艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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一章ラストです。
二章開始はGW明けになる予定です。今度は絶対だ!


第十二話 幕間 円満と辰見

 

 

 提督になってわかった事がいくつかある。

 一つは書類仕事の大切さ。

 艦娘だった頃は、毎日毎日山のように積み上がる書類をなんで処理しなきゃいけないんだろうって不思議に思ってたけど、先生の元で秘書艦、提督補佐として書類仕事を熟していく内に、書類一枚の決済が一時間遅れるだけで下の方ではそれ以上の遅れや影響が出ることを思い知った。

 例えば訓練場の使用許可申請。

 この許可が下りない内は艦娘だからと言っても艤装を受け取ることが出来ないし、整備員さん達の整備スケジュールにも影響が出るわ。

 秘書艦だった頃に一度やらかした事があるんだけど、私が申請書類を見落として決済が遅れたせいで、申請を出してた艦隊の訓練開始が2時間遅れ、整備員さん達にも残業をさせる羽目になったわ。

 あの時は、迷惑かけた人達に申し訳なさすぎて泣きそうになったっけ……。

 

 「じゃあ円満姉ぇ、行って来るね」

 「いってらっしゃい朝雲。気をつけてね」

 「わかってるって!ほら、私だってもうベテランじゃない?だから大丈夫!艦娘歴だって円満姉ぇより長くなっちゃったんだから」

 「ベテランだからって慢心しちゃダメよ?何かあったらすぐ連絡すること。良いわね?」

 「りょーかい。ホント、円満姉ぇは心配性なんだから」

 

 二つ目は見送る辛さかな……。

 見送られる立場だった頃は、見送る事しか出来ないって事がこんなに辛いなんて思いもしなかった。

 先生は、いつもこんな想いをしていたのねって思ったわ……。

 だって、自分が出撃する方が気楽だもの。自分が設定した目標に自分が手を下すのなら怪我をしたって、最悪死んだって自分が迂闊だった、下手クソだったで済ませられる。

 けど、今の私にはそれが出来ない。

 私は艦娘に託すことしか出来ない。死んでこいと命令することしか出来ない。私の命令で死地に赴く彼女たちを見送る事しか出来ない。

 それがもどかしくて、歯痒くて、悔しくて、どうしようもなく泣きたくなる時がある。

 

 「円満姉ぇ?」

 「え?ああ、ごめん。少しボーッとしてた」

 「疲れてるんじゃない?ちゃんと休み取ってるの?」

 「ちゃんと休んでるから心配しないで?ああそうだ。これあげるから、帰ったら皆で食べなさい」

 

 私は話を誤魔化すために、机に隠していた間宮羊羹を取り出して朝雲に渡した。手痛い出費だけど、朝雲に余計な心配事を増やすような事はしたくないから仕方ない。

 うぅ…食べたかったなぁ……。

  

 「本物の間宮羊羹じゃん!マジでくれるの!?」

 「ホントにあげる。でも他の駆逐隊の子には内緒ね?それだけしかないから」

 「うん♪もらっといたげる♪」

 

 上機嫌になった朝雲は、懐に羊羹を隠して退室した。

 あんな、如何にも何か隠してますって恰好で大丈夫かしら……。赤城にでも見つかったら服ごと食べられかねないわよ?

 

 「さぁ~て、仕事も終わったし、少し早いけど上がろうかな……」

 

 って言いながら背中を伸ばしてたらコンコンと誰かがドアをノックした。

 こんな夕飯時に誰だろう……。

 

 「どうぞ。入って良いわよ」

 「ヤッホ~円満~!ヘンケン艦長と仲良くやってるぅ~?」

 

 私が許可を出すなり入って来たのはのは、紫のかかった黒のショートヘアと同色の瞳を持ち、左目に黒の眼帯を着けた提督補佐の辰見 天奈(たつみあまな)大佐だった。

 歳は29と若いけど、軽巡洋艦 天龍として長年戦った元艦娘で、士官としては私より先輩になるわ。階級は私の方が上だけどね。ほら、私って提督だから。

 

 「それやめてっていつも言ってるでしょ?」

 「あ、その反応は面白くない。だからやり直し」

 「拒否するわ。で?何か用?」

 

