艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百四話 矢矧~、Thai kick~♪

 

 

 今までの人生で一番の修羅場はいつか?

 艦娘だったんだから毎日が修羅場と言えなくもなかったけど、一番となると難しいわね。

 

 それでもあえて候補を挙げるとするなら、初出撃時はもちろん神風にしごかれていた時期や捷一号作戦。それにノルウェー海から撤退した時や、その後のリグリア海戦で大和と一緒に戦った時とかかな。

 

 ああそうだ。

 単に精神的にって意味なら、欧州連合からのゲストだったジャービスを泣かせちゃった後ね。

 

 あの後すぐに、霞に連れられて執務室に行ったんだけどすでに手遅れでさ。

 車椅子に座ったウォースパイトさんの膝の上でジャービスが泣きじゃくってたの。

 その様子を見て「あ、私ガチで死んだわ」って半ば覚悟したっけ。

 

 いやだって、ウォースパイトさんはジャービスの頭を撫でながらニコニコしてたんだけど、その傍らに立ってた執事姿のアークロイヤルさんが見ただけで人を殺せそうなほど鋭い眼光で私を睨んでたんだもの。

 

 まあでも、私的にも……って言うか私のお尻的にも修羅場だったけど、アレはジャービスにとっても修羅場だったのかもしれないわ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「ほ、骨は拾いますから……」

 「やめて霞。今のこの状況でそれは洒落になってない」

 

 やめてとは言ったものの、立場が逆な状況で執務室に入った途端に目に飛び込んできた光景を見たら私でも同じ事を言うと思う。

 具体的に言うと、正面には執務机に座って「今日は良い天気だねママ」とか言って現実逃避してる呉提督。

 その向かって右隣では、金剛さんが「ママなら昨日食べたでしょ」とか訳わかんない事言ってるわ。

 そして向かって左にあるティーテーブルの傍らには車椅子に乗った貴婦人とその執事風の女性。

 貴婦人の膝の上には、さっき私が泣かせた金髪クソガキがコアラみたいに貴婦人に抱きついて今も泣いてるし、執事風の女性は「今日がお前の命日だ」とでも言わんばかりに私を睨み付けてるわ。

 

 「コイツよママ!コイツが私を泣かしたの!」

 「あらあら、人のことを指差しちゃダメって、ママいつも言ってるわよね?一本行っとく?」

 

 何を一本行くの?

 まさかとは思うけど、金髪クソガキが慌てて引っ込めた人差し指?この金髪ママ、ニコニコしながら娘の指をへし折るような教育してるの?ガチで怖いんですけど!?

 

 「マ、ママは、私の言う事を信じてくれない……の?」

 「信じるわよ?貴女が本当の事を言うなら、私は全身全霊を賭けて貴女を信じる」

 

 なんか様子がおかしいわね。

 あの子が私の前から走り去ってゆうに30分は経ってるのに、ここに居る私と霞以外の人は詳細を知ってる様子がない。

 もしかしてあの子、私に泣かされたとしか言ってないんじゃない?

 

 「Jervis、貴女はママにこう言ったわよね?「意地悪な軽巡洋艦が私を馬鹿にした。英国を侮辱した」って」

 「う、うん……」

 「本当に?」

 「本当よ!私、ママに嘘なんて言わないもん!」

 

 うん、たしかに嘘は言ってない。

 私は金髪ママにジャービスと呼ばれたあの子を馬鹿にしたし、遠回しに英国を侮辱した。その事自体は否定しないし、罰を受けろと言われたら甘んじて受ける。痛いのは嫌だけど……。

 でも弁明くらいはさせてほしいわね。

 そもそも、ジャービスが変なイタズラを仕掛けさえしなければ、私だって泣くまで追い詰めたりしなかったんだから。

 

 「Mr.Admiral、彼女の艦名は?」

 「阿賀野型軽巡三番艦、矢矧ですが……」

 「そう、ではMs.矢矧。貴女は何故この子を泣かせたのですか?」

 

 お?弁明チャンス到来?

