艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百五話 ほんの一回ですよ

 

 

 

 前提督もそうだったのですが、今の横須賀鎮守の提督である円満ちゃんにも同じような困った悪癖があります。

 それは肝心な事を言ったと思い込んで言い忘れる癖。

 円満ちゃんは前提督から提督業を学んでいるため似たような悪癖が癖づいてしまったのかもしれませんが、その悪癖に振り回される方はたまったものではありません。

 今回の事だってそうです。

 たまたま私のお店に飲みにいらした辰見さんから聞かされなければ、私は訳も分からないまま試合に出る事になっていたでしょう。

 

 「本当に聞いてないの?桜子からも?」

 「ええ、本当に寝耳に水です。あ、こちらお通しになります」

 「ありがと。相変わらず変なとこが抜けてるわね円満は。ちょっと呼んで説教でもする?」

 「今時分にですか?さすがにもう寝てるんじゃ……」

 「いやいや、まだ21時だからね?こんな早い時間なら駆逐艦でも起きてるわよ」

 

 はぁ、そうですか。

 人のことは言えませんが、皆さん遅くまで起きているのですね。若いから元気が有り余ってるのかしら……って。

 

 「私もまだ若いです!」

 「はいはいそうね。奈瑞奈ちゃ~ん、卵焼きちょうだい。甘めで」

 「は~い♪」

 

 と、元気よく返事して逃げるように厨房に駆け込んだ奈瑞奈さんの態度と辰見さんの塩対応が気になりますが、今はそれよりも、私が試合に出る件についてもう少し詳しく聞いておく方が先決ですね。

 

 「ちなみにですが、私の対戦相手はどなたですか?」

 「え~とたしか米国艦の……イントレピットだったかな」

 「イントレ……。ああ、駆逐艦たちからスカイママと呼ばれてる人ですね?」

 「え?は?スカイママ?何それ」

 「何それと言われましても、駆逐艦の子達にそう呼ばれているそうですよ?」

 「もしかして『空』イコール『スカイ』、『母』イコール『ママ』でそうなったの?米国の空母だから無理矢理英語で言おうとしてそうなったの!?」

 「おそらく……」

 

 ちなみに、空母を英語で言うと『aircraft carrier』になり、コレをさらに直訳すると『航空機運搬人』になったりします。 

 でも、こちらの訳の方が艦娘にピッタリな気がするのは私だけでしょうか。

 

 「会ったことは?」

 「イントレピットさんにですか?」

 「ええ、この店に来たりした?」

 「はい何度か。米国艦の方たちとご一緒に来て、来る度に日本酒を堪能されてますよ」

 「あ~……この店って日本酒の品揃えがやたら豊富だもんね」

 「それもうちの自慢の一つですから」

 

 とは言っても、お店で扱っているお酒類は全て酒保で仕入れた物ですので、ここだけの話酒保で購入した方が安く済みます。

 仕入れ値は原価に近いですから原価で提供しても良いのですが、お客さんが「店をやるなら少しは利益を考えろ」と仰るので少しだけ値段に色を付けさせて頂いてるんです。

 

 「辰見さんもたまにはどうです?」

 「明日も仕事だからやめとく」

 「あら、でもカシスオレンジくらいじゃ良い感じに酔えないでしょう?」

 「鳳翔さんや桜子みたいなウワバミと一緒にしないで。私くらい弱かったらコレでも十分酔えるんだから」

 

 桜子さんのような底が抜けてるレベルの酒豪と一緒にされるのは心外ですね。

 皆さんは私の事をウワバミとかザルとか仰いますが、二合も飲めば記憶が飛んじゃう程度に弱いんですよ?

 

 「で、どう?勝てそう?」

 「彼女が戦っているところを見たことがないので何とも……」

 「嘘ばっかり。その割には自信満々じゃない」

 「そうですか?」

 

 ふむ、辰見さんは私の顔を見ながらそう言いましたが、私はいったいどんな表情を浮かべているのでしょう。笑っているのかしら。それとも嗤っているのでしょうか。

 まあどちらにしても……。

 

 「艦隊戦ならともかく、一対一でのタイマンなら負ける気はしません」

 「イントレピットの艦載機搭載数は112機よ?」

 「あら凄い♪私の3倍近いですね♪」

 「それでも、負ける気はしないと?」

 「はい♪」

 

 数の暴力はたしかに脅威。

 しかも、彼女は艦娘としての基本性能も私より遥かに上のはず。()()()()やり合えば、私に勝ち目は皆無でしょう。

 ですが、皆さん勘違いしておられるようです。

 此度の試合は実戦ではなくあくまで演習。

 さらに言えば艦載機同士の戦いではなく、()()()()による直接戦闘です。

 辰見さんのお話では、戦場は1000m×1000mの範囲に限定されているそうですから索敵もほぼ必要ありません。

 そんな状況での正面からの戦いなら、例え日本の全空母を相手にしても私は負けません。

 何故なら私は最古の航空母艦。

 空母の強味も弱味も知り尽くした、全ての空母の母なのですから。

 

