満潮に「顔と頭以外は良いところが無い」と言われるくらい私には欠点が多い。
炊事洗濯はできないし、胸の事をからかわれると発狂に近い取り乱し方もする。さらには、好きな人のことを想いすぎて変態一歩手前の行動すらするわ。
クリスマスの時が正にソレね。
私は彼を想うあまり、下着姿の自分をリボンで簀巻きにして動けなくなり、大和に醜態を晒してしまった。
あの日は朝まで大和と飲んで、次の日に満潮に散々叱られたっけ。
と、どうしてこんな第三者に聞かせるような脳内解説をしているかと言うと……。
「こう言うときに限って邪魔が入らないのよねぇ……」
「な、何か言ったか?」
「ううん!何でもない!」
心の準備さえできてないタイミングでヘンケンが来てテンパってるから。
他に誰かいればテンパる事はない(たぶん)んだけど、完全に油断してるタイミングで来られたから何を話して良いのか全くわかんないわ。
まあそれは私だけでなく、彼も同じみたいだけど。
「エ、エマ。今日は一人なのか?」
「え、ええ。満潮は今工廠に行ってるからしばらく帰ってこないわ。そう言う貴方こそ一人なの?ジョンストンは?」
「Iowa達と一緒だ。なんでも、倉庫街に面白い物があると聞いて探しに行くらしい」
はて?倉庫街に艦娘が面白がりそうな物なんてあったかしら。
もしかして『猫の目』の店員?
いや、あれは面白いと言うよりはキモい部類ね。
じゃあなんだろう。聞いたって言ってたから、たぶん駆逐艦あたりに吹き込まれたんでしょうけど……。
あ、まさか桜子さんお手製の看板トラップ?
それはマズい気が……。
ん?大丈夫かな?アレは主に駆逐艦をターゲットにした物だし、そもそもジョンストン達が日本語が読めるとは限らない。故に大丈夫だと思い込もう。
ただでさえ奇兵隊からもたらされた情報に頭を悩ませてる時に、入院中にまで騒ぎを起こされちゃたまんないもん。
「ところでエマ。今日はその……Christmasの事を謝りたくて来たんだが」
「クリスマス?あ、あ~……クリスマスの夜の事ね。別に謝らなくても良いわ」
「そういう訳にはいかない!ずっと待っててくれたんだろう?」
「え、ええ。一応……」
待ってた。よね?
大和を付き合わせたとは言え、朝までずっと部屋に居たんだから待ってたと言えるわよね?
「そ、それでだな。あの日の埋め合わせと言う訳でもないんだが……。今晩あたりどうだ?」
「あ~……ごめんなさい。今日は仕事が終わってから出る用事があるから無理なの」
「鎮守府の外にか?」
「ええ、明日先生達と一緒に前元帥の所に行く事になってるのよ」
だから今日の内から辰見さんと長門、それに鳳翔さんと一緒に大本営内にある元帥邸で一泊し、次の日に揃って向かう予定になっている。
辰見さん達はともかく、どうして私も?って疑問に思ったけど、前元帥の死ぬ前に会っておきたい人リストに私の名前もあったらしい。
「そうか……。なら仕方ないな」
「うん。申し訳ないけど、一応仕事の内だから今回は諦めて。私も……」
諦めるから。
と、続けようと思った私を、ヘンケンの残念な気持ちを無理矢理抑えつけたような笑顔が止めた。
参ったなぁ……。
そんな顔されたら罪悪感が込み上げてくるし、明日の予定をキャンセルしてでもこの人と一緒に居てあげたいって考えちゃう。
「あの……さ。今から休憩するんだけど、一緒にコーヒーでもどう?」
「良いのか?」
「ええ、急ぎの仕事は終わらせてるから大丈夫よ」
うん、大丈夫。
満潮が帰って来たら「まだこんなに残ってるのになに休憩してんの!」って怒られそうだけど大丈夫。
だって急ぎの仕事が終わってるのは本当なんだもん。それに、ヘンケンは来月には帰国しちゃうから、一緒に居られる時は一緒に居たいしね。
「えっと……。あれ?このコーヒーってインスタントじゃないの?」
ヘンケンをソファーで待たせ、給湯室でコーヒーを淹れようとしたらコーヒーが見当たらない。
いや、正確にはコーヒー豆はあるけど私でも淹れられそうなインスタントコーヒーが無い。
もしかして、毎回豆を挽いてから淹れてたの?
「どうしよう……。こんな本格的なの私じゃ無理だわ」
「エマ?どうかしたのか?」
「いやその……えっと」
私の様子がおかしいのが気になったのかそれとも待ちきれなくなったのか、ヘンケンが給湯室に入って来た。
どう説明したら良いかしら。
素直に「私に淹れられるコーヒーがなかった」って言うべき?
