艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百三十八話 あの子のために生きても良いのでしょうか

 

 

 

 

 あと数日もすれば大晦日ですね。

 年越しの夜のことを除夜(じょや)とも言い、かつては除夜は年神を迎えるために一晩中起きている習わしがあって、この夜に早く寝ると白髪になる、皺が寄るとかいった俗信があったそうです。

 

 そんな大晦日には様々な年越しの行事が行われます。

 代表的なものでは年越し蕎麦、除夜の鐘、二年参り、お雑煮、などがあります。

 昨今でも上記のものは一般的ですね。

 詳しくは知りませんが、最近の若い人はテレビを見ながら年越し蕎麦を食べ、除夜の鐘を聴いて二年参りに出掛けるというコースが多いのではないでしょうか。

 と言う話を、あずき色のジャージ姿で掃除をしている八駆の四人に話したのですが……。

 

 「大和さんって物知りだね~」

 「ちょぉ~っと年寄り臭いけどねぇ」

 「最近の若い人とか言ってるしね」

 

 誉めてくれた大潮ちゃんは良いとして、さり気に教官と荒潮ちゃんが私をディスっていますが私は若いです。ナウなヤングです。

 実際、身体の年齢はピチピチの十代ですからね。

 中身はまあ……艦だった頃から計算すれば、ぶっちゃけ還暦なんかとっくに過ぎて傘寿間近です。あれ?超えてましたっけ?

 歳を取ると自分の年齢がパッと出てこないから困りもの……。

 

 「いやいや!私は若いですから!」

 「そうは言うけど、若い割に服装が所帯じみてるじゃない」

 「言われてみると主婦っぽいね」

 「団地妻って言葉がピッタリねぇ」

 

 これは似合ってると言われているのでしょうか。それとも逆なのでしょうか。

 個人的には、年末恒例の大掃除を交友関係の深い子が二人いる第八駆逐隊と共に執務室を担当してくれと言われたので、茶色のセーターに白のスラックスという動きやすい格好をしてきたつもりなのに、窓を拭いている教官に所帯じみてると蔑んだような視線と一緒に言われ、執務机を掃除するフリして漁っている大潮ちゃんと荒潮ちゃんには人妻認定までされてしまいました。

 以前、鳳翔さんにも似たような事を言われましたが、私ってそんなに人妻っぽいんですかね?

 

 「みなさん!今は大事な任務中なのに無駄口が多すぎますよ!」

 

 おっと、私たちが手も動かさずに口だけ動かしていることに、掃き掃除をしていたご主人さまが憤慨なさっています。

 右手に持った箒を槍のように立てて左手は腰に当て、プンプン!と聞こえてきそうな程怒っているご主人さまも愛らしいです。

 

 「気合入れすぎよ朝潮。私が普段から小まめに掃除してるんだからそんなに汚れてないでしょ?」

 「ダメです!今日は年に一度の大掃除ですよ?しかも、ここのお掃除は司令官直々のご命令。不手際があっては朝潮型駆逐艦の名に傷がつきます!」

 「あ~……うん。わかった。わかったから少し落ち着いて?」

 

 ご主人さまも立派になりましたね。

 今までは、他の三人に対して腰が引けていたご主人さまが満潮教官に臆さず反論して黙らせてしまいました。

 それに留まらず、ご主人さまの一喝は大潮ちゃんと荒潮ちゃんに「今日の朝潮ちゃんを怒らせるのはヤバい」と言わせて掃除に戻してしまいました。

 

 「大和さんもですよ?ボケーッとしてたらお尻ペンペンです!」

 「それはご褒美ですか?」

 「ご、ご褒美!?」

 

 おっと、つい本音が出てしまいました。

 ですが、思わず口に頬張りたくなるくらい細くて小さいご主人さまの手でお尻を叩かれるのをご褒美と思ってしまうのも仕方のない事だと思いません?

 

 「思いますよね?ね?教官」

 「アンタが何の同意を求めてるのかサッパリわかんないけどアンタが変態なのは良くわかった」

 

 ふむ、わかりませんか。

 どちらかと言うと、教官はペンペンする方が似合ってますし好きそうですものね。粗相をした提督のお尻をペンペンしてる光景が余裕で想像できるくらいに。

 

 「あ、あんな恐ろしくて痛い罰をご褒美だなんて……。流石は大和型戦艦ですね」

 

 はて?

