桜子さんが思い付き、技術と呼べるまでに昇華させたモノの中に『刀』と呼ばれるモノがある。
名称に関しては、桜子さんがそれを始めてお披露目したときに日本刀を使って見せたからそう名付けられたって話を聞いたことがあるわ。名付け親になった人は随分と安直な思考の持ち主だったみたいね。
でもまあ、そもそもこの『刀』は、桜子さんが実戦で日本刀を使うために編み出したモノだからあながち的外れって訳でもない。
つまり、習得している艦娘が『弾』の威力を底上げするためなどに使っているのは本来なら間違いなの。
「それでも習いたいの?アンタのバ火力なら、装甲や脚の力場を減らすリスクがある『刀』を使ってまで威力を底上げしなくても良いと思うんだけど……」
「いえ、火力の底上げが目的じゃないんです」
「じゃあ何のため?まさか、桜子さんや神風みたいに日本刀を使う気?」
違うのはわかってる。
午前中の哨戒任務を終わらせた大潮と荒潮に秘書艦の仕事を引き継ぎ、私にやり方を教えてくれと言ってきた大和は日本刀なんて持ってないもの。
装備はいつも通り大和型の艤装と電探傘だけ。もしかして電探傘に力場を纏わせる気?
お姉ちゃんと戦ったときみたいに、電探傘を鈍器代わりにでもしようと考えたのかしら。
「『刀』のやり方自体は教えあげられるけど、電探傘にどうやって力場を纏わせるかまでは教えられないわよ?」
「それは問題ありません。コレも艤装の一部なので力場を纏わせる事自体は出来ています……というか、私が何をしようとしてるか気付いてたんですか?」
「いや、単に消去法で電探傘に行き着いただけなんだけど……」
マジで電探傘を武器にする気?
お姉ちゃんにしたように虚を突いて一撃食らわせるってつもりならまだ理解はできるけど、それ以外の場合だと意味がない気がするのよねぇ。
だって大和は戦艦でしかも低速艦。
相手が同じ低速艦ならまだしも、速度で勝る相手に殴りかかるなんて無理なんじゃない?
「もしかして、電探傘で殴りかかる気なんじゃないかって考えてません?」
「え?違うの?」
「違いますよ……。電探傘で殴れる距離まで接近するくらいなら砲撃します」
ですよね。
でも私がそう考えちゃったのも仕方ないのよ?だってアンタは実際に電探傘で殴りつけるなんて事をやってるし、日頃のバカみたいな言動を見てたら「コイツならやりそう」って思っちゃうもの。
まあそれはともかく、早く教えろって言いたげにソワソワし始めてるから教えてやるとしますか。
「じゃあまず、コレを頭から被ってもらおうかしら」
「コレを……ですか?でもコレの中身って……」
「そう、お察しの通りインクよ。それを衝撃で割れやすいボールに詰めた物。でも中身のインクはペイント弾にも使われてる特殊な塗料で、環境はもちろん人体にも無害。さらに水で簡単に洗い落とせるから安心しなさい。それに、頭から被れとは言ったけど字面通りに受け取るんじゃないわよ?『装甲』の上から被れって意味だから」
「わ、わかってますよ」
とか言ってるけど、アンタ本当に頭から被ろうとしてたよね?ほら、バツが悪そうにペイントボールを弄んでるじゃない。
「上に放り投げたら良いんですかね……」
「それでも良いけど……なんなら私が投げようか?」
「あ、じゃあお願いします」
「わかった。じゃあそこでジッとしててね」
「はい……って教官?なんか目がマジじゃないですか?」
そんな事は断じて無い。
ペイントボールを人に投げつける機会なんて滅多に無いからテンションは若干上がってるけどマジって程じゃないはずよ。
「それじゃあ行くわよ~。ふぅんっ!」
「ちょっ!きゃあ!」
「きゃあ!じゃない!こんなの砲弾に比べたら屁でもないでしょう……が!」
