艦隊これくしょん ~ナデシコの咲く丘で~   作:哀餓え男

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第百五十六話 出産の苦しみは女に与えられた神の罰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出産の苦しみは女に与えられた神の罰。

 と、旧約聖書には記されているらしい。

 

 本当かどうかは知らないよ?あたいは分娩室で、陣痛の痛みに苦しんでる大淀さんの手を握って励ましてる霞にそう聞かされただけだから。

 

 「ヒッヒッフーよ!ちょっと聞いてる!?聞こえてるんなら真似しなさい!人の真似は得意中の得意でしょう!」

 「やって……ます。でも、まだ産むわけには……」

 「何いってるのよお姉ちゃん!とっくに破水してんのよ!?赤ちゃんだって出たがってるんだから早く出してあげて!」

 

 もうちょっと言い方はないのかねぇ。

 と、ほとんど空気になってるあたいは思っちゃったよ。

 大淀さんからしたら、旦那さんの元帥さんに立ち会ってもらいたいから苦しいのに我慢してるんだろうけど、シーツで隠された股ぐらに手を突っ込んでる先生(女性)が「頭が出て来た。霞さん、もっといきらせて!」って言ってるから時間の問題かねぇ。

 

 『遅いわよお父さん!もう出て来てるみたいだからとっととこれに着換えて!』

 『あ、ああ、わかった』

 

 お?どうやら元帥さんが到着したみたいだね。

 大淀さんの耳にも届いたのか、安心したように分娩室の扉を見つめてるよ。

 

 「く、ううぅぅぅぅ!」

 「もうちょっとよ!もうちょっとだから頑張って!」

 

 元帥さんが到着したのでもう我慢する必要はないと判断したのか、大淀さんが一際強くいきみだした。

 本当に苦しそうだなぁ。

 額は脂汗でいっぱいだし、顔は真っ赤を通り越して赤黒くなってるじゃないか。

 でも、なんでだろう。

 苦しんでるようにしか見えないのに、あたいには大淀さんがこれ以上の幸せはないって考えてるように見えるんだ。

 

 「大淀!」

 「あな…た……」

 

 元帥さんが分娩室に飛び込んできたのは、大淀さんを苦しめていた元凶が「オギャァ!オギャァ!オギャァ!」と喚き始めたのと同時だった。

 元帥さんは精根尽き果てて気を失う寸前って感じの大淀さんと、大淀さんから元気を全て吸い取ったんじゃないかってくらい元気に助産婦さんの腕の中で泣き喚いてる赤ん坊を交互に見てるな。

 

 「よく……やってくれた」

 「はい、頑張りました」

 

 そう言い合って、元帥さんは大淀さんの肩を抱き、大淀さんは体重だけでなく魂まで預けるように、元帥さんに身を預けた。

 本当に愛し合ってる者同士が子供を授かったらこんな風になんのかねぇ……。

 

 「良かった……無事に生まれて本当に良かった」

 

 我が子を受け取って愛おしそうに見つめる二人を見て感極まったのか、霞はそう言って涙を流しながらこれまた満潮と一緒に膝から崩れ落ちた。

 確かにあたいも良かったと思うよ。思ってるよ。

 でもなんでかなぁ……。

 当事者の二人や霞、それに分娩室の入り口から十人十色って感じの祝福を贈る人たちを見ても、あたいは祝福しようって気にはなれなかったんだ。

 

 「これはあたいへの罰なのかい?なぁ、神様よぉ」

 

 あたいは誰にも聞こえないようにそう呟いて、見舞客がなだれ込むのに合わせて分娩室を後にした。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 一番の友人は誰か?

 あんまり友人に序列はつけたくないけど……しいて言うなら朝霜かしら。

 

 ええ、大淀や満潮、それに円満たちも友人だと思ってるわ。でもあの人たちは友人兼姉妹でもあったから、純粋な意味での友人は朝霜くらいのものだったわ。

 あ、あと清し……じゃない、武蔵もそうね。

 

 あの二人とは、横須賀に転属になってから暇さえあれば一緒にいたわ。

 大淀の出産準備も手伝ってもらったっけ。

 

 そう言えば、私が朝霜を傷つけたのもその時だったわね。

 

 ううん、喧嘩したわけじゃないの。

 

