霞のことは、あの子が着任した時から大嫌いでした。
恋敵だったというのもありますが、あの子は私が苦労して駆逐艦が戦場に出なくても良いようにしていたのに出撃したがり、あの人に意見してまで駆逐艦を戦場に出そうとしたんですから。
当時は八つかそこらの子供がですよ?
そりゃあ、あの子が艦娘になった理由を知った時は出撃したがるのもしょうがないと思いましたよ。
実際、あの頃はそんな子ばかりでしたし。
でも出撃させたくなかったんです。
子供が戦場に出ることがどうしようもなく我慢できなかったんです。
子供が重火器を持って殺し殺される戦場に出るなんて異常でしょう?
それなのに、どいつもこいつも当然のように子供を戦場に送り出した。
だから私は今でもあの子が嫌いなんです。
少なくとも、呉の駆逐艦が戦場に出なければならなくなったのはあの子のせいなんですから。
元戦艦 金剛。現呉提督夫人へのインタビューより。
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「Hayチンチクリン。こんな所で何してるデスか?」
「書類の整理よ色呆け戦艦。貴女こそ何してるの?今日は貴女が秘書艦でしょ?」
横須賀への転属が言い渡された三月の末。
一人になりたい気分だったから、書類の整理とかこつけて資料室に籠もってたら、誰かから私がここに居ると聞いたのか金剛さんが訪ねて来た。
この人が仕事以外で私に話し掛けるなんて珍しいわね。珍しすぎて明日は雪でも降るんじゃない?って思っちゃうくらいよ。
「横須賀に飛ばされる負け犬の顔を憶えとこうと思いましてね」
「ふぅん……」
負け犬……ね。
あの人から離れる以上、傍に居続けられるこの人に水を空けられちゃうのは確実だから負け犬と言えば負け犬かしら。
でも、ただ負けるだけってのは我慢ならないわね。
「ねえ金剛さん。暇なら私の休憩に付き合ってくれない?」
「……なら、私の私室でしましょう。そこなら邪魔は入らないデスから」
私が挑戦でもするような目付きでそう言うと、金剛さんは顎を振りながらそう言った。
流石は伊達に歳を重ねてないってところかしら。
私が売られた喧嘩を買ったことに気付くどころか、邪魔が入らない勝負場所まで用意してくれるなんてね。
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金剛さんは私の天敵と言っても良かったわ。
ええ、艦娘としても女としてもね。
昔の呉の艦娘が戦術も戦略も度外視の、悪言い方をすれば深海棲艦と同じような戦い方しかしなかったのはあの人のせいだし、そのせいで戦死した人は結構な数になるわ。
うん。正直、嫌いだった。
当時は、二水戦所属の駆逐艦以外は哨戒や遠征くらいしか出撃の機会がなくってさ。
私を含め、仇討ちが目的で艦娘になった子が多かった駆逐艦たちは完全に腐ってた。
霰姉さんも口には出さなかったけど、イライラしてたのが肌で感じられたわ。
私だってそう。
あの人さえいなければ。って何度考えたかわからなくなるくらい考えたし、あの人の戦死を祈ったこともあったっけ。
でも、尊敬もしていたの。
粗っぽくて隙だらけの作戦なのにも関わらず、力尽くで成功に導くあの人の強さには素直に憧れたわ。
~戦後回想録~
元駆逐艦 霞へのインタビューより。
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「へぇ……」
「何呆けてるんデスか?サッサと入ってください」
「あ、うん。失礼します」
上位艦種の部屋に入るのが始めたなのもあったけど、金剛さんの部屋の内装が純和風、と言うより所帯染みてるのが意外でつい呆けてしまった。
入って改めて見渡してもやっぱり所帯染みてる。
まず目につくのは目の前のちゃぶ台と二枚の座布団。それに普通の、安アパートにあったら似合いそうなタンスに部屋の隅に畳まれた布団等々、生活のために必要な物が最低限。それ以外は無いと言っても良いくらいだわ。
うん。何度見回しても、ここが執務室をティーパーティー仕様に改装しちゃうくらい英国かぶれだと思ってた金剛さんの部屋とはとても思えないわ。
「私が住んでる部屋がこんなで意外デスか?」
「ええ、もっとこう……如何にも英国!って感じだと思ってましたから」
私がそんな感想を伝えると、金剛さんは「如何にも英国ってどんなだよ」ってため意味まじりに言いながら、敷いてある座布団に座れと視線で促した。
私が座ると、金剛さんはちゃぶ台を挟んだ対面に腰を降ろしたわ。普段の金剛さんからは考えられない、胡座かいてちゃぶ台に肩肘片肘突くって格好でね。
「これが普段の私よ。こんな様を見て男がなびくと思う?」
「なびくどころか幻滅するでしょうね」
