私が艦娘だった頃、正確には大淀になってから一緒に艦隊を組みたいと思った人は五人しかいません。
一人は満潮ちゃん。もう一人は叢雲さん。不本意ですが、窮奇と演習大会以降の大和さんも数に入れました。
そして、最後に阿賀野さん。
戦時中は主人にすら言いませんでしたが、彼女とは先の四人以上に同じ艦隊で行動したいと思いました。
はい、今でもあの人が無名だったのが不思議でなりません。
だって彼女の強さは私と同等。いえ、ある意味では私以上だったんですから。
今となっては叶いませんが、私と満潮ちゃん、そして叢雲さんと窮奇と大和さん、それに阿賀野さんで艦隊を組んでいたら、どの国のどんな艦隊にも負けない、文字通りの無敵艦隊になっていたと思います。
~戦後回想録~
元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。
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無線を通じて聞こえた回向返照。
私の記憶が確かなら、回向返照とは自分本来の姿を振り返り、反省して修行すること。または日が沈む前に夕日の照り返しで一瞬明るくなるということから、死の間際に息を吹き返すことを表す四字熟語だったはずです。
また禅問答では、「自ら回向返照して、更に別に求めず」とあり、外には何もないぞ、自身の内に光を照らせと教えていたと記憶しています。
彼女の姿は今だに水柱の向こう側なので、何を思ってそんな意味の言葉を発したのかはわかりませんが警戒しておくに越したことはないですね。
そうするにはまず……。
「彼女を視認しないと」
偵察機が早々に撃墜された以上、私に残された敵の捕捉方法は両の目による視認のみ。
まさか1対1の演習で、自分がどれだけ索敵を視力に頼っていたかを痛感させられるとは思ってもみませんでした。
「居ない?彼女は何処に消えた?」
治まりかけの水柱を右に躱して砲を構えた先に彼女の姿は無し。トビウオで上に跳んだのかもと思いましたが、上空にも彼女の姿はありません。
いったい阿賀野さんは何処に……。
「ぐうぅ……!?後ろから砲撃!?」
至近弾で済んだものの、予想外の方向から砲撃を受けたせいで軽くパニックになってしまいました。
ですがいつの間に背後に?
水柱が私と彼女を隔てていた時間は5秒にも満たなかったはず。さらに彼女は、自身が放った砲撃で吹き飛ばされている状態だったはずです。そんな状態でどうやって私の背後に……いや、そもそもどんな手段で移動した?
「海面に航跡が……。と言う事は脚技での移動じゃない。まさか通常航行!?でも速度が尋常じゃ……くぅっ!」
黒独楽で180度右転進する際、左に弧を描くように水柱を迂回してさっきまで私が背を向けていた方へと回り込む航跡を確認しました。
さらに、青白い炎のような光りに包まれた艤装を纏い、優に90ノットを超える速度で反転した私の左側を航行しながら砲撃してくる彼女の姿も。
「でも照準が甘い。もしかして、アレを使っての実戦は彼女も初めてなのでは?それに速度は速いですが、機動力自体は軽巡洋艦のそれと大差ないですね。ならば」
勝機はあります。
アレで機動力まで高かったらお手上げに近かったですが、速度が上がっただけなら『稲妻』で対抗出来るんですから。
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結論から言いますと対抗できませんでした。
彼女を目視した私は、左旋回して私の方へと向かってくる彼女に反航戦を仕掛けたのですが……。
青木さんもご存知の通り、私の砲撃は彼女の『装甲』に跳ね返され、あまつさえ体当たりで弾き飛ばされてしまいました。
ええ、私の考えが甘かったんです。
回向返照で向上した彼女の性能は速度だけではなく全て。火力から装甲に至るまでの全ての性能が跳ね上がっていたのに、私はそれに気付けなかったんです。
それに加え、彼女の戦闘技術は私が知る中でも最高レベル。まるで、戦艦水鬼だった頃の窮奇を相手にしている気分になりました。
~戦後回想録~
元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。
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勝てる。
回向返照を発動してわずか一分足らずの僅かな時間なのにも関わらず、私は自分の勝利を確信した。
でも、楽観視してそう思ったわけじゃないわ。
私の速度に『稲妻』で対抗し、砲撃が私の『装甲』に弾かれた時の表情から、彼女が私の今の性能を見誤っていたのは確実。
あんまりにもわかりやすく動揺してくれたから、思わず体当たりして跳ね飛ばしちゃった。
「光が黄色に変わり始めたか。でも、今のままなら十分間に合う」
艤装を包む光は単に光ってるだけじゃない。
この光には、回向返照の残り使用時間を示す警告灯の役割もあるの。
たった今黄色に変わりきったから、残り使用時間は2分。これが、残り一分を示す赤色に変わる前に倒せれば最高なんだけど……。
「彼女に諦める様子がないのがねぇ……」
彼女は尚も『稲妻』で食い下がり、私を追い詰めた大淀式砲撃術を駆使して私を倒そうとしている。
正直に言って、効きもしない攻撃を繰り返し、私の性能に翻弄される彼女を見るのは気分が良い。
見下して愉悦に浸っていい相手じゃないのはわかっているけど、全艦娘最強と謳われる彼女を無名の私が嬲っている現状で、優越感に浸るなと言う方が無理だわ。
「降参しなさい。これ以上やると死んじゃうわよ?」
そう言って降参する人じゃないのはわかってる。
でも、言わずにはいられなかった。言い返さずにはいられなかった。
絶対的優位に立つ者のみが口にできる勝利宣言を、私よりも強い彼女に言ってやりたかった。
だからそうした。言ってやった。
私は大淀に、「お前の負けだ」と言うことができた。
『覚え……ました』
「は?今なんて……」
言った?
