深海提督。
戦時中、まことしやかに囁かれていた噂話の中には、深海側にも提督に相当する人物がいたのではないかというモノも有る。
しかしこの話は、終戦後にネット上に出回ったある人物の写真のせいもあって信憑性が高いと言われた。
真偽は定かではないが、その写真は米国が戦時中にハワイ島で入手したモノらしく、黒い軍服に身を包んだ日本人と思われる人物の後ろ姿が写っており、さらに深海棲艦のモノと思われる青黒い血のようなモノでこう書かれていたという。
曰く、『私の提督』と。
~艦娘型録~
艦娘に関する都市伝説の項より抜粋。
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もう少しで年が変わる。
そんな、ある意味でおめでたい時期にも関わらず、私と主人である海軍元帥、そして円満さんと大海姉さん。さらには鳳翔さんと辰見さん、それに長門さんの6人。そしてその他の軍関係者と思われる数人は、喪服に身を包んで火葬場にいます。
前海軍元帥を、お見送りするために。
「元とは言え、海軍元帥の葬儀があんなに質素で良かったのでしょうか……」
「鳳翔さんの言いたい事もわかるけど、
「はい。辰見さんの仰るとおり、かつての自分が過ごしたアパートで死に、親しい人に送ってもらいたいと、彼は私に言付けました」
前海軍元帥という、今の国防海軍の根幹を担うばかりか支え続けていた人のお見送りが少数なのはこれが理由です。
主人の話では、彼は元海軍元帥としてではなく、一個人として最後を迎えたかったのだろうとの事でした。
「いい加減に泣くのやめなさいよ長門。アンタってそんなにあの人と親しくなかったじゃない」
「で、でも辰見。やっぱり知り合いが亡くなるのは悲しいじゃない」
「その気持ちはわかるけど……普段のアンタとのギャップがさぁ……」
辰見さんの仰りたいこともわかります。
私が知る長門さんは筋肉至上主義の脳筋であり、駆逐艦に欲情して追いかけ回す真正の変態です。
その長門さんが喪服に身を包み、さめざめと泣いている様はギャップが凄すぎて別人なんじゃないかと疑ってしまうほどです。
「そういえばあの爺さん、独り身だったんだってね」
「あら、よくご存知ですね辰見さん」
「そりゃあ、私だって鳳翔さんと同じで発足当初の呉にいたしね。噂レベルだったけど、あの爺さんが独り身だってくらい知ってたわ」
正確には少し違います。
彼は独り身に違いはないのですが、正確には近しい親族が全員先に亡くなっているのです。
だからと言って、遠い親族の方々を無下にするわけにもいきませんので大海姉さんが連絡を取ったらしいのですが、そもそも自分が彼の親族だと知っている人がおらず、しかも遺言で最後までお世話をしてくれた大海姉さんに遺産を相続すると残したことを知った途端に電話を切られたりもしたそうです。
「あの、元帥殿。桜子さんは来れなかったのですか?」
「ああ、一応伝えたんだがまだ入院中でな。淀渡君的には無理にでも連れて来た方が良かったか?」
「いえいえ、そういう訳ではありません。ただ、彼女もあの人が会いたがっていた人の一人でしたので」
へぇ、桜子さんと前元帥さんは面識があるだけでなく、それなりに親しい間柄だったのですね。
まあ、それもそうですね。
桜子さんは全ての艦娘のプロトタイプと言える人ですから、艦娘の開発の陣頭指揮を執っていた前元帥さんとお知り合いでもおかしくはないです。
「謝りたがっていたのか?」
「はい。彼女にもですが、間違った運用の仕方をしたせいで亡くなった全ての神風型の人たちに……」
「ふん、10何年も経って何を今さらとも思うが、今頃あっちで土下座でもしてるだろうさ」
と、主人は悪態をついて煙突から昇る煙を見上げました。それに釣られるように大海姉さんも、悲しそうな瞳を空へと向けました。
まるで、煙となった前元帥さんが昇って行くのを見守るかのように。
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前元帥さんの今際の際に立ち会った人達の中で、一番場違いだったのは恐らく私です。
そりゃあ、結婚当初は早く二人の子供を早く見せてくれとか言われましたが、贔屓目に見てもあの人と私は顔見知り程度でした。
それなのに、私も前元帥さんの最後に会いたい人リストに入ってると大海姉さんに聞かされたときは耳を疑いましたよ。
