四月と言えば春。
春と言えば新生活のスタートとか、佐世保に所属してる艦娘なら某睦月型四番艦が一年で一番多く嘘をつく日等々、人によって色々よね。
私の場合はと言うと、先に言った通り新生活のスタートかな。すんなりと行かせてもらえれば……。
「ねぇ矢矧ぃ。ホントに帰っちゃうのぉ~?」
ええ帰ります。
相も変わらずだらしないだらし姉が荷造りの邪魔をしてくれてるけど、私こと矢矧は新しい神通の着任が決まったことでお役御免となり、四月一日付けで古巣の横須賀鎮守府へと戻ることになったのです。
しかも霞を筆頭に雪風、磯風、浜風の四人を連れてね。
「あの子達を連れて横須賀に……か。嫌な予感しかしないわ」
「じゃあ帰るのやめよう!やめてず~っと私の面倒を見て!」
オムツ姿で日がな一日惰眠を貪る事はやめたものの、来週から四月になろうかってのに今だにコタツをしまわずにTシャツ一枚でコタツムリと化しているバカ姉が馬鹿なこと言ってるけど命令だからそうはいかない。
それに後ろ髪もまったく引かれない。
むしろ、この惰姉のお世話から解放されると思うと清々しい気分になるわ。
「あ、コタツくらいはしまってから出ようかしら」
「ふぇ!?なんで!?」
「だってもう暖かいじゃない。それに、しまわないと阿賀野姉ったらず~っとコタツムリになってそうだし」
「ならないよ!ならないから私と彼を引き離さないで!」
コタツを彼呼ばわりとか頭大丈夫?
それに、愛しの彼は私が引っ張り出すまで埃被ってなかった?しかも布団にはカビどころかキノコ生えてたし。あ、キノコが生えてたから彼なのかしら。
「って、んな訳あるか!つべこべ言わずに出なさい!私が横須賀に戻る前に、この部屋は春仕様に模様替えしていくんだから!」
「やぁだぁぁぁぁ!私は彼と添い遂げるのぉぉぉぉ!」
すでに合体してんでしょうが!
と、若干意味深に聞こえるツッコミを心の中で叫びつつ、私は阿賀野姉をコタツから分離すべく両腕を力の限り引っ張った。
相変わらず重いわねこの人。まったくと言って良いほど引きづり出せないじゃない。
しかも両足をコタツの足に絡めてるらしく、阿賀野姉をいくら引っ張ってもコタツが着いて来て1ミリも分離できないわ。
「今度来る新しい神通の嚮導するんでしょ!?それなのにそんな体たらくでどうすんの!」
「大丈夫!阿賀野がこんななのは部屋の中だけだから!」
「ぜんっぜん大丈夫じゃないよね!?私がいなきゃ半日で汙部屋にするのに大丈夫なわけないじゃない!」
「そう!阿賀野はお片づけできないの!だからずぅぅぅぅ~っとここに居て!」
だからそれは無理。って言うか嫌。
確かに大淀さんとの試合を見て阿賀野姉の評価は上方修正されたわ。でもそれは戦闘面だけ。
私生活も若干マシしにはなったけど、私に依存しきった生活習慣はお世辞にも尊敬に値するとは言えない。
最初の内こそ「私が何とかしなきゃ」って妙な使命感を感じてたのが、今では「もうダメだこのクソ女」に変わってるもの。
「ああそう!わかった!こうなったら提督にあるがままを報告するけどいいわね!?」
「ちょ、なんでそうなるの!?」
「いやいや、自分の私生活を維持するために姉妹艦の異動を邪魔してるのよ?なるに決まってんでしょ!」
「だって矢矧がいないと部屋が汚れちゃうんだよ!?洗濯も着替えも自分でしなきゃいけなくなるし、矢矧がいないと阿賀野は満足に生きられない哀れな生き物なんだよ!?それなのに捨てるの!?」
「ええ捨てるわよ!捨てるだけじゃなくて廃棄してやる!って言うか、そんなダメな生き物は淘汰されてしまえ!」
なぁんて言い合いを小一時間続けた頃、控え目にドアをノックする音が聞こえた。
こんな時間……と言っても昼前か。に誰だろう?
また磯風あたりが、阿賀野姉に『回向返照』のやり方を教えてくれてってねだりに来たのかしら。
「鍵は閉めてないからどうぞ……って、ああもう!そのミカンどっから出したのよ!まともに皮剥けないんだから食うなって前にも言ったでしょ!」
「だってコタツと言えばミカンじゃない?それに阿賀野が皮を剥くのが下手でもぉ、見かねた矢矧が剥いてくれるから問題なし!」
「大有りよバカ姉!ミカンの剥きすぎで私の指先黄色くなってんのよ!?」
そのせいで、私が喫煙者なんじゃないかって噂が流れたわね。
だってこのバカ姉はミカンがまともに剥けないの。
最初こそ「ミカンくらい自分で剥けと」相手にしてなかったんだけど、コタツの上を細切れにしたミカンの皮で埋め尽くすわ、剥けないなら皮ごと食べれば良いじゃないとかバカ丸出しな事言って本当に皮ごと囓ったのを見て以降、渋々ながら剥いてあげてたわ。
冬の間だけね!