覚えた?何を?大城戸さんの助言通り、私は彼女が知らない技術なんて披露していない。
唯一それと言えるのは回向返照だけ。
でも、私はちゃんと水柱で目隠しをした状態で発動した。それで何を覚えたって言うの?もしかして回向返照の制御方法?
だとしたら問題ない。
いくら制御方法を覚えたからって発動方法までは……。
『回向返照!』
「んな……!」
馬鹿な!
いや、でも間違いない。大淀の艤装を覆う青白い光は間違いなく回向返照による副作用だわ。
だけど、どうして真似できた?
水柱による目隠しで、私が回向返照を発動した瞬間は見えてなかったはず。
まさか、制御方法から逆算した?
いや、それしか考えられない。大淀は制御方法を覚えたことでコレがどういう技術か理解し、発動方法を予測したんだわ。
まったく、大城戸さんから『猿真似』の詳細を聞いたときも思ったけど、聞いた以上の事を目の前でやられると……。
「なんてインチキ……!」
くらいしか言葉が浮かばない。
更に、現状は精々互角の戦いにもつれ込んだ程度で済んでるけど、実際は彼女が私より後に回向返照を発動した事で形勢が逆転したと言って良い。
だって回向返照を使う大淀を、残り一分強の短時間で倒さなくちゃいけなくなったんだから。
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今だから言いますが、あの時は破れかぶれでした。
はい、回向返照を発動した時です。
阿賀野さんが回向返照を使用しているのを見て、その制御方法は覚えることができたのですが、肝心の発動方法はわからないままでしたから。
発動方法は推察して実行したのか?
いえ、私はそこまで頭が良くありませんので、制御方法から発動方法を逆に辿るなんて真似はできません。
私は単純に、アレだけの力場出力を得るには機関への燃料の過剰投入しかないと考え、それを実行しただけなんです。
ええ、もし間違っていたら、私は機関の暴走に巻き込まれて敗北。最悪の場合は死んでいたでしょう。当然、試合後に主人から怒られました。
でもあの時は、そこまでしてでも彼女に向き合わねばと思えてしまったんです。
彼女からしたら大きなお世話だったのかもしれませんが、私は彼女が「助けて」って言ってるように見えてしまったんですから。
~戦後回想録~
元軽巡洋艦大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。
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「クソっ!残り時間が……!」
回向返照を発動した大淀との撃ち合いが始まってすでに一分近く。艤装を包む光はとっくに赤色に変わってるし、残り時間が50秒を切ってるせいで艤装が悲鳴を上げ始めてる。
それなのに決定打が与えられない。今の私の装備じゃ、回向返照が切れる前に大淀を倒せない。
それはイコール、私の敗北を意味する。でも……!
「そんなの絶対に嫌!アンタに負けるくらいなら、あの人の命令を遂行できないくらなら!」
アンタを道連れにして死んでやる。
そう決めた私は、速力を維持出来る程度の力場を『脚』に回し、残りの全てを艤装の両端、船で言うと船首に相当する部分に集中して針路を大淀に向けた。
回避されるかな?いや、普通に考えれば回避するよね。
だってこの突撃さえ躱せば私は時間切れだもの。
躱した後は、通常航行すらままならない私を砲撃なり雷撃なりで倒せば良いだけ。そんな余計なリスクを彼女が負うとは思えない。
思えないけど、ここは大城戸さんの言葉を信じて彼女が余計なリスクを負うように仕向けて……。
「って、何のつもり?」
突進する気満々の私が残り300mの距離まで迫ってるって言うのに、大淀は両腕を真上に挙げて完全停止した。
あれは何のポーズ?いや、あれはもしかして構え?