 ご主人さまは過去にされたお尻ペンペンを思い出したのか両手でお尻を押さえて蹲り、更に目尻に涙まで浮かべて震えています。

 私もよく母にお尻を叩かれましたが、思い出しても怯えるなんてことはありません。もしかしてご主人さまは……。

 

 「ほら大和、手を動かさないとまた朝潮に叱られるわよ」

 「大和さん!照明をお掃除するので肩車してください!」

 「じゃあ私はぁ、お茶を淹れるついでに給湯室を掃除してくるわぁ」

 

 あらあら。

 ご主人さまの真面目っぷりに触発されたのか、三人とも急にやる気になりましたね……ってなる訳がありません。

 三人とも明らかに私の注意をご主人さまから逸らせようとしています。半ば無理矢理私の肩に乗った大潮ちゃんなんか冷や汗をダラダラ流してますし。

 

 「朝潮はゴミ捨てにでも行って来て。戻って来たら休憩しましょ」

 「で、でも……」

 「でもじゃない。これは執務室掃除隊旗艦である私からの命令なんだから素直に従いなさい」

 「わかりました……」

 

 教官は有無を言わさぬって感じの口調で命令しましたが、高圧的にではなく優しく諭すように言って、ゴミ箱と箒を交換して送り出しました。

 背中を丸めてゴミ箱を後生大事に抱えてトボトボと出て行ったご主人さまを追いかけたいですが……。

 

 「行っちゃダメよ。しばらく一人にしてあげて」

 「ですが教官……!」

 「あの子があんなに怯えた理由、アンタだって察しはついてんでしょ?」

 「はい……。じゃあやっぱり」

 

 ご主人さまは虐待されて育った。と言うことですよね。しかも、トラウマになるほどのお尻叩きを罰だと言ったということは、ご主人さまには虐待されていた自覚がない。

 

 「三人はどうやって気付いたんですか?」

 「気付くもクソもないわよ。たぶん、横須賀にいるほとんどの駆逐艦はあの子がどういう家庭環境で育ったか想像がついてるはずよ」

 

 どうして?

 ご主人さまに虐待されていた自覚がないのですから、話を聴いて察したという訳ではないはずですよね。

 それにほとんどの駆逐艦が知っているというのも気になります。どうして駆逐艦のみが、飼い犬である私ですら今気付いた事実を知って……。

 

 「あ、お風呂」

 「チッ、余計な事言うんじゃなかった」

 

 私と駆逐艦の待遇の決定的な違い。

 それはお風呂です。

 ここ横須賀鎮守府は、浴場が駆逐艦用と上位艦種用で別れているのです。そしてこれが、私ですら気付けなかった事実に駆逐艦たちが気付いた理由。

 つまり、ご主人さまの身体には……。

 

 「朝潮ちゃんの背中って、傷だらけなんだ……」

 「大潮!やめなさい!」

 「でもさミッチー。大和さんと朝潮ちゃんの関係を考えたら遅かれ早かれわかる事だよ?」

 「それでも……!」

 

 できることなら私に知って欲しくなかった。と、教官は仰りたかったのでしょうか。

 でも知られてしまったからにはとでも考えたのでしょう。箒をギュッと握り締めながら苦い顔をしてポツポツと話し始めました。

 

 「円満さんから聞いた限りでしか知らないけど、あの子が育った家庭環境は最悪の部類よ。親はクズの典型だし、アンタが察してるとおりあの子に虐待されてたって自覚はない。私みたいに孤児だった方が幸せだったかもしれないわ」

 

 やはりそうでしたか。

 ならば、以前ご主人さまが毎月送っていると仰っていた仕送りも、在り来たりですがギャンブルなどに注ぎ込まれているのでしょうね。

 

 「でも朝潮に言っちゃダメよ。もしあの子に「貴女は虐待されていた」とか言ったら怒るからね」

 「どうしてですか?」

 「親の助けになってるって事実が、あの子が艦娘として戦うモチベーションになってるからよ。もし真実を知っちゃったら、あの子は戦えなくなるかもしれないわ」

 「それならそれでかまわないのでは?」

 「はぁ!?アンタ……本気で言ってんの!?」

 

