私は今までの人生で人を殺した事なんてないし、殺したいと考えたこともなかった。
だから、今の私の胸の辺りに渦巻いてる感情が殺意だって気付くまで少し時間がかかったわ。
具体的に言うと、待機室から試合場まで哨戒艇で運ばれていた間の時間ね。
『大変長らくお待たせ致しました!只今より本大会のメインイベント、艦娘同士による模擬戦闘試合を開始しまーす!司会は私、重巡洋艦 青葉。解説は駆逐艦 漣でお送り致します!』
私と磯風が800m程の距離を開けた開始位置に到着すると、司会の青葉さんがノリノリで会場に向けて開始のアナウンスを流した。
空母が飛ばしたと思われる偵察機が頭上を飛び回ってるから、たぶんアレで会場に映像を流してるんでしょうね。
でも、出来れば早めに謝っておきたいなぁ。
この大会は艦娘の演習と言うよりは大衆向けの娯楽の色が強いのに、私は模擬戦闘なんかで終わらせる気が全くないんだから。
『それでは選手の紹介から入りましょう!真紅の髪を靡かせ、海を駆ける様は正に紅い風。最古の艤装を背負って巻き起こすのは勝利の風か、はたまた破壊の暴風か!当横須賀鎮守府、第一駆逐隊所属。神ぃぃぃ風ぇぇぇぇぇ!』
プロレスの選手入場か!
戦闘区域が会場から離れてるからわかんないけど、それで本当に盛り上がってんの?神風?誰それって言われてるのが落ちじゃない?
『続いて紹介しますのは、呉鎮守府が誇る二水戦の切り込み隊長。長い黒髪を翻して敵を斬り裂く様は、伝説に語られる騎士王の如く凛々しく美しい!その名は聖剣。呉鎮守府、第十七駆逐隊所属。聖剣、磯ぉぉぉ風ぇぇぇぇぇぇ!』
偵察機が3機ほど磯風の周りをクルクルと旋回してる。たぶん会場のモニターには磯風の姿が上から下まで映し出されてるんじゃないかしら。
私の時は頭上を通り過ぎるだけじゃなかった?
『最後にもう一度言う。棄権しろ神風。戦闘が始まれば、私は手加減など出来……』
「くどい!」
『そうか。ならばもう言わん。ドックで自分の愚かさを後悔するがいい』
戦闘開始の合図の間を縫って、磯風が懲りずに棄権を促してきた。
ついつい過剰に反応しちゃったけど、おかげで私の怒りのボルテージがMAXになったわ。
『それでは第一試合!神風対磯風、始め!』
その合図と共に、磯風は砲撃しながら向かって左に舵を切り、私への接近を開始した。
まずはある程度近づきながら様子見。砲撃と雷撃で私の出方を見る気かしら。私の事を見下してる割に戦法は手堅いのね。
「両舷、微速前進」
磯風が放った砲弾が飛んできてるって言うのに、私はトビウオで初速を補うこともなく、半速、原速、強速、第一戦速と徐々に速度を上げていった。
飛んで来た砲弾は、私がこんなにゆっくりと速度を上げるなんて想定してなかったのか遥か前方に着弾したわ。
『ほう?口だけではないようだ』
「アンタが下手クソなだけじゃない?」
磯風は、私が偏差射撃を予測してわざと速度を上げないだと勘違いしたみたいだけど、私はそんなこと欠片も考えていない。
もし直撃弾が来るようなら、トビウオなり稲妻なりで避けようと思ってたわ。
私は単に、爆発しそうな程膨れ上がったアンタへの怒りを抑え込むために、ギアを上げる速度を調整してるだけ。
この、殺意とも呼べる怒りを余すことなくぶつけるために。
「第五戦速。駆逐艦神風、突撃します!」
私は磯風に向かって真っ直ぐ進んだ。
そう、本当に真っ直ぐ。
回避も直撃弾以外は無視して、之字運動すらせずに真っ直ぐ増速したわ。
『玉砕覚悟か?良いだろう!乗ってやる!』
おバカねぇ。
私は玉砕してでもなんて考えてない。無策なだけ。いや、策を弄するのも無理なくらい頭に血が昇ってるだけ。
でも、アンタまで馬鹿正直に真っ直ぐ向かって来てくれるのは嬉しい誤算だわ。
「魚雷、全弾発射。後に魚雷発射管パージ」
本来なら、全弾発射だの魚雷発射管パージだのと口に出す必要はない。
これは自分への指示。