あんな、ダイアモンドダストでもしそうな構えからどんな攻撃をする気なの?
と言うか迎え撃つ気!?
私からすれば、彼女を挑発するための元帥に対する悪口を言わないで済んだ分好都合だけど、ハッキリ言って馬鹿なんじゃないの!?
『何のつもり?私は言いました。私が持てる全戦力、全戦技を用い、全力で貴女を迎え撃つと。故に私は避けません。貴女の全力を、私の全力を持って打ち破ります!』
言い終わると同時に、大淀はその構えのまま真上に発砲。すると、文字通り天にも届く黄金の柱が現れた。
アレは何?
見た目的には磯風の聖剣に近いけど、内包している力は恐らく桁違い。それを、まるで大剣を掲げるように構えてるって事は……。
『大淀式砲撃術その6。
やはり振り下ろしてきた。
天羽々斬とはたしか、神代三剣の一つにも数えられる、須佐之男命が八岐大蛇退治に使った神剣である十拳剣の別名。
ちょっとばかし大袈裟なネーミングじゃない?とも思うけど、恐らくは先の鎌鼬や姿見をベースとして磯風の聖剣を取り入れ、回向返照によって大和型戦艦を上回る力場出力を得た事で完成したと思われるアレは、正しく神剣の名に恥じない威力なんでしょうね。黄金に輝いてるのはたぶん、回向返照の残り時間が二分になった事を示す黄色い光がそのまま反映されたんでしょう。
でも、私の方が残り時間が少ないとは言え力場出力はほぼ同等。ご大層な名前を付けようと、アンタの神剣と私の突進の威力は互角。
ええ、やってやろうじゃない。
これが最後。私の全てをアンタにぶつけてやる!
「行っ…けぇぇぇぇぇぇぇ!」
私を押し潰すように振り下ろされた天羽々斬と私の船首が、互いの距離が50mを切った辺りで接触し、砲撃にも引けを取らない轟音を辺りに響き渡らせた。
このまま拮抗したままなのはマズい。
なんとかしないと、あと十数秒後には私の回向返照が切れて目の前の大剣に斬り裂かれる。
そんな目に遭うくらいなら……。
「もう……どうにでもなれ!」
私はトビウオで跳んだ。
速力を維持出来る程度の力場しか回していなかったとは言え、通常を遥かに上回る『脚』でのトビウオで。
その結果、私も船首を砕かれ、機関のみを残して両舷の艤装を失ったけど、大淀の大剣をへし折って彼女に肉薄することができた。
このまま行けば、着水と同時に『装甲』すら大剣に回して無防備な彼女の顔面に拳の一つも叩きこめる。
「なっ!?」
はずだった。
はずだったのに、機関の右側が爆発して私の針路を狂わせ、彼女の左を通り過ぎるだけで終わってしまった。
私に残された最後のチャンスだったのに。彼女は両手を振り下ろした状態で、機関が爆発して針路が逸れなければ私の拳は届いていたのに。
「クッ……ソ……あうっ!」
着水して彼女に振り向こうとしたら、機関が更に爆発して私を海面に押し付けた。
熱いし痛い。
爆発の衝撃で内蔵でも痛めたのか血反吐まで吐いてしまった。しかもマズい事に……。
「ふ、浮力が……このままじゃ私」
轟沈。
その二文字が頭をよぎった。
右足の方から傾いてどんどん沈んでいく。『脚』を必死に作ろうとしてるけど、機関からの力場供給が安定しなくて上手くいかない。
負けるくらいなら死んでも良いと思ったけどこんな死に方は嫌だ。せめて、せめてもう一太刀……。
「掴まってください。貴女はこんなところで沈んではいけません」
「大……淀」
声がした方に顔を上げると、私のように背中の艤装から煙を噴いている大淀が腰まで海に沈んだ私に手を差し伸べていた。
この手を掴めば助かる。
でも掴んで良いの?この手を掴む事は敗北を認めるのと同じなんじゃないの?だったら……。
「嫌よ!負けるくらいなら私は……!」
「負ける?ああ、無線も壊れているんですね」
無線?たしかに大淀の声以外は聞こえないけど、それが今何の関係が?
