私が初めてここに来たのは実は艦娘だった頃です。
はい、大和さんの里帰りに同行させてもらいました。
ええ、青木さんが仰るとおり、本来なら戸籍が抹消されている艦娘に里帰りは認められません。
でも大和さんの場合は事情が特殊でして、大和さんの曾祖父である元総理と面会すると言う名目で特別に認められ、任務として行ったんです。
大和さんと元総理がどんな会話をしたか。ですか?
申し訳ありません。
私はその時、大おか……じゃない。お母様の着せ替え人形になっていたので同席してなかったんです。
ですが翌日に通夜が行われましたので、恐らくは今生の別れをしていたんだと思います。
戻って来た大和さんも、沈痛な面持ちをしていましたし……。
いや?
呆れてたんでしたっけ?
たしか戻って来るなり大和さんが「お祖父さまは相変わらずですね」と呆れたように言って、お母様が「ええ、死にかけてるのに変わらずだったでしょう?あのスケベジジイは」と返していました。
~戦後回想録~
元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。
ーーーーーーーーーーーーー
もう~い~くつね~ると~ お~しょおがつ~。
で始まる歌がありますが、私はお正月にあまり詳しくありません。
小学校に通っていた頃も、授業でこの歌を歌った事があるだけでお餅なんて食べたこともありませんし、凧揚げもしたことがありません。
あ、でもお年玉は貰っていました。
もっとも私が貰っていたお年玉は、たった今大和さんのお母様がくださったポチ袋と呼ばれる小袋ではなく、お父さんとお母さんの職場で扱うぱちんこ玉でしたが。
「朝潮ちゃん……だったわよね?本当にお年玉を貰ったことはないの?」
「こういう小袋を貰うのは初めてです。ぱちんこ玉なら毎年貰っていました」
私がそう返すと、着物姿のお母様は晴れ着姿の大和さんに何やら意味深な視線を送りました。
視線を送られた大和さんはと言いますと、肩を小刻みにプルプルさせて何かを堪えているようです。
私は何か変な事を言ったのでしょうか。
「ダメですよ、撫子。今は堪えなさい」
「でもお母様!」
「
う~ん。
お二人の会話がイマイチ理解できません。
大和さんはいったい何を堪えなければならないのでしょう。あ、もしかしてトイレですか?
そう考えれば、ここはトイレではないのですから肩を小刻みにプルプルさせてでも我慢しなければならないですし、お母様の「時が来れば好きにさせてあげます」というセリフにも合致します。
つまり、暗にお母様は「トイレに行った後なら好きなだけ出して良い」と仰ったのですね。
「あの~、大和さん」
「「はい。なんですか?」」
「あ、両方大和さんなんでした……。えっと、撫子さんの方です」
紛らわしい。
と思ってはいけませんね。
ここは大和さんの実家である『大和旅館』で女将さんであるお母様も大和さん。番頭をしているというお父様も大和さんで大和さんも大和さんという、大和さんがゲシュタルト崩壊しそうなほど大和づくしの場所なのですから。
「おトイレなら我慢せずに行って来ても構いませんよ?」
「トイレ……ですか?いえ、別に私はもよおしていませんけど……」
「そうなのですか?私はてっきり、おトイレを我慢しているのかと……」
思ったのですが違ったようです。
大和さんとお母様は「どうしてトイレが出てきた?」とでも言いたそうな顔を見合わせています。
「あ、トイレで思い出しました。撫子、お祖父さまのところで顔を出しておきなさい。貴女が帰ってくるのを心待ちにしていましたから」
おっと、旅館に着くなりお母様に客間に通されたせいで忘れていましたが、大和さんは元総理大臣であらせられるお祖父さまに会うという任務のために里帰りしているのでした。
でも、どうしてお母様はトイレでお祖父さまの事を思い出したのでしょうか。大和さんもどことなく嫌そうな顔をしていますし……。
「正直……」
「言わなくて良いから行って来なさい。大切な家族でしょう?」
「その家族を汚物と同列に考えているお母様はよろしいので?」
う~ん……。
お二人の会話の内容が難しすぎて私には理解できません。どうしてお母様はトイレという単語でお祖父さまを思い出し、それを聞いた大和さんが汚物と同列にしてると言ったのでしょうか。
このままではスッキリしませんので、ため息混じりに部屋を出て行った大和さんが戻って来たら聞いてみましょう。
