彼女が沈んでいる事を知ったのは、平成四年の9月末でした。
ええ、矢矧さんたちが神風さんたちにフルボッコにされ続け、大淀さんの出産準備で霞さんと朝霜さんが忙しそうにしていた頃ですね。
その日も私は「今日も昼からあの訓練か……」とぼやきながら朝食を摂っていたのですが……。
え?あの訓練とは何かって?
アレですよ。横須賀に所属している全空母が放つ艦載機を相手にした演習です。はい、私と涼月さんの二人でです。
ええ、無理ですよ?
あんな数の艦載機をたった二人で相手にするなんて無理にもほどがありますよ。艦載機を落とすより突撃して空母を沈めた方が楽なんじゃない?と、何度考えたかわからなくなるくらい考えまし……。
あ、それが目的?
もしかして提督は、私がそう考えるよう仕向けるためにあの訓練を課し、タイミングを見計らって私をあそこに連れて行ったんじゃ……。
~戦後回想録~
元駆逐艦 初霜へのインタビューより。
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正化二十九年末に実行され、成功したハワイ島攻略戦以降米国領に戻っているハワイ島から西の沖合約60kmの海域。
そんな場所に、私は二式大艇に乗せられて提督と護衛の第八駆逐隊と共に訪れています。
「本当は命日に連れて来てあげたかったんだけど……。ごめん、初霜。私のこれからの予定を考えると今日しか無理だったの」
「いえ、それは構わないのですが……」
何のために私を此処へ?
命日って誰の命日なんですか?どうして提督は、私に謝るんですか?
「アンタが敵を撃てない理由を恵……荒木中佐から聞いたわ」
「そう……ですか」
だから何?
それを口実に解体ですか?それとも、バラされたくなければ敵を撃て、と脅すつもりですか?
「満潮、近くに敵影は?」
『ないわよ。安心して出て良いわ』
「わかった。じゃあ初霜、行きましょうか」
満潮さんが無線で伝えたように私の電探でも敵影は認められません。
でも、行くって何処へ?
まさか海上にですか?
私は艤装を背負ってますので問題ありませんが、提督は内火艇ユニットすら背負ってないじゃないですか……って、なんで浮けるの?
艦娘みたいに海上を滑ってる訳じゃありませんが、提督は陸を歩くように海上を歩いています。
『久しぶりの海上はどう?円満さん』
「意外と快適よ。何年も浮いてなかったのに、浮き方は体が憶えてるみたい」
そう言えば、提督が元艦娘と聞いた事がある。
それに、『薄衣』と呼ばれている超小型の内火艇ユニットがあることも。
だから提督は何の苦もなく海上を歩けるんだわ。
「どうしたの?初霜、もう少し先だからついてきて」
「あ、はい」
私の方を振り向いてそう言った提督に促され、私は海上へと出ました。
出たは良いですがすぐに追いついちゃいましたね。提督の歩く速度に合わせるのが難しいからいっそ引っ張っちゃいましょうか。
「ここよ」
「いや、ここよと言われましても……」
ここが何なんですか?
周りには何も無い、360°海が広がってるだけじゃないですか。
ううん、本当はわかってる。
提督が言った『命日』と私が敵を撃てない理由、それを合わせて考えれば嫌でも察しがついてしまいます。
「佐世保提督に聴いたんだけど、貴女って改二改装を受けてるんだってね」
「はい……」
確かに改二改装は受けています。でも何故か、性能も見た目も全く変化していません。
佐世保提督や工廠の人の話では、精神的な何かが改装を拒んでいるのだろうと言うことですが……。
「提督は、その原因に何か心当たりがあるのですか?」
「確信はない。でも、切っ掛けにはなると思って貴女をここに連れて来たの」
やっぱり間違いなさそう。
提督は私が荒木中佐に話した内容を聴いて私が会いたいあの人を特定し、さらにあの人に会いたいと思う気持ちが改二改装に到れない原因だと推察してここに連れて来たんだわ。
きっとここであの人は……私がお姉ちゃんと呼んだ深海棲艦は沈んだんだ。
そして、お姉ちゃんを沈めたのは……。
「この場所で彼女は沈んだわ。私に……胸を撃ち抜かれてね」
無理矢理平静を装ったように若干震える声で、提督は私の方に振り向きながら言いました。
お姉ちゃんを沈めたのは何かを覚悟したような顔をしているこの人。
私がお姉ちゃんに会えなくなったのはこの人のせい。
なのにどうしてでしょう。
目の前にいる人は私にとって姉の仇と言える人なのに、怒りや哀しみ、恨み辛みなどの負の感情が湧いてきません。
代わりに私の胸中で渦巻いてるのは安心感。
艦隊行動中にお姉ちゃんに会い、僚艦にお姉ちゃんが撃たれることはないんだと安心しています。
お姉ちゃんを守るために、味方に砲を向けることはないんだと、安心してるんです……。
「撃たないの?今の私に、貴女に抗う術なんてないわよ?」
「う、撃てる訳ないじゃないですか!何を……」
言ってるの?この人。
貴女は横須賀鎮守府の最高責任者。そして私はその部下。しかも下っ端と言っても良いほど位は下です。
それに撃てば即座に満潮さんたちが飛んで来て、私は海の藻屑に……。
「撃たなくて良いのね?こんなチャンスは二度とないわよ?」
「撃ちません!たちの悪い冗談はやめてください!」
「ホントに撃たない?」
「だから撃ちませんったら!」
あんまりしつこいと撃ちますよ!?