 桜子さんと同じで用もなく来る人だから聞いても仕方ないんだけど、一応は聞いておかないとね。本当に用があるなら追い返すわけにもいかないし。

 

 「大和の感想を聞いてみようと思ったのよ。どうだった?使えそう?」

 「まだ何とも言えないわ。戦う所を見た訳じゃないし。ただ……」

 「ただ?」

 「澪からは『殺意を覚えるレベルで話を聞かない』って聞いてたんだけど、今日話した感じではそんな事なかったわ」

 

 たぶん、話を聞かないと言うよりは話が噛み合ってないって感じだったんだと思う。

 今日の満潮へのフォローを見る限り察しは良いもの。いや、良すぎるのかしら。

 察しが良すぎるから、見聞きした情報を独自解釈、拡大解釈して、結論だけ口に出すんだと思う。だから、相手からしたら話を聞いてないって思われちゃうんじゃないかしら。

 

 「朝潮への反応は?貴女、それを一番気にしてたでしょ?」

 「妙に懐いてる感はあったけど、アイツ(・・・)みたいに執着はしてなかったと思う。大淀に会ったら、また違う反応をするかもしれないけど」

 「長門はあっさり今の朝潮に乗り換えたのにねぇ~。意外と一途だったり?」

 「やめてよ気持ち悪い。あの子、アイツに愛を叫ばれて本気で嫌がってたのよ?長門への当たりがキツかったのだってそれが原因だもの」

 

 去年まで朝潮だった大淀は、大和の艤装の核となった戦艦水鬼、個体識別名『窮奇』に溺愛。いや、偏愛されていた。私も何度か聞いた事があるけど、当事者じゃないにも関わらず鳥肌が立ったわ。

 

 「つまり…窮奇は元帥みたいな奴だったって事?」

 「やめて。確かに元帥も朝潮を愛していたけど、解体されて歳相応に成長したあの子を見て「惚れなおした」とか言ってたのよ?」

 

 ホント、そう言われて照れるあの子が羨ましくてしょうがなかった。

 私には絶対見せない、「好きだ」と体全体で語ってる先生の姿を見て、私は初めてあの子を妬ましいと思ったわ。私には、あんな姿は絶対に見せてくれないもの……。

 

 「貴女も難儀な性格してるわよねぇ……。さっさと告って玉砕しちゃえば楽でしょうに」

 「ヘタレなのよ……。チャンスがあっても告白できないし、抱いてとも言えない……」

 

 私は月に2~3度ほど、桜子さんにセッティングしてもらって先生と呑みに出掛ける。出掛けると言っても、先生の息がかかったお店しか行かないけど、基本的に二人きりだし防音も完璧な部屋で呑むから、もし不祥事が起こってもバレる心配はない。

 それに娘である桜子さんと、奥さんであるあの子の許可も下りてる。

 だから、余裕ぶっこいて不倫の許可を出すあの子へ当て付けるために「抱いて」と何度も言おうと思ったわ。実際、初めて行動を起こした時は半裸で迫ったりもした。その時はまあ…桜子さんのせいで未遂に終わっちゃったけど……。

 

 「今晩…呑む?」

 「いい。私、休みの前の日しか呑まない事にしてるから」

 「そう…聞いて欲しい話があったら言いなさいね?同僚以前に、私は貴女の先輩なんだから」

 「うん…ありがとう……」

 

 辰見さんは、私が満潮以外で本音を話せる数少ない人だ。「ヘンケン艦長と仲良くやってるぅ~?」ってからかって来るのは本当にやめてほしいけど、この人は桜子さんと違って泣くまで私をからかったりしないもの。

 先生との関係も、桜子さんは面白半分でお膳立てしてる感が丸見えだけど、辰見さんは暗にやめろと促してくれるわ。私自身、あんな不倫じみた事は辞めるべきだって思ってるんだけど、どうしても辞める事が出来ない。

 だって好きなんだもの。先生に「好きだ」って言われたいし、私も「好きよ」って言いたい。もっと言うとキスもしたいし、それ以上の関係にもなりたいと思ってるわ。

 けど…呑み友達以上になれない…どうしてもブレーキがかかっちゃう。

 ブレーキがかからない位呑んで迫ってやろうって考えて実行した事もあるんだけど、その時は無茶な飲み方をしたせいで先生の前でリバースしちゃった。しばらく立ち直れなかったなぁ……。満潮にもだいぶ迷惑かけたと思うわ。

