横須賀には海軍元帥である彼が出資している店が何軒かあります。
今現在、私が彼と一緒にいる居酒屋もそうですね。
ここにはシェルターと呼べるほどの防音、防爆処理を施された個室があり、彼が誰かと密会をするときは必ずここを使います。
あ、断っておきますが、今回の密会は私と彼の密会ではありません。
「元帥殿、淀渡君は人指し指を立てて何をしてるのでありますか?」
「彼女の癖みたいなモノだから気にするな。それより、ひさしぶりだな少将、陸軍の居心地はどうだ?」
「最高、とまでは言えませんが、昔に比べればかなりマシであります。元帥殿も戻られては?」
「お前の昇進を邪魔しそうだから遠慮しておくよ。それに……いや、やめておこう」
今回の密会相手は私と彼が座っている席の対面に腰を降ろしたメガネをかけていない左門ソックリな陸軍の少将さんです。
彼は元々、横須賀鎮守府で少佐と呼び親しまれていた人で、今は少将に昇進して陸軍参謀本部で色々と悪事を働いているそうです。横須賀鎮守府で彼の副官をしていた頃は痩せていましたが、幸せ太りなのかただの食べ過ぎなのか、今は相撲取りと見紛うばかりに太ってますね。
「元帥殿……」
「淀渡君はほっとけ。まあ、取り敢えずは乾杯しないか?」
「喜んで。最近は由良に飲酒制限されているのでまともに飲んでなかったんですよ」
そう言葉を交わして、お二人はお酒が注がれたグラスを鳴らしました。
そう言えば、少将さんは由良さんの旦那様でしたね。
「尻に敷かれているようだな。四人目の予定日はもうすぐだったか?」
「10月の予定です。元帥殿のご子息と同級生になりますな」
「そうだな。だが少将、私は生まれてくる子供が男か女か教えられてないから息子だとは限らんぞ?」
「予定日はうちと同じで来月でしょう?それなのに教えてもらえないのでありますか?」
「ああ、どうも桜子が主治医に手を回したらしくてな。身篭もっている大淀自信も子供の性別を知らないらしい」
元帥閣下も少将さんも「相変わらず質の悪いイタズラを……」などと言って呆れていますが、桜子さんに「そうした方が面白い」と助言したのは他ならぬ私です。
言いませんけどね。
「元帥殿……」
「ああ、悪い顔をしているな」
悪い顔とは失礼な。
私は純粋に、思い描いたとおりにことが運んでいると知ってほくそ笑んだだけです。
貴方方がこれからする話をするときに浮かべるであろう笑顔に比べたら余程微笑ましいですよ?
「ルートの確保は?」
「各国との交渉、並びに人員、武器の輸送諸々順調であります。問題があるとすれば……」
雑談を交えながらの食事がある程度進んだ頃、元帥閣下が思い出したかのようにそう切り出しました。
ルートの確保?各国との交渉?