「ひっ!だって教官が顔面を狙うから!」
だから何よ。
たしかにアンタの顔面目掛けて投げてるけど『装甲』があるんだから届きゃしないでしょうが。
「うわぁ……。目の前が真っ赤」
「わかりやすくするためだから我慢しなさい」
「わかりやすく……ですか?」
「そうよ。その状態なら『装甲』の減り具合が一目瞭然でしょ?」
『刀』のやり方は意外と簡単。
コツを覚えるのに苦労はするけど、例えば『装甲』に回す分の力場を減らして浮いた分を『弾』に回すだけなの。
さらに他にも応用が利いて、『脚』に回す分を減らして『装甲』に上乗せしたり、逆に『脚』に回して速力や面積を増やしたりも出来るの。
もっとも、後者は速力が上がる代わりに魚雷の被弾面積も増えるからやる事は稀なんだけどね。
「こんな感じですか?」
「そうそう、そんな感じで『装甲』を小さくするの。後は浮いた力場を砲身なりに回すだけよ。アンタの場合は電探傘に回すの」
「なるほど、昔読んだ漫画で似たようなのを見た覚えがありますが、アレと同じですね」
大和が昔読んだ漫画が何なのかは置いといて、コイツ意外と筋が良いわね。
だって『装甲』のオンオフ自体は簡単だけど、維持したまま力場を絞るのは相応に難しいんだもの。私でさえそのコツを掴むまで随分かかったのに……。
あれ?でも……。
「アンタ、妖精さんと仲直り出来たの?」
「いえ、まだですよ?ほら、相変わらず遊んでます」
「ホントだ。でも、だったらどうして……」
力場操作がスムーズに行える?
艤装に宿る乗組員妖精さんがあんなじゃ、『機関』から発せられる力場の出力も安定なんてしないはずなのに、大和が力場操作に苦労してる様子はないわ。
あ、もしかして……。
「窮奇が協力してくれてるの?」
「はい。妖精たちは窮奇の言うことなら素直に聞いてくれるのでお願いしています」
ふむ、つまり妖精さんたちへの指示を窮奇に一任して自分は力場の操作に専念してるって訳か。
妖精さんたちの協力を得られず、力場の出力を安定させられない今の大和にとって、艦娘本人の裁量に左右される力場操作だけにやる事を絞ったのはいい案だわ。
あれ?でも窮奇が妖精さんに指示が出せるって事は……。
「窮奇は艦体指揮が使えるの?」
「艦体指揮?何ですかそれ」
「簡単に言うと、妖精さんと五感を共有して視界や聴力、思考速度を拡張するモノなんだけど……」
そこまで説明すると、大和は「え?それならやってる?」と、明後日の方を向いて軽く驚いた。
円満さんから聞いてはいたけど本当に会話してるのね。傍目には独り言を言ってる風にしか見えないけど……。
「だったらいっそ、砲撃も窮奇に任せてみたら?」
「砲撃も……ですか?」
「そう、アンタがやるのは……ってあれ?それだとアンタ要らなくない?」
「それはちょっと……」
うん、可哀想だけどやっぱり要らない。
窮奇が表に出てこなくても艤装を操作できるんなら、大和にできる事なんてそう多くない。
精々、妖精さんの協力無しでも可能な舵操作くらいのものだわ。
「いや、ソレも有り……か。でもそれだと……」
「半分冗談で言ったんだから真に受けなくても良いわよ?」
「いえ、むしろ今の助言で、どうやって攻撃するかの算段がつきました」
「攻撃?アンタの攻撃方法なんて砲撃くらいのもんじゃない?」
「それはそうなんですが、私がやろうとしている事と砲撃を両立させる方法が思い浮かばなかったんです」
「で、思い付いたのが窮奇への丸投げ?」
「はい。窮奇も可能だと言ってますし、後は足場をどうするかです」
足場?足場って、建設現場とかに組んであるあの足場?そんな物をどうするかってどういう事だろ。
「教官、『脚』を円形にする事は可能ですよね?」
