艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百四十二話 責任、とってくださいね?

 

 

 

 

 

 

 その丘はこの旅館のすぐ裏にある山の中腹辺りにあります。

 いえ、実際は高い山の前にあったから中腹に思えただけで、当時の私にはその丘が山だと気付けなかっただけですね。

 

 はい。大和さんの弟さんのお墓でもある丘です。

 お墓ではあるのですが、そこからはこの町が一望できるので今では観光名所にもなっていますね。

 

 特に今の時期はその丘を埋め尽くすほどの……。

 え?観光名所に興味はありませんか?

 個人的には、その丘に種を蒔いたのが私と大和さんなので是非とも紹介したいのですが……。

 

 ええ、大和さんの里帰りに同行して、急遽執り行われた大和さんのお祖父さまの葬儀を終えた次の日に大和さんが連れて行ってくれたんです。

 

 大和さんが艦娘になると決意した場所であり、帰って来たあの場所に。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 「荷物、重くないですか?」

 「はい、ほとんど大和さんが持ってくれているので大丈夫です」

 「そうですか。目的地はもう少しですが、辛かったらいつでも言ってくださいね」

 「はい。わかりました」

 

 私が大和旅館にお世話になって三日目の朝。

 前日までお通夜だのお葬式だので陰鬱だったのが嘘のように清々しい雰囲気を纏った大和さんに誘われて、私はハイキングをしています。

 当然ですが、今日はお散歩用の首輪とリードは無しです。緩やかで整備されているとは言え山道、しかも土地勘のない場所では私が引っ張ることが出来ませんので。

 

 「今向かっているのはどういう場所なのですか?」

 「着いてからのお楽しみです。ただ、私の取って置きの場所とだけ言っておきましょう」

 

 ですが目的地を教えてもらえません。

 恐らくは山頂が目的地だと思うのですが、山頂に行くにしては用意した物に妙な物が混ざってるんです。

 

 「今朝渡された巾着に入ってるのって種、ですよね?」

 「大正解です。何の種かは……来年の春まで秘密ですけどね」

 「来年までですか!?」

 「はい。咲くまでのお楽しみです♪」

 

 むむむ……。

 山頂に向かってる目的が種を蒔くためと言うのは今の会話でわかりましたが、何の種か一年以上も待たないと教えてくれないなんて意地が悪いです。

 私はそんな意地悪な人になるよう躾けた覚えはありませんよ?

 

 「うわぁ~♪良い眺めですね!」

 「でしょう?ここは、私と弟のお気に入りの場所なんです」

 

 私たちが着いたのは直径50mほどのの範囲を木製の柵で囲んである場所でした。

 山頂と言うよりは丘と言った方が良い場所です。

 そこからは、町自体が山間部を流れる川に沿ってあるせいかそんなに高い山じゃないのに大和さんが育った町が一望できます。

 もし今が春なら、川沿いに並ぶ桜と古風な建物が多い町とのコントラストでさらに良い眺めだったで……。

 あれ?今なにか、聞き慣れない単語が混ざっていたような……。

 

 「弟さんがいらっしゃるのですか?」

 「ええ、()()()()

 「それはつまり……」

 

 亡くなった。と言う事なのでしょうか。

 いえ、そうなのでしょう。

 だって大和さんは、哀しそうに微笑んで私を見つめていますもの。

 

 「もう4年。いえ、もう少しで5年になりますか。弟は幼くして死んでしまいました」

 「じゃあ、大和さんが艦娘になったのは……」

 「はい。復讐のためです。ただし、対象は深海棲艦ではなく、大淀でした」

 

 どうしてだろう。

 大和さんが復讐したい相手が先輩だと聞いてショックなはずなのに、私は安心してしまっている。

 大和さんの瞳から恨み辛みなどの感情が感じられないからでしょうか。それとも、その声が仇の名を口にしているとは思えないほど穏やかだからでしょうか。

 

 「彼女がもっと早く来てくれたら弟は死なずに済みました。私も、筋違いの復讐心を抱かずに済みました。そうやって、全部彼女のせいにしている間は楽でした」

 

 絵本を朗読するかのようにそう語りながら、大和さんはリュックサックから種が入った巾着を取り出して蒔き始めました。

 そして、視線で私にもそうするよう促しています。

 

