艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百九話 あの日からずっと、嘘つきのままなんですから

 

 

 少し、昔話をしましょうか。

 昔話と言ってもアレから6年くらいしか経っていないのですが、とある旅客船が深海棲艦の襲撃を受けて沈んでしまいました。

 ですが一人だけ、当時10歳の女の子が一人だけ奇跡的に生き残り、船の破片にしがみ付いて漂流していたそうです。

 

 その少女を、一隻の重巡が発見しました。

 ええ、当然彼女は少女を殺そうと腰から伸びた尻尾の先端についた砲を向けました。ですが彼女が発砲する寸前、少女はこう言ったんです。

 

 「お姉ちゃん?お姉ちゃんじゃないの!?私よ!あなたの妹よ!」と。

 

 そう、少女は命惜しさに、通じるかどうかもわからない嘘を彼女に言ったんです。

 ですが少女はやめませんでした。

 彼女が小首を傾げて砲撃を躊躇ったのをチャンスと思い、考える暇も与えない勢いで嘘をつき続けたのです。

 

 「その髪型はお姉ちゃんにそっくり」「その優しそうな瞳も、愛らしい唇もお姉ちゃんとそっくりだわ」「そうよ、お姉ちゃんは頭が良かったから、それを目当てに深海棲艦はお姉ちゃんを洗脳したんだわ」などと、知っている限りの言葉を捲し立てました。

 

 そしてその嘘は奇跡的に通じ、彼女は少し困ったような顔をして少女にこう言いました。

 

 「そ、そういえば、そうだったような気がしないでもない……」と。

 

 それから少女は彼女に連れられ、海軍が破棄した泊地のある島に連れて行かれて無線の使い方を彼女に教えてもらっい、救助を呼んで待ちました。

 

 救助が来るまでの間ですか?

 その間は彼女が話し相手になってくれたそうです。

 

 「お父さんとお母さんは元気か?」とか「腹は減ってないか?」などと少女を気にかけたり、「私には今、命を賭してでもお仕えしたい方がいるんだ」と身の上話の様な事も聞かされたそうです。

 そして島に着いて三日後、彼女は少女にこう言いました。

 

 「迎えが来たようだ」と。

 

 少女は彼女にこう言いました。

 自分の両親を船と共に沈めた仇であるはずの深海棲艦に、心の底から一緒に居て欲しいと思ったから。

 

 「お姉ちゃんも一緒に帰ろう?」と。

 

 彼女は少しだけ悩むような、困る様な仕草をした後、少女に「いつか、静かな海で再び会えたならそうしよう」と言い残してその島から離れて行きました。

 

 それから少女はどうなったのか、ですか?

 艦娘になったと聞いています。

 少女は救助されたのちに、彼女と再び会うことを目的に艦娘となり、とうの昔に沈んでしまったかもしれない彼女に再会できると信じて、いつか「ごめんなさい」と言える日が来ると信じて、どこかの鎮守府で任務に従事し続けたそうです。

 

 え?その少女は私なんじゃないか?

 さあ?それはどうでしょう。そこは謎のままにしておくの方が華がある。と、思いますよ?

 

 

 ~戦後回想録~

 元初春型駆逐艦 四番艦 初霜へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「演習大会の応援……ですか?」

 「そうじゃ初霜、演習大会中は横須賀の奴らは天手古舞いらしくてのぉ。そこでわらわたち第二十一駆逐隊が、奴らの哨戒任務を手伝うことになったのじゃ」

 

 ハロウィン気分も落ち着いて、鎮守府も通常営業に戻った11月初旬。

 執務室に呼ばれていた麻呂眉で掛布団にして寝れるんじゃないかしらと考えてしまうくらい髪の毛にボリュームがある初春姉さんが、不満げな顔をして部屋に戻るなり横須賀への出張が決まったことを教えてくれました。

 と言うか、若葉ちゃんがお昼寝してますので声のボリュームを下げてください。

 常日頃から、こんな田舎の佐世保より横須賀の方がわらわに合っておるとか言ってるクセに、短期間の出張とは言え行けることになったのに何が不満なんでしょう。

 

 「まったく、今年こそはわらわたち二十一駆が佐世保の代表として大会に出るつもりであったのに肝心の大会はお流れ、しかも再開される大会に出場しろではなく手伝いじゃとぉ?馬鹿にするのも大概にせえ!」

 

 などと文句を垂れ流しながらも、初春姉さんは旅行鞄を押入れから引っ張り出してウキウキしながら荷造りしています。

 せめてセリフと表情くらいは合わせてくれません?