いや、今の私達の状態を見れば勝敗は明らか。
きっとすでに、大淀の勝利を告げるアナウンスが流れてるんだわ。
「青葉さん。どうも阿賀野さんには聞こえていなかったようなので、さっきの判定をもう一度アナウンスしてもらってよろしいですか?」
『了解ですー!え~とですね。誠に残念ですが、両者共にラインアウトのため失格処分となりました』
自身の無線をスピーカーに変えたのか、大淀の右耳辺りから司会の声が予想外の結果と共に聞こえてきた。
自分の勝利を私に告げさせて、ただでさえ負けたと思ってる私を死体蹴りでもするのかと思ってたのに……って、それは今はいい。
それよりも今は失格処分の理由の方が気になる。
「はぁ?ラインアウト!?いったいいつ!」
『お二人が超ヤサイ人みたいになってすぐですー』
ああ、つまり私も大淀も回向返照の制御に集中し過ぎて勢い余ってラインアウトし、しかも気付かずに戦闘を続けてたって事ね。なんて間抜けな……。
あれ?でもそうなると……。
「じゃ、じゃあ勝敗は……」
『勝敗も何もないですが、強いて言うなら引き分けです!』
「と、言うことです。なので、貴女は立派に与えられた任務を遂行しましたよ」
そう言って、大淀は結果を理解しきれずに呆然としていた私の右手を掴んで、自分の『脚』の上に私を引っ張り上げた。
「まだ理解できませんか?貴女が命じられたのは『負けないこと』だったのでしょう?」
「え、ええ、たしかにそうだけど……」
「だったら無事に任務完了です。引き分けなのですから貴女は
へたり込む私に、視線を合わせるようにしゃがんで彼女が言った「任務完了」と言う言葉が脳内に染み渡るにつれて、悲しくもないのに涙が溢れてきた。
なんで涙が?
勝てなかった事が悔しいの?それともあの人の命令を遂行できた事が嬉しいの?
「阿賀野さん、大本営に来ませんか?」
「だ、大本営に?阿賀野……が?」
「そうです。貴女ほどの艦娘を呉で遊ばせておくのは惜しい。主人……いえ、元帥閣下なら貴女を効果的に使ってくれますし……それに、私は貴女と艦隊が組みたい。貴女が一緒なら、私は今以上に戦える気がします」
これは夢だろうか。
一緒に行動できる艦娘がおらず、常に一人で戦う事を余儀なくされてきた彼女が私なんかを誘ってくれてる。
この人は呉で穀潰しとまで言われていた私を認めるどころか艦隊に誘い、必要としてくれている。
誰かに必要とされたかった私からしたらこんなに嬉しい事は他にない。
実際今の私は、この人の下で戦いたいとさえ思っている。
「だからもう一度言います。大本営に、来ませんか?」
「わた…しを……」
必要としてくれるなら、何処までも貴女について行く。
そう答えようとした私の目が、私達を救助するために近づいてると思われる哨戒艇、その船首から身を乗り出してる人に釘付けになった。
そんな所で何してんのよ。
貴方は観覧席で、他の提督やゲスト達と一緒に居るはずでしょう?
「ズルいよ……」
貴方が迎えになんて来なければ、私は大本営付きの軽巡洋艦になって偉ぶる事が出来たのに、私を心配してるような顔を見ちゃったらその気が失せちゃったじゃない。
「ごめん、大淀……」
せっかく貴方以外で、命を賭けて仕えても良いと思える人と会えたのに、私はその人に寂しそうな顔をさせてしまった。
でも、ちゃんと断らなきゃ。断ってあの人のところに戻らなくちゃ。
昔、まだ駆逐艦を嚮導していた頃に、私はあの子達にこう教えてたんだもの。
鎮守府に帰るまでが任務です。って。
だから本当にごめんなさい。私は大本営には行けない。だって……。
「私の提督が、待ってるから」
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私のその返事を聞いて、大淀は寂しそうに目を細めて「なら、仕方ないですね」って言ってくれた。
その選択を後悔した事はないか?
ん~……無いかな。
そりゃあ、駆逐艦達に慕ってもらえるかな、とか少し不安にはなったけど、試合を見に来てた二水戦の子達から何故か暖かく迎えられてさ。
呉に帰ってからも、意外とすんなり駆逐艦達と打ち解けることができたわ。
あの人も、私が根をあげるくらいこき使ってくれるようになったしね。
ああごめん、やっぱり少しだけ後悔したかも。
うん、大淀と一緒に戦う機会がなかったこと。
そもそも所属が違うから仕方のない事なんだけど、彼女と一緒に戦う機会がなかった事が、私の唯一の後悔と言っていいかな。
~戦後回想録~
元阿賀野型軽巡洋艦一番艦。阿賀野へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)