怒りで自分を見失わないよう、一つ一つの行為を口に出すことで、確実に怒りを制御してその行為を実行するための言わば
「最大船速!同時に砲撃開始!」
放った魚雷が、磯風に全弾躱されたのを確認した私はさらに増速。『アマノジャク』による射角誤認を起こさせながら磯風への距離を詰めていく。
対する磯風は、最初の数発こそ被弾したけど被害は最小限。小破にも届いてないでしょう。
アイツは私を口だけじゃないとか言ったけど、アイツも口だけじゃないみたい。
『小癪な真似を……!』
お互いの距離が400mを切った辺りで、磯風は砲撃に加えて機銃も撃ち始めた。
文字通りの弾幕か。さすがにこれは躱しきれないわね。だったら。
「機銃弾は無視。砲弾のみ回避する」
そこで初めて、私は少しだけ舵を右に切った。
機銃による攻撃だけなら、私の装甲でもしばらくは堪えられるけど砲撃はさすがに無理だからね。
『お前、本当に玉砕するつもりなのか!?』
だから、そんなつもりは毛頭無い。
私はアンタとの距離を詰めたいだけ。アンタがこれをチキンレースだと勘違いせずに、例えば私の周りを回るように舵取りしてても私は同じ事をしたわ。
「痛っ……!さすがに抜かれ始めたか」
機銃弾が何発か私の装甲を貫通して左脇腹、左太腿、右肩などを掠めた。オマケに単装砲まで弾き飛ばされちゃったわ。
模擬弾とは言っても、当たるとやっぱり痛いわね。
このままじゃ、磯風との距離が100mを切る頃には中破くらいにはなってるかも。
でも!
「私は引かない!両舷一杯!さあ!追い込むわ!」
傍から見れば追い込まれてるのはどう考えても私。
私たちの会話が会場に流されてるのかどうかはわからないけど、きっと会場でもそんな声が渦巻いてるんじゃないかしら。
『クソ!さすがに……!』
近過ぎて砲撃が出来ない?
そうでしょうね。だって、すでに私と磯風の距離は30mを切っている。この距離で砲撃すれば、下手したら爆風で自分まで体勢を崩しかねない。
もっとも、私ならそんな事考えずに砲撃するけどね。
だって私には脚技があるし、戦舞台を使うときはもっと接近するんだから。
「シャアァァァ!」
機銃の雨に身体を晒しながら、それでも衝突寸前の距離まで踏み込んだ私は腰撓めの姿勢から抜刀。当然ながら刀には力場を通してるわ。
でも……。
「ちぃっ!」
「ふん!そんな玩具が艦娘に通じるものか!」
たしかに通じてるとは言い辛い。実際、一太刀目は磯風の装甲を少し削っただけで終わったしね。
相手も駆逐艦だからいけるんじゃないかと期待したけど、装甲を維持したままじゃ斬り裂くまでいかないか。
でも、ここはもう私の距離よ。
「身体保護機能を除いた全装甲をカット。同時に航行手段を『水切り』に変更」
「しょ、正気かお前!」
私はいつだって正気よ。
艦娘が無意識に使っている装甲の一機能である身体保護機能。
これは自身の砲撃による反動や被弾の衝撃から艦娘本体を守る機能であり、人間でしかない艦娘に実艦と同等の馬力を与えてくれる不可視の強化外骨格でもある。
でも防御力は皆無と言って良い。
今の状態で砲撃を食らえば例え模擬弾でも私は粉微塵になるし、機銃でも身体のパーツが吹き飛ぶわ。
「歓迎するわ磯風。ようこそ私の戦舞台へ」
全脚技中最高の機動力を得る代わりに、陸上と同じ程度の速度しか出せない『水切り』。これを駆使して相手の死角に潜り続けてハメ殺すのが戦舞台。
相手が水切り使用中の私以上に小回りが利く奴が相手だとあまり意味がないけど、そうじゃないなら相手が駆逐艦でもこの技から逃れることはほぼ不可能。
アンタは今から何も出来ず、私の姿すら見ること叶わずに斬り刻まれるのよ。
「クソっ!どこだ!何処に行った!」
私は磯風の動きに合わせて後ろへ、右へ左へ、そして時には真正面に回り込み、装甲と脚を減らした分の力場を上乗せし、駆逐艦程度の装甲ならバターのように斬り裂ける程の力場を纏わせた刀で斬って斬って斬りまくった。