 もちろん本気で言っています。

 自分の子供を虐待し、あまつさえその子が命懸けで稼いでくるお金を当てにして呑気に平和を享受している親などクズ中のクズ。

 そんな者どもにあの子が寄生されているなんて私が我慢できませんし、あの子の将来のためにもなりません。

 

 「ちょっと出てきます」

 「で、出てくるってどこに行く気よ!まさか朝潮のとこ!?」

 

 当然です。

 と、教官に返しながら私は大潮ちゃんを肩から降ろし、追いすがる教官を無視して執務室を出ました。

 さて、問題はご主人さまが向かったはずのゴミ捨て場がどこかですが……。

 ご主人さまの匂いが寮の方に向かってるのであっちに行ってみましょう。

 

 「ここがゴミ捨て場……。でもご主人さまの姿が見当たりませんね」

 

 匂いを辿って着いたのは寮の裏。

 そこにあったゴミ捨て場にご主人さまの姿はありません。ここからいったい何処に……。ゴミの臭気が邪魔して上手くご主人さまの匂いが拾えません。

 

 (慰霊碑の方に行け)

 「慰霊碑ですか?」

 (そうだ。そこで体育座りをして海を眺めている)

 「どうしてそこまでわかるんですか?まるで見てるみたいじゃないですか」

 (偵察機を飛ばして探した。これくらいなら今の私にもできるからな)

 

 なるほど。

 工廠の方は大騒ぎになっているかもしれませんが助かりました。

 でもそうならそうで、ゴミ捨て場に到着する前に教えてくれても良かったですし、映像を私に見せてくれても良かったのではないですか?

 まさか窮奇は……。

 

 「落ち込んでるご主人さまを一人で愛でてるんじゃ……」

 (何の事だ?ゴミ箱を後生大事に抱えて体育座りをしているアサシオを上から眺めるのは最高だ。などとはけっして考えていないぞ)

 「それ、考えてますよね?」

 

 無駄に早口ですし、興奮しているのがこれでもかと伝わってきてますもの。

 私にも見せて欲しいですが、今はご主人さまの元へ行くのを優先しましょう。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 私が朝潮の境遇に気付いたのは大会の後だったかな。

 ええ、他の関わりが薄い駆逐艦でさえ気付いてた事に、私はそれまで全く気付けずにいたの。

 

 お風呂に一緒に入った事が無かったってのが最大の理由ね。

 いやほら、私って円満さんと同室だったから一々大浴場に行ったりしなかったのよ。

 

 ええ、退院してあの子たちに誘われて一緒に入浴した時はどんな反応をしていいかわからなかったわ。

 だって艦娘の傷は高速修復材で痕も残さずに治るのに、あの子の背中は傷だらけだったんだもの。

 

 あの子は「自分は悪い子ですから」とか言って自覚はなかったみたいだけど、あんなものを見たら孤児の私にだって虐待されてたんだって簡単に想像できる。

 

 だから、入浴後すぐに円満さんを問い詰めた。

 そしたら、円満さんはあの子の境遇とその時の状況を教えてくれたわ。

 

 まったく、今思いだしても胸くそ悪くなるしジャービスに偉そうな事を言ったことを恥ずかしく思うわ。

 

 子供を平気で捨てられる親がいるって身をもって知っていながら、虐待する親がいるなんてあの子の背中を見るまで想像すらしなかったんだから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 満潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「そんな格好でこんな所にいたら風邪を引いてしまいますよ?」

 「大和さん……。どうしてここが?」

 「ご主人さまの居場所なんて、私にかかればすぐにわかります」

 

 ご主人さまの横に腰を降ろしながら、私は半分嘘をつきました。でも半分は本当です。

 実際、ご主人さまがゴミ捨て場に寄っていなければ、窮奇の助けがなくても私は匂いを辿ってここに着けたのですから。

 

 「お掃除はどうしたんですか?サボったらお尻ペンペ……」

 「サボっている訳ではありません。ちゃんと、ご主人さまの残り香を回収するという掃除をしてここまで来たんですから」

 「私ってそんなにニオイがキツいですか!?」

 