 「私は今でも彼女が嫌いです。機会さえあれば決着を着けたいと思っています。そしてかつての自分を思い出し、私がすべき事も見つけました。でもここ何日か、私の頭に今まで考えはしても思い浮かべることはなかった光景がよぎるようになりました」

 「どんな、光景ですか?」

 「お母様の後を継いで旅館の女将をしている光景です。笑えますよね。私は今こうして生きている意味を知るために死のうとしているのに、死なずに済んだ後の事を考えてるんです。生き続けたいって思うようになってしまったんです」

 

 大和さんの話をBGMにして、大和さんは山道から見て右に、私は逆方向に周りながら種を蒔きました。

 山道と町が一望できる場所ですれ違う度に私たちが描く円は小さきなり、種がなくなる頃には、私と大和さんは丘の中央で向かい合っていました。

 そして、私を真っ直ぐ見つめて締め括るように大和さんは……。

 

 「貴女のせいで、私は生き続けたくなったんです」

 

 と、憑き物が取れたような清々しい笑顔でそう言いました。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 初七日が終わったとき、私はお母様に弟の遺骨を分けてくれとお願いしました。

 

 何のために、とかは聞かれませんでしたね。

 たぶんお母様には、私が何をするつもりなのか察しがついていたのでしょう。

 

 はい、あの丘に蒔いたんです。

 私は冷たい墓石の下よりも、あの子と私が大好きだったあの場所で眠らせてあげたかったんです。

 

 そして遺骨を蒔き終わった私は、あの時とは真逆の宣誓をしました。

 

 お姉ちゃんが仇を取ってあげる。

 例え命に代えてでも、あの白い駆逐艦を討ってみせると。

 

 

 

 ~戦後回想録~

 匿名希望の元艦娘へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 弟と私は血が繋がっていません。

 私は親もいない、この世に突如として現れた戦艦の生まれ変わり。対して弟は、お母様とお父様の間に生まれた正真正銘お二人の血縁です。

 

 その事に負い目を感じた時期もありましたが、両親は私と弟を分け隔てなく育て、弟に姉と慕われている内にそんなわだかまりもなくなりました。

 私が過去の記憶に浸食されず、人として生きられたのは弟のおかげかも知れません。

 

 「さっき蒔いた種が何の種なのか。知りたいですか?」

 「知りたいですが……秘密なのでしょう?」

 「はい。咲き誇ったところを見て欲しいのでその時までは秘密です。ですが、ヒントは差し上げようかと思いまして」

 

 ヒントは私の名前。

 いえ、答えでしょうか。

 弟はお姉ちゃんっ子で、常に私の傍にいるような子でしたので、その花の種を蒔こうと思ったんです。

 私がいなくても、私と同じ名前の花に囲まれていれば寂しくない。私がいなくなってもずっと私を忘れないでいてもらえる。

 そんな風に、ここに来るまでは考えていました。

 

 「今は、違うのですか?」

 「基本的には同じです。弟が寂しがらないように私で囲んであげたい。ですがそれ以上に、蒔いた種が花開いた光景を貴女と一緒に見たいと思っています」

 「私……と?」

 「はい。貴女と」

 

 そう言って私は、膝を曲げて彼女と目線の高さを合わせました。

 前回は彼女から約束を振ってきた。

 別に交互に約束事を振らねばならない決まりなどありませんが、今回は私から言い出さねばいけない気がしたんです。

 

 「瀬を早み 岩にせかかる滝川の われても末に 逢いはむぞ思う」

 「それは……えっと、百人一首ですよね?」

 「よくご存じですね。この歌は崇徳院という人が歌った歌で、要は障害を乗り越えて必ず逢おうという気持ちが込められています」

 

 だからこの歌を彼女に聴かせたくなりました。

 『瀬に早み(戦の渦中で) 岩にせかかる滝川の(戦火に邪魔されて) われても末に(離れ離れになったとしても) 逢いはむぞ思う(再び貴女と逢いたい)』と、私なりに今の私たちの状況を当てはめ、想いも込めて。

 

 「お約束します。私は必ず帰ってきます。貴女が待っていてくれるのなら、私はどんな事をしてでも必ず帰ってきます。だから……」

 