 私はただ、礼号組で一緒だったから朝霜も一緒に祝ってくれると思って分娩室に入ってもらったんだけど、どうやらそれが朝霜を傷つけてたみたいなのよ……。

 

 

 ~戦後回想録~

 元駆逐艦 霞へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「こんな所でどうしたんですか?朝霜」

 「大和さんこそどうしたんだい?パントマイムの練習か?」

 「え、え~っと……。何と説明したら良いやら」

 

 まあ説明出来ないよな。

 今の大和さんは、前に行こうとする下半身とは逆に体を捻って必死に前に進むのを阻止してるって感じだ。

 まるで上半身と下半身が別々の意思を持ってるようにも見えるかな。

 

 「ふぅ……。やっと大人しくなってくれましたか」

 「誰が?」

 「いえ、こちらの話です。それより、朝霜は霞と一緒に大淀の出産に立ち会っていたのでは?」

 「幸せな空気に当てられて酔っちゃったから逃げてきちまったよ」

 「ふぅん……」

 

 ちょっとわざとらしく戯け過ぎたたか?

 でも本当の事だしなぁ……。

 あのままあの場に居たら、あたいはたぶん首を吊りたくなってたと思うし。

 

 「少し過ぎてしまいましたが、お昼ご飯は食べましたか」

 「昼?あ、ああそう言えば食ってないな。あたいとしたことが、腹が減ってるのも忘れちまってたよ」

 「では一緒に食べましょう。私も昼前から格闘していたので食べてないんです」

 

 誰と?もしかして自分の下半身とかい?

 は、まあ良いか。

 本当は食欲なんてないけど、この旗艦様はあたいの様子が変な事を察して飯に誘ってくれたんだろうから付き合っとくかな。

 

 「って、着いてきたのは良いけどさ。ここって居酒屋 鳳翔じゃないか。夜しかやってないんじゃないのかい?」

 「ええ、営業は20時からです。でもこの時間ならたぶん……」

 

 とか言いながら裏に回ってるけど勝手口に向かってるのかい?

 そりゃあ大和さんがここに定期的に通ってるのは知ってはいたさ。でも勝手口から勝手に入るのを許されてる間柄なのかい?

 

 「鳳翔さ~ん。お腹が空きました」

 

 あたいの心配などどこ吹く風とばかりにノックもせずに開けちゃったよこの人。

 しかも「お母さ~ん。お腹空いた~」って副音声が聞こえてきそうなくらい馴れ馴れしいセリフを吐いてるし。

 

 「はいはい、そろそろ来る頃だと思っていましたよ。って、あら?そちらはたしか……」

 「あ、あたいは朝霜です。大和さんの部下やってます」

 「あらあら、じゃあ同じ一特戦の?」

 「はい、一応……」

 

 なんで一応なんてつけちまったかなぁ。しかも目まで逸らしちゃったし。

 今まで気にはしてても表には出さなかったのに、あの雰囲気を体験して思ってた以上に余裕がなくなっちまってたみたいだ。

 

 「鳳翔さん、アレをお願いして良いですか?」

 「アレと言うと……漬け丼ですか?」

 「はい♪朝霜にも同じ物をお願いします♪」

 「はいはい。その代わりお米は自分で炊くんですよ?」

 「了解です♪」

 

 た、ただでさえ食欲がないのに丼物かよ。

 まあ食えない事はないだろうけど、考えただけで気が重たくなるなぁ……。

 

 「朝霜さんはカウンターでお茶でも飲んで待っていてください」

 「良いのかい?鳳翔さん。あたいも何か手伝いを……」

 「朝霜さんが食べそうな量ならお手伝いは求めません。大和ちゃんほど食べるなら話は別ですが……」

 

 鳳翔さんは、嬉しそうに米を磨ぎ始めた大和さんに視線を送り、ため息混じりに言いながらあたいに「大和ちゃんほどは食べないでしょ?」と暗に聞いてきた。

 心配しないでおくれよ鳳翔さん。

 あたいは大和さんほど食えないし、今は普通の駆逐艦ほども食べれないと思うから。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 あたいを傷つけた?誰が?

 香澄(かすみ)がそう言ったのかい!?