でも、彼の今際の際に立ち会った際に「君達の間に子供が出来たと知れて嬉しいよ」と言われ、その時は何の事かわからずに軽く混乱した覚えがあります。
ええ、その時はまだ自分が妊娠していると気付いていなかったんです。
そう言われた後は通夜や葬儀とやる事が一杯で、検査を受けたのは結局葬儀が終わった三日後だったのですが前元帥さんが仰ったとおりでした。
はい。
前元帥さんは、主人も私自身も気付いていなかった私たちの子供の存在を感じ取っていたんです。
アレが転生者だった彼に与えられた特殊な力なのかどうかは今となってはわかりませんが、あの一言は私と主人にとって何よりも嬉しい遺産になりました。
そのおかげ?で、半ば幽閉に近かったですが、奇兵隊に四六時中護衛してもらうために横須賀鎮守府に一時的に異動になったので円満さんの誕生日も祝えましたし、桜ちゃんと一緒に居られたので天国に近かったですね。
強いて不満が有ったとすれば、主人と週に一度しか会えなくなったことでしょうか。
~戦後回想録~
元軽巡洋艦 大淀。現海軍元帥夫人へのインタビューより。
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国防海軍初代海軍元帥。
彼は大正10年に油問屋の長男として生まれ、紆余曲折を経て一士官として海軍に入り、未来を識っているとしか思えないような戦況分析や用兵、さらには
彼の活躍がなければ今の日本は軍と言う力を持てておらず、米軍に国防を依存するような国になっていたと言う識者もいるほどよ。
さらに彼の活躍はそれだけに留まらず、昭和25年に始まった朝鮮戦争で自軍に一人の死者も出さず、国連軍と共に韓国側に与しながらも
そのせいもあって、今でも統一朝鮮で彼は英雄扱いだし彼国とも有効な関係が続いてるわ。
ほんと、国防軍の元帥になる前の経歴をざっと掻い摘まんだだけでもチートレベルの人ね。
「そんな人が愛用してた懐中時計か……」
息を引き取る少し前、集まった人達を一人づつ部屋に招き入れて順に別れを告げていた彼は、最後に私を呼んでこの懐中時計をくれた。
彼の見舞いに呼ばれた意味がわかってなかった私なんかに。
だって私と彼は顔見知り程度。
先生が元帥になる前は上司と部下でしかなかったのよ?会ったのだって、ハワイ島攻略戦の戦果報告をしに先生に連れられて行ったときと横須賀鎮守府の司令長官を拝命したときの二回だけ。
ハッキリ言って、ここに集まった面子で私が一番部外者だわ。
なぜか大淀も私と同じ事を考えてそうな顔してたけど、私と比べたら大淀の方がよほど彼と親しいわ。
「それは、あの人が初任給で買った物だそうです」
「そうなんですか?」
「ええ、自慢することはなかったですが、手持ち無沙汰になるとそれを取り出して眺めていました。今の、円満さんのように」
「そう……なんだ」
私が呉時代の話に花を咲かせている辰見さん達から離れて一人でいたら、先生と話してたはずの淀渡さんが傍に来てそう教えてくれた。
彼女とこうして面と向かって話すのはいつ以来かしら。たしか、大淀の艦種変更実験の時以来だっけ?
それにしても、改めて見るとこの人……。
「私の顔に何かついてますか?」
「ああ、ごめんなさい。こうやって話すのっていつ以来だっけ?って考えてたらつい……。それと」
「妹が年相応に成長してたら私みたいになっていたのか。ですか?」
「ええまあ、そんなところです」
彼女が口にした妹とは初代朝潮。
私と澪、そして恵にとって実の家族以上に大切だった家族であり、先生が死別した奥さんや大淀と同じくらい愛した人。
この人はその朝潮姉さんの実の姉なの。
もっとも、色々あって再会から数カ月で死別する事になっちゃったんだけどね……。
「妹の成長した姿でしたら朝……じゃない。大淀そのままだと思いますよ」
「朝潮だった頃からソックリだったものね。って言うか、私はあの子の本名を知ってるから言い直さなくても良かったのに」
「そうでしたね。ですが一応規則ですので」
真面目ねぇ。
こういう、気にする必要がない場所でも規則を気にするところは姉さんソックリ。
それに顔立ちも。
淀渡さんを見てると、年相応に成長した姉さんと一緒に居るんじゃないかと錯覚しちゃうわ。
「あの人とはどんな話を?」
「前元帥?」
「はい。あの人が貴女にどんな話をしたのか個人的に気になりまして」
どうして気になる?
もしかして部外者と言っても過言じゃないくらい前元帥と縁が遠い私が呼ばれ、あまつさえ一番の宝物と言っても良いような懐中時計を贈られたから?