 おっと、ご主人さまに有らぬ誤解をさせてしまいました。心配しなくてもご主人さまのニオイはキツくありません。むしろ優しい香りです。

 例えるならそうですね……。そう!お日様の香りとでも言えば良いのでしょうか。干したてのお布団みたいに、抱き締めてそのまま寝ちゃいたくなるようなニオイなのです。

 

 「だから寝ても良いですか?」

 「ここでですか!?ここで寝たら風邪引いちゃいますよ!?」

 「心配ご無用!ご主人さまで暖を取りながら寝るので平気です!」

 「あ~、それなら平気……ってならないですよ!抱かれる私は平気かもしれませんが大和さんが平気じゃありません!」

 

 まったくこの子は……。

 相変わらず自分の心配より人の心配をするのですね。

 そんな心優しいこの子がどうして不幸な目に遭うのですか?それとも、不幸な目に遭ってきたからこのような子になったのですか?

 

 「大和……さん?」

 「すみません。ご主人さまを見てたらしたくなりまして」

 

 私はご主人さまを抱き上げて、膝の上に座らせて抱き締めました。

 教官がこの子に真実を告げるなと言った理由が今ならわかる気がします。

 この子が真実を知った結果戦えなくなってもそれはそれで構わないと大口をたたいておきながら、自分よりも他人を優先するこの子を見ていたら言えなくなってしまったんです。

 

 「この戦争が終わったら、ご主人さまはどうするんですか?」

 「親元に戻ると思います」

 「どうしてですか?」

 「どうしてって……。戦争がいつ終わるかはわかりませんが、子供が親元暮らすのは普通では?」

 

 ええ、普通です。

 20も30も過ぎて親の脛を囓りながら生活するのは異常ですが、ご主人さまくらいの歳なら親の庇護を受けながら学校に通うのが普通でしょう。

 でも、この子の場合はそうはならない。

 きっとこの子は、親元に戻っても学校に通ったりすることなど考えていない。自分を傷つけるだけの親を養うために働くつもりなんじゃないでしょうか

 

 「そう言う大和さんはどうなさるんですか?」

 「私ですか?私は……」

 

 生きて戻るつもりは無い。

 と言ったら、この子がまた以前のような無茶をしかねませんので言いにくいですね。

 ここは嘘でも家業を継ぐつもりだと言うべきでしょうか。いや、この子は信じるでしょうが、私はこの子に嘘をつきたくない。

 例えこの子を危険な目に遭わせることになろうとも、この子にだけは誠実ありたい。

 

 「戻るつもりはありません。死なないと、私が今生きている意味が見つけられないのです」

 「生きている意味が見つけられない?」

 「ええそうです。私は、私がどうして今生きているのかわかりません。それを知るためには……」

 

 死ぬしか無い。

 『穴』を塞ぐために私の命を使ったその時に、私はきっとこの時にために生きてきたんだと実感できるはずなのです。

 でも、ご主人さまには少し難しかったようですね。

 お顔までは見えませんが頭を捻って何やら考えています。

 

 「生きている意味を知るために死んでしまったら、余計に生きている意味がわからなくなってしまいませんか?」

 「いえいえ、だから……」

 「それにですね。生きている意味なんていくらでも変わっちゃいます」

 「生きている意味が変わる?」

 「はい。例えば、今の私は両親のために生きていると言えます。でももう少し歳をとって結婚なりしたら、今度はそれが旦那様のためとか子供ために生きているに変わってしまうと思うんです」

 

 な、なるほど。

 言われてみれば確かに、理由なんてその時の状況でいくらでも変わってしまいますね。

 でもそれは、あくまで普通の人の場合であって私のような特殊な存在の場合は当て嵌まらないのでは?

 

 「以前、大和さんは私に「今度は守り続けると言えるようになっておけ」と仰いました。だから私はそうなれるように努力しています。それなのに、大和さんが死んでしまっては守り続ける事ができません」

 「それは……」

 

 そうなのですが、それを言ったのは私ではなく窮奇なんですよねぇ……。

 でも、ご主人さまの中では私が言ったことになっているようですので、言ってないと否定してしまったら嘘つきになってしまいます。 

 ならどうすれば?