ーーーーーーーーーー
あの子と初めて会ったのは、正月に撫子があの子を連れて帰省した時です。
ええ、撫子はすぐに気付けなかったようですが、あの子の境遇は出会ってすぐにわかりました。
あの子をうちで面倒見ようと決心したのは、幼い頃からビックリするほど発育が良かったせいで結局着せられずにタンスにしまってあった撫子用に買った可愛い服をあの子に着せていたときです。
アレは躾の限度を超えていました。
私も撫子が悪さをした時は折檻しましたが、精々お尻が赤くなる程度です。
あの子と出会ってからは戦争でしたね。
ええ、比喩ではなく文字通り、あの子の実の親と私との戦争です。
撫子のように力尽くで解決する事も可能でしたが、私個人が培ってきたコネクションやお祖父さまのお知り合いの方々、さらには紫印さんや長門さんの手も借りて、合法的かつ後腐れがないようにあの子を養子にすることができました。
いえ、私はいいと言ったのですが、仲居として働かせてくれと言ったのはあの子です。
艦娘だったからなのか、それとも生来の真面目さのせいなのかはわかりませんが、学業と仕事を上手く両立していますよ。
はい、撫子に頼まれなくても私はあの子を引き取っていたでしょう。
私にとっても撫子にとっても、生き甲斐を与えてくれたあの子は正に天使と言えますね。
~戦後回想録~
大和旅館大女将へのインタビューより。
ーーーーーーーーー
「おお、来てくれたか撫子。取りあえず乳を揉ませてくれ」
「お戯れが過ぎますわお祖父さま。ぶっ殺しますよ?」
「つれないのぉ。死にかけのジジイの最後の願いくらい聞いてやろうという気にならんか?」
「なりません。そういうのはお母様にお願いしてください」
お母様が言っていた通り、お祖父さまのスケベっぷりは相変わらずですね。
私が来るまで寝ていたのに、来た途端上半身だけ勢いよく起こして両手を私の胸目掛けて突き出してきましたもの。
お母様も若い頃は私と同じような被害に遭っていたそうですから、汚物扱いしたくなる気持ちも今ならわからなくはないです。
「一応お聞きしますが、まさか私の胸が揉みたいから無理を言って里帰りさせたんじゃないですよね?」
「ダメか?」
「ダメかって……。あのぉ、私は一応艦娘なんですが」
「ワシにゃあ関係ない。お前が艦娘になろうが何になろうが、ワシの可愛い孫に変わりないわい」
なんとも含みのある言い方ですね。それにどことなく寂しそうに俯きましたし、もしやお祖父さまは私が以前の私ではなくなってると気付いているんじゃ……。
「つい先日、最後の友人が逝きおった」
「最後の友人と言いますと……」
「撫子も会ったことがあるじゃろう?ほら、「なんだか村長みたい」とか言うておったじゃないか」
憶えているようなそうでないような……。
それと言うのも、お祖父さまは交友関係が広く、さすがに子供はいませんでしたが、以前いた家に老若男女関係なくよく訪ねて来ていたので誰のことかイマイチ分かりません。
ですが、お祖父さまが『友人』とまで言ったのはその人だけな気がします。しかもお祖父さまは『最後の』とも言いました。
だから、こんなに寂しそうに腰を丸めてらっしゃるのですね。
「ワシももう長くない。もしかしたら今晩あたりポックリ逝くかもしれん」
「ご冗談を。お祖父さまくらい元気ならあと100年は生きられますよ」
「カッカッカ!ワシにもう100年生きろと言うか!撫子は相変わらず厳しいのぉ。じゃが……」
じゃが?じゃが何でしょう。
今のお祖父さまの瞳は以前と変わらず爛々としています。とてもじゃないですが、死にかけてるとは思えないほど生気に満ち溢れています。
それなのに、何故か私にはお祖父さまが死を予感しているように思えるんです。
いえ、少し違いますね。
死ぬのを楽しみにしているように思えます。
「ワシはな、撫子や。死ぬのはこれで二回目なんじゃ」
「二回目?それは以前、例えば戦時中に死にかけた事があったとかそういう意味ですか?」
「いんや違う。たしかに死にかけた事はあったがそうじゃない。お前と一緒じゃよ。ワシは、艦だった頃のお前が沈んだのと同じ歴史上の世界に生きちょった」
「そ、それはつまり……!」
お祖父さまも転生者と言うことですか?
しかもかつての私が沈んだ事を知っていると言う事は、少なくとも大戦末期か大戦後の時代に生まれたと言うことですよね?