 「じゃあ期待しとくとするわ。ああでも、今の子たちって鳳翔さんがネームドだって事、たぶん知らないよね?」

 「知らないでしょうね。そもそも『ネームド艦娘』という言葉が定着したのがここ数年の事ですし」

 「私が艦娘だった頃はそんなの無かったもんなぁ……。ねぇ奈瑞奈ちゃん、奈瑞奈ちゃんが艦娘だった頃はあった?」

 「う~ん……呉の死神くらいしか聞いた事がないですね~。私が辞めた後くらいから流行りだしたのかな?」

 

 辰見さんはネームド艦娘という言葉がいつから流行りだしたかを知りたくなったのか、卵焼きを運んで来た奈瑞奈さんに質問し始めました。

 でも、たしかに気にはなりますね。

 奈瑞奈さんが艦娘を辞めたのは正化30年の中頃だったはずですから、少なくともその頃までは呉の死神くらいしか異名が定着している艦娘はおらず(他にもいたのかもしれませんが私は知りません)、ネームド艦娘という言葉も無かったと言う事になります。

 あ、そういえば、辰見さんの秘書艦はたしか……。

 

 「叢雲ちゃんが『魔槍』と呼ばれ始めたのはいつからなんですか?」

 「叢雲?あ~、いつからだっけ……。魔槍が完成して少し経った頃だったのは覚えてるんだけど……」

 

 となると、叢雲ちゃんがその魔槍を使って出撃していた時期になりますか。

 私が覚えている限りだと、叢雲ちゃんが頻繁に出撃していたのは正化30年の末まで続いた敵太平洋艦隊の掃討戦時のはずですね。

 

 「魔槍が完成したのはいつ頃ですか?」

 「たしか掃討戦の中頃い」

 「なるほど、ならば答えは出ました。ネームド艦娘、と言うより異名が流行り始めたのは正化30年の中頃から末頃です」

 

 ネームド艦娘という言葉は言わば後付け。

 異名が定着した艦娘が増え、その彼女らを総称する単語として生まれたのがネームド艦娘なのでしょう。

 

 「駆逐艦が考えそうな事ですねぇ。でも、今の空母でネームドがいるのかは気になります」

 「何言ってんのよ奈瑞奈ちゃん、カウンターの向こうで女将気取ってる鳳翔さんが正にネームド空母じゃない」

 「え~、でも私鳳翔さんが何て異名で呼ばれてるか知りませんよ?」

 

 誰が女将気どりだ。は置いといて。

 実は私、あの呼ばれ方はあまり好きじゃないんですよねぇ……。だって、由来が妖怪なんですもの。

 

 「『つるべ落としの鳳翔』って言ってね?現役時代は凄かったんだから」

 「つるべ落とし?何です?それ」

 「たしか京都かどっかに伝わる妖怪で、木の上から落ちてきて人を襲ったり食べたりするらしいわ」

 「何それ怖い。もしかして深海棲艦に急降下爆撃する艦載機がそう見えたからそう呼ばれるようになったんですか?」

 「そんなところじゃない?たしか言いだしたのは元帥だし」

 

 今でも現役です。

 とツッコミ損ねましたが、私の事を『つるべ落としの鳳翔』と呼び始めたのは辰見さんが仰る通り今の海軍元帥。つまり前横須賀鎮守府提督です。

 ですが定着するとは私も思っていませんでした。

 だいたいつるべ落としなんて妖怪を知ってる人は稀でしたし、呼ばれた私自身最初は「某師匠を落とすのかよ」と心の中でツッコミを入れました。

 妖怪だと聞いてショックを受けたのも今では良い思い出……かな?

 

 「でも奈瑞奈ちゃんが知らないのは意外ね。着任当初は鳳翔さんにしごかれたんじゃないの?」

 「しごかれましたけど……。鳳翔さんに教えて頂いたのは弓道の基本的な動作だけで、艦載機の運用自体は祥恵……当時の祥鳳に習いましたから鳳翔さんが艦載機を飛ばすところを見たことがないんですよ」

 

 しごいたとは人聞きの悪い。

 たしかに多少厳しくはしましたが、最近桜子さんが神風ちゃんにしているように動けなくなるまでしごいたりはしませんでした。

 腕が上がらなくなるまで弓は引かせましたけど……。

 

 「あ、それに鳳翔さんが訓練してるとこも見たこと無いなぁ~」

 「訓練ならしてますよ?一日二時間程度ですが」

 「ええ~、ホントですか~?」

 「本当ですよ。そんなに疑うんなら、そこで咽せている辰見さんに聞いてみてください」

 「じゃあ聞いてみる……って辰見さん大丈夫!?」

 

 私が一日二時間程度と言った辺りで「ブフォ!」っとカシスオレンジを盛大に噴いた辰見さんに、奈瑞奈さんがおしぼりを持って慌てて駆け寄りました。

 しかし、辰見さんはどうして咽せたのでしょう?何かショッキングな事でもありましたか?