まさか、ようやく処理できたと思ってた大量のミカンがまだ残ってたなんて毛ほども考えなかったわよ!
「あの~。お邪魔します……」
「邪魔するんなら帰れ!今忙しいのよ!」
「ひいっ……!すみません!」
おっと、堕姉への対応でイライラがマックスだったせいで、後ろに居るはずの如何にも気弱そうな声の主に八つ当たりに近い対応をしてしまった。
って言うか誰だろう?
呉に所属してる艦娘全員と話した事が在るわけじゃないけど、こんな声は聞き覚えがないわ。
「あなたが新しい神通?」
「はぁ!?陣痛!?阿賀野姉妊娠してたの!?」
「字が違うよ矢矧。陣痛じゃなくて神通。私と相部屋になるって提督から説明されたでしょ」
「いや、聞いてたけど……」
今日からとは思ってなかった。って言うか今日着任するなんて聞いてなかった。
だから、阿賀野姉とコタツを分離するのも今日中にやれば問題ないと思って小一時間も生産性のない問答を繰り返したし、最後だからミカンくらい剥いてやるかとも考え始めてたのに……。
「あの……軽巡洋艦、神通です。どうか、よろしくお願い致します……」
私がどう言い訳しようって考えながらゆっくり振り向くと橙色セーラー服と黒スカートを纏った如何にも気が弱いですって感じの子が怯えた瞳で自己紹介してくれた。
この子が十代目の神通か。
私がイメージしてた『神通』とは真逆と言って良いほどの子ね。こんな子が、個性の塊でできてるような二水戦の子達をまとめ上げられるのかしら。
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え~っと、あの日の事を話すのは先輩であるあの二人を貶めかねないので話したくないのですが……。
え?気にせず話せ?私が言ったとは漏らさない?
だったら話しても良い……かな。
あの日、予定より一週間近くも早く着任した私は、提督に言われたとおり阿賀野さんの部屋に向かいました。
ええ、緊張しました。
養成所でも大淀さんの出鱈目な強さは知れ渡っていましたから、そんな大淀さんと互角の勝負を繰り広げた阿賀野さんに嚮導され、しかも同室になる事態は予想していませんでしたから。
一番予想外だったのは、阿賀野さんの私生活が他人に依存しきってた事ですね。
はい、今思い出しても酷かったです……。
その日から矢矧さんが横須賀へ異動するまで阿賀野さんのお世話の仕方を習って、矢矧さんが居なくなってからは私がお世話したのですが……。何と言いますか、赤ん坊のお世話をする方が幾分マシなんじゃないかと頭の隅で考えてしまうほど酷かったです。
~戦後回想録~
元川内型軽巡洋艦 二番艦 神通へのインタビューより。
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「え~と、神通さん。来て早々で悪いんだけど、取り敢えずこのバカ姉を引っ張り出すのを手伝って貰って良い?」
「それは構わないのですが……」
神通さんが黙り込みたくなる気持ちもわかる。
だって阿賀野姉ったら、私が神通さんに応援を要請するよりも早くコタツの中に潜り込んじゃったんだもの。
明日からお世話になる軽巡洋艦の先輩が、コタツを取り上げられまいと潜り込む様を見たらそりゃあ呆れてものも言えなくなるわよね。
「えっと、どうします?」
「無理矢理引っ剥がす。そっち持って貰って良い?」
緊張してる様子の神通さんを促して、取り敢えず私たちはコタツの天板を外した。
でも問題はここから。
阿賀野姉ったら器用にも、コタツ布団の端を全部内側に引っ張り込んじゃってるのよ。
辛うじて掴めそうなのは、コタツの脚があるせいで引っ張り込めない僅かな量だけ。
この状態のコタツ布団をどうやって……。
「あの、矢矧先輩。意見具申してもよろしいでしょうか」
「え?ああ、意見具申ね。どうぞ?」
私が顎に手を添えて悩んでいると、神通さんが恐る恐るといった感じ丸出しで右手をちょこんと挙げながら言ってきた。
いや、そんな事どうでもいい。
先輩って呼ばれるのが気分良い!しかも!私が艦娘になる切っ掛けとなった『神通』の名と艤装を受け継いだ彼女に先輩って呼ばれて気分最高よ!