だって普段とのギャップが凄いもの。
今私の目の前にいる金剛さんは間違いなく金剛さんなんだけど、まるで中身がオッサンと入れ替わっちゃったんじゃないかって思っちゃうくらいオッサンくさいわ。
あ、だからか。
だから普段の金剛さんは、似非外人っぽい喋り方をする帰国子女の英国かぶれってキャラを作って貫いてたって訳ね。
「なんか……」
「みっともない。とでも思った?」
「いいえ逆よ。感心したわ」
あれ?そんなに変な事を言ったかしら。
私は純粋に、自分を曲げてまで好きな人と一緒になろうとしているこの人は本当に凄い。私には真似できないと思ったから感心したって言ったのに、金剛さんにとっては意外な答えだったらしく間抜けな顔して驚いてるわ。
「調子狂うわねぇ。私の姉妹艦にすら秘密にしてる一面を見せたんだからもうちょっとこう……」
「嫌味の一つも言うと思ってた?」
「ええ、だってみすぼらしいでしょ?」
「そう?私はそんな風に思わないわ」
金剛さんはみすぼらしいとか言ってるけど、掃除は隅々まで行き届いてるし設置してある家具も安物ってだけで趣味は悪くない。むしろ部屋にマッチしてる。
質素と言うよりは清貧と言うべきね。
でも、どうしてこの人……。
「弱味を晒すような事をしたんですか?例えばこの部屋と、猫を被るのをやめた金剛さんを撮影なりして司令官に見せるとか考えなかったんですか?」
「考えなかったわ」
「どうして?」
「アンタは、私と違ってそんな小狡い事をする女じゃないからよ」
ずいぶんと買い被ってくれるわね。
私だって切羽詰まれば小狡い手だろうが卑怯な手だろうが使うわ。
まあ、今は先に言った手段を取ろうとは微塵も思わないけどね。
「金剛さんは、あの人の何処を好きになったんですか?」
「お子ちゃまにはわかりませんか?イケメンで地位もあって金も持ってる。しかも独身!そんな好条件の物件を放っておくわけ……」
おちゃらけて在り来たりな理由を言おうとした金剛さんは最後まで言い切らず、私の視線に気付いて姿勢を正した。
私の、こんな場まで用意して私と向き合うつもりなんなら子供扱いは辞めろという意志を込めた視線に、金剛さんは姿勢を正すことで応えてくれた。
「好きだから好き。それ以外の理由が必要ですか?」
「いいえ、必要ないわ」
そう、必要ない。
優しくされたとか、危ないところを助けてもらったとか切っ掛けはあったでしょうけど、誰かを好きでいるのに好き以外の理由なんて必要ない。
私だってそうだもの。
「提督はモテるから、私みたいなとうが立った女は必死ですよ。比叡や霧島は興味ない風を装ってますが惚れてるのは間違いないですし、榛名なんて露骨に誘ってますからね」
「あ~……。榛名さんは本当に露骨な誘い方するわよね。バレンタインのときなんか、私が居るのもお構いなしに自分のオッパイを模ったチョコを渡してたのよ?私思わず「頭大丈夫?」って言っちゃったもん」
「榛名は大丈夫です!って言ってたでしょ」
「言った言った!どう考えても大丈夫じゃないでしょアレ!司令官もさすがに冷や汗かいてたわよ」
「あのバカ妹は……」とか言って呆れてる金剛さんも似たようなもんだけどね。
今年は常識の範囲内のチョコを贈ってたけど、何年か前までは自分の体にチョコを塗りたくって迫ったり、オッパイどころか全身を模ったチョコを贈ったりしてたわ。ちなみにサイズは等身大。
「まあ、姉が姉だから仕方ないわよねぇ」
「アレと一緒にすんな。私はもっと大胆にいきますよ」
「大胆過ぎて引かれてたじゃない」
「だから反省してここ何年かは普通のサイズのチョコを贈ってるでしょ?」
「見た目はね。見た目は確かに普通のラッピングされたチョコだわ」
「なぁんか含みのある言い方ね。まさか、チョコに薬でも混ぜてるとか言いたいの?」
「してるでしょ?」
あ、わざとらしく私から視線を逸らしたことで確信した。
今年のバレンタインに金剛さんから貰ったチョコを食べたあと、司令官が顔を赤くしてソワソワしだしたのを見たからもしかしてと思って言ってみたらビンゴだったみたい。
「結局アレも失敗しましたね。薬だけじゃなくて私のヌード写真も一緒にラッピングしといたのに」
「ある意味成功したんじゃない?あのあと司令官、何かをポケットに入れてトイレに行ったもの」
たぶん堪えきれなくなって、その写真をオカズにして自分で処理したんでしょうね。
私が居たんだから私に言えば良かったのに……。
「チッ、あのヘタレめ。ちゃんと写真に『I'm ready, so always come』って書いたんだから来れば良かったのに」
「ちょっと待って、今のって準備できてるからいつでも来て的な意味よね?どんな写真を贈ったの!?」
「どんなって……。こんな感じのポーズですけど?」
ですけど?