 戦争が終わったら一緒に暮らしてください。

 そう続けようとしたのですが、彼女の真っ直ぐな視線に射竦められたかのように喉の奥に引っ込んでしまいました。

 愛の告白と言えなくもないセリフだからでしょうか。

 でも、私は窮奇と違って同性愛者ではありません。

 確かに彼女の事は好きですが、この好きは恋愛感情とは違う気がします。

 もっとこう物欲的な、所有欲とも言えるような俗物的な感情……いや、逆ですね。

 私は彼女のモノになりたい。彼女に所有されたい。彼女に必要されたい。生き残っても、私は彼女に必要とされなければ生きていけない気がします。

 これはきっと、元が物である私特有の感情なのでしょうね。

 

 「なるほど、大和さんは捨てられる心配をしているのですね?」

 「え?は?捨てられる心配……ですか?」

 「違うのですか?私はてっきり、戦争が終わって艦娘を辞めたら私に捨てられると考えてるんじゃ、と思ったのですが……」

 「ええっと……」

 

 ふむふむ、つまり彼女は、艦娘を辞めたら親元に帰る。その時に、今現在ペットのように可愛がっている私を連れて帰ることが出来ないから捨てられるんだと私が不安に思っていると考えたのですね。

 なんだかズレているような気はしますが、一応は合ってる……かな?

 

 「大和さん!」

 「は、はい!何でしょう!」

 「こ、この戦争が終わったら一緒に暮らしましょう!」

 「ふぇっ!?」

 「嫌……ですか?」

 

 嫌なわけがない。

 だって私も、顔を真っ赤にしている彼女と同じ事を言おうとしたんですから。

 でも、どうして彼女も同じ事を?

 しかも、勇気を振り絞ってやっとした告白中のように、身体中を無駄に力ませて言ったのでしょうか。

 

 「大和さんを躾けたのでは私です。私にはその……最後まで面倒を見る義務がありますから!」

 「あ~……そういう事ですか」

 「そうです!私には飼い主としての責任があるのです!」

 

 要は義務感からの申し出。

 そこには私と一緒に暮らしたいという純粋な気持ちはなく。ただただ飼い主としての責任を果たそうという、真面目な彼女らしい申し出。

 だったら良かったのかも知れません。

 そうだったなら私は本来の戦う理由に戻れ、時が来れば惜しむことなく、未練も残さずにこの命を投げ出していたでしょう。

 でも、それはもう叶いません。

 彼女の、義務感からのセリフを隠れ蓑にした気持ちを知った今では無理です。

 

 「責任、とってくださいね?」

 「そ、それはもち……むぎゅ!?」

 

 私はそれだけなんとかの口にして、彼女を抱き締めました。

 今の顔を見られないように強く、私の胸に埋まるくらい強く抱き締めました。

 だってこんな顔を彼女に見せるのは恥ずかしいですもの。私は今、この世の春を謳歌しているかのように満たされ、物だった頃も含めて今まで経験したことがないほどの幸福感を感じているのです。

 そんな私の顔は、きっと普通の人が見たら引いてしまうくらい歪んでいるはずなのですから。

 そしてこう続けました。

 

 「貴女のせいで、死ぬのが怖くなっちゃったんですから」と。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 死ぬのが怖くなった。

 と、大和さんは震える手で私を抱き締めたまま言いましたが、私には死に恐怖して震えていると言うよりは生きられる喜びに打ち震えているように感じられました。

 

 どうして一緒に暮らそうと言ったのか?

 ええと、我が儘みたいなもの……でしょうか。

 

 戦争が終わって艦娘を辞めたら大和さんと一緒にいられなくなる。そう考えたら、たまらなく寂しくなったんです。離れたくなくなったんです。

 

 ふふふ♪そうですね。

 今考えるとプロポーズみたいなセリフです。

 実際、あのセリフを言ったときは心臓が爆発するんじゃないかと思うくらいドキドキしてましたし、顔も火がついてるんじゃないかと錯覚するくらい熱かったですから。

 

 でも、あの時あのセリフを言って良かったと後に思いました。

 だって大和さんは、約束通りちゃんと私のところに帰ってきてくれたんですから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。

 

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  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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