「今の元号がどうして平成なのか知っておるか?」
「えっとたしか、『天地、内外ともに平和が達成される』という意味の……」
「そりゃあ国民向けの方便じゃ。本当は、元号が変わるタイミングを知っちょったワシが、死ぬ時は
それからは私の反応など関係なく、堰を切ったようにお祖父さまは淡々と語り始めました。
この世界に生まれる前は平成の世に生きていたこと。
新しい元号を知る前に事故に遭って死んでしまったこと。
平和な世界を満喫していながらも退屈し、いつも頭の隅で世界なんて滅べば良いのにと考えていたこと。
こちらの世界での出来事や同じ境遇の人達との出会いと別れ。
そして正義感からの行動が、深海棲艦という災厄となって今の世の人たちを苦しめている事への後悔を。
それを私に、いえ、『大和』に聞いて欲しかったのでしょう。
いつ気付いたかまではわかりませんが、私がただの艦娘ではなく、艦だった大和の生まれ変わりと確信したからご自身の過去を語り、懺悔しているのかもしれません。
「なあ撫子。いや、教えてくれ戦艦大和。ワシらはどうすれば良かった?本来の歴史通りにしておれば良かったのか?死ぬ運命にあった人達を救ったのはそんなに罪深い事なのか?それが罪なのだとしたら、ワシらは……俺はどうしてあの時代に再び生まれたんだ?」
そう言って、俯いていたお祖父さまが視線を私に戻しました。
これは間違っていないと肯定して欲しいのでしょうか。それともこの場限りの許しを求めているのでしょうか。
いいえ、どちらでもない気がします。
失われてしまった過去を識っていれば称賛されて然るべき功績を建てていながら、お祖父さまは称賛など求めていない。
今を生きる者達からすれば、災厄の元凶とも言える悪事を働いていながら許しも請うていない。
この人の、最後の気力を振り絞った眼光はそんなちゃちなモノは求めていません。
「もし神様なんてモノが存在するのなら、その方はたぶん遊んでいるのでしょうね」
「遊んでいる?」
「ええ、お祖父さまのように
名付けるとしたら……。
艦娘で艦隊を組み、深海棲艦を倒して海域を奪還するのですから『艦娘ウォーズ』でしょうか。
それとも、代替わりする艦娘を常の集め続けなければならないから『艦娘コレクション』、もしくは『艦隊これくしょん』の方が良いのでしょうか。
う~ん……。
何故かはわかりませんが、『艦隊これくしょん』が一番しっくりくる気がします。
なので、この質の悪いゲームの名を『艦隊これくしょん』と呼ぶことにしましょう。
「なら、お前はどうする?」
「終わらせます。いえ、終わらせるだけでは済ましません。一発ぶん殴ってやりますよ。こんな悪戯を仕掛けたモノには、相応の報いを受けてもらわないと割に合いませんから」
「カッカッカッカ!神様をぶん殴るか!これは痛快だ!いや、流石は大和と言うべきか」
「いえいえ、そこはお祖父さまの孫だからと言ってください。なにせ私は、戦後の日本を立て直し、『暴君』と謳われた大和 猛元総理大臣の孫なのですから」
お祖父さまは本当に楽しそうに……。いえ、心の底から安心したのでしょう。
だから笑いと一緒に、瞳だけに留まらず全身から生気が抜けていってるのでしょう。
後を託せる者が現れ、後顧の憂いがなくなってしまったから、お祖父さまはやっと死ぬ準備ができたんです。
「お眠りになりますか?」
「ああ、少し疲れた……」
私は、さっきまでの元気さが嘘のように無くなったお祖父さまの背に手を添え、横になるのを手伝いました。
「撫子や」
「なんですか?お祖父さま」
「ワシは疲れたよ。本当に疲れた……」
お祖父さまはそう言い残して、二度と覚めることの無い眠りに堕ちました。
そのお顔は疲れたと言い残した通り、本当に疲れ切ったように力無く、安らかな寝顔です。
「ええ、そうでしょう。貴方の旅路は長かった。それこそ100年を超える年月を、貴方は懸命に歩んで来たのですから」
私の言葉にお祖父さまは答えない。もう応えてくれない。
戦艦大和として覚醒した私と会うことで、日本史上最悪の暴君と蔑まれつつも、この世界の日本を世界有数の経済大国へと押し上げた影の英雄となり、最後の最後まで神様の玩具として生き長らえていた罪人は、後を託して息を引き取りました。
「本当に、お疲れ様でした」
私は、すでにただの肉塊となった愛すべきお祖父さまに、そう言って深々と頭を下げました。
そんな私の胸中に渦巻いているのは、死者を悼む気持ちではなく怒り。
お祖父さまを初めとした転生者達を玩具の如く弄び、今を生きる人々に苦しみしか与えない
(潔い最期だったな)
「ええ、お祖父さまらしいです」
(その様子だと、腹は決まったようだな)
「はい。手段までは思い付いていませんが、神様とやらには報いを受けて頂きます」
私を育ててくださったお祖父さまを苦しめ、私の弟を幼くして死に至らしめ、朝潮ちゃんが不幸な目に遭い続けるこんな世界の主。
個人的な感情だと言われても、悪魔よりも悪辣な神様を許すことなどできません。
なので神様、アナタに喧嘩を売らせて頂きます。
神様と言えば全知全能が売り文句の一つですので、ここで私が口にしたことも聞こえるでしょう?
だから聴きなさい。
今から私は、この場で改めてアナタに宣戦布告します。
アナタのゲームの駒の一つである私が、アナタの遊びに終止符を打つ宣誓を。
「艦隊これくしょん、終わらせます」
私は視線をお祖父さまの寝顔に向けたまま、静かにそう言い放ちました。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
-
紫印 円満(実質三部の主役?)