 

 

 いやまあ……うん。

 確かにそう言えなくもないよ。

 香澄と一緒に大淀さんの出産準備を手伝ったのがあたいのトラウマを掘り返し、出産に立ち会ったのがトドメになったから間違いじゃない。

 

 でも、あたいは香澄のせいだなんて思ってないよ。

 アレは自業自得。因果応報ってヤツさ。

 

 深くは聞かないでおくれよ?

 あんまり人に言える事情じゃないってのもあるけど、あたいのトラウマは、あたいと香澄が深く信頼し合う切っ掛けにもなった大事なことだから軽々しく人に言いたくないんだ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元夕雲型駆逐艦 十六番艦 朝霜へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 「あ、旨い……」

 「ね!美味しいしょう?この漬け丼は開店前のこの時間しか食べられない裏メニューなんです!」

 「へぇ……」

 

 大和さんは裏メニューと思い込んでるみたいだけど、カウンターの向こう側で料理の仕込みをしてる鳳翔さんは「違いますよ」って声は出さずに口だけ動かして言ってるぞ?

 

 「霞との訓練はどうです?順調ですか?」

 「順調と言うか大変だったかなぁ。霞が張り切って大淀さんの出産準備を手伝ってたせいでまともに休憩も取れなかったよ」

 

 あたいたち第二小隊(と言ってもあたいと霞だけ)に課せられた訓練はあたいと霞の連携強化だった。

 『広辞苑・改』なる物を手に入れて未来でも見えてんのか?って聞きたくなるほど敵の行動を先読みし、砲弾の着弾点や魚雷の射線を()()()()()に予測して艦隊員に指示を飛ばすようになった霞の行動を阻害せず。かつ指示無しでも霞がやって欲しい事を予想し、行動出来るようになる訓練さ。

 

 「頭を使うのが苦手なあたいにゃ荷が重すぎるよ」

 「そんな事はありません。朝霜は頭を使うのが苦手と言いますが、逆に言えば頭を介さずに体が最適に反応していると言う事です」

 「いや、それじゃぁダメだから、霞と同室にまでなって……」

 

 日本語なのに何が書いてあるかサッパリわからない『広辞苑・改』をあたいも読んでる。

 でも、何度読んでもやっぱり訳がわからない。

 霞はアレを全部暗記してるってんだから信じられないよ。

 

 「ふむ、朝霜は大城戸さんが課したその訓練の意味を理解しきれていないようですね」

 「そりゃどういうことだい?あたいも『広辞苑・改』の内容と霞の細かい癖まで憶えろってことだと……」

 「大城戸さんが課す訓練内容が意地が悪いせいでそうとらえてしまうのも仕方ありませんが、大城戸さんはそんな小難しい事は求めていません」

 「じゃあ、どうしろと?」

 「コレと一緒ですよ」

 「いや、コレって……」

 

 食べかけの漬け丼じゃん。それとあたいの訓練内容に何の関係があるんだい?

 

 「コレは数種類の魚の切り身、諸々の調味料、そしてお米と言う別々の物同士で構成されています。それはわかりますか?」

 「うん……。でも料理ってそういうもんだろ?」

 「ええ確かに。では、その漬け丼はどんな味がしましたか?」

 「どんなってそりゃあ……」

 

 あれ?どんな味だ?

 醤油味と言えなくもないし、出汁の味と言えなくもない。魚本来の味が生かされてるから魚の味と言えなくもないかな。

 それでもしいて一つに絞るとするなら……。

 

 「漬け丼の味?」

 「その通りです。数々の食材の味が喧嘩することなく混ざり合い、正に『漬け丼味』と呼べる味になっています」

 

 いや、だから何なんだい?

 それじゃまるで、あたいに漬け丼になれって言ってるように聞こえるんだけど……。

 ん?それで良いのか?

 つまり大和さんは、あたいに霞と混ざり合えって言ってるのかい?

 

 「朝霜に自覚はないでしょうが、貴女には物事の要所に考えなくても的確に反応できる天性の判断力が備わっているんです。もし、その才能を霞のためだけに使ったらどうなるでしょう」

 「どうなるって……」

 

 どうなるんだ?