 

 「そうだ。叢雲がさ、満潮と演習させろってしつこいのよ。どうにか許可できない?」

 「あの子も懲りないわね……。誰かに見られる恐れがある鎮守府内じゃ、満潮が見せられる(・・・・・)力には制限が有るって言うのに」

 「叢雲なりに確かめたい事があるんでしょうよ?ほら、鎮守府であの子より強い駆逐艦は満潮だけだから」

 

 かつての朝潮に自分がどれだけ近づけたか知りたいんでしょ?それは満潮だって同じはず。

 あの二人が追いかけてるのは、『戦艦殺し』と讃えられたあの子なんだから。もっとも私から見れば、二人とも正化30年時の朝潮をとっくに追い越してる(・・・・・・)んだけどね。

 

 「『十二単(じゅうにひとえ)』…だったっけ?貴女があの状態(・・・・)の満潮に贈った異名は」

 「異名とは少し違うけど……」

 

 満潮は、並みの駆逐艦では使用できない12の特殊技能を習得している。

 桜子さんが創作した『トビウオ』『水切り』『稲妻』の三つに加え、時雨の『波乗り』。先代朝潮が、先生から「脚を独楽みたいに出来るか?」と言われて思い付き、解体前に完成させた『黒独楽』。

 そして、それらを駆使して敵をタコ殴りにする『戦舞台』と、『装甲』や『脚』に回す力場を減らし、浮いた分を『弾』に上乗せしてスペック以上の干渉力場を生み出す『刀』。砲身だけを動かして、見た目の射角と実際の射角を誤認させる『アマノジャク』。

 私達はここまでしか教えるつもりはなかったんだけど、満潮は私達の想像を上回って見せた。

 それを見た時は、私達が課した厳しい訓練から現実逃避してるんだと思ったわ。

 だって、壁に向かってブツブツ独り言言ってたんだもの。澪なんか「どうしよう…満潮が壊れちゃった……」ってガチで凹んでたなぁ。

 でも、私にはそうじゃないとすぐにわかった。恵なんかは「イマジナリーフレンドでも作っちゃったのかしらぁ……」って言ってたけどそうじゃなかったの。

 こんな言い方をしたら危ない人に思われるかもしれないけど、あの子は妖精さんと会話してたのよ。

 それがわかってすぐ、私は満潮に妖精さんと五感を共有する事で全天全周360度の視界と超人的な反応速度を得ることが出来る『艦体指揮』を教え、満潮は見事モノにして見せた。

 

 「士官にすれば、戦場から遠ざける事も出来たでしょうに……。どうしてそうしなかったの?」

 「あの子が拒んだの。「私は円満さん程強くない」って言われたわ」

 「戦闘能力だけなら上なのにねぇ。歳の割に見るとこ見てるじゃない」

 「あの子は馬鹿じゃないもの。いつも助けてもらってるわ……」

 

 『艦体指揮』を習得した満潮はそれで満足せず、さらに上を目指した。

 その頃には澪と恵は解体されて鎮守府を去ってたんだけど、残った私と朝潮は、満潮に乞われるまま訓練を継続したわ。

 そして満潮は、『艦体指揮』発動中と言う条件は付くものの、朝潮が編み出した砲弾だろうと艦載機だろうと関係なく、自分に向かって来るモノを撃ち落とす(・・・・・)『蜂落とし』。更に、訓練にまで乱入して来る長門を撃退する副産物として編み出された『衝角戦術』までも習得した。

 この時点で、満潮は駆逐艦が到達できる最高地点に居たんじゃないかな。

 

 「あら、『姫堕ち』は教えた訳じゃなかったの?」

 「当り前よ。あんな危ないモノ教える訳ないじゃない。って言うか、他と違って教えてできる様な事じゃないもの」

 

 『姫堕ち』とは、かつて荒潮だった恵が編み出した艤装の裏技、精神崩壊まで自分を追い込む事で艤装の核である深海棲艦の力を無理矢理引き出し、艤装に上乗せしてスペックを跳ね上げる『深海化』の進化改良版と言って良い禁忌の技よ。