 だったら喜んで語らせて頂きます!と、言いたいところだけど……。

 私に弁明の機会が与えられるやいなや、ジャービスが顔を真っ青にして小刻みに震え始めた。

 きっと、自分がしたイタズラが原因だとバレたらお仕置きされると考えて怯えてるんだわ。

 まあ、人を指差しただけでその指をへし折るような躾をされてたら無理もない……かな。

 だったら不本意だけど……。

 

 「嫌いだからです」

 「嫌い?何が嫌いなのですか?」

 「育ちの良いお嬢様がですよ。いやぁ、私の家って貧乏でさあ。昔っから金持ちぶった輩が嫌いで嫌いで仕方なかったんです。それで今日たまたま、いかにもお金持ちのお嬢様って感じのその子を見つけたからついイジメちゃったんです」

 

 ああ、私ってホント馬鹿。

 素直に事の顛末を説明してればお咎め無しも有り得たのに、お仕置きを心の底から恐怖してるジャービスを見た途端に庇いたくなったんだもの。

 しかも自分ちが貧乏だから金持ちが嫌いなんて大嘘までついてさ。

 はぁ……お父さん、お母さんごめんなさい。

 貴方たちの娘は、今日会ったばかりの子のために泥を被る大馬鹿者でした。

 

 「そうですか、良くわかりました。Ark」

 「はい、奥様」

 

 金髪ママが執事風の女性に一声かけると、アークと呼ばれた執事さんは懐から拳銃を取り出して私に向けた。

 うわぁ、この場で処刑ですか。

 せめて遺言くらいは書かせてもらいたかったなぁ。

 

 「ま、待ってママ!Arkも!」

 「どうして待つ必要があるの?自分をイジメた彼女を懲らしめてくれってママに言ったわよね?」

 「それは……そうだけど……」

 

 ジャービスが金髪ママの膝から飛び降りて私とアークさんの間に割って入った。

 そのおかげか、アークさんは撃つのを待ってくれてるわ。そのまま撃たずに終わってくれたら助かるんだけど……って言うか提督は何してんの?

 こういう場合、提督が真っ先に待ったをかけるもんじゃない?呑気に金剛さんと「止めれる?」「アイツを止めるなんて戦争を止めるより無理ゲーデース」なんて雑談してないでさ!

 

 「退きなさいJervis、Arkが撃てなくて困っているでしょう?」

 「で、でも……」

 

 困ってる風には見えないけどなぁ。

 だってジャービスの身長じゃあ私の下乳辺りまでしか庇えないから胸から上は無防備だし、アークさんの銃を構え慣れてる様子から考えるにこの距離なら的を外す事はなさそう。

 強いて言うなら、お嬢様に待ってって言われたから待ってる感じね。

 

 「それとも、さっきママに言ったことは嘘だったの?」

 「嘘じゃない!嘘じゃ……ないんだけど……」

 

 金髪ママの顔から笑顔が消え失せた。そうしたらジャービスの震えが一層増したわ。

 足は今にもへたり込んで粗相をしそうなくらいガタガタと震えてるし、顔は見えないけど、床にポタポタと雫が落ちてるのを見るに泣いてるっぽいわね。

 

 「退きなさいクソガキ。私にはアンタに庇ってもらう覚えなんてないわ」

 「え……?」

 「聞こえなかったの?私は退けって言ったのよ。だからサッサとそこを退きなさい」

 

 私がそんな事を言うとは予想もしてなかったのか、ジャービスは涙どころから鼻水まで垂らしながら私を振り返って不思議な物でも見たような顔してるわ。

 いや、私のセリフが予想外だったのはジャービスだけじゃない。

 隣に居る霞は「ちょっ!矢矧さん!?」とか言って狼狽してるし、提督と金剛さんは「もうダメだ」みたいな顔して何かを諦めてる。

 金髪ママは「へぇ……」と呟いて足を組んで何かに感心したように私を見てるし、アークさんは「何を考えてる?」とでも言いたそうに眉を顰めたわ。

 

 「あ、あなた今の状況がわかってるの!?撃たれちゃうのよ!?Arkは射撃の天才なんだから絶対に的は外さないのよ!?」

 「だから何よ。私は自分のケツは自分で拭く主義なの。自分がしでかした不始末を他人に処理してもらうなんて死んでもごめんだわ」

 

 嘘です。

 出来ることなら誰かに責任を擦り付けたいし、本音を言えば今すぐここから逃げ出したい。

 でも気付いちゃったから。

 今のこの状況が私に対して行われている弾劾ではなく、金髪ママによるジャービスへの躾なんだって気付いちゃったから黙っていられなくなった。

 だから、本気で怯えているこの子の手助けをしてあげようって気になったの。

 

 「私は間違いなくこの子を泣かし、貴国の事を馬鹿にもしました。それが許せないと言うのであればどうぞ撃ってください」

 「良い覚悟です。ならばせめてもの慈悲として、苦しまないよう一撃で仕留めて差し上げましょう」

 

 おいおい、一撃で仕留めるって事は殺す気?ちょっと泣かせたくらいで?