 

 「大体じゃ!此度の大会はネームド艦娘同士の演習だと言う話なのに、なぜお主に声がかからん!」

 「いや、私はべつにネームド艦娘じゃありませんし」

 「何を言う!お主ほど佐世保で対空戦が上手い駆逐艦は他におらんのだぞ!?お主、自分が何と呼ばれておるかくらい知っておろうが!」

 「知ってますけど……。アレって異名と言うよりは蔑称じゃないですか?」

 

 初春姉さんの言うとおり、私には『昼行燈』という異名があります。

 ただし、私の場合は本来の意味通りの理由でつけられたもので、普段地味でパッとしないがいざという時には隠された実力を発揮する、所謂「能ある鷹は爪を隠す」タイプだったりするからつけられたモノではありません。

 少なくとも、私はそう思っています。

 

 「お主が敵を沈める事ができんことはわらわも知っておるし、提督もそれを承知でお主を使っておる。じゃがそれでも、お主が佐世保一の艦載機キラーであることは紛れもない事実じゃ」

 「艦載機しか相手に出来ない私が、艦娘同士の演習に出ても何も出来ません」

 「じゃが、お主なら……!」

 「初春姉さん、荷造りの手が止まってますよ?」

 

 その一言で、私がこれ以上その話をする気がないと悟ってくれたのか、初春姉さんは少しだけ寂しそうにして荷造りを再開してくれました。

 初春姉さんの気遣いは本当に嬉しいです。

 初春姉さんは高飛車な態度とは裏腹に、常に私たち姉妹の事を考えてくれている優しい姉です。

 今回の事だって、大会に出れなかったことや雑用を押し付けられた事よりも、大会に出場するメンバーに私が選ばれなかった事に対して怒ってくれている。

 私なら、大会に出場するネームド艦娘に引けは取らないと本気で信じてくれているんです。

 

 「あ、初春姉さん、それは私の下着です」

 「ん?おおすまん!わらわのはこっちじゃったか?」

 「そっちは若葉ちゃんのです。貸してください、私がやってあげますから」

 「うぅ……いつもすまんのぉ……」

 「気にしないでください。自分の分のついでですから」

 

 これは嘘。

 初春姉さんの気遣いが嬉しかったから、お礼代わりに荷造りをしてあげる事にしたんです。どちらかと言うと、自分の分がついでですね。

 

 「おおそうじゃ!言い忘れてる事があったわ!」

 「言い忘れ?」

 

 荷造りが終わりかけなのを見計らったのか、初春姉さんはわざとらしく手をポン!と叩いて私にそう言いました。初春姉さんが何かを言い忘れるのはいつもの事ですが、横須賀に出張する話の後でしそうな言い忘れと言えば……。

 

 「もしかして休暇ですか?」

 「そう!それじゃ!喜べ初霜!大会の初日と二日目は哨戒任務じゃが、それが終わったら24時間の休暇があるぞ!」

 「じゃあ、三日目はお祭りを楽しめるって事ですか?」

 「うむ!これもわらわの日頃の行いが良いおかげかのぉ。三日目にはなんと!大会のメインディッシュとも言える『大和 対 アイオワ』の試合があるんじゃ!」

 

 と、力強く力説してくれましたが、私は正直言って興味ありません。興味はありませんが、せっかく初春姉さんが喜んでるのに「あ、興味ないです」などと言って水を差すような事はできませんししたくありません。

 ならばここは……。

 

 「それは楽しみですね!」

 「おお!お主も楽しみか!」

 「はい♪子日姉さんもそういうの大好きですし、絶対にみんなで見にいきましょう!」

 「うむうむ♪」

 

 よかった。

 腕を組んでご満悦な初春姉さんの様子を見る限り、私の嘘には微塵も気づいてないようです。見下しているわけじゃないですが、こういう時は初春姉さんの単純さには助けられますね。

 

 「初霜、若葉の荷造りもしてくれ」

 「あ、若葉ちゃん。起きたんですか?」

 「ああ、気分爽快だ」

 

 とは言ってますが、さっきまで初春姉さんがいくら騒がしくしてもスヤスヤと寝息を立てていた若葉ちゃんは仏頂面で、爽快さなんて微塵も感じられません。

 まあ、この子はいつもこんな感じですから今さら言う事でもないのですが。

 

 「ところで初春姉さん。おやつはいくらまでだ?」

 「は?おやつ?」

 

 いや、若葉ちゃん何言ってるの?