これは来年に予定されている欧州へ向かうためのルートの事でしょうか。
いえ、違いますね。
それは元帥閣下と私が進めていますから、陸軍に所属している少将さんは関わっていないはずです。
「私が出国するタイミングか」
「肯定であります。貴方が元帥になったことで事を運びやすくなりましたが……」
「偉くなりすぎたせいで身動きが取り辛くなった。だな」
ふむ、どうやらこの二人は、私が知らないところでコソコソと悪巧みを進めていたようですね。
今まで出てきた単語から推察するに、来年に実行予定の『欧州棲姫討伐作戦』に便乗して何かをしようとしているんでしょう。
「予定通りの戦力は揃いそうか?」
「はい。すでに横須賀鎮守府以外の各地に散っていた奇兵隊の精鋭二千人、列びに自分が選別した陸軍兵一万人が独国、仏国との合同演習を名目に現地入りし、陣地の構築と訓練を開始しています。最終的には、各国陸軍と合わせて五万ほどになる予定です」
「上々だな。奇兵隊本隊の移動は?」
「ワダツミの出港に合わせて行います。それと、あちらに回す艦娘ですが……」
おかしい。
今も打ち合わせを続けている二人の会話には違和感しか感じません。
確かに欧州棲姫討伐作戦では艦娘以外の通常兵器と軍人も参加する予定ですが、海上での戦いに陸戦ユニットは不要。なのに、どうしてそんな数の兵を集めているのでしょう。この二人はいったいどこで戦闘を始める気……。
ん?仏国と独国?しかも陣地を構築って……。
「まさか……。いえそれしか」
考えられない。
考えられませんが、どうして
そこを深海棲艦が南下するなど、円満さんたちの作戦が失敗した場合くらいのもの。
念のためなのでしょうか。それとも……。
「報告は以上であります」
「ああ、ご苦労だった。相変わらず世話をかけるな」
おっと、二人の考えが読み切れなくて悩んでいる内に話が終わってしまいました。
艦娘のくだりで大淀の名前が出てきたような気がしましたが、あの子はワダツミには乗せないのでしょうか。
「いえ、これくらいはお安いご用であります。ですが、ようやく叶うと思いますと、貴方が動き辛いと言う程度の問題が些細な事に思えます……」
「ああ、ようやくだ。ここまで漕ぎ着けるのに15年もかかってしまったよ」
15年。
言葉にすれば一瞬ですが、実際に過ごすには長い時間。そんな時間をかけて、この二人はいったい何を……。
いや、答えなどわかりきっていますね。
ただ、そこに少将さんが加わっているから結びつかなかっただけです。
「今だから言えるんだが。お前、アイツに惚れていただろう?」
「ええ、愛していました。気づいて……おられたのですか?」
「アレだけ嬉しそうに言いなりになっていたら馬鹿でも気づくさ。正直、お前に寝取られるんじゃないかと冷や冷やしていた時期だってあったんだぞ?」
「ご冗談を。自分にそのような資格はありません。自分は貴方のように、壊れてしまうほど彼女を愛してはいなかったのですから」
「そう卑下するな。俺と違って、お前は純粋にアイツの仇を討ちたいと思って俺に協力してくれているのだろう?」
少将さんは何も言わず、お酒を飲み干すことで肯定しました。
私の予想通り、この二人が15年もの歳月を費やして準備してきたのは、元帥閣下の死別した奥様の復讐ですか。
「娘は俺よりお前の方に懐いちょったのぉ。憶えちょるか?お前の腹をトランポリン代わりにしてよう遊んじょったろうが」
「ええ、憶えちょります。その度に兄ぃは……。おっと失礼。昔に戻ってしまいました」
「気にすんな。ここからはしばらく無礼講じゃし、お前に兄ぃと呼ばれるん嫌じゃない」
「では、遠慮なく」
この二人が旧知どころか、昔から上司と部下の関係であるのは識っていましたが、義兄弟と言っても過言ではない間柄だったのは初めて知りました。
学生時代の先輩後輩の仲なのでしょうか。それとも別の?
「ん?どうした?淀渡君」
「ああいえ!お二人が知り合った切っ掛けが少し気になりまして……」
「知り合った切っ掛け?あ~……。どうじゃったっけ?」
「憶えちょらんのですか?繁華街のど真ん中で殺し合いをしたじゃないですか」
「おお!そうじゃったそうじゃった!たしか俺が中東から帰ってきてすぐくらいに女房とデートしたとき、お前が「死ねやリア充!」とか言って喧嘩売ってきたんよのぉ!」
え?この人中東に行って何してたんです?
いやそれよりも気になるのが殺し合い!?
殺し合いをした間柄の二人が、どうして酒を酌み交わす仲になったんです!?
「あの日、兄ぃにかけてもろぉた言葉は今でも忘れられんですよ」
「何か言うたかいのぉ?」
「お?兄ぃ照れちょるんか?あの時、一緒に放り込まれた病院で「他人に喧嘩を売るほど元気が有り余っちょるんなら俺の舎弟になれ」って言うたじゃろうが!そう言われたけぇ、俺ぁ兄ぃの舎弟になったんぞ!?」
「ああ、そうじゃったのぉ。ちゃんと憶えちょるけぇ興奮すんなや。ホンマにお前は昔っから酒癖悪ぃのぉ」
標準語でお願いします。
いえ、何を言ってるのかは理解できるのですが、方言で喋られると一回脳内で標準語に変換しないといけないですから面倒なんですよ。ルビ振ってくれません?