薄皮一枚程度とは言え、私の良いように斬られて焦ってる磯風を見てると気分が良いわ。
「気は、済んだか?」
今の今まで焦っていた磯風の顔から焦りが消えた。
気は済んだかですって?まだぜんぜん済んでないわよ。本当なら薄皮一枚どころか腕だろうと足だろうと断ち切れるのに、わざわざ薄皮一枚だけに留めてアンタを痛ぶってる最中なんだから。
「私の視界内に居ない。それはつまり、
ヤバい。と、私を捉え切れていない磯風の紅い瞳を見て思った。
私の本能がここから離れろと警告してる。このままここに居たら死んでしまうと何故か思えた。
痛めつけようなんて考えず、腕の一本でも落として終わりにしておけばよかった。私としたことが、怒りを制御してるつもりがいつの間にか飲まれて冷静な判断力を失っていたのね。
「エクス……!」
磯風が右足を大きく振り上げた。
その動きに呼応するように、磯風の主機から天に向かって不可視の……いえ日の光りに照らされて金色に輝く刃渡り10mは有る剣が現れた。
なるほど。
私が見誤っていたのはその射程、そして聖剣発動時の旋回半径の変化か。
「カリバァァァァァァァ!」
片足分の脚しか無くなったことで急な方向転換が可能になった磯風は、股関節を180度を超える角度で開いて振り向き、真後ろにいた私にその聖剣を振り下ろした。
ーーーーーーーーーー
勝った。と、思ったよ。
たしかに神風の動きを捉え切れていなかったが、奴にできるのは精々私の薄皮に傷を付ける程度。
だから焦るフリまでして、神風に一時の優越感を味わわせてやろうなどと傲慢な事まで考え、そうした。
そして神風が私の正面から消え、後方のどこかにいるんだと当たりを付けた私は、本来なら剣のように鋭くする聖剣を扇のように平べったくして叩きつけた。
ああ、その時点で本来の聖剣を放っていたら、神風の死と引き換えに私が勝っていたかもしれないな。
~戦後回想録~
元駆逐艦 磯風へのインタビューより。
ーーーーーーーーーーー
「馬鹿な!何処へ消えた!?」
視界の端ではあったが、インパクトの瞬間に確かに神風の姿を捉えた。それなのに、聖剣を振り下ろした先に神風の姿がない。
まさか潰してしまったのか?
死なせてしまうわけにはいかなかったから、聖剣を扇状にして極限まで殺傷力を減らしたのだが、それにすら堪えられない程奴は脆弱だったのか?
「何処見てんのよ間抜け。私はここよ」
右舷側やや後方から聞き覚えのある声がした。
何故そんな方向から奴の声が聞こえる?まさか、約180度の範囲をカバーできるまでに広げた聖剣を、奴から見て左斜め前方に跳びでもして躱したと言うことか?
いや、そうに違いない。
以前、霞に見せてもらったトビウオとか言う技ならそれも可能なはずだし、その技は横須賀所属の駆逐艦が発案したと聞いている。ならば当然、奴が使えてもおかしくはない。
ふむ、私は少しばかり奴を舐めていたようだ。
試合前、奴が待機室に来るのと入れ替わりで出て行った雪風が言った「殺す気でいかないと負ける」という忠告をもっと真摯に受け止めておくべきだったな。
ならば……!
「手加減はやめだ!」
右『脚』の展開と同時に左『脚』を消去。
今の体勢から出す左回し蹴りでは本来の威力は出せないが、私の聖剣ならば奴くらい旧型の駆逐艦の装甲など容易く両断できる。
最悪、装甲ごと奴の胴を両断してしまうが、戦域外に待機してライン判定をしている駆逐艦は高速修復材を持たされている聞いているから、即死さえしなければ助かる可能性が高い。
そうだ、そうすれば勝てる。
私は負ける訳にはいかなかい。あの人のためにも、私は強くなければならないんだから!
「だから、遠慮なく斬らせてもらう!」
私は意を決し、殺すつもりで二発目の聖剣を右後方へ向けて横薙ぎに放った。
そして、再び視界の端に捉えた神風は突きの構え。
以前、谷風から借りて読んだ漫画の登場人物の得意技と似ているな。たしか……牙突だったか?