 確かにあたいは、深く考えなくても「あそこに砲弾を撃ち込めば敵の体勢が崩れて味方が有利になる」とか「この角度で魚雷を撃てば敵は回避に気を取られて味方への攻撃が緩む」なんて判断ができる。

 でもそれは霞の指示があったればこそで、あたい一人じゃアレもコレもやろうとして中途半端な結果になっちまう。

 結局あたいは、霞がいなきゃ一特戦の役に立てない。

 

 「霞がやって欲しい事を瞬時に理解できるほど深い信頼関係を構築する。それが貴女に課せられた訓練の真の意図。と、私は予想します」

 「いやいや、だからあたいは『広辞苑・改』を……」

 「それは必要ありません。朝霜なら霞の一挙手一投足を見るだけ、もしかしたら視線を追うだけ霞の意図を理解し行動できるようになります。それが出来れば霞の負担は激減し、私たちはもう一回り強くなれます」

 「それはつまり、霞からあたいへの指示っていう手間を排除するって事かい?」

 「その通りです」

 

 ははは……。

 こりゃまた難題をふっかけられたなぁ。

 霞の一挙手一投足や視線だけで霞の意図を組めるほど信頼し合えだなんて『広辞苑・改』を憶える以上に難題じゃないか。

 

 「そのためにはまず、貴女が霞に隠していることを話しなさい」

 

 ギクリとした。

 大和さんがあたいが何かを隠していることを看破したからじゃない。

 霞にそれを打ち明けろと言われたから、あたいは背骨が折れるんじゃないかと思うくらいギクリとしたんだ。

 だってあの事を話したら……。

 

 「い、嫌だ!それだけは絶対に嫌だ!あたいは……あたいは」

 

 霞に嫌われたくない。

 霞はあたいの一番の親友なんだ。その霞にあの事を話したら嫌われる。間違いなく嫌われる。

 大淀さんが出産した直後の今なら尚更だ。

 

 「嫌いません。霞は絶対に、貴女を嫌ったりしません」

 「なんで断言が出来るんだよ!大和さんだってあたいがやった事を聞いたら絶対に見る目が変わる!あたいの事を軽蔑する!」

 「有り得ません。貴女がどんな過去を背負っていようと私も霞も、他の一特戦のメンバーも貴女をけっして嫌いません」

 「口だけなら何とでも言えるだろ!何なら話してやろうか?あたいがやった事を聞いて、それでもそんなクソ真面目な顔して同じ事が言えるんなら言ってみやがれ!」

 

 あたいは感情に任せて暴露した。

 鳳翔さんがいるのも構わずに、艦娘になる前の悪事を暴露した。

 あたいは、艦娘になる前は所謂ストリートチルドレンってヤツだったんだ。

 親は生きてるのか死んでるのかもわからない。

 開戦初期の空襲で焼け出された幼いあたいは、生きるためなら何でもやった。

 道端に落ちてる物食って腹を下したり、泥水啜って腹の中に虫が湧いたこともある。

 盗みなんて可愛い方だな。

 そんな暮らしを6~7年続けて12になったあたいはもっと手っ取り早く、かつ安全な稼ぎ方があるのを知った。

 そう……。

 

 「あたいは、養成所に流れ着くまで売りをやってた」

 

 あの当時は本土防衛も軌道に乗った頃だったのか、国民には余裕が出て来てた。

 でもあたいみたいなストリートチルドレンにへの対策はまだまだで、野垂れ死にしようと何をされようとほったらかしだった。

 だから、あたいみたいな子供でも金を出して抱こうとする変態は後を絶たなかったよ。

 最初こそ「汚ねぇガキだなぁ」とか言われながらはした金で抱かれてたけど、金が入る度にちょこちょこと身なりを整えていったら一回で一週間は食える程度の金が稼げるようになった。

 ああ、最高だったよ。

 素質でもあったのか行為自体は苦にならず、むしろ楽しんでたしね。しかも金まで稼げるんだ。

 13かそこらで我が世の春って気分だったよ。

 

 「でもそんなある日、あたいは体がおかしいのに気づいた」

 

 あたいには5歳か6歳かって頃に焼け出されたせいでその手の知識が丸っきりなかった。

 その体調の変化が妊娠によるものだと気づいたときには、お腹の子供は正規の方法じゃ降ろせないほど大きくなってたよ。

 

 「でもあたいは降ろした。もう二月ばっかしで生まれるってほど大きくなってた子供を殺したんだ」

 