 小学生の遠足じゃないんですから、横須賀に行くまでの邪魔にならない程度に好きなだけ買って行けばいいじゃないですか。

 

 「うむ!いい質問じゃぞ若葉。おやつは300円まで、ただし!バナナはおやつに入らん!」

 「バナナは入らないのか……悪くない」

 

 悪いよ!

 たしかに今は冬場と言えなくもないから一週間くらいは保つと思うよ?思うけど!暇さえあればバナナを咥えてるくらいバナナが好きな若葉ちゃんの事だから持っていくのは一房じゃ収まらないでしょ?一箱は絶対に持っていくよね!?

 そんな量のバナナを何処に入れて運ぶの?まさか、私が今若葉ちゃんの下着を詰めている旅行鞄?無理だからね!?

 だいたい初春姉さんも初春姉さんよ。

 バナナはおやつに入らないとか言ったら、若葉ちゃんが大量のバナナを持って行こうとすることくらい想像がつくでしょ!?何年私たちの姉をやってるんです!

 

 「わ、若葉ちゃん。バナナなら横須賀に行ってからでも買えるよ?」

 「だが初霜、買って行かないと道中に食べる分がないじゃないか」

 「それは……そうなんだけど……。ほら!横須賀まではきっと哨戒がてら自走して行くんだろうし、保管するところがないよ?」 

 「ポケットに入れるから大丈夫だ。問題ない」

 「それなら問題ないけど……ちなみにどれくらい持っていく気?」

 「そうだなぁ……。10房もあれば……」

 「却下だよ!って言うかポケットに入る量じゃないよね!?」

 

 案の定じゃない!

 10房とか考えなくてもポケットに入らないのに、どうして無駄にキリっとしてサムズアップできるの!?まさか、私たち全員のポケットに突っ込む気?それでも無理だからね?それでも入りきる量じゃないし、そもそも初春姉さんと子日姉さんの制服にはポケットが存在しないから!

 

 「まあまあ初霜、よいではないかバナナくらい」

 「量が一本二本なら言いませんよ!それともなんですか?初春姉さんが両手に抱えて運んでくれるんですか!?」

 「それは嫌じゃ」

 

 嫌じゃ。とか言うんなら一緒に止めてくださいよ!

 このまま誰も若葉ちゃんを止めなかったら、この子絶対に10房持っていきますよ!?しかも若葉ちゃんって律儀だから、残った皮も捨てずにビニール袋にでも入れて横須賀まで持って行くはずです!

 初春姉さんはバナナの皮が詰まったビニール袋を両手に下げて横須賀に入港する気なんですか!?

 

 「たっだいまー!今日は何の日?」

 「美しいまつ毛の日じゃ!」

 「バナナの日」

 「それは八月七日だよ若葉ちゃん」

 「子日だよーー!」

 

 などと騒がしく帰って来たのは子日姉さん。

 べつに帰ってくるのはいいのですが、帰って来る度に「今日は何の日?」って聞くのやめてくれませんかね。

 いえ、それで「子日だよー!」と自己紹介をするまでが子日姉さんお決まりの挨拶であることは理解しているのですが、毎日ですのでみんなまともに相手をするのに疲れてるんですよ。

 ちなみにですが、私は若葉ちゃんが「バナナの日」などと言わなければポッキーの日と言うつもりでした。

 

 「ところで、初霜ちゃんは何してるの?夜逃げ?」

 「こんな昼間に、しかも人前で夜逃げの準備なんてしませんよ」

 「じゃあ何の準備?」

 「横須賀への出張の準備です。子日姉さんのもついでに準備しましょうか」

 「それは助かるけど……。それって来月の話じゃなかったっけ?」

 「え?」

 

 今何て?

 来月って何が来月なんです?もしかして出張が?

 いやでも、初春姉さんは出張の話をしながら嬉々として準備をしてたんですよ?だから私は、出張に出るのは近日中だと思って……。

 

 「す、すまん初霜。言うのを忘れておった……」

 

 忘れちゃダメですよね!?

 そんな肝心な事をどうして言い忘れるんです!?いやそもそも、初春姉さんが荷造りなんかしなければ私も勘違いせずにすんだんですよ!?