 私は生きている意味を知るために是が非でも死ななければなりません。でもそうすると、ご主人さまに嘘をついた事になってしまいます。

 いったい、私はどうすれば……。

 

 (お前はそんな簡単な事もわからないのか?)

 「ええ、わかりません……」

 

 あ、窮奇が急に話しかけてきたせいでつい声に出してしまいました。

 会話が繋がっていないので、ご主人さまに首を傾げさせてしまいました。

 

 (生きてさえいれば、意味なんてその内わかるだろう。今考えるだけ無駄だ)

 「生きてさえいれば、意味なんてその内わかると思います。今考えたって詮無いだけです」

 

 セリフは若干違いますが、窮奇とご主人さまが打ち合わせでもしていたかのようにピッタリのタイミングで同じ事を言いました。

 そう言えば、以前鳳翔さんにも同じ事を言われた憶えがありますね。

 

 「私だって、両親のために生きているとは言いましたが、今はそれに大和さんが加わっています」

 「私が……ですか?」

 「はい。大和さんをお守りする。そのために私は今を生きて努力しています。大和さんは、私から生きている意味を奪うのですか?」

 

 こ、これはどう答えれば良いのでしょう。

 私が望みを叶えるためには死ななければならない。でもそうすると、ご主人さまの生きている意味を奪ってしまう事になります。

 あれ?と言うことはですよ?

 

 「ご主人さまの人生は私有りきですか?」

 「う~ん……。そう言えなくもないですが……」

 

 私がご主人さまの人生にとって必要不可欠。

 そう言われたら死ぬわけにはいかなくなります。

 自分の欲求を満たすために死ぬか。それともご主人さまのために生き続けるか。

 元が物である私からすれば、後者の方が断然生き甲斐を感じる気がします。

 

 「ご主人さまのために生きる。なんとも魅力的な生き方ですね」

 「ふふふ♪少しこそばゆいですが、大和さんが生きる糧になれるなら幸いです♪」

 

 そう言って立ち上がったご主人さまは、「じゃあお掃除に戻りましょう」と言って執務室へと歩き出しました。

 

 「小さいですね……」

 (それはアサシオの背丈か?それとも、お前自身か?)

 

 当然後者です。

 とまでは口に出しませんでしたが、窮奇は答えなど聞くまでもないといった感じでそれ以上何も言いませんでした。

 私は背丈も、秘めている力も、背負っている運命も役割もあの子よりも大きい。

 でも私は、人間としてはあの子よりもはるかに小さいです。

 もし私が、あの子と同じ境遇だったらあの子のように笑えません。あの子のように人を気遣うなんてできません。

 あの子のように、前向きに生きる自信なんてありません。

 

 「19年人として生きてきましたが、今日ほど人間の難しさを痛感した日はありません」

 

 私はお祖父さまの手で何不自由なく育てられ、お母様とお父様のところに養子に出されて更に充実した日々を過ごす事ができました。

 あの子と私は真逆ですね。

 あの子が不幸な目に遭っている間に、人でもない、ある意味で深海棲艦と同じような存在である私が人としての幸福を享受していたんですから。

 

 「あの子を救いたい……いえ」

 

 あの子のために生きたい。

 それが自分の望みを否定する事だと頭ではわかっていながら、私はその気持ちを抑えきれなくなっていました。

 そして私は、その気持ちを吐き出すように誰に言うでもなく呟いていました。

 

 「あの子のために生きても良いのでしょうか」と。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 里帰りにあの子を誘ったのはその日の内です。

 はい、ちゃんと大掃除を終わらせ、みんなでお風呂に入った後です。

 

 最初の内こそ遠慮していましたが、私の護衛として同行して欲しいという旨と、提督にもちゃんと許可を取ると言ったら承諾してくれました。

 

 どうしてあの子を誘ったのか?

 う~ん……何と言ったら良いのでしょうか。

 あの子に私が育った環境を見て欲しかったというのももちろんあります。

 

 ですが今思うと、「こんな所に住んでみたい」とあの子に言わせたかっただけなのかもしれません。

 

 そうですね。

 あの時にはもう、私はあの子のために生きようと決めていたんだと思います。

 

 だから私は、今もこうして生きているんです。

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

 

 

 

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  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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