 降ろした直後は「これでまた稼げる」なんて事を考えてたのをよく憶えてる。

 でもその考えは、便器の中に堕とした我が子を見た途端に吹っ飛んだよ。代わりに頭をよぎったのは……。

 

 「あたいはなんて事をしたんだ。あたいはこの子を殺したんだ。あたいが護ってがあげなきゃならない子を、あたいは自分の生活を守るために生まれる前に殺してしまったんだ。って後悔が頭ん中をグルグル回ったよ」

 

 あたいはその後、殺してしまった我が子を布で包んで抱き抱えたままフラフラしてたらしい。

 そんなあたいを、養成所の職員がたまたま見つけて保護し、今に到るってわけさ。

 

 「だからあたいはあの場から逃げたんだ!あんなに幸せそうで、祝福されながら生まれてきた大淀さんの子供を見てられなかった!」

 

 あたいにとってあの光景は地獄だ。

 嫌が応にも自分の罪を思い出させるあの光景はあたいへにとっては地獄でしかなかった。

 自分の子供を無惨に堕としたあたいにとっては……。

 

 「どうだい?こんだけ汚れてるあたいに、さっきと同じセリフが言えるのかい?なぁ、大和さん」

 

 大和さんの表情は変わってない。クソ真面目な顔してあたいの目を真っ直ぐ見つめたままだ。でも腹の内では軽蔑してるはず。「女の風上にも置けない」とか「人殺し」とか思ってるに違いない。

 違いないのはわかってるから、さっさとあたいを蔑んでくれよ。罵倒してくれよ。殴ってくれよ!

 

 「立派です」

 「は、はぁ?今なんて……」

 「立派だと言いました」

 

 いやいやいやいや、大和さんが何言ってるかサッパリわかんないよ。

 堕胎が立派だって?そんな事を真顔で言ってのけるのは大和さんくらいのものさ。もしあたいがそんな罪を犯した事を知ったらほとんどの人は真逆の事を言うよ。

 

 「勘違いしないで頂きたいのですが、堕胎自体は褒めていません」

 「なら何が……!」

 「そこまでの十字架を背負って尚、生き続けている貴女がです」

 

 やっぱり意味がわからない。

 大和さんは何を言ってるんだい?日本語で話してるはずなのに日本語に聞こえないよ。まるで宇宙人とでも話してる気分だ。

 

 「朝霜。貴女は後悔したでしょう?」

 「ああ、今までの人生であれ程後悔した日はないよ」

 「死にたくなったでしょう?」

 「死んじまいたかったよ。死んであたいの分の命をあの子にあげたくなったよ」

 「でも、死なない事を選んだのでしょう?」

 「そうだよ。あたいは死ななかった。死ぬのが怖かったから……」

 

 今もこうして生き恥を晒してる。

 って、続けようとしたら、左頬に鋭い痛みが走った。

 いや、頬だけで済んでないな。首からはゴキって変な音がしたし、口の中には血の味が広がってる。

 ったく、殴るのはいいけどもうちょっと手加減してくれよ。頬が腫れてるのを霞に見られたらまた心配させちゃうじゃないか。

 まあ、おかげで少しだけ冷静になれたけどさ。

 

 「自分に嘘をつくのはおやめなさい!」

 「嘘なんかついてないよ。あたいは卑怯者なんだ」

 

 激昂して私を叱りつけた大和さんに、私は冷静にそう返した。

 でも大和さんは納得してくれてないみたいだ。今も鋭い眼差しで私を睨んで射竦めてるよ。

 

 「貴女が死を選択しなかったのは死なせてしまった子のためでしょう?その子の分まで生きようと思ったからでしょう?」

 「違うよ大和さん。あたいは自分可愛さに子供を流し、生き恥を晒す最低の人間だ」

 「そう思う事が、自分への罰になると考えているからではないですか?」

 「ははははははは!笑わせないでくれよ大和さん!あたいがそんな高尚な人間に見えるのかい?」

 

 おかしいな。腹を抱えて笑って見せても大和さんの表情は変わらない。

 まさか、本当に?

 本当にあたいが、そんなことを考えて今まで生きながらえて来たんだと思ってるのかい?