こんなにも優越感に満たされたのはいつぶりかしら。
「あの、アレをこうしてですね。それでひたすら……」
「なるほど、いい手だわ」
神通さんが阿賀野姉には聞こえないように耳打ちしてきた作戦は、ものすごく簡単に言うと北風と太陽。
でも阿賀野の無駄に我慢強い点を考えると、この部屋にある物だけじゃ足りないわね。
「他の艦娘に掛け合って集めてくるわ。その間、神通さんは阿賀野姉を見張ってて」
「了解しました。どうかお気をつけて」
鎮守府内で何に気をつけろと?
なんて疑問は口に出さず。私は敬礼する神通さんに見送られて部屋を後にした。
他の艦娘に掛け合って、ストーブとダメ押しのドライヤーを掻き集めるために。
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あの時の一件は、呉では『コタツムリ事件』と呼ばれて今でも語り草になってるそうよ。
ええそう。
あの二人ったら私が入ってるコタツを大量のストーブで包囲して、更にダメ押しとばかりにドライヤーの温風でコタツを加熱したの。
いやぁ~ホンット殺されるかと思った。
昔、ドラム缶を代用して遊び半分でやったファラリスの雄牛を思い出したくらいよ。
え?ファラリスの雄牛って処刑道具じゃなかったか?
よく知ってるじゃない。
詳しい説明はやめとくけど、ファラリスの雄牛ってのは古代ギリシアで作られた真鍮製の処刑道具よ。
どうして処刑道具を遊び半分で使った事があるのか?
ん?私はそんな事してないよ?
だって私が使った事があるのはファラリスの雄牛じゃなくてドラム缶だもん。
どうしたのよ冷や汗なんかかいて。
あ!もしかして、私が昔そんな残虐な処刑をしたことがあると思ったんでしょ!
いやぁねぇ~。私がそんな事するわけないじゃない。
本当か?
本当よ。だって私は見てただけだも~ん。
あ、そう言えばあの時の子って、アレからどうなったんだろ……。
~戦後回想録~
元軽巡洋艦 阿賀野へのインタビューより。
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「ど、どうしようコレ……」
「取り敢えず消火活動に参加します……か?」
「いや、それよりも危うく死にかけた阿賀野に謝るべきだと思うよ?」
春だってのに真夏の日差しよりも暑い。いや、熱い炎に肌が炙られるのを感じながら、私と神通さん、それと良い感じに焼けて肌が小麦色になり、髪の毛がアフロみたいになった阿賀野姉は、絶賛消火活動中の燃え上がる自室を見上げていた。
「前々から思ってたけど、矢矧ってたまにバカだよね」
「ち、違う!これは私のせいじゃなくて神通さんが……」
「待ってください!私は提案しただけで、採用して実行したのは矢矧先輩です!」
ふぉ!?
この子ったら速攻で裏切りやがった!
そりゃあ、着任初日に部屋を火事にするなんて大不祥事から逃げたいのはわかるけど、貴女があんなアホみたいな作戦を思い付かなければ私だって……。
いや、違う。
これはそもそも私たちのせいじゃない。
どう考えても阿賀野姉のせいよ!
だって私たちは阿賀野姉をコタツから引っ張り出そうとしてやりすぎちゃっただけで、けっして火事を起こそうとしたわけじゃないんだから!
「阿賀野姉が悪い。そうよね?神通さん」
「……!そうですね。阿賀野先輩がコタツから出てこなかったのが悪いです」
「ちょっ……!なんでそうなるの!?」
流石は神通の名を継ぐ女。
罪悪感は感じてるみたいだけど、すぐに私の思惑に気付いてくれて合わせてくれたわ。
後は、提督なり憲兵なりに阿賀野姉を引き渡して被害者を装えば良い。
「ふふっ、いい気配りね。嫌いじゃないわ」
私と神通さんはコクリと頷き合い、阿賀野姉ににじり寄った。
後ろから怖い顔をして歩いて来てる、提督と金剛さんと霞に引き渡すために。
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アレは私の作戦だった。
私はあの日に神通が着任するのを知ってたから、矢矧と神通を打ち解けさせるためにわざとコタツにこもり続けたのよ。
いや、本当だから。
じゃなきゃ、クソ暑いのにコタツの中に入りっぱなしな訳ないじゃない。
その言い訳は信じてもらえたのか?
さすがに無理だったなぁ……。
あの後提督に半日くらいお説教されて、しかも部屋の修繕費も給料から天引きされたりで踏んだり蹴ったりだったわ。
でも、やった甲斐はあったかな。
あの一件で矢矧と神通は仲良くなったし、着任早々私を焼き殺そうとしたって噂が広まったおかげで神通は駆逐艦たちから恐れられて、二水戦の子達をスンナリ従えることができたわ。
~戦後回想録~
元軽巡洋艦 阿賀野へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
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朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
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神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
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大和(影が薄い三部主役)
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紫印 円満(実質三部の主役?)