「可能よ。って言うか、訓練初日からしばらくはそうだったじゃない」
「ええ、でも横幅を広げる程度なら今でもできるのですが、円形までは出来なくて……。」
「慣れちゃったのね。でも『脚』の形を変える事自体は訓練すれば出来るようになるわ」
だけど、これが意外と難しい。
『脚』の形は訓練や実戦を経験する内に、自分に最も適した形へと変わっていく。
それが最良だし間違いのない形なんだけど、一度形が決まってしまうと今度はそれ以外の形にし難くなるの。
例えば、自転車の乗り方を一度覚えたら乗れなかった頃の感覚を思い出せないでしょ?それと似たような感じ……だと思う。
「でも『脚』を円形にしてどうするの?そんな形じゃ速度は出ないし安定もしないって事くらい、今のアンタならわかるでしょ?」
「それはわかってるんですが……今のままだと小回りが利かなさすぎて……」
そもそも戦艦、しかも長門型を上回る超弩級戦艦が小回りを求めるな。アンタの砲火力で小回りまで利いたら鬼に金棒じゃない。
でもまあ、単に身体の向きを変える程度であれば方法がないわけじゃない。
「身体の向きを変える程度で良いなら出来るわよ」
「本当ですか!?」
「ええ、脚技の一つに『黒独楽』っていうのがあって……」
お姉ちゃんが元帥さんの助言を元に開発した『黒独楽』は、脚技の中でも『波乗り』に匹敵するほど身体的負担が少ない技で、簡単に説明すると『脚』を独楽のような形にして急な方向転換を可能にする技よ。
でも他の脚技にデメリットが有るように、この技にもデメリット有る。
それは速度の低下。
一時とは言え『脚』を変形させるせいで水の抵抗が増え、速度が著しく落ちるの。トビウオや稲妻が使えれば速度の低下もすぐに取り戻せるんだけど、大和にそれらは無理だから速度が上がりきるまで棒立ちになる危険が有るわ。しかも大和の『脚』の大きさを考えると、変形させるまでと元に戻すまでの時間がそれなりにかかるはず。故に……。
「あんまりお薦めはできないわね」
「でも、可能なんですよね?」
「可能か不可能かで言えば可能よ。練習してみる?」
「はい!」
あらま、やる気満々じゃない。
大和が最終的に何をする気なのかは謎のままだけど、逆に謎だから見てみたくなってきたわ。
そういえば、以前澪姉さんから聞いた事がある。
教官をしていて一番嬉しい瞬間は生徒を迎えた時でも卒業する時でもなく、答えへの道筋を得た生徒が歩み始める瞬間だって。
それが……。
「教官の醍醐味……か」
「何か言いました?」
「ううん、何でもないわ。ほら、そうと決まったからにはビシビシいくわよ!泣いたってやめてあげないんだから!」
「はい!よろしく願いします!」
ーーーーーーーー
そんなやり取りをした後から、大和が『刀』と『黒独楽』を習得するための訓練が始まったわ。
私が、大和がやろうとしていた事を知ったのは……いえ、
円満さんが用意し、奇兵隊によって隔離された海域で、私が大和の
その時の私は円満さんから全力戦闘の許可を得ていて本気だったし、本気の私が鈍重な戦艦に負けるなんて微塵も思っていなかった。
それなのに、私の攻撃は大和まで一切届かず、私は一方的と言っても過言ではないほど撃ちまくられたわ。
そう、あの試合の時のアイオワみたいにね。
アレで、あの時はまだ未完成だったって言うんだから嫌になるわよ。
でもまあ、悔しいと思う反面嬉しいとも思ったし、それに……少し寂しかった。
生徒が卒業するときの教師ってこんな感じなのかなって、その時初めて思ったわ。
~戦後回想録~
元駆逐艦 満潮へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
-
紫印 円満(実質三部の主役?)