「姐さんはええ人じゃった。でも俺ぁ……兄ぃほど怒れんかった……。兄ぃみたいにゃなれんかった」
「ならん方が幸せじゃ馬鹿。俺みたいになったらおしまいじゃぞ?」
「でも俺ぁあん人の事が好きじゃった!兄ぃに負けんくらい好きな自信があった!でも俺ぁ、吹っ飛ばされた兄ぃの家を見て「これならしょうがない」とか「俺がおってもどうにもならんかった」って言い訳したんじゃ!兄ぃと違って俺ぁ……俺ぁ……」
当時の事を思い出したのか、少将さんは士官服の袖が濡れるのも構わずに腕で涙を拭い始めました。
対する元帥閣下は、瞳を閉じてお酒を煽っています。まるで、少将さんの言葉を噛み締めるように。
そして閣下は、何かを決めたように私へ視線を移し……。
「淀渡大尉。私の影武者の用意はどうなっている?」
と、仰いました。
ちなみに彼の影武者を用意するのは、私が前元帥閣下の介護を終えて仕事に復帰した直後に命じられた事です。
「現在選定を終え、閣下の影武者足るよう教育中ですが……」
「いつまでに仕上がる?」
「来年の頭までにはなんとか、と言ったところでしょうか」
「多少粗があっても構わないから急げ。最低でも、円満が欧州への遠征を開始するまでにな」
「善処致します」
としか返せませんでした。
彼の、殺意や怨嗟などを通り越したように感情を感じさせない瞳を見たら「どうしてそんなに急ぐのですか?」とか「そこまでして貴方が前線に出向く必要があるのですか?」とは言えませんでした。
「少将。いや弟よ。お前に頼みがある」
「頼みと言わずに命令してくれ兄ぃ。いや、
閣下の言葉に、少将さんは佇まいを正して軍人として向き合いました。
同じ人を愛し、その人を死に至らしめた深海棲艦への復讐だけを考えて今まで生きてきた二人。
その二人の、目的は違っても終着点はまったく同じ復讐の最後の打ち合わせを終えるために。
「そうか。ならば命じる。私が到着するまでに邪魔者を減らしておけ」
「了解しました。自分一人で10隻は確実に沈めて見せましょう」
「頼む。それにしても、死にたがりばかり集めたとは言え万を越す人間を生け贄にするんだ。死んで行く先は地獄で決まりだな」
「地獄程度でよろしいので?」
そう言って二人はグラスに注がれたお酒を飲み干し、最後に元帥閣下は激情を抑え付けたような声でこう締め括りました。
「いや、俺らにゃ地獄じゃ生ぬるい」
ーーーーーーーーーーー
15……いえ16隻でした。
はい、主人が沈めた深海棲艦の数です。
ふふふ♪信じられないですよね。
私も今だに、あの時の事は夢だったんじゃないかって思うくらいですから。
ええ、深海棲艦を張り手で粉微塵にするあの人に惚れ直しもしましたが、同時に嫉妬もしました。
あの時のあの人は、かつて私を助けてくれた時よりも鬼気迫っていて、正に鬼神と呼べるほどの戦いぶりでした。
あの人にそこまでさせる女性がいたんだと、私は戦闘中なのにも関わらず考えて嫉妬していたんです。
え?あの人は女性のために戦っていたのか?
さあ?主人からハッキリと聴かされた訳ではないのでそれはわかりません。
ええ、ただの勘です。
でも、合ってると思います。
あの戦闘、『ライン川流域戦』で片腕を失ない、生死の境を彷徨って目覚めたあの人は、元帥さんに「アイツには会えたか?」と問われて、涙を流しながら笑って「『来るんが早い!』と尻を蹴り飛ばされました」と返したんですから。
~戦後回想録~
元長良型軽巡洋艦 四番艦 由良。
現陸軍元帥夫人へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
-
紫印 円満(実質三部の主役?)