だが、私と神風の距離は3m程とは言え少しばかり距離がある。奴が踏み込んで私に刀を突き立てるより、私が奴を薙ぎ払う方が速い!
と、思ったのに、胸を刀で貫かれるイメージが不意に襲ってきたせいで一瞬だけ途惑ってしまった。
「聖剣、敗れたり」
そしてその一言とともに、神風は私ではなく聖剣に刀の切っ先を突き付けた。
無駄な事を。と思ったが、信じられないことに聖剣に食い込んだ刀の切っ先を起点として蜘蛛の巣のような放射状のヒビが聖剣全体覆い、そして砕いた。
「バ、バカな!」
いや、バカなのは私だ。私は思い違いをしていた。
奴は私を貫こうとしていたんじゃない。奴が狙っていたのは私の聖剣。つまりは武器破壊。
いくら力場で構成され、何度破壊されようと次を造れば良い聖剣と言えどもすぐには造れないし、造っている間は装甲も脆弱になる上にバランスも崩れる。
だが、まだ挽回できる。
神風も聖剣を破壊した余波で刀を弾かれ、刀を手放さないまでも大きく上半身を開いた格好になっている。
砲も魚雷もない奴に攻撃手段はないし、ここは機銃で牽制しつつ体勢を……!
ーーーーーーーーーー
整えるつもりだったんじゃないかな。
まあベターな選択だったと思うわ。たぶんたいていの艦娘は同じようなことを考えると思う。
実際、あの時の私は攻撃出来るような姿勢じゃなかったもの。ロケットパンチでもできたら話は別だけどね。
え?でもあの体勢から殴ったじゃないかって?
そりゃあ殴るわよ。
あの時の私の攻撃手段は、磯風に向けて突き出していた左手で殴るだけ。
だからトビウオで飛んで、左拳をアイツの鼻っ柱に叩き込んだの。
まあ、無理な姿勢で跳んだせいで腰は痛めたし、突き出していた拳をそのまま叩き込んじゃったせいで左腕が肘からポッキリ逝っちゃったけどね。
~戦後回想録~
元駆逐艦 神風へのインタビューより。
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「痛っ……。さすがに無理があったか」
一か八かの賭けだった。
聖剣が力場で構成されている以上、上手くやれば神狩りで破壊できるんじゃないかと踏んでやってみたけど思ってた以上に上手くいったわ。
でも、左手が死んだのと腰を痛めたのが誤算だったわ。トビウオで跳ぶんなら殴るんじゃなくて頭突きにしとけばよかった。
「くっ……!なんて出鱈目な……」
三半規管までイカレたのか、足をガクガクさせてへたり込むのだけは堪えている磯風が出鱈目とか言ってるけど何が出鱈目なのよ。
攻撃手段が限られてたんだから、その限られている中から手段を選択するのは当然でしょうが。
「さてと、これからどう料理してやろうかしら」
私のその一言でマズいと思ったのか、磯風が右手の砲と艤装に備えられた機銃、更には魚雷まで私に向けてきた。
でも私は慌てない。
そもそも、焦点も定まっていない今の磯風じゃあまともに狙いを付けられないんだから慌てる必要がない。
だから私は右手の砲を蹴り飛ばし、次いで艤装からアームに繋がれて伸びている右舷左舷の両兵装をアームごと断ち切った。
これでコイツは丸腰。
アンタは武器を構える前に、装甲を張り直すのを優先すべきだったのよ。そうすれば、右手の砲くらいは失わずに済んだかもしれないんだから。
「負けを認めなさい」
「なん……だと?」
「負けを認めろって言ったのよ。そうすれば、これ以上はイジメないであげる」
私は刀の切っ先を磯風の鼻先に突きつけ、できるだけ冷酷に聞こえるように言った。
でも、磯風に負けを認める気はないみたいね。
最初こそ面食らったように目をまん丸にしていたけど、今は怒りに顔を歪めてるわ。
「ふざけるな!私がお前如きに……!」
「負けるはずがない。とでも言う気?」
私は最後まで言わせず、磯風の左側頭部を蹴り飛ばした。
もちろん、装甲の身体保護機能は切ってあるわ。それを切らずに装甲を張ってない磯風を蹴っちゃったら磯風の頭がちぎれる前に弾けちゃうし。
「まだ、負けを認めない?」
「み、認める……か。私がお前なんか……に」
「そう、その意気込みは買わないでもないわ。でも」
なおも立とうとする磯風の顎先を蹴り上げると、再び両足を生まれたての子鹿の如くガクガクさせて、磯風はついにへたり込んだ。
それだけじゃないわね。
脳みそを揺らされる感覚がよほど気持ち悪かったのか、文字通り嘔吐出してるわ。
「ねえ。今どんな気持ち?散々馬鹿にして見下した相手に良いように痛ぶられるのってどんな気持ち?ねえ、答えなさいよ」
さらに追撃。
今度は嘔吐いていた頭を踏みつけて、自分の嘔吐まみれになった『脚』とキスさせてやったわ。
人の頭を踏み付けるなんて初めての経験だけど……何て言うかこう、ゾクゾクするわね。
ああでも、試合を撮影してるはずの艦載機が高度を上げたのを見るに、一般人ウケはしてないのかな?
