんなのぉ?」
「今の仕事に就いたのと同じ理由だよ。円満の手助けがしたい。それだけで、戦う理由としては十分なんじゃないかな」
そう、それで十分なんです。
難しく考える必要も負い目を感じる必要もないんです。私たちが傍に居るだけで円満が戦えるのなら、それだけでも横須賀に行く価値があるんですから。
「だから、円満と一緒に勝利を刻もうよ。暁の水平線にさ」
ーーーーーーーーーーーーー
私がそう言うとと、恵は憑き物が取れたように微笑んで「うん」と言いました。
その約二ヶ月後に私と恵は、中佐への昇進っていうオマケと共に提督補佐として横須賀鎮守府に再着任したんですが……。円満が私に艦隊の指揮をさせようとしてたのはさすがに予想外でしたね。
ええ、青木さんもご存知の通り、私は水雷戦隊の訓練指導と指揮を任されました。
恵は主に艦娘のメンタルケアをしていましたね。
え?青木さんも恵のメンタルケアを受けた事があるんですか?
しかもムツリムに勧誘された!?
はぁ……円満から聞いた時は冗談だと思ってたけど本当にしてたんだね~あの子。いや、ムツリムに入信してるの自体は知ってたんだけど、詐欺師みたいな勧誘をしてるなんて夢にも思っていませんでしたから。
あ、一応聞いておきますが入信してませんよね?
してない?本当?なら良かったです。
そうそう!
宗教繋がりじゃないんですが、私が指導した阿賀野は瑞雲教徒だったそうですよ?
なんでも捷一号作戦の時に勧誘されたらしくて、私のところへ修行しに来ると決めた日に入信を決意したそうです。
いえいえ、熱心な教徒ではなかったみたいです。
恐らくですが、阿賀野の目当ては信仰でも教義でもなく、当時の日向の先代に当たる人に瑞雲の使い方を習うのが目的だったんだと思います。
だってほら、あの試合の時に大淀を苦しめた瑞雲の使い方を見て、当時の日向が「まるで私の先代のような使い方」だって言ってたそうですし。
え?軽巡なのにどうして瑞雲が使えたのかが今だに不思議?
いや、不思議も何も、阿賀野型は瑞雲を装備出来るんですよ。
まあ装備出来るだけで、搭載数の少ない軽巡じゃ航巡や航戦みたいな運用はできないし、艦隊戦なら素直に偵察機を装備した方が有意義だし役に立つと思います。
でも阿賀野は、大淀に勝つためだけにあの装備を選んだ。
砲も電探も装備せず、撃墜されたらそれまでなのに全スロットに瑞雲を装備するなんてリスクを冒してまで、阿賀野は大淀に勝ちたかったんですよ。
~戦後回想録~
横須賀鎮守府提督補佐 大城戸 澪中佐へのインタビューより。
次章予告。
大淀です。
サンマにハロウィン、クリスマス。そんな秋冬のイベントにはしゃぐ艦娘達。
サンマはイベントに入るのか?と疑問を零したら怒られそうなのでやめておきます。
そんな艦娘達を尻目に、大和さんは慣れない秘書艦業務に七転八倒中。はたして、大和さんは妖精さんの信頼を取り戻せるのでしょうか。
一方呉では、一足先に来日した英国艦が何やら問題を起こしているみたい……え?問題を起こすのは日本の艦娘?
次章、艦隊これくしょん『邂逅と確執の
お楽しみに。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)