 この子や金髪ママが英国でどんな立場なのかは知らないけどいきなり死刑は無くない?いや撃てとは言ったわよ?撃てとは言ったけどせめて肩とか腕くらいで勘弁してくれないかしら。

 

 「ま、待って!」

 

 アークさんが私の額に狙いを付けて、今正に引き金を引こうとした瞬間にジャービスが再び待ったをかけた。

 寿命が縮むなぁ……この数十分で10年は寿命が縮んだ気がする。

 

 「私も……悪かったの……」

 「Jervis、それはどういう事?ママにもわかるようちゃんと説明してちょうだい」

 

 射竦めるように鋭くなった金髪ママの眼光に気圧されたジャービスは一瞬ビクッと大きく震えた。

 でも白状すると決めたのか、両手をギューッと握り込んで恐怖に堪え、声を震わせながらゆっくりと話し出したわ。

 

 「こ、この人がEnglishがわからなくて狼狽えるのが面白くて……。それでその……わざとEnglishで話してからかったの……」

 「なるほど、それがバレて反撃を食らい、貴女は言い負かされたのね?」

 「うん……ひっく……」

 

 悔しいのか怖いのか、ジャービスは両手で涙を拭いながらガチ泣きし始めた。

 この子の自業自得ではあるんだけど、なんだか罪悪感が凄いなぁ……。って言うかアークさん「お嬢様……」とか言ってこの子に同情するんなら拳銃を下げてくれません?眉間の辺りがムズムズしてしょうがないんですよ。

 

 「そう、わかったわ。こちらへいらっしゃい」

 

 金髪ママが両手を差し出すと、ジャービスは少しだけ躊躇してから金髪ママの膝の上に乗った。

 金髪ママの胸に顔を埋めたジャービスが頭を撫でられてる光景を見てると昔を思い出すわね。私も泣く度に、よくお母さんに抱きついて頭を撫でてもらったっけ……。

 

 「自分の罪を認められて偉いわ。だったらこの後どうすれば良いかもわかるわね?」

 「……謝る」

 「そう、謝って仲直りね。でもその前に……」

 

 一瞬、本当に一瞬だった。

 金髪ママに抱きついていたジャービスが、ほんの一瞬で真横を向いて金髪ママの膝にうつ伏せになった。

 とうのジャービスも「へ?」って感じの顔して状況が理解できてないみたいだわ。

 

 「お仕置きは必要よね♪」

 「マ、ママ……ちょっと待っ……ピィッ!」

 

 良い音が室内に響き渡った。

 いやぁホント、惚れ惚れするくらい見事にバチーン!って快音が、金髪ママの右手とジャービスのお尻によって奏でられたわ。一発で終わったのが惜しい……。

 

 「あ~ぐ~!おじりなでで~!」

 「ちょ、お嬢様こんな人前で……。本当に撫でてよろしいので?」

 

 よろしいので?とか聞いてる割に撫でる気満々なのか、真顔のアークさんの両手の指がワキワキと触手みたいに動いて、ガン泣きしながら抱きついてきたジャービスのお尻に迫ってるわ。

 この人もしかして、キリッとしてて佇まいも執事さんそのものだけどロリコンなんじゃない?

 あ、たぶん間違いないわ。

 だって抱き上げたジャービスのお尻を文字通り這い回る右手の動きはキモいを通り越して怖いし、真顔のままなのに何故か「生きてて良かった」って考えが伝わってくるもの。

 

 「さて、矢矧さん……と仰いましたか?」

 「え?はい!何でしょう?」

 「Jervisのお仕置きはアレで良いとして、貴女も何かしらの罰を受けないと不公平だと思わない?」

 「え~っと……」

 

 金髪ママは不公平だと感じたのかもしれませんが私はそうは思いません。

 だって私はさっきまで拳銃を突き付けられて死の恐怖と戦ってたのよ?だから、あの時間が十分すぎるほどの罰だと私は思います。

 

 「Mr.Admiral、たしか日本のTV programに、笑ったら罰としてお尻を殴られるモノがありましたわよね?」

 「ええ、たしかにありますし大晦日の風物詩にもなっていますが……それが何か?」

 「いえ私、実はあれが大好きでして、一度で良いからあのセリフを言ってみたいと思ってたんです」

 

 あのセリフってどのセリフ?もしかして「〇〇~アウト~」ってセリフ?