「わた……しは」
「あら、まだそんな元気があるの?思ってたより骨があるじゃない」
磯風が両腕で踏ん張ってグググッと頭を上げようとしている。でもそのせいで、見た目が完全に土下座になっちゃったわ。
「負け……ない。私は強くなくちゃいけないんだ」
「ああそう。でもアンタは負けるの。アンタが蔑んだ
「私は負けない!」
そう言って、磯風が発した殺気に気圧されて思わず距離を取ってしまった。しかも必要以上に、具体的に言うと5mも。
ただの自惚れ屋だと思ってたのに、今の殺気だけなら桜子先輩にも匹敵するわ。
「私は負けられない……。私は強いんだ。誰にも負けないくらい強いんだ!じゃないと……」
今も震えている両足で身体を支え、上体を起こした磯風の顔は涙や鼻血で濡れていた。
でも、私に痛めつけられたのが悔しくて泣いてるようには見えない。どちらかと言うと……。
「お爺ちゃんが泣いちゃうじゃないか」
吐き出すようにそう言った磯風が、私にはまるで親に置いて行かれて泣きそうになる寸前の子供みたいに見えたわ。
ーーーーーーーーーーー
最初に見た時は、あの人が祖父だとは全く思わなかった。
二水戦の訓練が終わって工廠に戻る途中、桟橋に腰を降ろして煙草を吸っているあの人の背中を見た時に感じた胸の高鳴りを、最初は恋に落ちたんだと勘違いしたんだ。
もちろん途惑ったさ。
相手の歳は私の軽く4倍、さらに私の好みのタイプは衛み……。いやいや、とにかく私にはオジン趣味どこかジジイ趣味などなかったんだからな。
だが、あの人への想いは募るばかりで姉妹にも相談できず、面と向かって会う勇気はなかったから物陰に潜んで覗き見たり、会話に聞き耳を立てるなんてストーカー紛いの事を繰り返していた。
そして捷一号作戦が発令され、ワダツミに乗艦するために整列していた私を、艦橋から信じられないモノでも見るかのような目で見ているあの人に気付いた時に、あの人が祖父だと何故か理解した。
信じてもらえないかもしれないが、あの時何故かそう理解できたんだ。
私の想いが恋愛のそれではなく、家族に恋い焦がれる感情だったと頭が理解したときに、嬉しい反面切ない気持ちにもなったのを覚えているよ。
そしてその日から、強くなりたいという気持ちが一層強くなった。
だって祖父も私が孫だと気付いているのがわかったから、私が死んだら泣いてしまうくらい想像できるだろ?
だから私は祖父が泣いてしまわないよう、誰にも負けないくらい強くなろうと心に誓ったんだ。
~戦後回想録~
元駆逐艦 磯風へのインタビューより。
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お爺ちゃんが泣いちゃう?