「ふむ、何度かここでコーヒーをご馳走になってもしやとは思っていたが、やはりsyphon coffee makerを使っていたのか」
「何?それ。この瓢箪みたいなの?」
「ああ。日本では単にsyphon と呼ぶみたいだが、要はコーヒーを淹れるための器具だよ」
へぇ、これでコーヒーを淹れるんだ。
私が識ってるのは、お湯に粉を淹れてかき混ぜるだけのヤツだけだからこれがそういう用途の器具だなんて全く気付かなかったわ。
「手入れもちゃんとされているな」
「使い方わかるの?」
「Grandpaがコーヒー好きでね。子供の頃から淹れ方は叩き込まれてる。俺が淹れようか?」
「う、うん。お願い」
それからヘンケンは、私にもわかるように掻い摘まんで淹れ方を説明しながらコーヒーを淹れてくれた。
まずは、金属製の濾過器に円形に型抜かれたネルフィルターをセットする。
初めて使うネルフィルターは、濾過器にセットした状態でコーヒー液で20分程度煮て付着している糊や汚れなどを取り除き、コーヒーとなじませてから使うんだってさ。今回は満潮がいつも使ってると思われるフィルターがあったからそれを使うらしいわ。
そしてフラスコに杯数分のお湯を入れ、乾いた布巾で外側についた水滴をよく拭いてからビームヒーターなどの熱源にかけて沸かす。
それが終わったら最初に準備したフィルターに一度お湯を通して温めて乾いた布巾などで水気を切り、フィルターが冷えないうちに、温めておいたロートにセットする。
この時、ロートの管の先端部に、濾過器のスプリングにある留め金をしっかりと引っかけ、濾過器がロートの真ん中からズレないよう竹ベラなどでしっかり調整するそうよ。
セットできたらロートに杯数分のコーヒーの粉を入れてロートを差し込むんだけど、完全に差し込む前に濾過器の先から垂れているボールチェーンをゆっくりお湯に沈めるんだって。
じゃないと、フラスコを火にかけたままでいきなりロートを全部差し込むと、突沸(湯が吹き出す)する事があるそうよ。
そして完全に沸騰していることを確認したらロートをしっかりと差し込む。
お湯がロートの方に上昇してきたら、竹べらでコーヒーの粉とお湯をなじませるように、素早く円を描くように数回
一回目の撹拌が終わったら弱火にして15~45秒を目安にしてそのまま置き、抽出する。
抽出時間は、コーヒーの焙煎度や挽き方によっても変わってくるそうで、長すぎると雑味が出るから1分を超えないように注意する。ここで上から泡、コーヒーの粉、液体の3層になっていると良い状態だそうよ。
抽出時間が過ぎたら火を消し、濾過をスムーズに行うために2回目の攪拌をし、もう一度竹べらでロートの中を軽くかき混ぜて、ロートの中のコーヒー液がフラスコへ落下するのを待つ。
完全に落ちきったらできあがりよ。
「なんて手間のかかる事を……」
「確かにな。だが味も良いし、コーヒー液が上下する光景も面白かっただろ?」
「うん。面白かった」
見てないけどね。
たぶん目の端には映ってたんだろうけど、なんて言うか、玩具で遊んでる少年のような無邪気さと、コーヒーの香りを楽しむ大人のダンディさが混ざったような顔をしてコーヒーを淹れるこの人に見惚れちゃって全く憶えてないわ。
「あ、満潮が淹れたのと味が少し違う。豆は同じなのよね?」
「淹れ方に少しコツがあってね。口に合わなかったかい?」
「ううん、そんな事ないわ」
満潮が淹れたコーヒーよりこっちの方が好みかもしれない。
淹れ方がほんの少し違うだけで、同じ豆を使っててもこんなにも味が変わるだなんて考えたこともなかったわ。こんなに美味しいコーヒーが淹れられるなら……。
「うちでお茶汲み係する?」
「それは魅力的なお誘いだ。だが、それは戦争が終わってからだな」
「あら残念。貴方なら時給800円くらい出しても良いと思ったのに」
「この辺りの最低時給は980円くらいじゃなかったか?」
そうだっけ?
あいにくと、私は艦娘時代から今に居たるまで時給で働いたことがないからそのへんはうろ覚えなのよねぇ。
バイト君なら詳しいかな?