 いやまあ、お尻を殴られるくらいならべつに構わな……金髪ママ以外の人に殴られるなら構わないんだけど……。

 

 「Ark、Nelsonはどこに?」

 「ご安心ください奥様。こんなこともあろうかと、室外にて待機させてあります」

 

 こんなことってどんなこと?しかもネルソンって言った?ネルソンってまさか、長門さんや陸奥さんと同じビッグセブンのネルソンじゃないでしょうね!?

 しかも待機させてるってアークさんは言ってたけど、私と霞が入室するときは誰も室外に居なかったわよ?もしかしてステルス機能搭載?戦艦のクセに!?

 いやいや、今はそんな事どうでもいい。

 今はネルソンさんがどこに隠れていたかよりも、如何にして私のお尻を守るかの方が……。

 と、私のお尻に危険が迫っていると今さらながら感じた途端に、アークさんが何処からか取り出したスマホで執務室内に聞き慣れたあの音を流した。

 そう、あの『デデーン!』って音よ。

 そして金髪ママは、私がお尻を殴られるのを心の底から楽しみにしているのか、まるで少女のような笑顔でこう言ったわ。

 

 「矢矧~、Thai kick~(タイキック~)♪」ってね。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 いやタイキックかよ!

 って内心ツッコんだ。ええツッコんだわ。

 まあ、そのツッコミが口から言葉になって出る前にあの音楽が鳴り始めたから出ることはなかったんだけどね。

 

 そう、あの音楽よ!

 某芸人がタイキックされる時に流れるBGM!アレがアークさんのスマホから流れ始めたの!

 

 そしたら執務室のドアが開いて、ネルソンさんがタイキックの人みたいな動きして「余がNelsonだ。貴様が余の餌食という訳か」とか言いながら入って来てさ!

 蹴られたわよ!

 抵抗しようとしたけど「うん?なんだ?フッ……甘いな! そんな踏み込みでは!」って言われながら拘束されて「よかろう、余が直々にNelson Touchを教えてやる。いいか、その壁に立て! 行くぞ!」って感じのやり取りの後蹴られたわよ!

 

 え?Nelson Touchはタイキックだったのか?

 いやいや、青木さんがどっちのNelson Touchを言ってるかわかんないけど、私が食らったNelson Touchは間違いなくタイキックだったわ。って言うか、あのダイガンザンみたいな格好になる方のNelson Touch食らってたら生きてないから!

 

 その時の感想?

 色々飛びでそうだった。かな?

 え?何が飛び出そうになったのかって?言わないわよ恥ずかしい。なんなら青木さんのお尻を蹴ってあげましょうか?蹴られたらきっと理解できるから。何がとまでは言わないけど、ホントに良い蹴りもらったら出そうになるから!

 

 え?それよりも蹴られた後どうなったか教えろ?

 蹴られた後は、霞にしばらくお尻を撫でてもらって……え?駆逐艦にお尻を撫でさせたのか?

 そうだけど何か問題でも?

 は?問題しかない?何がよ。

 凹むどころか腫れ上がったお尻を優しく撫でさせることの何が問題なのよ。は?絵面が最悪?

 う~ん……言われてみれば、四つん這いになった私のお尻を霞が両手で撫で回す光景は絵面が良いとは言い難いかも……。

 

 それはもう良いから続きを早く?

 続きって言われても、私が痛みに堪えてる横で提督と金髪ママことウォースパイトさんが雑談してただけよ?

 あ、でも、その雑談の中に気になる内容があったわね。

 たしか、ウォースパイトさんが泣き疲れて寝ちゃったジャービスの頭を撫でながら「この子が子供でいられるのは今の内だけ」とか「この子の選択が、この世界の行く末を左右する」って言ったのが印象的だったかな。

 それがどうも気になっちゃってさ。

 いや、気になったと言うより、大和が私に聞かせてくれた話と似てたからつい口に出しちゃったのよ。

  

 「大和と似たような事言ってる」ってさ。

 そしたらウォースパイトさんは、目の色を変えて私にこう尋ねたの。

 「この子と同じ存在が他にもいるのですか!?」って。

 

 

 ~戦後回想録~

 元軽巡洋艦 矢矧へのインタビューより。

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