 そりゃあ早めに準備をするのは良い事だと思いますよ?でも、一か月も前から準備するのは流石に早すぎですよ。どんだけ出張が楽しみなんですか!

 

 「お、怒っておるか?」

 「怒ってるわけないじゃないですか。初春姉さんの用意周到さにはいつも感心しています」

 「ほ、本当か?」

 「本当ですよ。あ、初春姉さん、靴下に穴が空いてますけど他に換えはありますか?」

 「換え?ないかや?」

 「はい、どうしましょう、()()買って来ましょうか?」

 

 正直に言えば行きたくない。

 部屋から酒保までは歩いても片道五分ですが、荷造りも終わっていないのに手を止めて買いに行くのは億劫。でも買いに行かなければ荷造りが終わりません。

 だから私は「()()買って来ましょうか?」と言ったんです。

 

 「荷造りをしてもらっておるのに、買い出しまでさせるのはさすがに気が引ける。どうせ要るものじゃしわらわが酒保で買って来るとしよう」

 「そうですか?じゃあお願いしちゃいます♪」

 

 するとこうなります。

 初春姉さんは常日頃から高飛車で傲慢な振る舞いをしていますが、本当は義理堅くて優しい人なのです。だから、私が荷造りの途中にも関わらず買い出しにも行くとでも言いだせば、申し訳なく思って自分が買いに行くと言ってくれると信じていました。

 

 「子日、お主も共をせぇ」

 「えー!やだよー!姉さんの買い物長いんだもーん!」

 「つべこべ言わずについて来い!どうせお主も換えの靴下なり下着なりがないであろうが!」

 

 確かにありません。

 と言うか子日姉さんは下着を持っていません。常にノーパンでノーブラです。なので、換えの下着どころかそもそも下着を一枚も持ってないんです。

 

 「では行って来るぞ。他に、何か買ってきた方がいい物はあるかや?」

 「そうですね~……。あ、一つだけあります!」

 「なんじゃ?言うてみい」

 「姉さん達の荷造りをしてる私へのご褒美です♪」

 

 本当はそんな物いらない。

 私は艦娘、と言うよりは女の割に甘いものが苦手なのに、初春姉さんが考えるご褒美は甘い物ばかりなんですもの。でもこう言うと、初春姉さんは「うむ♪」と言って嬉しそうにしてくれるんです。

 そんな姉さんを笑顔で部屋の外まで見送った私が、打算の塊で出来ているなどとは疑いもせず。

 

 「初霜」

 「なぁに?若葉ちゃん」

 

 バナナを買って来るよう頼んでくれ。とでも言うつもりかな?

 今ならそう離れていないから、声を張り上げれば姉さん達に届くはずだけど……。

 

 「疲れてないか?」

 

 若葉ちゃんが口にした言葉は予想外だった。

 いや、いつか言って来るんじゃないかと予想はしてたけど油断していた。

 

 「疲れて、ないか?」

 

 再度同じ質問。

 若葉ちゃんに背を向けてて良かった。きっと今の私、凄く苦しそうな顔をしてるはずですから。

 いや、背を向けている今だから、若葉ちゃんは「疲れてないか?」なんて聞いてきたのかもしれません。若葉ちゃんは何も考えてないようで、初春姉さんよりも私の事をわかってくれてる子ですから。

 だから、私はこう返します。

 その場しのぎの嘘だってバレてるとしても、私にはこう言うしか選択肢がないんですから。

 

 「ううん、大丈夫だよ」と。

  

 私は嘘の微笑みで塗り固めた顔でドアを後ろ手に閉め、若葉ちゃんにそう返しました。

 でもやっぱり、若葉ちゃんには嘘だってバレてるみたい。だって若葉ちゃんは、一瞬だけ寂しそうに目を細めてこう言ったんです。

 

 「そうか、ならいい」って。

 

 ごめんね、若葉ちゃん。悪い事だってわかってはいるけど、私の口は勝手に嘘をついちゃうの。物分かりが良く、人当たりが良い子を勝手に演じようとするの。

 養成所の頃から一緒に過ごしている若葉ちゃんに心配をかけているとわかっていても、私はどうしてもその場しのぎの嘘をついてしまう。

 だって私は、あの日からずっと、嘘つきのままなんですから。

 

 









冒頭の回想録にはモデルがありまして、韓国の昔話『親思いの虎』が元になっています

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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