 『深海化』は通常の精神状態と精神崩壊状態を意図的に行き来する精神衛生なんてガン無視な方法で初めて実現するモノで、使用後は肉体的にも精神的にも疲弊して一週間は動けなくなるくらい危ないモノだった。

 けど満潮は、妖精さんと五感を共有する要領で核にコンタクトし、無理矢理ではなく協力を要請する事で、恵が負っていたデメリットを半分以下にした。

 それだけじゃないわ。

 『深海化』を使った恵が駆逐棲姫並みのスペックだったのに対し、『姫堕ち』使用中の満潮のスペックは駆逐水鬼並みに跳ね上がる。

 そう考えると『姫堕ち』じゃなくて『鬼堕ち』の方が良いんじゃないかと思えるけど、『姫堕ち』使用中の満潮の姿が、深海棲艦と呼ぶにはあまりにも白く、平安時代のお姫様のように雅で美しかったから『姫堕ち』と名付けたの。

 

 「12種の特殊技能を全力使用した満潮の姿を讃えて『十二単』…だったかしら?」

 「うん、見た目も十二単を着てるみたいに見えたからね」

 「元帥のネーミングセンスまで真似しなくていいんじゃない?もうちょっと凝った名前をつけてあげればよかったのに」

 「いいのよ。満潮も気に入ってるんだから」

 「ホントにぃ?」

 「本当よ」

 

 たぶん。メイビー……。

 話を逸らして誤魔化そっと。

 

 「そうだ!大和と演習させてみる?元帥が来る日に」

 「いくら大和型でも、着任したての新米じゃ今の叢雲の相手にならないと思うけど?」

 「むしろそれが望ましいわ。大和を精神的にも肉体的にも追い詰めて欲しいのよ」

 「……円満、何を企んでるの?」

 

 企んでるなんて人聞きが悪いわね。私はただ確かめたい(・・・・・)だけよ。大和の内で、アイツが今も生きているのかを。そして、使いものになるのかどうかを。

 

 「元帥には私から話を通すわ。万が一に備えて、長門を旗艦とした第一艦隊と武蔵旗艦の第二艦隊。更に、横須賀に所属している全航空母艦を第二種戦闘配置で洋上に待機させるわ。最悪の場合は大淀にも出てもらう」

 「棲地でも落とす勢いの戦力ね。窮奇ってそんなにヤバい奴だったの?」

 「言ったでしょ?万が一に備えてだって。確かにヤバい奴ではあったけど、この戦力なら確実に仕留められるわ」

 「ふぅ~ん。愛しの先生に万が一の事があったら嫌だから~。が、本当の理由だと思ったけど?」

 「そんな訳ないでしょ。公私混同はしない主義なの」

 

 嘘です。演習当日は、先生の壁として長門と武蔵を配置するつもりです。辰見さんだって、「思ってたけど?」とは言ったけど確信してるんでしょ?

 

 「OK。叢雲にも伝えとくわ。本気でやらせて良いのよね?」

 「構わないわ。あ、けど『魔槍』の使用は控えさせてよ?アレは流石にマズいから」

 「わかってるわ。使うのは『脚技』だけに留めるように言っとく」

 

 用件は済んだとばかりにそう言って、辰見さんは退室して行った。

 叢雲を餌にしたみたいで少し気分が悪いけど、どうやって大和を追い込もうか悩んでたから丁度良かったわ。

 

 「もし生きてるのなら解体してやりたい……。けど、利用できるようなら利用させてもらうわ」

 

 あとは大和の出方。いや、大和の内に居ると思われる窮奇の出方次第で決まる。

 先生が立案し、私が概要を考えたこの戦争を終わらせるための第一歩。南方方面中枢攻略計画『捷号作戦』の大筋が。

 




次章予告。

大淀です。

円満さんから大和さんの嚮導をしろと言われた満潮ちゃん。
なんだか、私が円満さんに指導された日々を思い出しちゃいますね。
一方、矢矧さんは神風ちゃん達に毒されておかしくなっちゃいます。常識人が居なくなって大丈夫なのでしょうか。
次章、艦隊これくしょん『迷いと葛藤の練習曲(エチュード)
お楽しみに。

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)

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