とまでは口に出しませんでしたが、私が両手に持った連装砲を後ろに隠す素振りをして見せたら提督「はぁ~……。良かった」と言って肩の力を抜いて項垂れました。
この人、本当に撃たれる覚悟で私をここに……。
「提督とあの人は……どんな関係だったんですか?」
ただの敵?それとも仇?
いずれにしても、荒木中佐に話した程度の内容でお姉ちゃんを特定したんですからそれなりに深い関係だったのですよね?
「友達……かな」
「友……達?」
「うん。直接会ったのも話したのも数回だけど、私もアイツもお互いにシンパシーを感じてた。と、思ってる」
「それなのに、沈めたんですか?」
「ええ、敵同士だったからね」
そう言って、提督は足元へと視線を落としました。
訳がわかりません。
提督はお姉ちゃんを友達と言いました。でも、沈めました。シンパシーを感じ合う仲であったにも関わらず、お姉ちゃんを沈めました。
どうしてこの人は、そんな事が出来たんですか?
私には絶対にできません。
もしお姉ちゃんが健在で、例えば一特戦の仲間に牙を剥くとしても、私はきっとお姉ちゃんを撃てません。
『円満さん!すぐに二式大艇に戻って!何かおかしい……電探に反応はないけど嫌な予感がする!』
「心配しないで満潮。いえ、もう遅いというべきかしら」
満潮さんの慌てっぷりに一瞬提督から目を離してしまいましたが、「もう遅い」の言葉に釣られるように視線を戻すと、提督の5mほど後ろにさっきまで影も形もなかったり深海棲艦が一隻佇んでいました。
私がずっと会いたかった、あの時の重巡洋艦ネ級が。
「久しぶりね。声は聞こえるのかしら?」
提督の問いかけにお姉ちゃんは答えません。
ただ水底のように冷たく暗い瞳で提督を見つめているだけです。
「思いがけない再会を神様に感謝すべきなのかしらね。それとも、待っててくれたの?」
お姉ちゃんはやっぱり答えません。
ただ、私の気のせいかもしれませんが、提督にそう問われてお姉ちゃんが少し、ほんの少しだけ微笑んだ気がしました。
「この子のこと、憶えてる?かなり変わってるでしょうけど、アンタが昔助けた女の子よ」
私を少し振り向きながらそう言った提督に促されるように、私はお姉ちゃんの前に移動しました。
お姉ちゃんも、私の移動に合わせて視線を動かしてくれました。
「言いたい事。あるんじゃないの?」
「言いたい……事」
言いたい事はあります。
私はずっと謝りたかった。嘘ついてごめんなさい。私は貴女の妹なんかじゃないんです。って謝りたかった。
でも、私の口をついて出た言葉は……。
「一緒に……帰ろう?お姉ちゃんも一緒に……」
ああ、また嘘をついてしまいました。
謝りたかったのに、私はまたしても自分の欲求を優先してしまいました。
あの時の、死にたくないという欲求と同じくらい大きかった、お姉ちゃんと一緒にいたいという欲求を。
「あの時お姉ちゃんは言ったよ?「いつか、静かな海で再び会えたならそうしよう」って言ったよ?だから……だから……」
今度こそ一緒に帰ろう。
って続けようとしたのに、込み上げてきた嗚咽に邪魔されて言えませんでした。
涙で曇ってお姉ちゃんの姿も歪んでいます。
そんな歪んだ視界の中でお姉ちゃんが動きました。
ゆっくりと両手を広げて、あの時と同じように私を抱き締めてくれました。
「一緒にいてよ……。もう置いて行かないで……。私、ずっと独りだったんだよ?お姉ちゃんに置いて行かれてからずっと……ずっと……」
また嘘をつきました。
確かにお姉ちゃんと別れてしばらくは独りでした。
でもそう時を置かずに養成所で若葉ちゃんに会えましたし、佐世保鎮守府に配属されてからは初春姉さんと子日姉さんと会えました。二十一駆と言う名の家族が出来ました。
それなのに、私はお姉ちゃんと一緒にいたいばかりに嘘をつきました。
お姉ちゃんから流れ込んでくる記憶に、身を委ねながら。
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あの日の事は、今でも夢だったんじゃないかって思うことがあるわ。
貴女だったら、目の前に沈めたはずの深海棲艦はの幽霊が出て来るなんて信じられる?