まあどれでも良いけど、私が言われたことをこの場で、いや先生が近くにいる状況で話すのはちょっと……。
「
「どうして…それを」
「ふふふ♪あの人とは長い付き合いですから、貴女を呼んだ理由にも察しはついています。それに、何を託したかったのかも」
怖いわねこの人。
聴かせろと言っておきながら、たぶんこの人は私と前元帥の会話の内容にも察しがついてる。
流石は『人間演算器』と呼ばれた方の大淀だった人。今の大淀とは真逆だわ。
「開口一番に「彼の道具に成り下がっちゃダメだよ」って言われたわ」
『彼』とは言うまでもなく先生のこと。
でも最初は何を言ってるのか理解できなかった。
だって私は自分の目的を第一に考えて行動してるし、先生もそんな私の後押しをしてくれて好きにやらせてくれてる。
それなのに、前元帥の目には私が道具として扱われている風に映っていたらしい。
「まあ、実際その通りなんだけどね」
「自覚はお有りのようですね」
「ええ、私が目的を、夢を叶えることはあの人にとって必要不可欠。いや、少し違うわね。私が夢を叶えるために
だから私を提督に据えて好きにやらせてる。
要は、私は先生が復讐を成就させられる状況を作り出す道具。きっと、私の行動の果てに奴がどう動くのか予想がついてるんだわ。
つまり、先生が私に求めているのは……。
「南方棲戦姫。個体名『渾沌』の首を刎ねるための処刑場作り。それが、先生が私にやらせたいこと」
「それは、彼からそうしろと言われたのですか?」
「いいえ、先生からは何も聞かされてないわ。でも、それくらいは想像がつく」
捷一号作戦時に先生が大淀に命じたと思われる渾沌の逃亡幇助。さらに奇兵隊を通じてガングートからもたらされた情報を総合して考えれば、私が
「例の良からぬ噂も、それを確信した要因の一つですか?」
「耳が早いですね。私でさえ一昨日知ったばかりなのに」
「円満さんの場合は恐らく奇兵隊経由でしょう?私の場合は米国から。しかもハワイ島攻略戦が終わってほどなくなので」
「米国から?」
「はい。攻略戦後に米国が島内を調査した際、深海側の工廠と思われる場所で一枚の写真が発見されました。そこに写っていた人物が誰かは言わなくてもおわかりでしょう?」
「ええ、もちろん」
そこに映っていた人物は間違いなくあの人。
露国がアクアリウムの指導者だった野風から、武器の供与と引き換えに得た
つまり米国が発見した写真に写り、渾沌に教えを授けたのは先生。さらに言うなら……。
「深海側の提督は海軍元帥」
「そうなります……よね」
「ええ、状況証拠だけ見ればそうなる。でも……」
「有り得ない。でしょう?」
そう、有り得ない。
だってあの人の目的はあくまで復讐で、その相手は恐らく渾沌なんだもの。
「ねえ淀渡さん。その写真には何か書かれてたんじゃないですか?」
「よくご存知で。それも奇兵隊から?」
「いいえ、ただの勘です」
渾沌がいつ先生の存在を意識したのかはわからない。
でもなんとなくわかる。
渾沌はあの人のことが好きだから野風から得た先生の情報を元にして想像し、戦術を真似た。
だから南方で、あの人と同じ戦法を披露することで自分の存在をアピールした。
きっとあの侵攻は、渾沌なりのラブコールだったんじゃないかって、奇兵隊からもたらされた情報を吟味する内に考えるようになったわ。
そして淀渡さんから先生の写真がハワイ島で発見されたという情報を得た私は、呑気にも私が逆の立場だったらなんて妄想を膨らませてしまった。
だからきっと渾沌は、先生の写真にこう書いてたんじゃないかしら。
「『私の提督』、そう書いてあったんじゃないですか?」
「お、お見それしました。その通りです」
やっぱりね。
勘が大当たり、プラス『人間演算器』とまで呼ばれたこの人を驚かせられて気分爽快だわ。
でも同時に少しだけ、本当に少しだけ渾沌が可哀想に……。いや、羨ましく思えちゃった。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないわ」
と、言っても嘘ってバレバレかな。
だってスッパリと諦めたはずなのに、淀渡さんの瞳に映る私は悔し泣きをする寸前みたいに顔を歪めてるんだもの。
その想いが成就することが確定している渾沌が、羨ましくなっちゃったんだもの。
「妹たちだけではなく貴女や深海棲艦まで……。相変わらず罪なお人ですね」
「本当にね」
そう言って泣き顔を隠すように顔を伏せた私の頭を、淀渡さんが優しく撫でてくれた。
姉さんみたいに細い指先で、姉さんと同じように私の髪を梳くように。
その心地良さに身を委ねている内に、前元帥に言われた言葉が頭をよぎり始めたわ。
あの人は息を引き取る寸前にこう言った。
この悲劇の幕を降ろしてくれと。
そしてこうも言った。
彼を、救ってあげてくれと。
正直言って前者はともかく、後者は私じゃ無理だと思ったわ。
でも、渾沌が抱える想いに想像がついた今は違う。
私にしか出来ない。そう思ってる。
だって、先生と渾沌の想いを成就させる場は私にしか作れないんだから。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)