じゃないでしょうがこの痴女!
そんな、M字開脚して右手の人差し指と中指でアソコを広げるようなポーズした写真を贈るなんて変態じゃない!榛名さんのオッパイチョコが可愛く思えちゃうわよ!
「言っときますけど、アンタに比べたらはるかに健全ですからね?」
「いやどこがよ!」
「授乳、オムツ交換」
「う……」
「どうです?赤ちゃんプレイをしてる自分は健全だと言えますか?」
「そ、それは……」
個人的には最高のプレイだと思ってるけど、世間一般ではマイナーどころか変態プレイの一つに数えられているのは知ってるし自覚もしている。
でもね金剛さん。
私と司令官の仲は健全なの。
何故なら授乳は哺乳瓶使用でオムツもパンツの上から。更に、私と司令官は一線を越えてない!
と、金剛さんに説明したら……。
「嘘……でしょう?そんなの、ただのおままごとじゃないですか」
などと言って、信じられないモノを見るような視線を私に向けながらドン引きしちゃった。
まあ、とっくにヤッてると思ってた金剛さんからすれば当然の反応かしら。
私自身、たまに「何やってんだろ私」って呆れることがあるし。
「本当はちゃんと最後までしたいんだけど……。ほら、私って改二になって中学生位の体まで成長したけど司令官からしたら子供じゃない?それに……。いや、それが理由かな」
「その結果が赤ちゃんプレイもどきですか」
「うん、そういうのは無理だけどそれ以外なら霞の要望に応えるって言ってくれたから……」
母親の真似をさせて貰った。
私のお母さんはこうしたのかなとか、お母さんならこうするかなって妄想を司令官相手に試させてもらった。
「艦娘を辞めるって手もあったんじゃないですか?アンタくらいの器量好しなら、年相応に成長したらいい線行くと思いますよ?」
「嫌よ。自分の欲求のために艦娘を辞めたくない」
「仇討ちを諦めたくない。ってとこですか?」
「ええ。私と同世代の駆逐艦では在り来たりだけど、私はお母さんの仇が討ちたくて艦娘になったわ」
もう10年以上前になるかしら。
開戦時の混乱で増えた暴徒の集団の一つに私の母親は殺された。ただ殺されるだけじゃなく、嬲られ、弄ばれ、玩具にされた上で殺された。
その様子を、私は最後まで見続けさせられた。
「それなら、恨むべきはソイツらであって深海棲艦じゃないじゃないですか」
「そうね。金剛さんの言う通りだと思う。でも色々あって、そもそも深海棲艦がいなければって考えるようになったの」
養成所に流れ着いた時は深海棲艦の存在すら知らなかったのにね。
私が先に言ったように考えるようになったのは、私をその集団から助けてくれた人のおかげとも言える。
その人は母を殺した集団と対立していたグループのリーダーで女性だった。
そのリーダーの女性は、母を玩具にし終わった奴らが次は私に手を出そうとした時に手下を連れて現れ、奴らを身の毛も弥立つような方法で殺害したわ。
ドラム缶の中に閉じ込めて火で炙ったりもしてたわね。
「そしてリーダーの女性は、事が済んでから私に「弱いからそんな目に遭うんだ」って言って去って行ったわ」
「当時は八つかそこらのアンタに?」
「養成所に流れ着く前だからもっと幼かったわ。たしか……五つか六つだったと思う」
顔も覚えていない彼女の言葉は、養成所に流れ着いた後も私の耳に響き続けた。
だから強くなろうとした。
そして艦娘になり、私と母があんな目に遭った原因が深海棲艦だって事を知った。
コイツらのせいだったんだと知った時、私の恨みの矛先は深海棲艦へと変わったわ。
それなのに……。
「なんで邪魔したのよ……。金剛さんが邪魔さえしなかったら、私はもっとアイツらを沈められたのに!」