 

 「私が何を言っても、頑なになってしまった貴女の心には届かないようですね」

 「はっ!じゃあ誰の言葉なら届くって言うんだい?つうかそもそも、大和さんが言った事は全部妄……そ……」

 

 言い切れなかった。

 大和さんがゆっくりとカウンターの奥に視線を泳がせたのに釣られて、あたいもついついその方向に目を向けたら言葉が喉の奥に引っ込んだ。

 なんでここに居るんだよ。もしかして大和さんが呼んだのか?いやそれより、いつから居た?

 

 「霞……」

 

 あたいの視線の先には霞が居た。

 腕組みして怒ったような顔をした霞が、何も言わずに仁王立ちして静かにあたいを睨んでた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 あたいが今の仕事を選んだ理由?

 香澄に誘われたってのもあるけど……半分は罪滅ぼし。いや、贖罪かな。

 

 青木さんは、あそこで香澄と遊んでる子達を見てどう思う?

 微笑ましい?それとも愛らしい?まあどっちでも良いんだけど、あたいにはあの光景が、あの日の戦場よりも禍々しく見えちまうんだ。

 

 正直言って、あの光景を見続けるくらいならあの戦場に舞い戻った方が余程マシだな。

 

 それでもあたいは見続けるって決めたんだ。

 あのガキンチョ共があたいみたいな餓鬼にならないように導きながら、この地獄で生きて行くってあの日に決めたんだよ。

 

 

 ~戦後回想録~

 元夕雲型駆逐艦 十六番艦 朝霜へのインタビューより。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 「どこから……聴いてた?」

 「アンタが「嫌だ!」とか叫んだあたりからよ」

 

 お約束な気はするけど、「朝霜が居酒屋 鳳翔に居るので勝手口から静かに入って来てください」って内容のラインを大和さんが送って来たから従ってみたら、ヒートアップした朝霜が艦娘になる前の過去を暴露してる場面に遭遇してしまった。

 平静を装ってるけど正直ヤバいわ。

 腕を組み続けないと腕が震える。仁王立ちになるくらい足に力を入れてないと崩れ落ちそうになる。

 目つきが悪くなるくらい瞼を強張らせないと涙が溢れそうになる。

 

 「そっ……か。聴かれちゃったか……」

 

 さっきまでの過熱っぷりが嘘みたいに朝霜の顔と肩から力が抜けた。

 まあ、そうなるよね。聴かれたくなかったよね。

 朝霜みたいな境遇は駆逐艦じゃ在り来たりな部類だけど、それでも開けっ広げに語る子はまず居ない。そういう経験をした子は、その経験を恥じ、後悔してる子がほとんどだから。

 

 「軽蔑、したよな?」

 

 怯え切って泣き出す寸前みたいな顔した朝霜がそう訊ねて来た。

 軽蔑ですって?

 まあ普通の人なら軽蔑するんでしょうよ。

 私だって艦娘にならず、民間人として育っていたら軽蔑していたかもしれない。

 艦娘として育った今でも、朝霜が武勇伝でも語るように自慢げに語る様な子なら軽蔑するどころかぶん殴ってたわ。

 でもアンタは違う。

 過去の自分の行いを後悔し、罪を自覚して背負い続けてる。そんなアンタは軽蔑どころか尊敬に値するわ。大和さんが言ったように立派だと思う。

 でも、私は……。

 

 「何て、言って欲しい?」

 「え……?」

 

 素直に褒めてあげない。

 罵ってもあげない。

 だって言葉じゃアンタに届かないもの。誰にも言わずに背負いこみ過ぎて、自分の心をガチガチに固めてしまったアンタには言葉だけじゃ届かない。

 だから私は……。

 

 「ダメだ……。ダメだよ霞。あたいは汚れてるんだ。そんなあたいに触ったら霞まで」

 

 私は震える体を抑えつけて、カウンターの向こう側で震えていた朝霜の傍まで移動して、頭を胸に抱き寄せた。

 アンタの手助けをしてあげる。

 アンタが胎の中で育てて来た、後悔って言う名の子供を産む手伝いをしてあげる。

 

 「霞……震えて……」

 「うん。アンタの境遇を知ってこうなっちゃった。ホント、情けないったら……」

 

 こんなに震えたのはいつ以来だろう。

 初めての実戦を経験した時?お姉ちゃんが戦死した時?ううん、もっと昔だ。お母さんが、私の目の前で殺された時以来だわ。

 