 

 「に、二時間って……。今もしてる訓練って私が知ってる()()で合ってるのよね?」

 「はい。合ってると思います」

 「アレを二時間で熟してるの!?って言うかまだ続けてたの!?動けなくなるまでやるなって元帥に禁止されてなかったっけ!?」

 「注意はされましたが禁止はされていません。それに、出撃もちゃんとしていたでしょう?」

 「それは、そうだけど……」

 

 「どっかの会長かよ」などと、瑞鶴さんと同じ事を言っていますが納得できませんか?

 でも今の私を見て頂ければわかるとおり、その訓練『一日千回 感謝の射法八節』を熟した後でも、居酒屋を切り盛り出来る程度の余裕はあります。むしろ有り余ってるくらいです。

 

 「ねえ辰見さん。結局、鳳翔さんってどんな訓練してるの?」

 「一日千回 感謝の射法八節」

 「え?は?一日千回 感謝の射法八節?ちょっと何言ってるかわかんないんだけど……」

 「わかんない方が正解よ。一日千回とか馬鹿じゃないの?って、私と桜子でその訓練をやるって言い出した当時の鳳翔さんにツッコんだくらいだし」

 

 そんな事もありましたね。

 ですが、丸一日かけてやって見せた時は「うわぁ~鳳翔さんマジパネェ……」って、死んだ魚のような目をして褒めてくれたじゃないですか。

 

 「開戦時から艦娘やってる人は控え目に言って頭おかしいって祥恵から聞いてたけど、鳳翔さんまでそうだとは思ってなかったよ……」

 「ちょい待ち。それだと私まで頭おかしいって事になるんだけど?」

 

 私も待ったをかけたい。

 頭がおかしい人とは、元帥さんのように頭のネジがダース単位で飛んでいる人を言うのです。

 奈瑞奈さんにはわからないかもしれませんが、彼に比べたら私はもちろん、桜子さんや円満ちゃんだってまともな部類なのです。

 

 「え?」

 「え?って何よえ?って!もしかして私も桜子や鳳翔さんと同じに見られてんの!?」

 「いやぁ~、だって辰見さん、一時期叢雲ちゃんをボコボコにしてましたよね?」

 「ボコってない!アレは訓練だから!」

 「うっそだ~。あの頃の叢雲ちゃんって毎日傷だらけで泣いてたじゃないですか」

 「そ、それはその……。訓練に熱が入りすぎて、だからつい……ね?」

 「ね?じゃないですよ。内火艇ユニットで現役の艦娘をボコるなんて普通は出来ませんからね?」

 

 そうですか?

 たしかに性能面は比べるまでもなく内火艇ユニットの方が低いですが、単に殴る蹴るをするだけでどうにかなる状況ならば戦艦だって一方的にボコれますよ?

 そしてそれは、私とイントレピットさんの試合にも言えること。

 ルールに縛られた()()()()による試合ならば、いえ、()()()()()だけならば、私の三倍近い数の艦載機を操る彼女にだって楽に勝てます。

 

 「見てよ奈瑞奈ちゃん。鳳翔さんの悪い事を考えてそうなあの顔」

 「ホントだ……。なんか怖いです……」

 

 あらいやだ。

 私としたことが、久方ぶりに戦える悦びに打ち振るえるあまり、自分がした想像がそのまま顔に出てしまったようです。

 

 「で?何勝した?」

 「え?何勝?え?えぇ……?」

 

 ふふふ♪

 辰見さんには私が何を考えていたかわかったようですが、奈瑞奈さんの首を傾げて頭の上に?マークを浮かべている様子を見る限りまるで思い至らないようですね。

 ですが、辰見さんの予想も少しハズレています。

 私は円満ちゃんのように何通りもの局面を同時にシミュレーション出来るような良い頭はありませんし、桜子さんや辰見さんのように、対人の経験が豊富なわけでもありません。

 私に出来るのは自分に出来ることをするだけ。

 ただ弓を引き、矢を射り、必要とあらばそれ以外の手段を用いて敵を倒す。

 その、私が持てる手段を用いて脳内で行ったイントレピットさんとの戦闘シミュレーションは一回だけ。

 だから何回勝ったのかと言う質問はナンセンス。私は一回しか戦っていないのです。だから当然、私と彼女との戦績は……。

 

 「ほんの一回ですよ」

 

 と、穏やかに言ったつもりだったのですが、奈瑞奈さんは「こ、怖い……」と呟いて怯え、辰見さんには「その顔、久々に見たわ」と呆れられられてしまいました。

 私は今、いったいどんな顔をしているでしょうか。

 

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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