「そうですね。確かに私はアンタの復讐の邪魔をしました」
「そうよ!金剛さんさえいなかったら……!」
私はとっくに満足して退役してたかもしれない。
退役して士官にでもなって司令官にアタックしてたかもしれないし、民間人になって学校に通ってたかもしれない。
この人が、私が出撃できないような環境を作らなければ私は……。
「でもそれは、その彼女の言葉を借りるなら『アンタが弱いから』でしょう?」
「……!」
「睨むだけで言い返せませんか?でも事実です。アンタは弱いから出撃を許されなかった。アンタが弱いから、誰かに尻を叩かれなきゃ本音も吐けなかった」
「うっさい!そんなの……!そんなの私が一番わかってるんだったら!」
金剛さんが言う通り私は弱かった。
弱かったから我慢することしかしなかったし、弱かったから当時の大淀に尻を叩かれるまで本音を言えなかった。
でも、今の私はあの頃の私とは違う。
「司令官って几帳面そうに見えて意外と抜けてるところがあるから、素の金剛さんとの相性も良いと思う」
「急になんです?話が噛み合って……」
「黙って聞いて!」
私は金剛さんの目を真っ直ぐ見て黙らせた。
金剛さんも聞く気になってくれたのか、私の視線を真っ向から受け止めてくれてるわ。
「今みたいに熱烈なアタックをするんじゃなくて、一歩引いて奥ゆかしい女性を演じて。そうすれば、むしろ司令官の方から寄ってくると思うわ。それと……」
「それと?」
「あの人が甘えん坊なのはマジなの。だから、甘えてきたら襲うんじゃなくて可愛がってあげて。それから……」
あの人の秘書艦になって、身の回りのお世話もするようになって気付いた司令官の攻略法を、私は余すこと無く金剛さんに伝えた。
金剛さんは、私がそんな事をする理由を察してくれたらしく真摯に耳を傾けてくれてるわ。
「以上。後は金剛さん次第よ」
「わかりました。参考にさせてもらいます」
これで準備は整った。
金剛さんに託すことで、私はあの人への未練を断ち切れた。これで私は、心置きなく横須賀へ発つことができるようになった。
「あの人を、愛してあげてください」
「ええ、愛しますよ。アンタの……いえ、霞の分まであの人を愛します」
その返事を聞いて少しだけ面食らった。
だって、ずっと私をチンチクリとかクソガキ呼ばわりしていた金剛さんが初めて私を名前で呼んだんだもの。
それはつまり、私を一人の女として……いえ、対等な相手として認めてくれたってこと。
「攻略状況は逐一報告しますよ」
「あら、負け犬に追い打ちですか?」
「負け犬?勝ち馬の間違いでは?」
そう言って、金剛さんは呆れたようにフッと笑って私も笑い返した。
この鎮守府で一番嫌いあってたはずなのに、今は一番仲が良いようにも想えるわ……って、何?この音。
「ねえ、なんだか外が騒がしくない?」
「言われてみれば……。サイレンまで鳴ってますね。まさか火事!?」
警報とは違うサイレンが鳴る理由に思い至った私たちは慌てて窓に駆け寄った。
すると、金剛さんの部屋から見て右斜め下、二階の一番西に位置する軽巡洋艦の一室から火の手が上がってるのが見えたわ。
あの部屋に住んでるのはたしか……。
「ねえ金剛さん。今日ってたしか……」
「ええ、新しい子が着任する日です。時間的にも、入居予定のあの部屋へ行ってる頃ですね」
それから私たちは、どうして火事になったのかを想像するのを後回しにして無言で肯き合い、現場に向かった。
それまでのシリアスな雰囲気が吹っ飛ぶような珍事のせいで火事になったなんて、想像すらせずに。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
-
紫印 円満(実質三部の主役?)