なるほど、あの先輩がまどろっこしい真似をするはずだ。
私が知る限り、奇兵隊に属する人で先輩がお節介を焼き、お爺ちゃんと呼ばれるような歳の人は一人しかいない。そう、コイツの身内は艦長さんよ。
たしかにあの人なら、例えコイツが自分の孫だと気付いていても打ち明けないって言いそう。
ただし、打ち明けたくなるような場さえ整えてやれば「チッ、お節介奴らだ」とか言ってあっさり打ち明けるでしょうね。
「じゃあどうするの?アンタにはもう、一度破られた聖剣しか私への攻撃手段がない。それでどうやって私に勝つ気?」
「当然、聖剣でお前を倒す」
鼻血を拭いつつそう言い切った磯風は、さっきまでとはまるで別人みたい。
アイツにどんな心境の変化があったのか知らないけど、どうやらアイツは、私を同等の相手だと判断してくれたようね。
「そう、だったら来なさいよ磯風。くだらないプライドなんか捨ててかかってこい!」
「望むところだ」
私も磯風も、次の一撃が最後になるとわかってる。
いや、逆転するまでに受けたダメージや、肘から折れてる左腕の痛みが音になって頭にまで響くのと、少し動くだけで激痛が走る腰の状態を考えれば、次の一撃で決めれなければ負けるのは間違いなく私の方。
でも、だからこそ私は駆け抜ける!
「覚悟しなさい磯風!私がこの戦場に、神風を吹かせてあげる!」
「貴様こそ覚悟しろ!私が繰り出すのは星の聖剣!全てを斬り裂く必殺の一撃だ!」
それを合図に磯風は右足を頭の上まで大きく振り上げ、刃渡り5m程の聖剣を造り上げた。
なるほど、今回は射程よりも強度重視。アレが、磯風が制御でき、かつ威力と強度を両立させられる限界の大きさなのね。
対して私はまともな神狩りが撃てる距離と常態じゃない。
それならばと、『水切り』が使用可能な程度の力場をのみを回し、残りの全てを刀身へと集中した。
「先手……必勝!」
無線を通して、解説の漣さんが「在り来たりですがこの勝負、先に動いた方が負ける」って聞こえた瞬間に、私は切っ先をダランと垂れた左手に添えるように斜めに構え、そして駆け出した。
「エクスッ!カリバーァァァァァ!」
数瞬遅れで磯風が聖剣を振り下ろした。
私の位置は聖剣のちょうど中程。
先手必勝とか言ったけど、私は端からカウンター狙い。
持てる力場のほぼ全てを纏わせた刀で聖剣をいなし、顔面に一発ぶち込んでやる!
「貰ったぁぁぁぁぁ!」
私は刀を聖剣の腹に滑らせて左に逸らし、逸らし終わった所で峰を返して刀を振りかぶり、磯風の顔面に定めて最後の一歩を踏み切った。
でもおかしい。
磯風の顔があるはずの位置に顔がない。代わりにあるのは後頭部だわ。
「ぐぅ……!?」
何故か左腕に激痛が走った。
いや、折れてるんだからずっと痛かったんだけど、予想外の方向から襲ってきた意識を刈り取るほどの激痛の意味がわからない。
「何……が」
起こった?と口に出そうとしたけど、機関が発した『ピー!』という緊急脱出装置の警告音と磯風の勝利を告げるアナウンスが私の耳に届いたところで、私の目の前は真っ暗になった。
ーーーーーーーー
カウンターを狙っていたのか?
いいや、正直に言うとたまたまだ。
全てを賭けて放った聖剣を逸らされたせいで、ただでさえ後の事を考えていなかった私は見事に体勢を崩して一回転してしまったんだ。
そう、あの胴回し回転蹴りは偶然そうなっただけで狙ったわけじゃない。
ああ、神風を蹴り飛ばした私自身、どうしてそうなったのか理解できなかった。
私の勝利を告げるアナウンスを聞いても、緊急脱出装置の上で気を失っている神風を見ても、私には勝利の実感が湧かなかった。
何せ、聖剣を破壊された時点で私は負けていたんだからな。在り来たりな言い方をすれば、試合に勝って勝負に負けた。と言うヤツさ。
だが、その時の私にはそんな事など理解できず、哨戒艇に回収されてから工廠に戻るまでずっと審判が判定を間違えたんだと思っていた。
どうして私が勝った事になっている?勝ったのは神風じゃないのか?私はどうやって彼女に勝ったんだ?って感じでな。
そして工廠に戻ってから、私は余計に混乱する羽目になった。
ああ、工廠に祖父がいたんだ。
今にも泣き出しそうな顔で私を迎えてくれた祖父を見た途端、ただでさえ混乱していた私はその場にへたり込んで泣き出してしまった。
そんな泣きじゃくる私を、祖父は優しく抱きしめて落ち着くまでずっと頭を撫で続けてくれたよ。
~戦後回想録~
元駆逐艦 磯風へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)