 「私ね。お母さんの仇を討つために艦娘になったの」

 「お母さん……の?」

 

 私は自分の境遇を話して聞かせた。

 お母さんが暴徒共に玩具にされて殺されたこと。それを見続けさせられたこと。

 そして、そのせいで性行為に恐怖を抱いてることを。

 

 「私はきっと子供を作れない。だって怖いんだもの。この先本当に好きな人ができても、心から子供を望んでも体が拒否してしまうでしょうね」

 

 そのことは、呉で司令官とおままごとをしてる時に嫌と言うほど思い知った。

 いくら頭で望んでも体が反応しない。

 体の年齢的には初潮が来ててもおかしくないくらい成長してるのに、私の体は子供を作れる体になるのを拒んでる。

 

 「前に、『出産の苦しみは女に与えられた神の罰』だって教えたよね?」

 「うん……」

 

 正直女性蔑視にも程がある言葉だと思う。

 だって男に与えられてるのは働く苦しみなのよ?

 昔から女だって働いてるのに、女だけさらに罰が与えれるなんて不公平だわ。

 って、大淀の出産を目の当たりにするまでは考えてた。

 

 「大淀、幸せそうだったでしょ?苦しんでる時すら幸せそうだったでしょ?」

 「うん……幸せそうだった」

 

 大淀は出産の苦しみなんか苦にしてなかった。

 自分の全てを賭けて愛するあの人の子供を産めるのが嬉しくて仕方がなかったから、その苦しみすら幸せだと感じていたんでしょうね。

 そう考えると、出産の苦しみは罰なんかじゃなくご褒美なのかもしれないわ。

 少なくともあの時の大淀にとって、あの苦しみは愛する人との間に授かった子を産み落とす福音だったんだと思う。

 

 「あたいも、あんな風になれるのかなぁ。大淀さん見たいに、幸せになれるのかなぁ」

 「なれるわよきっと。でも、今は無理」

 「今……は?」

 「そう、今は。だってアンタ、ちゃんとごめんなさいって言ってないでしょ?」

 

 私の胸から顔を離して不思議そうにしている朝霜の瞳を真っ直ぐ見つめて、今にも泣き出しそうなほど震える声を何とか抑えてそう言った。

 きっとこれが朝霜を苦しめてる一番の原因。

 だって話を聴いた限りじゃ謝ってないもの。

 朝霜が求めてたのは褒め言葉でも侮蔑でもなく、謝る機会と、切っ掛けを与えてくれる相手だったんだと私は思う。

 だって朝霜は、一瞬ハッとして涙を流し、声を震わせてこう言ったんだもの。

 

 「ごめ……なさい」

 

 って。

 それを皮切りに、朝霜は今まで溜め込んできた感情を吐き出すように何度も何度も、泣き疲れて寝てしまうまで何度も、ごめんなさいって言い続けたわ。

 数年越しの出産の苦しみを、ようやく乗り越えて。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 あの戦争で人生を狂わされた人を多く見てきました。

 

 ええ、私は店を営んでる都合上、お酒の勢いなどで身の上話を聞く機会が多かったですから。

 

 でも意外と思われるかもしれませんが、巡洋艦以上の人の事情は知っていても駆逐艦の身の上話はあまり知らないんです。

 

 まあ、彼女たちの場合は身の毛も弥立つほど酷い目にあった子が多かったですから、余程心を許した人にしか教えなかったという事情もあったのかもしれません。

 

 今まで一番不憫に思った子は誰か?

 言う訳がないでしょう?

 人によって不幸の度合いは様々なのですから、誰が一番だなんて順位付けなんてしたくありません。

 

 ですが、同じ女性として同情したと言う意味でならあの二人ですかね……。

 

 なんですか?

 そんな目をしても教えてあげませんよ?

 

 私は空気と化していましたが、あの日の出来事はあの二人にとって掛け替えのない大切な思い出、いえ想い出になっているでしょうから。

 

 

 ~戦後回想録~

 元鳳翔型軽空母一番艦 鳳翔へのインタビューより。

 

 

 

主要キャラ人気投票

  • 朝潮(一部主役である二代目。大淀含む)
  • 神風(二部主役である初代。桜子さん含む)
  • 大和(影が薄い三部主役)
  • 紫印 円満(実質三部の主役?)
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