「はぁ……」
「どうしたの?ため息なんてついて」
「おっとすまない。日本のValentine’s Day に興味があったのに、その前に帰ることになったのが残念でね」
そういえば、日本と米国ではバレンタイン事情がぜんぜん違うんだっけ。
日本の場合だと女性が男性にチョコレートなりを渡すのが一般的だけど、米国の場合は逆。しかも、恋人同士とか夫婦が主役なの。
文化の違いもあるんでしょうけど、意中の男性にチョコレートを渡して告白するって風習になってる日本人からしたら少し違和感があるわね。
「それに君のbirthdayもだ。3月15日までは居させてくれと頼んだんだが、さすがに無理だったよ……」
「そりゃそうでしょ。でもまあ……ありがと」
教えた覚えがないのにどうしてヘンケンが私の誕生日を識っているのかは置いといて、私も素直にお礼が言えるようになったものね。
照れ臭くはあるけど、それでも艦娘だった頃から考えたら考えられないくらいの進歩だわ。
っと、それも取り敢えずおいといて。
「二番艦の進水式に立ち会うんだっけ」
「ああ、司令長官である俺が私用にかまけて欠席では示しがつかないからな」
「ついこの間艤装作業に入ったって聴いたのにもう来月には進水か……。艦名は決まったの?」
「ああ、正式に『カナロア』に決まった」
「ふぅん、結局そっちにしたんだ」
まあ米国からしたら、ただでさえ設計図を提供されてるのに艦名はまで日本寄りにしたら、日本におんぶに抱っこと思われて面子が立たないとでも考えたんでしょう。特に今の大統領は米国至上主義らしいし。
「少し疑問に思ったんだが、何故日本はあの船を量産しないんだ?」
「日本の場合はワダツミ一隻で十分だから。ってのもあるんだけど、あの船は船体の建造は出来ても艦母として機能するかどうかが造ってみないとわからないのよ」
「なるほど、Fairies次第と言うことか」
そういう事。
艦娘運用母艦 ワダツミは艦娘の運用に特化させた船で、船内には鎮守府の縮小版とも言える施設がつめ込まれてる。
だから量産出来ないのよ。
実際は、日本が抱えている艦娘の数を考えればワダツミ一隻で十分と言ったのは負け惜しみに近いわ。例えばもう一隻有れば極端な話、南方の泊地を半分にまで減らせるんだから。
まあ今は、欧州遠征への準備。と言うよりは、
「進水式が終わったらどうするの?」
「運用試験も兼ねてカリブに行く。あそこには中枢並に厄介な中間棲姫が今も陣取っているからね」
「欧州中枢戦に向けての橋頭堡作り。ってとこか」
「君がスエズを通る事を選んだのと同じで後顧の憂いを立つ意味もかねてな」
「そっか……」
米国も、いよいよ本格的に準備を始めるのね。
日本が本格的に護衛艦群の再建と、ワダツミを護衛するための艦の改修を始めたように。
「そう言えば、ワダツミの護衛には日本の軍艦を使うと聞いたが……。残ってたのか?」
「残ってた。と言うよりは、開戦初期に中破なり座礁なりしてた艦を改修して使うらしいわ。ああそれと、一つ間違えてるわよ?」
「ん?何をだ?」
「ワダツミを含め、今の日本に軍艦は存在しない」
何故そうしたのかはわからない。
一応は護衛艦と謳っているけどその実態は軍艦その物。でも前海軍元帥が、日本帝国軍を日本国防軍に改名する際に護衛艦と呼称するのに拘ったそうなの。
「日本人お得意の言葉遊びと言うヤツか?」
「そうね。護衛艦と謳ったところでその実態は軍艦。でも、私は護衛艦って呼び方は気に入ってるの」
「どうしてだ?」
「わかんない?だって……」
そっか、ヘンケンにはわかんないか。
そりゃそうよね。
米国は合理主義だし、名前に意味を持たせるって風習もないみたいだし。
でも私はこう思うの。
「日本にあるのは『
なんて赤面ものの私の言葉に、理解しきれていないでしょうにヘンケンは「なるほど。日本人らしい考え方だ」と言ってくれたわ。
ーーーーーーーーーー
あの時は理解できなかったが、護衛艦の名の意味を身を持って体現した彼等を見て理解せざるを得なくなったよ。
そう、エマが一号作戦を発令、実行した時だ。
俺も彼等とエマの会話を聴いていたんだが……。何と言うか、嫉妬する気も起きなかった。
いや、嫉妬する資格など俺にはなかった。
俺には彼等ほどの度胸はなかった。
ただ装甲を追加されただけの艦で敵陣中央に突っ込むなんて正気じゃできない。
俺には四分の一ほど彼等と同じ血が流れているが、彼等のような死に方はできないだろうとあの時思ったよ。
エマに言ったら怒られるだろうが、アレが日本男児の死に様と言うヤツなんだろうな。
~戦後回想録~
バーガーショップ マクダニエル日本支店店長。
ヘンリー・ケンドリック退役大将へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
-
紫印 円満(実質三部の主役?)