信じられないでしょ?
でも、あれは本当にあったことなの。
私と初霜の目の前に、私たちと関わりが深かった彼女が現れたのは本当なの。
ええ、護衛の駆逐隊の電探にも反応はなかったし、体は透けてて声も聞こえなかったけど確かに彼女はその場にいたのよ。
だってアイツは、初霜を抱き締めながら私を見て「ありがとう。友よ」って言ったんだから。
~戦後回想録~
横須賀鎮守府司令長官 紫印 円満中将へのインタビューより。
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「円満さん!無事!?」
「無事よ。満潮。他の子たちは?」
「念のために範囲を広げて索敵してもらってるわ……って、どうしたの初霜。もしかして被弾したの!?」
お姉ちゃんに抱かれて夢を見ていた私は、提督の身を按じて傍まで来た満潮さんの声で現実に引き戻されました。
瞼を開けてもお姉ちゃんの姿は見えない。
周りを見渡してもやっぱり見えない。
お姉ちゃんはどこへ?
いや、どこにも行ってない。お姉ちゃんは、私と一緒にいます。そんな、気がするんです。
「あ、あれ?アンタ格好が変わってない?」
振り向いた私を見て満潮さんが変な事を言い出しました。
格好が変わった?私は着換えた覚えなどありませんが……。
でも、確かに体に違和感を感じます。
提督も驚いた様子で「こんなにすぐ変化があるとは思ってなかった」と呟いています。
まあ、それは取り合えず置いておきましょう。
今は、お姉ちゃんから流れ込んできた記憶に出て来た、あの人の事を聞かないと。
「提督、一つお聞きしたい事があります」
「何?」
「窮奇と呼ばれた戦艦水鬼は、どうなったのですか?」
満潮さんは「なんでアンタがその名前を!?」と驚いていますが、私がこの名を知ったのは今ではありません。大和さんたちとの初出撃の時に、たまに大和さんが窮奇と口にしてたから知ってはいました。
でも、人の名前とは今まで思っていませんでした。
お姉ちゃんが命懸けで護ろうとした人。お姉ちゃんが忠誠の限りを尽くした人。どんなに嫌われても、傍に居続けると誓った人の名前だとは、お姉ちゃんの記憶を見るまで知りませんでした。
「沈んだわ。ネ級が沈んだのと同じ日にね。でも……」
「生きて、いるのですね?」
「ええ、今は大和の艤装に姿を変えて生きてるわ」
やっぱり。
お姉ちゃんのご主人さまはまだ生きている。ならば、お姉ちゃんの未練を晴らしてあげられます。
「やはりこれは運命。と、初めて会った時に大和さんは言っていましたね」
大和さんは恐らく別の事に運命を感じていたのでしょうが、私は今ハッキリと運命を感じています。
だって大和さんはお姉ちゃんが忠誠を誓っていた人を背負う人で、私はお姉ちゃんに救われた者。
きっと私は、大和さんを護るためにお姉ちゃんと出会ったんです。
だから私は……。
「大和さんは私が護ります」
と、事情がわかってない満潮さんを置いてけぼりにしたまま提督にそう宣言しました。
お姉ちゃんの未練を晴らすというお題目を隠れ蓑にした、お姉ちゃんに嘘をついた事への罪滅ぼしのために。
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正直、途惑いました。
ええ、初霜さんが三日間の休暇を終えて復帰してからの変わりっぷりにです。
見た目もですが、訓練の時以外は大和さんの後をベッタリと付きまとうようになったんです。
当然、私と大和さんの日課だった朝夕のお散歩のときもです。
そうですね。
そのおかげで彼女と仲良くなりました。でも、嫉妬もしていました。
だって彼女は大和さんと同じ一特戦所属でしたから、戦闘中も護ることが出来たんですよ?
それなのに私は、護ると言うだけで実現できるだけの力もなく、ただ見ているだけしか出来なかったんですから。
だから、私は満潮さんにお願いしたんです。
どんなに辛くても良い。
ボロボロになっても良いから、私を鍛えてくださいって。
~戦後回想録~
元駆逐艦 朝潮へのインタビューより。
主要キャラ人気投票
-
朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
-
神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
-
大和(影が薄い三部主役)
-
紫印 円満(実質三部の主役?)